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言えない

白龍の宮では、主役は居ないし維心は心ここにあらずだしで、宴も早々に切り上げて皆、控えの間に引き揚げていた。

シンと静まり返った宮の貴賓室へと戻った維心は、維月になんと謝ろうかと頭を悩ませていたが、維月は着物を取り払った後は上機嫌で、特に怒っているような様子もなく維心を迎えた。

維心は、バツが悪そうな顔をしながらも、手を差し出して言った。

「…今戻った。」

維月は微笑んで寄って来た。

「おかえりなさいませ。お早かったのですわね。皆様居られるから、もっと話して来られるかと思いましたのに。」

維心は、首を振った。

「黎貴と弓維は戻っておったしな。いつもの者達なのだし、話題もない。」と、維月を見た。「それより、長く重い装束を強いてすまなんだな。それが気になって、会話も頭に入って参らず。」

維月は、驚いた顔をした。

「まあ、そのような。公の場でみすぼらしいのは、維心様のお顔にも泥を塗る事になりますので。気にしておりませぬわ。常は気楽にしておりますし、滅多に無いことなのですから、お気になさらず。」

維月は、元々からっとしているので、今つらくなければ気にならないらしい。

とはいえ、維心は匡儀に言われた事が気になって仕方がなかった。

「しかし、主が言わねば我は帰そうとせなんだし…、」

そこまで言ったところで、十六夜の声が割り込んだ。

《ちょっとそれは後にしてもらっていいか。》びっくりして維心と維月が窓を見上げると、十六夜の声は続けた。《そのうち知るから言っても良いだろうし言うが、ヴァリーがまずいぞ。今正にまずい状況なんだが。》

維月は、驚いて言った。

「え、まずいって何が?!」

十六夜は答えた。

《詳しい事は言うなって。親父が今、割り込んで来てる。また二人揃っておねんねになるって。ええっとな、とにかく、知らせたから。》

維心が脇から言った。

「待て、そんな中途半端な!」

しかし、十六夜の声は途切れた。

維月は、困惑した顔をした。

「困りましたわ…私は、何も見ておりませんでしたし、今から見ても十六夜のあの感じでは言えぬということでしょう。ストレスが溜まるだけですわ。だって、十六夜が言って来るぐらいですから、私だって言いたくて仕方が無くなるはずですもの。」

維心は、首を振った。

「見ずで良い。万が一言うてしもうて主がまた月へ戻されたら何とする。ええっと、今は月であろう?」

維月は、苦笑して頷く。

「はい、月ですわ。なので今ならもれなく私と十六夜が仲良く眠る事に…ということは、地の時だったらお父様も眠る事になるのかしら。」

維心は、仰天した。それは大変な事になる。

なので、ブンブンと首を振った。

「月のまま、尚且つ見ずに黙っておれ!聞かなかった事に!」と、ブツブツ言った。「十六夜も…言えぬのならわざわざ思わせぶりな事を申すでないわ。気になって仕方がないではないか。」

維月は、不安げに維心を見上げた。

「いかが致しますか?こちらには炎嘉様も志心様も箔炎様もいらっしゃるのですし、お話なさっておいた方が良いのでは。」

言われて、維心はハッとした。そうだ、今は皆近くに居る。

維心は、今帰って来た扉を見た。

「では…ちょっと炎嘉の部屋へ行って参る。先に寝てくれてよいからの。」

維月は、頷いて頭を下げた。

「はい。行っていらっしゃいませ。」

そうして、維心は仕方なく急いで炎嘉の部屋へと向かった。

といっても、広いので距離はあるが、炎嘉の貴賓室は隣りだった。


「炎嘉!」

維心は、先触れも何もなく、ましてノックなども無くいきなりに部屋へと入って行った。だが、居間には炎嘉は居らず、もう寝室へ移ったようだった。

維心は、ずかずかと寝室の扉へと向かうと、それを勢い良く開いて叫んだ。

「炎嘉!寝ておる場合ではない!」

炎嘉は、維心の声を遠目に聞いて、起き上がって寝台から降りようとしているところだったようで、維心が寝室へ押し入って来たので仰天した顔をした。

「なにっ?!こら、主はそんな趣味は無いのではなかったか!維月が居るのに…喧嘩でもしたのか。」と、うーんと眉を寄せた。「…仕方ないの、そら、参れ。」

炎嘉は、布団の中へと戻ると、上布団を上げて言った。維心は、ぎょっとした顔をして、慌てて扉へと寄って、ブンブン首を振った。

「違う!」

炎嘉は、顔をしかめた。

「何が違うのだ、いきなり我の寝室に押し入って参っておるくせに。主、宮へ参ってもそんなことをしたことがあるか。我でも主の奥には入らず居間で待っておるのに。」

言われてみたらそうだった。

維心は、バツが悪そうにジリジリと扉の外へと下がりながら、言った。

「いや…忘れておった。外で待っておるから。」

「主らそんな仲なのか?」背後から声がして、仰天して振り返ると、匡儀が襦袢に袿で立っていた。「痴話喧嘩なら静かにしてくれぬか、我の結界の中で。見えておるから驚くではないか。」

匡儀は、ハアアアアと欠伸をした。もしやと出入口の方を見ると、彰炎と箔炎、志心、誓心が立ってこちらを見ている。

維心は、慌てて皆に言った。

「違う、別に炎嘉と争っておったのでもそんな仲でもないというのに!炎嘉に話があったから来たのだ!」

彰炎が、もごもごと言った。

「だが…勝手に寝室へ入る仲なのだろう?その、別に隠さずで良いではないか。妃も子も居るし、時にはの。」

完全に誤解されている。

維心は、炎嘉を振り返った。

「炎嘉!主、何もないと言わぬか!」

炎嘉は、ため息をついて袿を引っ掛けると、外へと出て来て言った。

「今の今まで何も無かったが、今夜なのかと驚いたわ。これまで寝室まで押し入って参った事はなかったではないか。誠にいよいよかと覚悟したぐらいぞ。」と、グイと維心を押して、居間へと押し出し、椅子へと向かった。「まあ、こやつに限ってないと思うぞ。それにこれまでだって我らはそんなことをしたことは無い。これは誠ぞ。お互いにそういう興味の対象ではないからの。で、皆来たの?話とは何ぞ。我にだけか?」

維心は、首を振った。

「皆に話しておいた方が良いだろうが、とりあえず主にと思うて参ったのだ。その、緊急であるようで…。」

炎嘉は、目を丸くした。

「なに、緊急?!ならばこんなことをしておる暇はあるまいが!」と、皆に手を振った。「そら!座れ、聞くだろう?!」

全員が頷いて、炎嘉の勢いに慌ててそこらの椅子へと分かれて座った。維心は、炎嘉の隣りの椅子へと腰かけて、慌てても碌な事がない、と小さくなった。炎嘉は、そんな維心をせっついた。

「こら。落ち込むのは後で良いから、まずは用件を申せ。用件さえ聞けば相手をしてほしいならしてやるゆえ!」

維心は、顔を上げて言った。

「だから違う!」と、息をついた。「その…維月と話しておったら、十六夜が割り込んで参って。」

箔炎が、目を見開いた。

「あれが言うて来るなら大変な事なのではないのか。」

維心は、首を振った。

「それが、分からぬのだ。十六夜は、伝えたいと思うて言うて来たのだろうが、その途中で碧黎が十六夜に、それ以上言うなというたようで。また眠る事になると。」

匡儀は、あからさまに嫌な顔をした。

「だったらなぜにわざわざ言うて来たのよ。気になるだろうが。」

維心は、頷く。

「我もそのように。ただ、あれは最初碧黎に止められる前にこう言った。ヴァリーがまずい、今正にまずい、と。」

炎嘉が、険しい顔をする。匡儀が、首を傾げた。

「ヴァリー?聞かぬ名よな。北の神か?」

志心が答えた。

「ドラゴンぞ。」と、維心を見た。「ということは、何かあったのだな。その内容を伝えようとしたが、碧黎に止められたということか。」

維心は、頷く。

「炎嘉から聞いておるか?その通りよ。ヴァリーは我らが、あれこそヴァルラムの生まれ変わりではと思うほど、優秀で気が大きなドラゴンでな。心映えも良い。ヴェネジクトが不穏な動きをしてばかりなので、もしあれが駄目であった時、あちらを正す神が必要ぞ。ゆえ、もしもの時の切り札として、あれに期待しておったのだ。それが…いったい、何があったのか案じられる。」

匡儀は、言った。

「上位の軍神か?王座に近いなら王座争いに巻き込まれたのでは。」

炎嘉が、首を振った。

「あれは軍神家系の末ではなく、ポッと生まれた男ぞ。なので下士官で、王座になど手が届かぬと皆思うておるであろう。王座争いが起きたとしても、誰も気にも留めぬ位置。それはないはずぞ。」

志心は言った。

「だが、そのヴァリーがまずいと十六夜が言うて来たのだろう。ならば、調べさせた方が良いのでは。」

すると、部屋の扉の外から、声がした。

「王。こちらでございますか。義心でございます。急ぎ、宮から転送されて参りました焔様からの書状を持ち致しました。」

焔が?!

維心は、急いで言った。

「入れ。」

義心は、中へと入って来た。上位の王達が軒並み来ているのは想定内だったが、誰も酒を酌み交わすことなく、ただ深刻な顔をして話しているようだったので、眉を上げた。

しかし、何かを問う事も義心には出来ないので、黙って維心の前へと進み出ると、折りたたまれた書状を差し出した。

「こちらでございます。夕刻に、龍の宮に到着し、急ぎということでその後残っておりました慎也がこちらへ持って参りました。」

維心はその書状を受け取って、サッと開いた。そして、すぐに閉じると隣りの炎嘉へと渡しながら言った。

「…焔が、北から妙な瘴気を感じると。蝦夷の旭が昼頃から面倒な気が流れて来るような気がすると知らせて来ておったので、焔も蝦夷まで足を伸ばして北を窺って来たらしいが、確かに面倒そうな瘴気が発生しているようだったと。だが、実害はなかったので様子見をしておったら、夕刻近くになって、突然に霧でも発生しておるのかというほど醜悪な瘴気が湧いておって…結局は、ドラゴン城の方角であったから、見に行くわけにも行かず、ただ遠巻きに観察しておるだけだということだ。」

書状は、炎嘉から匡儀、匡儀から彰炎と皆に次々に渡って、結局全員が読んだ。

志心まで来て、志心がまた維心に渡し、維心が義心に返したのを見て、炎嘉が言った。

「どういう事ぞ。炎耀からは何も言うて来ておらぬが、コンドルとドラゴンの領地は目と鼻の先ぞ。あれも気取るはずなのだが。」

維心は、首を振った。

「分からぬ。ヴァリーはそれにやられておるのか?…いや、ならば十六夜が見ておるのだから、霧でも発生しておれば浄化して終わりだろう。まだ霧でない、瘴気であるから面倒なのか。…分からぬ。」

箔炎は、言った。

「瘴気は面倒ぞ。高瑞の例があろう。蒼でもなかなかに治せず、やっと最近治ったらしいではないか。もしやヴェネジクトが病んででもおるのか。」

全員が、顔を見合わせる。

そんなことは、見に行かなければ分からないのだ。

「…王。お命じくださいませ。」

義心が言う。維心は、眉を寄せた。

「まだ霧にはなっておらぬが、瘴気ぞ。いけるか、義心。」

義心は、迷いなく頷いた。

「はい。一人であれば、何とか。」

維心は、仕方なく頷いた。

「ならば参れ。だが、無理をするでないぞ。主を失うたら龍軍はまた面倒になる。」

義心は、頭を下げた。

「は!」

そうして、サッと立ち上がった。

すると、そこへ十六夜の声が割り込んだ。

《駄目だ、行かせるな!なんだか知らねぇが面倒な瘴気が蔓延し始めたんでぇ!まだ霧になってねぇし、一気に消せねぇからちょっと待ってろ!今親父と一緒に何とか出来ねぇか調べてるんでぇ!》

そこに居る全員が、慌てて窓から月を見上げた。

「十六夜!やはり瘴気か?ヴァリーは瘴気に襲われて面倒な事に?!」

維心が言うと、十六夜は首を振ったようだった。

《違う、あいつは別口なんだ!今は地下道に居るみてぇでオレには見えてねぇ。だが、その真っただ中に飲まれそうになってるから、そっちの危険もあるしただでさえ大変なのに、義心まで行ったらオレらはあっちこっち見なきゃならなくて手が回らねぇかもしれねぇんだっての!誓心、お前んとこも瘴気が流れてくぞ、早いとこ帰って結界を強化しろ!ヴァリーだってコンドルの…、》

誓心が驚いて息を飲むと、碧黎の声が割り込んだ。

《十六夜!やめぬか、我一人では無理なのだぞ!》と、碧黎が舌打ちしたのが聴こえた。《…あやつ。あれだけ申すなと申したのに!》

碧黎が舌打ちするなどよっぽどだ。少なくとも維心は、初めて聞いた。

「碧黎、十六夜がなんだ?今のでまさか寝ておるとか言うまいな。」

碧黎の声が吐き捨てるように答えた。

《そのまさかぞ。我らは多くの事を知るが、全てを言えるわけではない。なのに、こやつはポンポン口にしおって、これ以上はまた眠りについて今は瘴気が霧がと申しておるのだから、寝ておるわけにはいかぬぞときつく申しておいたのに。維月は陰の月…十六夜の力を使えることは使えるが、多くは無理ぞ。力を失くす。》

維心は、見えない宙に言った。

「維月と共に寝ておるのではないのか。」

碧黎はイライラと答えた。

《別に相方が何かをしたからと、もう相方まで眠る事は無い。あくまでも命一個一個の責任であるから。だが、十六夜にある力が維月には無いゆえ、光の浄化の力を使うには、広範囲には無理という事ぞ。少しずつしか出来ぬし、維月が疲れて気を失う可能性がある。蒼にも、どこまで出来ることか。だから十六夜だけは今、寝て欲しくはなかったのに。》

その時、この部屋のほど近くから、光が空に向かって一直線に上がって行くのが見えた。

それは、暗くなった空に眩く光り、維心はそれを見上げて叫んだ。

「維月!」と、碧黎に叫んだ。「碧黎、維月が戻った!あれは気を失ったのか?!」

碧黎の声は、淡々と答えた。

《維月が十六夜が寝たのを感じて己で戻ったのだ。》と、何かを探るように気を発したのを、そこに居る皆が感じ取った。《…いよいよまずいの。主ら、婚儀なのは分かっておるが、もう己の宮へ帰った方が良いかもしれぬ。詳しい事は言えぬが、己の宮を守る事を考えよ。主らが実感するまではまだ時があるだろうが、備えは早い方が良い。とにかくは…油断するなとだけ、言うておく。》

炎嘉は、急いで言った。

「碧黎、待て、今少し、何か情報は無いのか!」

しかし、碧黎の気配はそれで去った。

月には、寝ている十六夜の単調な気と、維月の戸惑うような気が二つあった。

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