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来訪

「すぐにこれへ。結界を通した。」

維心が言うと、帝羽は急いで頭を下げて出て行く。

義心は、維心を見上げた。

「ヴァリーはあの霧の中から抜けて参ったということでございますね。」

維心は、頷く。

「貴青もの。誓心の宮は今、霧に襲われておるからな。」

炎嘉は、唸った。

「あの霧の中から出て参るのは、かなりの精神力が必要ぞ。ヴァリー達は、もしかして維月の衣を持っておるのか?」

維心は、それには頷いた。

「あれがあまりうまく作れなかった物だがと、ヴァリー達に下賜したものがあるはずぞ。確か、一人に五着。」

炎嘉は、息をついた。

「維月の縫った衣は大したものぞ。大陸からここまであれらを守って来たということであろう。まさかここまでハッキリと影響力があるとは思わなんだが、我も炎耀に与えておって良かったもの。今頃、コンドルの宮でどうしておるかと案じておったが、あれが月の衣に気付いたなら、出て参ることも可能であろうし。」

焔が言った。

「我にも鎧下着をもらえぬか。着物はもらった、この間我も欲しいとごねたら維月が今は練習用に縫ったのしかないと言って、取り急ぎそれを送ってくれた。元は炎嘉の物を縫おうと練習した物らしくて、色も鷲に似合うだろうと言って。だが、戦おうと思うたら甲冑を着けるゆえ。どうしてもそっちの方が良い。」

駿も、頷いて身を乗り出した。

「我は着物すら無いし、せめて鎧下着だけでも欲しいもの。」

維心は、顔をしかめた。

「もちろん、皆に配ろうとは思うておったが、あまり頼り過ぎるでないぞ。それに、そこまで数がないのだ。今は維月は月に戻っておるし、縫わせるわけにもいかぬしな。」

義心が、言った。

「王、我の所にある物を持って参りましょうか。」

維心は、そういえば義心は30持っているとか言っていたと思い出した。

「主には必要であろうし己の分を少し残して、後はこちらへ持って参れ。ここに居る者達にだけでも振り分けねば。」

箔炎が、頷いた。

「この際着物でも良いからもらえぬか。別に戦う訳では無いのだから、霧から身を護れたら良いしな。」

維心は、頷いて言った。

「侍女!奥から維月の縫った物の厨子をこれへ。」

すると、仕切り布の向こうの気配がサラサラと衣擦れの音をさせて去ったのか分かった。

箔炎は、息をついて志心を見た。

「主は落ち着いておるな。」

志心は、頷く。

「我は持っておるから。」

それには、維心も驚いた顔をした。志心に何か縫って贈ったとは、維月から聞いていなかった。

「維月が主に?」

志心は、維心を見た。

「知らぬのか?炎嘉が果実酒の礼に着物をもろうたと言うておったのを聞いて、ならばと維月宛てに布を贈ってな。練習用にでも使うが良いと。そうしたら、維月からその礼に、拙いのですがとその布の一部を使って我の着物を一揃え贈ってくれたのだ。鍛錬中にしてはよう縫えておるからと、普段着ておる。鎧下着も袴もな。」と、襟もとに触れた。「そういえば、今日の襦袢は維月が縫った物ぞ。気配がするであろう?」

言われて、維心はその襟元を凝視した。確かに維月の気がする…そんなことをしておったなんて。

「…知らなんだ。」維心は、憮然と言った。「なぜにそのような。」

志心は呆れたように答えた。

「あの時は、まだ主の着物を縫えるレベルでは無いので言うておらぬとあれは文で言うておった。炎嘉から、着物をもらったと聞いた時、裁縫に興味を向けたのだなと思うたので、ならば布が要るだろうと思い当たって、それを贈ったのだ。」

志心は気が付くのだ。

維心は苦々しい気持ちでそれを聞いていた。炎嘉が着物をもらったと聞いただけで、維月がそれに興味を持ったと判断し、要り用な物を思い付いてすぐに贈っていたのだ。

維心には、そんな事は思いもしなかった。そもそも維心は、維月が宮の物を自由に使う事を許していたので、わざわざ贈る必要がないのだ。

維心が返す言葉に詰まって居ると、帝羽が戻って来て、膝をついた。

「王。貴青殿とヴァリーを連れて参りました。」

維心は、ハッとそちらを見て、頷いた。

「これへ。」

皆が黙る中、すらりとした貴青と、いくらか汚れた甲冑を身に着けた、ヴァリーが入って来て頭を下げた。

「維心様。我が王からの書状をお持ち致しました。」

貴青が言って、懐から書状を出して、差し出した。

それを義心が受け取り、維心へと手渡す。

維心がそれを確認している間に、顔を上げたヴァリーが、炎嘉を見て言った。

「炎嘉様!我は…お話せねばと、こちらへ。」

炎嘉は、ヴァリーに頷いた。

「よう参ったの。窮地に陥って我を思い出したのか。こちらでもいくらか聞いておるが、もしや主が襲撃された警備兵か?」

ヴァリーは、驚いた顔をしたが、首を振った。

「ご存知でありましたか。しかし、襲撃を受けたのは我ではありませぬ。アナトリーで…我は、明蓮に教わった治癒の術を使って、何とかあれの命を繋ぎました。その後、ゴルジェイがザハール様からの命で我らを誘導して地下道へ隠れ、そうしたら、霧が発生してあのような事に…。」

維心と炎嘉は、それを聞いて顔を見合わせた。

「…こちらが聞いておる事と一致しておる。」と、維心は行って、誓心からの書状を隣りの炎嘉へと渡した。「誓心からも主らが報告したことをそのまま知らせて参っておる。あちらへ他、四人の軍神達と逃れたのだな。それにしても、維月の衣はようもったもの。北から来て、また北西からこちらへ参ったのだろう。」

ヴァリーは、頷いた。

「は…。有難い事でございます。」と、貴青を見た。「キリルの鎧下着と袴を、貴青殿に着せて共にこちらへ参りました。」

貴青が、それに続いて言った。

「我が王からの命で。霧の中へと結界を出る時にはかなり覚悟が要りましたが、この衣は確かに霧を寄せ付けずで。影響を受けずにこちらへ参る事が出来ました。つきましては、我らの地は霧のせいで外との交流が全くできぬ状態で…我が王に於かれましては、出来ましたらこの月の衣を、いくらかお分け頂ければとの事でございまする。」

維心は、ため息をついた。

「書状にもそう書いておったな。あいにく数に限りがあっての…今、こちらで分けようと思うておったところよ。」と、そこへ侍女が数人で手分けして、大きな厨子を運んで来た。「それか。そこへ置いて参れ。」

侍女達は、頭を下げて厨子を置くと、そこを出て行った。

炎嘉が、立ち上がって厨子に近付いた。

「さて、どれほど入っておるのかの。この大きさの厨子三つと。とはいえ…種類別に分けておるのかもしれぬが。」

言いながら、手前の蓋を開くと、中を覗いた。

「お。これは鎧下着と裁付袴であるな。刺繍がされておらぬ物もある。まだ途中の物か。」

焔も、炎嘉に寄って行って中を見た。

「ようけあるではないか。数を数えるか。」

維心は、首を振った。

「義心に数えさせるわ。ザッと数が分かれば良いのだ。」と、義心に言った。「数を数えよ。」

義心が頭を下げてから数を数え始めるのに、炎嘉と焔は他の厨子も開いて中を見た。

「こっちは訪問着。お、闕腋(けってき)(ほう)があるぞ!」

維心は、頷いた。

「脇が開いておって動きやすいし、甲冑を着るほどでもない時に着ろと言って、そういえば我に縫った物の中にもあった。時々訓練場に着物で行って、袖に傷を付けて来るのを知っておったから。」

焔は、それを引っ張り出した。

「おお、我にも大きさが合う。これをもらうぞ。まだようけあるし良いだろう?」

炎嘉も脇から手を突っ込んで別の闕腋の袍を引っ張り出した。

「なら我はこれを!早い物勝ちよな。」

翠明と駿と箔炎が、焦ったように立ち上がった。

「なに、早い者勝ち?ちょっと待て、我だって欲しいと申したではないか。」

箔炎は、急いで厨子を覗き込む。

維心が場を抑えようと言った。

「こら、そのように!皆に分けるわ。がっつくでない。」と義心を見た。「義心、いくつあった。」

義心は、皆の隙間からさっさと数を数えていたが、答えた。

「は。鎧下着は38、裁付袴は同じく38、襦袢19、訪問着6、部屋着7、闕腋の袍9ございます。」

維心は、うーんと唸った。

「思ったより少ないの。考えたらあれはあちこち配り歩いておったからな。それを考えたら残っておる方やもしれぬ。」

義心が、言った。

「我の部屋にある物もこちらへ今、持って参りましょうか。」

維心は、頷く。

「この際全部持って来てこちらで分けようぞ。すぐに持って参れ。」と、皆を見た。「まずはぞれぞれの宮の王、筆頭軍神に鎧下着を二着ずつ。炎嘉、主はこの前持って帰ったし、主の分は良いな。」

炎嘉は、頷いた。

「我は良い。嘉張の分をもらえたら。」

維心は志心を見た。

「主も。一揃えと申しておったの。」

志心は、答えた。

「我は良い。ここにある物は維月に贈ってもろうたしな。志夕にも分けてある。ただ、筆頭の夕凪の分を頼む。」

維心は頷いて、他の六人を見た。

「焔、駿、箔炎、翠明、高湊、公明。主らには鎧下着と袴を四揃えずつ渡す。主らと筆頭軍神の分ぞ。志心と炎嘉には筆頭軍神の分の二揃え。誓心からも言って来ておるし、あちらは切羽詰まっておるから、10持たせよう。そうよな、訪問着と闕腋の袍も二枚ずつ。誓心は霧の真っただ中に居るのだし、皇子の分と合わせてそれだけ持たせよう。」

貴青は、それを聞いてホッとしたように深々と頭を下げた。

「ありがとうございます!」

維心は頷いて、厨子を見た。

「残りは予備としてこちらに置いておこう。義心も持って参るし、まだ少し残るからの。何があるか分からぬし、全てを手放したら困る事になるかもしれぬ。」

それには志心が頷いた。

「その通りよ。まだ匡儀や彰炎達の事もあるしな。あちらはまだ無事だが、どうなるか分からぬし。」

ヴァリーが、そんな王達の動きを見ながら、言った。

「…あちらの、何か対策はありますのでしょうか。一緒に逃げていたアナトリーとイゴーレは、家族が心配だと結界内に残ったのです…あれらの事も気になります。我など何も出来ませんが、それでも何かお手伝いできることがあれば…。」

それを聞いて、皆がハッと顔を見合わせた。

ヴァリー…王になってもおかしくないほど気が大きく、賢い男。維月との接点は鎧下着だけ、維月を想うような状況では無かったので、その心配もない。

何より、月の衣を身に着けているとはいえ、ここまで無事にたどり着いたのだ。

「…主にしか出来ぬ事があるやもしれぬ。」

炎嘉が答えて、ここで話していた事を説明し始めた。

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