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断片

「結局維月まで月に帰ってしもうて!」維心は、イライラと言った。「十六夜の代わりをさせるなど、あれには無理ぞ!気の量が全く違うのだぞ!」

志心が、なだめるように言った。

「だが今は仕方がなかろうが。月の機能が必要なら、今それを扱えるのは維月と蒼だけぞ。なんとかしてくれねば、地上がもっと面倒になる。神が病んだ時の面倒は、高瑞の時で身に沁みておろう。もしかしたらヴェネジクトが、何かの原因でそうなっておるかも知れぬのに。」

炎嘉が言った。

「とにかく十六夜は幾つか情報を残してくれた。ヴァリーは地下道に居るようだ。恐らくサイラスが掘らせたやつだろう。瘴気に飲まれそうということは、ドラゴン城の近く。コンドルがどうのと言うておったところで気を失ったゆえ、恐らく別口の面倒はコンドルが絡んでおるのだ。内容は…恐らく調べねば分からぬ。」

義心が、膝をついて維心に言った。

「王、我が参ります。」維心が眉を寄せるのに、義心は続けた。「今調べねば、対応が遅れて更に瘴気が広がったらあちらへは誰も踏み入れられぬようになり、こちらの二の舞に。高瑞様の時でもあの様子、ヴェネジクト様は今少し気が大きいかたなので、もしもあのかたに問題があったなら更に被害は甚大になりましょう。こちらへ波及し始めてからでは遅いのです。」

維心は、それが必要なことも、そんな所へ行って無事に帰って来る可能性があるのは義心だけなのも知っていた。十六夜は行くなと言っていたが、義心が言う通り、こちらにまで来てからでは遅いのだ。

「…では、参れ、義心。」維心は言った。「我ももう遅いが島へ帰る。対応策を練らねばならぬ。匡儀、慌ただしいが弓維は頼んだぞ。主なら宮ごとあれを守ってくれるだろう。今は我は、我が種族の事を考えねばならぬから。」

匡儀は、頷いた。

「任せておくがよい。黎貴が己の命に代えてもあれを守ろうがな。とにかく、誓心はあちらに近いし、十六夜が言うておった通り急いだ方が良い。結界を強化して、せめて結界内だけは守るのだ。」

誓心は、頷いて立ち上がった。

「とにかく状況がある程度分かっておって良かったわ。何かあったら知らせるゆえ、主らも知らせを。気が揉めるが…義心に任せよう。」

義心は、立ち上がって頭を下げた。

「では、御前失礼を。」

義心は、そうしてあっさりとそこを出て行った。

そんな危ない場所へと、たった一人で向かうとは思えぬ様子だった。

それを見送って、皆一斉に立ち上がった。

「では、帰る。」箔炎は言った。「まさかこんなことになろうとは。何やら維心の叫び声が聞こえると、気軽にここへ来ただけなのに。」

志心が頷いた。

「誰かに襲われたかと肝を冷やしたがの、相手を殺したのではとの。」

炎嘉は伸びをした。

「こやつはすぐに気を放ちよるからのー。襲おうとは思わぬわ。しかしまさかこれが寝室に押し入って来るなど、長く生きておって初めてぞ。こちらこそ肝を冷やしたが、覚悟もしたわ。抗うなど無理だし、ならば楽しむわ、との。」

維心は、急いでそこを出て行きながら、言った。

「だから違うというに!襲うつもりならとっくに襲っておるし、もっと静かに参るわ!」

そうして、駆け出すようにそこを出て行った。

「…静かに来られたら誠に恐ろしいのう…。」

箔炎が、その背を見ながら呟くように言う。

皆それには同意して、何度も頷いた。


コンドル城では、昼間から結界外が騒がしいとは気付いていたが、特に気に留めていなかった。

一応軍神達に様子を見に行かせたが、何やら警備の軍神らしきドラゴン達が、何かを探してうろうろしているだけで、特に問題は無さそうだった。

不穏な気がするにはしたが、それでもそんなことはいつもの事なので、レオニートは皆に気を整えるように指示を出し、自らも結界内の気を整えて、通常通り過ごしていた。

それが、夕刻近くになった頃、炎耀がやって来て、言った。

「我としてはこちらの事はあまり知らぬのだが、時にいつもあのように瘴気が多いのか?」炎耀は、レオニートの前に座った。「ドラゴンの結界の方ぞ。探し物をしているようなのは我も見てきて知っておるが、何やらおかしい。今見てきたが、昼間の比でないほど瘴気を感じるのだが。」

レオニートは、困惑した顔をした。

「そのように?いや、常はそんなことはない。人世の乱れが起こっておるのだろうか。」

炎耀は、首を振った。

「いいや。人は神より戦をしておらぬほどぞ。ここらは人が少ないしの。」

レオニートは、気を探ってドラゴンとの結界境の方を見た。

…確かに、異常なほどの瘴気が感じ取れる。

「何事かこれは。戦でもしておらぬ限り、ここまではならぬだろうに。」

炎耀は、この感じに覚えがあった。

あちらで、高瑞が瘴気を孕んでそこに居た時、回りがその瘴気に飲まれて人も迷惑を被っていた。

「…もしかして、誰かが病んでおるのか?力の大きな神が病んだら、大変な事になる。あちらで最近それが起こって、人もそれに引きずられて愚かな事をし始めて、月の宮へとその神を封じて治療した。お蔭でその神は、一年かけてもとに戻ったのだが、回りは未だに瘴気の影響から脱しておらず、仕方なくどうしようもない人は、神が間引いておるところぞ。」

レオニートは、立ち上がって言った。

「では、我が気を整えて参ろう。恐らく、それでいつものように収まるかと思うが…しかし、多過ぎる。どうなっておるのか、この目で見て参らねば。」

炎耀は、頷いて同じように立ち上がった。

「では、我も参る。しかしもし、抑えきれぬほどであったら、己の民は全て結界内に入れて籠るのだ。」炎耀が言うと、レオニートは驚いた顔をする。炎耀は続けた。「瘴気は我らでは正す事しか出来ぬから、発生源を何とかするしかないのだ。だが、もしそれが気の大きな神であったら、己まで食われてしまう。だからこそ、籠るのだ。後の事は後で考えるしかない。」

レオニートは頷いて、ゴクリと唾を飲み込んだ。まさかそんな大層な事になっているのか。

不安は膨らんでいくが、今はコンドルたちを守らねばならない。

レオニートは、炎耀と共にコンドルとの結界境へと出て行った。


ヴァリーとゴルジェイ、ゲラシム、キリル、ロマーノ、イゴーレ、そしてアナトリーは、まだ地下道に居た。

何やら地上の気が不穏な様子な上、ドラゴンの警備兵が低空を飛び回って、どうやら自分達を探しているようだったので、気を隠して地下道から出ることも出来なかったのだ。

アナトリーは、地下道をウロウロとしているうちに目を覚まし、顔色はあまり良くないものの、命に別状はないようだ。

自分の脚で問題なく移動できるようになっているので、手が掛かることは全く無いのだが、今は地上へ上がることが出来ない。

ドラゴン達が、諦めて撤収してくれるのを待つしかなかった。

「…なぜに王は戦など。」アナトリーが、暗い地下で座ったまま、言った。「ヴァリーが居らねば我は死んでおった。気弾を受けた我が一番感じたが、あれはドラゴンの気であった。コンドルの甲冑を、なぜに着ておるのだとあの一瞬思うた。」

ヴァリーは、言った。

「先ほども話したように、王は恐らくドラゴンの覇権を取り戻そうと思うておる。」ヴァリーは、苦々し気だった。「かつてヴァルラムという王が築いたこの地を治める力は、ヴィランという王の愚かな行為によって大勢のドラゴンの軍神を失った上、回りの宮への影響力も失って地に堕ちた。そんな最中でも、コンドルはあの面倒見の良さから、王を失っても回りの宮の王達が、幼い皇子の面倒を見て、臣下達もそれを支え、宮を維持して力も失わなかった。コンドルはドラゴンよりも力を持つことになり、しかし穏やかで戦を好まぬコンドルは、ドラゴンを一気に討つことも出来たがしなかった。我らは知る由も無かったが、そんな中でも王はレオニート様に嫌がらせをしておったらしい。だが、あのかたはおとなしいお気質で、文句も言わず、戦を起こしてはならぬと耐えておられたのだとか。我は、明蓮から教わって、無知とは罪だと思うたのだ。これからは、いくら下々の軍神だといえ、皆に教えねばならぬ。知らぬからこそ、愚かな事に加担する。アナトリーを、襲った奴のようにな。知っておったら、せなんだやも知れぬ。己がその後口封じに始末されることも見えただろうからの。」

アーロンとイゴーレは、知らなかった事だったので、衝撃を受けた。本当に、何も教わっては来なかった。最低限の礼儀などは、上司の軍神達を真似て何とか出来たし、字も読める者がいくらか居たので、それらに教わって覚えて何とかなった。だが、これまでの歴史や、今の情勢など、誰に教わるわけでもなく、何も分からず上司や王が命じるままに、動く人形と化していたのだ。

ここへと籠った短い時間、ヴァリーから僅かな事かもしれないが、最近の流れや情勢を聞いて、目が開かれる思いだったのだ。

このままでは、戦になる。

そして、自分達のような何も知らない軍神達から先に犠牲になって行くのだ。

ゴルジェイが、言った。

「…我らもここ数時間だけでヴァリーに話を聞いて少しは知恵を付けた。少なくともザハール殿は、戦を避けようとしておったのだと我は今、思っておる。ならば、ザハール殿を再び王と推してでも、戦は避けねば。とはいえ…ヴァリーが言うには、ヴェネジクト様はザハール殿が推して王座に就いたのだと?」

ヴァリーは、頷く。

「そう聞いておる。ゆえ、今は軍神に下っておるが、ヴェネジクト様が育つまではと王座を守っていたのだと。だが…その様子なら後悔しておるやもな。」と、アナトリーを見た。「主、調子はどうよ?気は戻ったか。」

アナトリーは、頷いた。

「体はもうなんともないのだ。だが、何やら面倒な瘴気のようなものを感じて落ち着かぬ。この空間全体から…普段から、気の流れを正しておったらマシになるものなのに、さっきからやっておるが全く利く様子もなくて。」

それには、ロマーノも頷いた。

「確かにそのように。空気が重く、我らも段々に息苦しいような心地がして参ったところよ。できたらそろそろ外へと出られる場所を見つけたいもの。」

ゴルジェイは、真っ暗な地下道の、先へと目を凝らした。

「我らはまだそう感じぬのだが…確かに、先を見通すことがしにく状況ぞ。ここまで気が乱れる事がこれまであっただろうか。それとも、地下であるからか。どちらにしろ来た道を戻る事は出来ぬ。追手がウロウロしておる可能性が高いしな。先へ進んで、出口を探そう。」

ヴァリーが頷いて、皆が立つのを待っていると、イゴーレが叫んだ。

「うわ…!違う、瘴気じゃないぞ!」と、手で必死に払うような仕草をした。「霧ぞ!霧になっておる!」

「なに?!」

ヴァリーがそちらを向くと、ロマーノも叫んだ。

「うわああああ!助けてくれ!霧が!」

ゲラシムが、必死に封じようと術を放つ。

「しっかりせよ!」

「ヴァリー!」キリルが叫ぶ。「危ない!」

言われて、ヴァリーはキリルの視線の先を振り返った。

ヴァリーの背後から、霧の渦が襲い掛かろうとうねうねと動いて覆い被さって来るのが見えた。

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