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惨状の中

維月は、暗く沈むドラゴン城のその只中にある、霧が集まって行く場所目掛けて、十六夜の力を狙いを定めて一気に降ろしていた。

十六夜の力は大きいが、維月を通すと細い柱のような筋が降りて行くだけで、広域に一気に降ろすことが出来ない。

十六夜はあれで、しょっちゅう地上全体に浄化の光を降らせては、細かい霧を消したりと息をするように簡単に役目を果たしている。

維月の役目は、その十六夜が押さえきれないほどになった時、霧を抑えつけておとなしくさせ、十六夜に消させるという補佐だった。

なのでそれほど大きな力は要らないので、滅多に月の力で役目を果たすようなことは無い。

せいぜい、遊びであちこちの霧を動かしては、粘土のように使って、十六夜の光で消すという戯れに使うぐらいだった。

それが、今はそれを役目として、十六夜の力で霧を消している。

常の遊びの時とは違い、大量の霧の前に、維月は己の無力さが恨めしかった。

光は真っ直ぐに降りているのだが、ヴェネジクトに降り注いで辺りの霧が消え去っても、すぐに回りの霧が流入し、その霧が全て消えることなど無い。

それでも、それをしないと霧が凝り固まって闇へと変化する可能性があり、今度の闇が神の体を依り代になどして、力を持ってしまっては大変なので、必要な作業だった。

気の遠くなるような時間、こうして居なければならないのだと悟った維月は、段々に疲れて来ていた。

十六夜が起きるまで、自分は持ちこたえられるのだろうか。

維月は、ただただ不安だった。

力を絞って降ろしながら、横で転がる十六夜をチラと見た。いびきをかいて寝ているというよりも、気を失って倒れているような感じだ。

《…十六夜。ねえ十六夜ったら。起きてよ。みんな死んじゃったらどうするの?私じゃ無理なんだってば!》

それでも、十六夜は目を開かない。維月は、なんだかムカついて来て、十六夜を思い切り揺さぶった。

《もう~十六夜~!困ってるのに、なに寝てるのよ~!!十六夜でないとダメなんだからね!お父様だって怒ってるんだから!もう私、無~理~!》

十六夜は、う、と小さく唸った。

維月は、え、と慌てて十六夜に寄った。

《十六夜!?ねえ起きて?!起きて助けてってば!》

すると、十六夜はつぶやくように言った。

《…またかよ…何やったんだよ維月…親父に謝るの嫌だっての…。》

維月が何かやって、また一緒に謝ってくれと言っていると思っているらしい。

維月は、腹が立って十六夜を勢いよく蹴り飛ばした。

《もう、何よ!違うわよ、霧じゃないの!いっぱい霧が出てて、消せないんじゃないのよ!十六夜のバカ!!》

十六夜は眉を寄せて、何やらごにょごにょと言ったが、言葉は形を成していなかった。

維月は、やっぱり気を失っているんじゃなくて、寝てるのかとプンプン怒りながら、またヴェネジクトに集中して浄化の光を下ろし続けたのだった。


そんな最中、維心は炎嘉、志心、焔、箔炎、駿、高湊、翠明、公明を龍の宮へ呼び出して、状況の説明をした。

本当なら蒼もここに呼び寄せるべきだったが、蒼はあいにく島を守るために浄化の光を降ろし続けねばならないので、それどころではない。

一応書状で内容は送ったが、読んでいるのかは疑問だった。

どうやら蒼は、寝ないでずっと島を守り続けているらしかった。

霧が不自然に島を避けて流れているのは、ひとえにこの蒼の努力の賜物だった。

一通り話を聞き終わり、焔が言った。

「面倒な事になったものよ。」もう、焔は諦めているようだった。「十六夜一人が居らぬだけで、これほどにどうにもならぬとは。あれはいつになったら目覚めるのだ。全てが滅んだ後とか言うまいの。まさか気を失っておってあれも大変なのでは。」

維心は、答えた。

「維月が申すに何度も話し掛ければ、寝言のように答えるらしいので、気を失っているのではないようよ。ただ、こちらで起こっておることを全く認識しておらぬので、起きようという気持ちも感じられないのだとか。維月の力では、とりあえずヴェネジクトの霧を片っ端から消して行くぐらいしか出来ておらぬということだ。」

炎嘉が、眉を寄せて言った。

「闇が発生などしないだろうの。あれの力には敵わぬし、それこそ神すら全滅するぞ。十六夜が起きるまでは、何とか維月に踏ん張ってもらうよりなかろう。」

義心が、それを維心の側に膝をついてじっと聞いている。

維心は言った。

「して、ドラゴンの民はどうなった。見て参ったか?」

義心は、それには首を振った。

「申し訳ありませぬ、旭様と共に島の北の端で見て参りましたが、霧に沈んで何も見えず…。ただ、まだ結界は崩壊せずにそこにあるようでした。」

それには、箔炎が驚いた顔をした。

「結界が?しかしあれはもう霧に食われて中身がないのでは。そうなると、結界など維持しようとせぬだろう。霧に側に来させる事が第一なのだからな。」

炎嘉も、それに頷いた。

「我もそのように。あれはまだ、抗っておるのか。」

義心は、また首を振った。

「我には何も…。何しろ、話など出来る様ではありませんでした。」

もしまだ意識が残っているのなら、ヴェネジクトはかなりの苦痛を感じながら踏ん張っているということだ。

「…困ったもの。ドラゴンの民のためにも、結界は出来るだけ維持してもらいたいが、さりとてヴェネジクトもそうなって来ると不憫な。」

志心が言うのに、皆は暗い顔をした。誰も瘴気の対策を教えてもらえなかったがために、こんなことになっている。大会合に来ていなかったら、もしかしてこんなことにはならなかったかもしれないのだ。

「…助ける方法は?十六夜しか救えぬのか。」

駿が言うと、維心は首を振った。

「十六夜しかおらぬ。維月も霧に命じて引っ張り出す事は出来るが…あの霧の中に行って、誰がヴェネジクトを連れ出して来るのだ。霧はヴェネジクトを目指しておるし、全部ついて参るぞ。」

焔が、言った。

「維月なら出来るではないか。あれは霧の影響を受けぬのだろう。とりあえずヴェネジクトから、霧を引っ張り出して呼び寄せる力を絶たせるしかない。」

維心は、眉を寄せた。

「確かにそうだが、維月は回りの霧を消すのに力を取られて、消しながらそんなことをする力がないのだ。無理はさせられぬ。」

炎嘉が、身を乗り出した。

「ならば一時的に浄化を止めて、ヴェネジクトから霧を引っ張り出す事に専念させたらどうか?闇が形成される前にそれを成せば、後は霧は漂うばかりの意思のない煙のようなもの。集束していく場所さえなくなれば、しばし闇が形成されるまで時が稼げよう。今のままでは、ヴェネジクトが闇の依り代になってより闇になりやすい状況なのだからの。」

維心は、考えた。確かに十六夜が目覚めるまで、闇に発生してもらっては困るのだ。それが成功したのなら、時を遅らせる事は出来る。

すると、空気全体から声が割り込んだ。

《…それでも良いが、回りに他の神が居ってはならぬぞ。》皆が驚いて顔を上げると、声は続けた。《依り代などいくらでもある。ヴェネジクトが失くなれば、他の神を探して憑いて、次はそれに集まって行く。今、ドラゴン城にはどれだけの神が居るのだ。》

言われて、皆顔を見合わせた。

確かに民達が、避難も出来ずに居るのなら、いくらでも依り代はある。

「…ならばどうせよと申すのだ、碧黎。」維心は言った。「このまま放って置いて良いのか。」

碧黎の声は、苦渋の色を宿した。

《このままでは、まだ微かに残って何とかドラゴンを守ろうと必死に結界を維持しておるヴェネジクトも力尽き、霧が集まるままとなり闇が誕生するだろう。あの場から、霧に犯されぬ心を持つ者がヴェネジクトを連れ出して、何も居らぬ場へ連れて行き、維月に引き剥がさせるしかない。だが、黒い霧はついて参るし、余程頑強な精神を持たねばそれは出来ぬ。次は連れ出した、そやつに憑くからだ。》

維心は、迷わず言った。

「ならば我が。維月の着物が我には山ほどある。あれを着て行けば、我は動じる事などない。」

しかし、碧黎は首を振ったようだった。

《主ではならぬ。》

維心が抗議しようとすると、義心が間髪入れずに言った。

「ならば我が参ります!」

碧黎の声は答えた。

《そうではないのだ。闇と共鳴するようではならぬと申すのよ。我にも出来ぬ。》

炎嘉が、眉を寄せて言った。

「…どういうことぞ。これらは闇になど共鳴せぬわ。」

しかし、碧黎は答えた。

《…闇は、何に惹かれる。》

炎嘉は、憮然と答えた。

「だから陰の月に…」言ってから、ハッとした。「…維月か!」

碧黎の声は頷いた。

《維月を僅かでも愛しておってはならぬのよ。維月に惹かれておる神は誰一人、霧に近付く事はならぬ。闇と共鳴し、己が闇となるからだ。力の大きい者ほど、強力な闇となろうぞ。維心など、絶対に近付いてはならぬのだ。》

維心は、呆然とした。この気持ちがならぬというか。

すると、翠明が言った。

「それに、ヴェネジクトが居らぬようになれば、結界が崩壊してあの地は黒い霧に沈むのではないのか。誰かが代わりに結界を張らねば後が大変ぞ。」

言われて、皆その可能性を頭に浮かべ、確かに、と困惑した顔になった。

あんな只中へ入って行くことすら出来るかどうか分からないのに、入ったとしても結界を張ったら、その中に閉じ込められて出て行くことが出来なくなるのだ。

しかも、あの地全体に結界を張ろうと思ったら、結構な力の神でなければ無理だ。それこそ、王レベルでなければ領地全体に、霧が入って来ないような結界を張るなど無理なのだ。

「…ザハールに頼めば、恐らくは可能かと。」義心が言った。「我が説明に参ります。内側に結界を張るようにと。そして、誰かがヴェネジクト様をどこかへ連れて出ることが出来たら、あの地は問題ないかと。」

だが、いったい誰に行かせたら良いというのだ。

その時、帝羽が入って来て膝をついた。

「王!誓心様からの書状を持って、貴青と、ヴァリーが参りました!」

全員が、そちらを振り返った。

ヴァリーは、あの霧の中から抜け出して、北西の白虎の宮にたどり着いていたのだ。

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