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対立

「…終いぞ。」

維心が言ったかと思うと、匡儀の刀が宙を舞った。

「…一本…、」

義心が言おうとした時、匡儀は刀を気で引き寄せ、再び手にして維心に斬りかかった。

…立ち合いの規則では刀が手から離れた時点で勝敗はついた事になるのに…!

維月が思って慌てた。

しかし、維心はスッとそれを避けると、下から匡儀の喉を突き上げる形で寸止めした。

匡儀は、その場にピタリと止まり、止まった刀の切っ先を目だけで見下ろした。維心は、それを見て刀を退くと、言った。

「立ち合いの規則を知らなんだか。それとも負けを認めとうなかったか。どちらにしろ主には勝てぬわ。特に、今の主にはの。」

維心は、そう言うとさっさと匡儀に背を向けて地上へと降り立ち、義心に刀を渡した。

炎嘉が、厳しい顔をしている。志心も、いつもは穏やかな顔に薄っすらと懸念の色を浮かべて維心を迎えた。

「終わったわ。さて、どうする?宴の席に戻るか。」

何でもない事のように言う維心に、焔が言った。

「これから戻っても宴の席は跳ねておろう。それより…」

と、黙って降りて来た匡儀の方を気遣うような視線を送った。

いつの間にか明羽が来ていて、刀を匡儀の腕から回収している。

維心は、ちらと匡儀を見た。

「まあ、今少し落ち着いたら維月になら勝てたやもしれぬの。維月にはまだ甘い所もあるゆえ、これなら上手くそこを突く事が出来ようしな。だが、我には勝てぬ。我は龍族の王よ。」

明羽が、心配げに匡儀を見上げる。

匡儀は、握った拳をブルブルと震わせてそれを聞いていたが、突然に、言った。

「…一度勝ったぐらいで偉そうに申すでないわ!」と、踵を返した。「帰る!もうこちらには一時も留まりとうない!」

そうして、そこを止める間も無く出て行った。

炎嘉が、維心を睨んで(たしな)めるように言った。

「維心。やり過ぎぞ、なぜにあのような。我でも彰炎には三度に一度は上手く手を抜いてやるのに。同族同士なのだから、少しは気を遣ってやれば良かろう。主らが割れるようなことがあってはならぬのだぞ。分かっておろう。」

維心は、炎嘉を軽く睨んだ。

「我らは王ぞ。あれが龍王として立ちたいと願っておるようだったので、それは無理だと分からせる必要があった。我は別に、最初どっちでも良かったのだ。どちらにしろ我が最強なのは変わらぬのだからな。しかし、あれがあのようにむきになっておるゆえ、本気であるのを知った。ならば本気で潰しておかねば、こちらを下に見て何を言うて来るか分からぬだろう。主と彰炎とは訳が違うのだ。」

志心が、脇から息をついて割り込んだ。

「我と誓心も、争わぬ方向でと最初に話し合った。我らは主らと違い、全く同じ種族であるから、本来王が二人も居るのはおかしいのだ。だが、別のものであると分けて考える事にした。維月の立ち合いを見ておるうちに、匡儀が徐々に鬼気迫って来たので、これはまずいやもとは我も見ていて思っておったのだ。もし、誓心が匡儀のように掛かって来ることがあったなら、我とて維心と同じことをした。なので、我は維心を責めることは出来ぬ。こちらにそのつもりはなくとも、相手がああやって掛かって来たら、叩き潰すしかないのだ。己の種族の、名誉にかけてな。」

炎嘉にも、それは分かっていた。しかし、炎嘉は同族である彰炎を、そんな風に追い込みたくはなかった。炎嘉の方が気が大きいし、技術も上なのは向こうも知っている。それでも、彰炎は諦めずに共に精進したいと連絡して来ては、こちらで訓練場に立ったり、あちらで立ち合ったりと炎嘉に追いつこうと一生懸命だ。それは、彰炎の素直で真っ直ぐな性質のためだったが、そのお蔭で鳥族の中では揉めることはなかった。

それでも、もし彰炎が匡儀のように炎嘉の上の立場に立とうと掛かって来たなら、炎嘉も叩き潰すより他、無かっただろう。

なので、肩を落として息をついた。

「…分かっておるわ。我は彰炎の性質に助けられておるのだ。あれは素直で実直で人情深い。我が上だの自分が上だのそんなこだわりがないのよ。しかし、維心だとて匡儀と共に先の戦でも戦って、信頼関係が築かれておるのだと思うておったのに。」

維心は、フッと息をついて、目を反らした。

「…ほとんど我の力ぞ。炎嘉、見ておったであろう。我が地から大量の気を吸い上げて放ったゆえに、敵は散った。匡儀もそれを見ておったし、力の差は分かっておると思うておった。ゆえ、わざわざ口にすることもないと思うてここまで来た。だが…」と、心配そうにこちらを見つめる、維月の頭を撫でた。「目の前で維月を戦わせてみたら、目の色が変わった。気の変化であれの考えは読めた。それならば我がここで叩き潰しておかねば、調子に乗って何をするか分からぬだろう。皆の平穏な生活と我の統治を守るためには、こうするより無かったのだ。」

維月は、維心の考えが分かり、少しホッとした。別に維心は、自分の力をひけらかすためにあんなことをしたのではないのだ。これからのことを考えて、匡儀に思い知らせるためにわざと戦った。

「維心様…。」

維月は、維心に擦り寄って、癒しの気をそっと送った。維心は、それを感じて維月の肩を抱くと、フッと口元を弛めた。

「…良い。案ずるな。後はあやつ次第、恐らくは此度の縁談も無かった事になるのではないか。」

出入口の方から、息を飲む声が聞こえた。

皆が一斉にそちらを見ると、そこには維明、維斗、弓維が入って来ていて、立っていた。

「…来ておったのか。」

維心が言うと、維明が答える。

「は。ちょうど、匡儀殿と戦い始めた頃から見ておりました。父上には、此度の話が無くなると?」

維心は、ならば経過も見ていたなと頷く。

「匡儀のあの様子ではな。あちらの皇女をもらう訳にも、弓維をやるわけにも行かぬ。信頼関係が崩れておるから、弓維が案じられて維月も首を縦に振らぬだろう。あちらも、この宮からなど要らぬと言い出すことだろうて。」

しかし、焔が言った。

「今こそ婚姻で和解するべきではないのか。弓維をあちらの次の王の妃にして、あちらの皇女を維斗ではなく維明の妃に。あくまでも和解であるから、対等でなければならぬ。」

維斗は、黙って聞いている。維明は、焔を睨むように見た。

「こちらへ娶っても放って置くことになろうし、余計に関係が悪化する。ならば維斗が娶ると、夕貴殿と話し合って決めて参ったのだから、維斗が娶る方が余程良いのでは。」

維心が、片眉を上げた。

「維斗、主決めて来たのか。」

維斗は、慎重に頭を下げた。

「は。特に問題はないようでありましたので、あれなら良いかとそのように。ですが父上が申されるのでそのように考えましただけ。下知に従いまする。」

維心は、その一瞬で維斗の気を読んだが、言葉のままに思っているようだ。特に心が乱れているようでも、残念に思っている訳でもない。

なので、言った。

「恐らくこの話はなくなる。確かに焔の言うように、和解するなら婚姻が手っ取り早いが、今も申したように弓維をあちらへやるわけには行かぬ。どんな扱いをされるか分からぬからの。絶対に大丈夫だとなれば、嫁がせれば良いかと思う。そもそも弓維はまだ成人しておらぬのだ、あと数十年のうちに状況がどのように変化するか分からぬ。今はこれまでということよ。」

弓維は、扇で口元を押えて下を向いた。黎貴様…慕わしいという気持ちは分からないけれど、とても良いかただったのに。結果的に、約束を違えることになってしもうて。

維月が、弓維を気遣って前へ出た。

「弓維、では私と共に先に奥へ戻りましょう。お父様には、まだお仕事のお話があるようですから。」と、維心を見た。「維心様、お先に失礼を。」

維心は、本当は今は維月と共に居たかったが、ここはまだ話しておかねばならない事がある。

なので、頷いた。

「戻ったら湯殿へ参ろう。待っておれ。」

維月は、頭を下げた。

「はい。」

そうして、困っている綾と椿にも頷き掛けて、そうして女性達を連れて、維月はそこを出て行った。

炎嘉が、息をついて維心を見た。

「どうする?どこかで飲み直すか。話があるのだろう。どこか…ああ、そこの休憩室でも良いわ。」

炎嘉は、訓練場の脇に併設されている軍神達が休憩する場所を指した。もちろんそこは、ただの地面に木の椅子が並べてあるだけで、回りを囲っているだけの簡単な小屋のような部屋だ。義心は、とんでもないとブンブン首を振って、膝を進めた。

「王、内宮南応接間へご移動くださいませ。そちらに席を設えさせまする。」

そして、脇に控える明蓮に頷き掛ける。

明蓮は、急いでその指示をしに、駆け出して行った。

維心は、頷いて歩き出した。

「ならば南応接間へ。」と、もう休憩室へと足を進めていた炎嘉の袖を引いた。「こら。そこは我らが入るような場所ではないと義心が言うておるではないか。参るぞ。」

炎嘉は、ブスッと膨れっ面で維心を見た。

「我は別に気にせぬのに。」

「義心が気にするわ。」焔が言った。「そら、身分に合わぬ行動をするでない。参るぞ。」

そして、まだ戸惑っている駿も共に、そこから出て南応接間へと向かった。

まだ部屋へ帰れないのか、と、翠明は心の中でため息をついていた。

そんな中、深夜にも関わらず、匡儀が臣下達を引きつれ結界を出て飛び立って行くのを、維心は感じていた。

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