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対立2

内宮の南にある応接室は、それなりに美しく王達が歓談するにも良い場所だ。

そこに、侍女達が慌ただしく酒を運び込み、肴を揃える間、皆は黙って向かい合って座っていた。

やっと侍女達も出て行って、炎嘉が、杯を手にして、自分で酒を注ぎながら言った。

「飲まねばやってられぬ。ところで、これからどうするつもりよ。」

維心は、杯を手にしながら答えた。

「何も。あちらが和解をと言うて来たら応じる。そうでないなら放って置く。どうせこれまで交流もなかった宮なのだから、居らぬでも我は一向に困らぬしな。むしろ、手助けしておったのはこちらの方よ。この百年程、戦後の復興にこちらからも龍を貸し出して何とか立て直したのだからの。我から頭を下げる必要などないと思うておる。」

焔が、渋い顔をした。

「かと申して同族であろう?まだあちらの大陸の統治は完璧ではないと聞いておる。多くの神が死に、乱れた世は百年ぐらいでは立ち直らぬ。放って置いて良いのか。」

志心が、言った。

「困るのはあちらぞ。それでなくとも維心は、自分の方が力もあって命じる事も出来る立場であったのに、それをせず同等に扱って来たのだろう。本日の匡儀のように、下に見ようともしなかった。それをわざわざ引っ張り出して来たのはあちらなのだ。謝るのなら、あちらからぞ。これ以上関わる必要はない。」

志心の言うことはもっともで、維心もそう思っているのか黙って頷いている。

駿が言った。

「…そうは申しても、北も落ち着いたばかり。あのような事がこれから先無いとも限らぬのに。あちらが折れて来る事があるとお思いか。我には…あの様子から見てあり得ないと思うのだが。」

翠明が、隣から言った。

「こればかりは意地があるからの。維心殿はこのように構えもしておらぬのだし、匡儀殿は自分で自分の首を絞めた形になっておるのだ。まさか攻めて来るなど無いと思うが…我にも分からぬな。」

維心は、それを聞いて息をつき、杯を下ろした。

「…我ら龍族の歴史は知っておるか。」

翠明は、眉を上げた。

「初代龍王が、神世で初めて王として立ち宮を持って統治した。それを倣って皆がその種族の力のあるものを立て、今の世の礎となったのだの。」

維心は、首を振った。

「もっと前ぞ。」と、皆を見回した。「我らは本来激しい神。闘神として生まれ、殺戮の限りを尽くし、同族の間で殺し合い、力を誇示した。初代龍王維翔は、しかしそれを抑える術を知っていた。一族の中で誰より賢く、優秀な神だった。だからこそ、そんな同族を統率し、争いのない世を作ろうとした。歴代龍王はそれに倣い他の宮の王と戦い、五代である前世の我がやっと統治したのだ。そして太平の世が出来た。」と、炎嘉を見た。「炎嘉は共に戦った。我の次に力を持つ王であったこれが、我の手助けをしてくれたゆえ、成し得たことなのだと思うておる。」

炎嘉は、驚いた顔をした。それはそうだと自負していたが、まさかここでわざわざ維心の口から告げられるとは思っていなかったのだ。

「…維心が統治したのだ。我は時に遊んで時に手助けしておっただけ。これだけが、ひたすらに世のことだけを考えていたのだ。」

志心が、苦笑して言った。

「主ら二人が一枚岩でなければ、我らとて迷うておったやもしれぬ。どちらにつくかでの。あの頃維心は、あまり我らと口を利かぬでな。炎嘉が我らとの仲を取り持っておったようなもの。今はこれでもマシになったのだ。維月が嫁いで来てからであるがな。」

駿が、驚いたように志心を見た。

「維月殿?しかし、平定したのは前世の五代龍王であった維心殿なのでは。」

炎嘉が、ブスッとした顔をした。

「前世も今生もこやつは維月維月よ。共に転生して参って、また婚姻した。驚きの速さであったぞ?成人してすぐであったからの。まあ、確かに維月を娶ってからの方が維心と腹を割って話せるようになったのは確かぞ。あれが傍に居て、こやつを変えておるのだ。」

駿は、感心して維心を見た。それほどまでに長い間、たった一人を想うとは何と強い意思であることか。

「…まあ、我が言いたいのはそこではないのだ。」維心は、苦笑しながらも、割り込んだ。「我ら龍族はの、元々同族を殺す事などなんとも思わぬ種族なのだ。理性で抑え続けて今ではこのように謹厳な種族などと言われておるが、そもそもが本性を隠さねば世が大変な事になるからぞ。だからこそ、戦わねばならぬ時の我らは、非情だと言われる。主らだって我のことを非情の王などと呼んでおったではないか。それが我の本性よ。常は抑えておるだけ。つまりは、我らにとって主らのような他の種族よりも、同族の方が敵対した時脅威だと思うておるのだ。己に近い力を持っておるなら尚の事。」

炎嘉も焔も、険しい顔をしながら視線を交わした。志心が、落ち着いた様子で、しかし険しい顔で言った。

「…あれが攻めて来る可能性もあると思うておるということであるな。」

維心は、すぐに頷いた。

「その通りよ。そして、その時には我はあれらを根絶やしにする。北でやったように、残すなどということは出来ぬ。一度敵対した同族は、どれほどに執念深いか知っておる。だからこそ、我は匡儀を下した。そうすることで、我に敵わぬということを自覚させ、攻め込もうなどと思わぬようにな。それでも来るようなら、あれはそれまでという事よ。残念ではあるが、消し去るしかない。」

思ったより、深い考えを持って維心はあの場に立っていたのだ。

それを、炎嘉も焔も、志心も駿も翠明もそれで知った。龍族の激しさは、確かに歴史に悪名を轟かせている。だからこそ、今の龍王がそれを見事に統治しているのを称賛され、敬われる。維心は、龍王として龍族の未来を考えて、同族である匡儀が敵対して来ることが無いように、芽を摘もうとしたのだ。

炎嘉が、また酒を煽ってから、言った。

「面倒な事になったものよ。主が悪いのだぞ?維月に立ち合わせようなどと言い出すからこんなことに。やっと平和になったとここ百年は落ち着いて暮らしておったのに。」

維心は、盃に口を付けながら答えた。

「我は良かったと思うておる。」それには、炎嘉どころか皆が驚いた顔をする。維心は続けた。「匡儀の考えが知れたからぞ。弓維をやってからでは遅かった。根本は変わらぬし、数年経っても手合わせする場があったら同じように向かって来ておっただろう。その時知って、敵対してからではもっと複雑な事になっておったと思うゆえ。どうせこうなるなら、今が最良の時であった。」

確かに弓維が嫁いでいたら、滅多なことは出来ないので戦になってもこちらが不利。何しろ、匡儀は夕貴にそれほど執着はないようで、こちらへ嫁いでいたとしてもサッサと攻め込んで来そうだからだ。一方、こちらは正妃が産んだ大事な娘なので、維心は弓維を無視して攻めることなど出来ないだろう。

「とはいえ…そら、維月の能力ぞ。」炎嘉が言う。維心は、眉を上げて問う。炎嘉は続けた。「忘れたか。アマゾネスの城でのことぞ。あやつ、闇の霧を扱えるゆえ、皆俄かに動けぬようになったではないか。死ぬより恐ろしい事になって、殺してやらねばと思うた。弓維が質などに取られたら、あやつが霧に襲われせてから隙を見て己で斬り込んで取り返して来よるわ。主は何も案じる事など無いではないか。」

言われてみたらそうなのだが。

維心は思ったが、陰の月の力を、今使うのは…。

「…それがの。」と、維心はまた、酒を煽った。「…碧黎が、維月を陰の地にした方がと申しておって。何しろ、陰の月は闇寄りの力で、維月は度々それに飲まれてしまう。あの折だってそうであったろう。あれは我ら以上に非情になりうる。だからこそ、維月に頼ることは出来ぬし…十六夜が、月から維月を下ろすことに難色を示しておるから。おかしなことをして、維月に何かあれば碧黎が強制的に降ろしてしまうやもしれぬのだ。」

炎嘉は、知らなかった事に驚いた顔をする。もしかして、宴の始めに維心と維月が堅い表情をしていたのは、それゆえか。

「…だから神経質になっておったのか。」

炎嘉が言うと、維心は頷く。

「そう。我も維月も、十六夜が望まぬものを、無理にとは思うておらぬ。別に我は地でも月でも維月であったら良いし、面倒が無い分、地の方が良いやもと思うぐらいであるが、十六夜がの…。この百年あまり、考えさせてほしいと言ったきり、答えが出ておらぬのよ。」

ならば了承するつもりはないな。

そこに居る、誰もが思った。だからこそ、維月と維心は陰の月関係で問題が起こるのに、神経質になっていたのだ。

「あちこち問題を抱えおってからに。」炎嘉が、言ってため息をついた。「良い、もし匡儀が攻めて参ったら我も共に戦うゆえ。主は一人では無い。」

志心も、苦笑しながらも酒を手に頷いた。

「我とてそうよ。伊達に長く共に来たのではないしな。どうせ我らの土地を踏み荒らして行かねば主の領地へ行けぬのだ。先に蹴散らしやろうぞ。」

維心は、しかし戸惑った顔をした。

「しかし、あちらは誓心も彰炎も匡儀につくやもしれぬぞ?主ら、上手くやっておるのではないのか。」

炎嘉が、ああ、と笑って手を振った。

「彰炎はない。我が参戦すると聞いたら、あれは絶対に匡儀に賛同せぬ。」

やけに確信的な言い方だ。志心も、それに頷く。

「それは我もそう思う。誓心は、恐らく手を出さぬわ。」

焔が、顔をしかめて二人を見た。

「主ら、何を自信ありげに。分からぬではないか。」

志心と炎嘉は顔を見合わせた。そして、炎嘉が言った。

「分からぬか焔。主とて同族であろうが。彰炎の誠は我には分かる。あれは我に刀を向けぬ。絶対にの。匡儀とどんな絆があるのか知らぬが、それでも同族であるからこそ分かるものがあるのだ。そうであるな…あれは、やっと見つかった弟のような。そんな感覚ぞ。お互いに兄弟のように思うておるのだ。」

志心は、炎嘉の言葉に何度も頷いた。

「誠にそう。我にも誓心がどう判断するのか、己のことのように分かる。あれも同じであろうぞ。我が戦うなら、誓心はこちらに刀は向けぬ。我には分かる。」

維心は、そう確信を持って言える二人を、羨望の眼差しで見た。

「主らは良いな。我も龍でなければ、こんなことで悩まずでも良いのにの。」

…龍族か…。

そこに居る王達は、同族でも殺し合う龍族の激しさに、恐れと共に憐憫の感情も浮かんだ。

同じ種族でも、信じることが出来ないのは、寂しい事なのかもしれない。

そう思ったからだった。

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