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遠い地

維心と維月は、無事に白龍の宮での婚儀の式を終えて、宴の席に座っていた。

維月はもう、衣装が重くて控えの間へ帰って寛ぎたかったが、娘の婚儀にそんな水を差すようなことは出来ない。

そんなわけで、表向きは機嫌良く、そこに座っていた。

この婚儀には、維心の他に彰炎、宇洲、誓心、それに炎嘉、箔炎、志心が来ていた。

他の神も呼ぼうかと匡儀は言ったのだが、島の神が皆留守にするのは心もとないということで、他の上位の王達は、皆あちらに残ったのだ。

黎貴がそれは嬉し気に弓維を後ろに座らせて、そちらばかりチラチラと見ているので、匡儀は呆れたように言った。

「こら黎貴。嬉しいのは分かる、このように美しい妃なのだし。だがの、もう少し落ち着け。維心が父なのだぞ?これを見慣れた弓維が主に呆れてしもうたら何とする。」

黎貴は、言われてハッとした顔をして、神妙に頭を下げた。

「は…。」

彰炎が、庇うように言った。

「良いではないか、婚儀の日なのだから。これがどれほどに他の女など目もくれず、長い間待っておったのを知っておるからの。まさに粘り勝ち、我は良かったと思う。」

炎嘉が言った。

「もうさっさと奥へ帰ったらどうか。そのように落ち着かぬと我らも落ち着かぬし。別に知った仲であるから、ここで長く顔見世せずとも良いわ。そら、もう戻るが良い。」と、匡儀を見た。「主も良いの?この上酒まで飲んで、さらに落ち着かぬとなればいろいろ差し支えるゆえ。」

匡儀は、言われてみればそうだと思ったようで、頷いた。

「確かに酒まで入ったらどうなるか考えておらなんだわ。」と、黎貴を見た。「ほら、もう戻れ。主は飲まずで良い。話す事も多いであろうし、よう話し合ってお互いに納得し合うが良いぞ。我らはここで飲んでおるから。」

黎貴は、確かに文を取り交わしただけで、深くは何も話していなかったと思った。このまま酒も入って夢見心地で、そんな事もおざなりなまま、妃にして弓維はなんと思うことか。

なので、立ち上がった。

「分かり申した。では、先に戻ります。」と、弓維に手を差し出した。「弓維、参ろうか。」

弓維は、まだここへ座っていなければならないと思っていたので驚いたが、急いでその手を取った。

「はい、黎貴様。」

黎貴は弓維にそれは嬉し気に微笑みかけると、そうして、侍女達を後ろに、そこを出て行った。

それを、維月は恨めし気に見ていた。ああ…私も部屋へ帰りたい。この重い着物から解放されたいのに。

そう思って維心を見ると、維心がこちらへチラと視線を向けた。維月の恨みの波動が伝わったのかもしれない。

維心は、維月の目を見て一瞬怯んだものの、そっとベールの上から手を握って、小声で言った。

「…今少し我慢せよ。」

維月は、小声で返した。

「もう、先に戻って良いと仰ってくださいませ。」

維心は、困ったように維月を見た。維月は、もう無理、朝からずっとこんなものを着せられて、もう無理なんです!と目で訴えた。

維心は、このままでは機嫌が悪くなって後で大変な事になる、と悟った。なので、仕方なく言った。

「…主も先に戻って良い。」

維月は、途端にパアッと明るい顔をして、侍女達に手伝われながらやっと立ち上がり、頭を下げた。

「御前失礼致します。」

そうして、侍女達に回りをガッツリ囲まれ、重い着物を持ち上げてもらいながら、そこを立ち去って行った。

維心がため息をつくと、炎嘉がクックと笑った。

「主も弱いのう。ま、維月のあの目で睨まれたら我だって戻って良いと申してしまうわ。」

志心が、苦笑して言った。

「龍は簪が無駄に多過ぎるのだ。あれでは苦行よ。帰してやって良かったのだと思うぞ。」

維心は、志心を見た。

「朝から散々つらいと訴えておったから、もうこれ以上無視したら後から大変だと思うてつい、許してしもうたわ。弓維が居ったら我慢せよと申すところであるが、あれも退出したし。残す理由も無うなってしもうて。」

匡儀が言った。

「別に傍に置いておかぬでも良いではないか、しょっちゅう奥へ帰ったら居るのに。主は己の妃に苦行を強いるのか。」

維心がびっくりして匡儀を見ると、匡儀は至極真面目にそう思って言っているらしい。維心は、慌てて首を振った。

「別にそんなつもりは無い。ただ、せっかく美しく着飾っておるのに、側で眺めておりたいと思うし、公の場に出したいと思うもの。」

匡儀は、首をかしげた。

「うーむ、宇洲もそのような事を申しておったな。悠子が美しいからと。いつも疑問だったのだが、主らは自己顕示欲や、傍で愛でたいという欲のために、妃を苦しめて平気なのか?それは愛情と申すのか?」

匡儀からは、何の悪気も感じられない。むしろ、純粋な疑問を口にしているのは分かった。

ぐっさりと胸に突き刺さったらしい維心と宇洲のショックを受けた顔を見て、炎嘉が慌てて言った。

「いや、まあ、確かに外から見たらそうなのであるが、男などそんなものではないのか。せっかくに美しい愛する妃なのだ、己はこんなにも美しい妃を持てたのだと、友に見せびらかしたいとか、そんな風に思うのではないか?」

匡儀は、顔をしかめた。

「だからそれよ。」匡儀はさっくりと言った。「それは、妃、本神にとって一体、何の得があるのだ?維月など、あのように重い着物を朝から着ておるのだぞ?それに、あの簪の量よ。我の甲冑より遥かに重いのではないのかと、見ておるこっちがつらかったわ。なぜにそれを強要するのが愛情なのだ?」

辛辣な。

志心と炎嘉は思ったが、匡儀には全くもって悪気がなさそうなので、どう言えば良いのか分からない。

維心が返す言葉も無く絶句していると、宇洲が言った。

「うるさい!己が一人の妃も娶った事も無い癖に、我らの心地が分かるものか。我らの心地が知りたければ、聞くより誰かに愛情を持ってみてから申せ!恐らく黎貴なら我らの心地が分かろうほどに!」

彰炎が、急いで割り込んだ。

「こら言い過ぎぞ、宇洲。匡儀も、分からぬからとさらりと批判するでないわ。主には確かに分からぬだろうがの、まあ、良い剣とか、甲冑とかを手に入れた時の事を考えてみたら分かろうが。主だって、今の龍王剣を鍛冶師が打って来た時には、我らに見せびらかしておったではないか。それと同じぞ。」

匡儀は、眉を寄せた。

「剣と妃が同じ?」

確かにまずい表現だったかもしれない。実際、維月が居たら眉をひそめていただろうが、幸い退出していたので、そこは大丈夫だった。

誓心が、言った。

「匡儀、知らぬ事には口を出さぬことぞ。まして本日はめでたい日ではないか。そんなことで水を差すでない。主自身に実害がないのだから、疑問に思ってもそこは黙っておれ。そのうちに分かる時も来るだろうて。」

匡儀はまだ聞き足りないようだったが、誓心にそう言われて黙った。

維心は、その話題から慌てて切り替えようと話し出す炎嘉の言葉も耳に入らず、もしかして自分は己の我がままで維月を苦しめて来たのでは、と、呆然と考えていたのだった。


その頃、時差があるのでやっと暗くなり始めた北の地では、ヴァリー達がアナトリーを連れて、結界外の地下にある、誰が掘ったのか分からない地下道へと逃げ込んでいた。

ゴルジェイがここへと皆を誘導して来たのだが、やっと立ち止まって、担いでいたアナトリーを下ろして寝かせた。

「ここなら問題ない。前に偶然見つけてな。誰も知らぬようだったし、何かのためと心に留めておいたのだ。」

ゲラシムが言った。

「なぜに逃げねばならなんだ?王とて別にアナトリーが無事なら文句は無かろう。」

しかし、ゴルジェイは首を振った。

「王はアナトリーが死んだと思うておって、確認してコンドルに抗議せねばと言うておった。事実が分からぬし、こちらが気になったので急いで参ったが、ザハール殿は驚いている風でもなかったし、我に小さく、死んでいてもいなくても見つからぬようにどこかへ移動させよ、知っているもの達も共に、と言うて。」

ゲラシム、キリル、ロマーノとイゴーレは顔を見合わせた。

「…どういうことぞ。」

ロマーノが言う。ヴァリーが、じっと目を閉じるアナトリーを見つめて、言った。

「…恐らくこれが生きていてはまずいのだ。」ヴァリーは、驚く皆に目もくれず言った。「王はコンドルとの戦を望んでおるのだろう。」

キリルが、首を振った。

「コンドルの甲冑を着た奴に襲われたのを見たのは我らだけぞ!報告に戻る暇もなかったのに、なぜそのような…そもそもなぜそれほど迅速に結界外の事を王は気取れたのよ!」

ヴァリーは、苦々しげな顔でキリルを見た。

「考えてみよ。コンドルが、なぜに我らを襲うのよ。あやつらと立ち合っておったから分かるが、あの種族は穏やかで争いを好まぬ。歴史を見ても、力があって頭を下げる必要などないのに、王は頭を下げて戦を回避した。此度の戦でも、前の王のレヴォーヴィナは周辺の城の王達を庇って若くして命を落とした。こんなことをするはずはないのだ。」

イゴーレが、戸惑った顔をした。

「歴史…そうなのか?ならばコンドルではなかったと?」と、ロマーノと顔を見合わせた。「しかし…確かにコンドルの甲冑であった。」

「気は?」ヴァリーは鋭い目で二人を見た。「コンドルの気であったか。」

言われて、ゲラシムがハッとしたような顔をした。

「…いや…違う。」皆がゲラシムを見る。ゲラシムは訴えるように続けた。「思い出してみよ、いきなりであったから気を探る余裕もなかったが、コンドル特有の華やかさはなかった。鳥族は皆、一様に華やかな気の色なのに。あの武骨な感じ、どちらかと言うと我らと同じ。」

ロマーノが、声を上げた。

「ドラゴンか!だが…なぜにそのような。わざわざコンドルの甲冑などで、私怨にしてはあまりにも…。」

ヴァリーは、またアナトリーに視線を落とした。

「…そんな小さな事ではない。ザハール殿は知っていたのだろう。あの軍神は、戦には反対しておると聞いている。王は、命じたのだ。コンドルの甲冑を着て、この結界境を守る誰かを襲えと。恐らくは、必ず殺せとの。なかなか出て来なかったのは、まだ生きていてはまずいからであろう。助けねばならぬようになる。あのままでは、アナトリーは死んでいた。我が明蓮に術を教わっていなければ、今頃屍であった。そして、何も知らぬレオニート様を糾弾し、神世に正当な理由を付けてコンドルを討とうとしておるのよ。」

ゲラシムが、顔色を青くした。

「そのような…主から歴史を教わったばかりであるが、今の情勢ではこの大陸は割れる。最近ではドラゴンに付くだろう城も増えて参ったが、まだまだレヴォーヴィナの恩を忘れぬ城が多い。戦は長引く…戦国になる。」

ゲラシムは、己で言ってその事実に愕然とした。戦になる…あの穏やかな王を相手に。

そしてレオニートはまだ若く、子が居ないのでレオニート一人を失えば、コンドルは簡単に力を失うだろう。同族を殺された、島の炎嘉は烈火の如く怒るだろう。兵を上げる…そして戦は終わることなく、犠牲ばかりが増える未来が見えるのだ。

ロマーノが、困惑した顔をした。

「よう分からぬが、それは誠か?主らはようものを知っておるな。我らは歴史だなんだからっきしで、どうなるかなど分からぬのだ。」

兵のほとんどはそうだろう。

ヴァリーは思った。だからこそ、命じたられたらなんの疑問もなく同じドラゴンでも襲う。アナトリーを襲った兵士も、そんなことは思いもせずに従ったのだ。

そして恐らくは、もう始末されているだろう。

「…どちらにしろ、それは防いだ。」ヴァリーは言った。「我らの証言無くして王がレオニート様を糾弾することなど出来ぬし、そもそもアナトリーは助かった。失敗した以上、我らとて見つかれば命はない。そんなことを謀ったと、神世にバレたらまずいからぞ。戻ることは出来ぬ。恐らくは命じられてアナトリーを襲った奴は、報告に戻った時点で殺されておるだろう。我らも危ない…もっと遠くへ逃れるしかない。」

そこに居る皆が、息を飲んだ。

遠くへ…しかし王に気取られずにどうやって、どこへ逃げたら良いのだ。

「アナトリーを連れて、遠くへは行けぬ。ここは結界外とはいえまだドラゴンの領地に近い。旧アマゾネスの城が一番近いが、ヴィランが居るし…海に出るにも結界により近くなるゆえ、警備兵が居ろう。コンドルは?主らレオニート様を知っておるのだろう。匿ってくださるはず。」

イゴーレが言う。

ヴァリーは、顔を上げた。これらを守らねばならない。恐らく自分しか、的確に判断出来る者が居ない。

「…コンドルは駄目だ。あちらに匿って頂いたりしたら、それこそ王になんなりと口実を作られてしまい、ご迷惑が掛かる。島へ…行けたら良いのだ。」ヴァリーは、言った。「炎嘉様にお話を。あの方なら話を聞いてくださる。何よりコンドルと同族ぞ。島と近しい神を頼る。炎嘉様に連絡さえ付けてもらえれば、後はなんとかなる。」

ゲラシムが、不安げに言った。

「しかし島は遠い…どこへ行くのよ。」

ヴァリーは、頭の中の地図を見た。ここからなら、一番近いのここから南の白虎の宮。

「白虎ぞ。」と、皆を見つめた。「誓心様に、お願いする。」

イゴールが言った。

「我らのような者の話を聞いてくださるのか。そもそも警備兵達に追い払われようぞ。」

ヴァリーは、断固とした口調で言った。

「それでも、ぞ!それしか方法はない。我らは生きて島へ逃れるのだ!」

そうするしかないのか。

皆は顔を見合わせた。しかし、それしか生き残る道はもう、ありそうになかった。

だが、この地下道もどこまで伸びているのか分からず、どうやって南へ下れば良いのか、皆目見当も付かなかった。

何やら辺りの気が、瘴気を孕んでいるような不穏な感じがして、皆を一層不安にさせていた。

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