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探り

維心は王の自分がなぜにあっちこっちうろうろせねばならぬのだと、さらにイライラしながら炎嘉と義心が居る、訓練場地下へと戻って来た。

義心は、その気を感じて維心が戻って来る前からしっかり膝をついて頭を下げていて、これ以上維心がイライラしないように気を付けていた。

維心はそれを知ってか知らずか、ずかずかとはやはり育ちが良いので歩かないが、スッスと速く足を運んで炎嘉の前へ立った。

炎嘉は、それを振り返って面倒そうに窓の側から降りて来た。

「なんぞまた怒っておるのか主は。維月が誰かと逢引でもしておるのを気取ったのか?義心はそこから動いておらぬし、我はここでずっと訓練場を見ておったぞ。」

維心は、ブンブンと首を振った。

「あれは奥で縫物に勤しんでおったわ。違う、十六夜が…いや、維月もだが、どちらも前世のヴァルラムに似ておって区別がつかぬと申す。育った環境で若干違うからと。だが、十六夜はヴァリーの方が、血筋でもないのにあり得ないほど似ておるから、そっちじゃないかと申す。それでも確信もないし、ならば直接に話して来ようと言うたのだが…」

炎嘉は、間髪入れずに首を振った。

「主はならぬ、警戒してもっと分からぬようになるわ。だったら我が行く。」

維心は、それを聞いてやはりムッとしながら言った。

「…十六夜もそう言うた。ゆえ、主に行って来いと言おうと思うて戻って参った。」

炎嘉は、ハアとため息をついて、義心を見た。

「こやつはこれよ。仕方ない、甲冑を貸さぬか義心。この着物は絶対に傷つけとうないし。」

維心は、言われてハッとした。言われてみたら、いつも傍にある気であるから特別に思っていなかったが、炎嘉の着物から月の気がする。

「…それが維月が仕立てた着物か?!」

維心が飛びつかんばかりに間近へ寄って来たので、炎嘉は、思わずのけぞった。

「ななな、主だって縫ってもろうておるだろうが!」

維心は、ジーッとその袖を掴んで縫い目を見た。言われてみたら、確かに少し縫い目が揃っていない場所もあるが、それでも一生懸命小さく縫ったのは分かった。しかも、これはふた月前に縫ったもの。あれから維月は、奥へ籠って必死に精進していた。ならば今は、かなりの腕になっているはずだ。

「…我が仕立ての龍が未だにあれに許さなんだとかで、我は襦袢しか縫うてもらってはおらぬ。だが、今やっと我用の生地を手に出来たと、奥へ籠って毎日のように…」

そんな維月を思うと、維心は急に自己嫌悪に陥った。そうだ、維月は我のために頑張っておったのに。我は、己の側に居らぬと叱ったりして。

炎嘉は、急にドスンと落ち込んだ気になった、維心にびっくりして言った。

「こら、何を落ち込んでおる。今励んでおるならすぐ縫い上がるわ!我にはこれだけなのだから、取り上げようとするでない!」

維心は、そう見えたか、とハッとして袖から手を放した。そして、拗ねたように横を向いた。

「別に主にと縫われた物なのに、欲しいなどとは思わぬ。だが…鍛錬のためとはいえ、あれは主にも着物を縫ったりしておったらしいではないか、義心。」

義心は、ハッとして深々と頭を下げた。維月から、維心には時が来るまで言うなと言われていたのだ。維月が必死に着物を縫う練習をしているのは、それで知った。

鵬や祥加、公沙にもその後、下賜していたようで、三人は畏れ多いと触れることも出来ず、屋敷の奥深くに厳重な封をされて保管しているのだと聞いていた。

「は…。王のお着物を縫う許可が下りるように、鍛錬なさっておいでなのだとお聞きました。もし聞かれたら答えても良いが、自分からは言うなと命じられておりました。」

維心は、今の今まで聞かなかった。

だから、義心は言わなかったのだ。

炎嘉がうんざりと言った。

「別に良いではないか、着物ぐらい。下位の宮では王妃が皆に着物を縫って与えるなどしょっちゅうらしいぞ?職人が少ないゆえ。」と、義心をチラと見た。「お。主、その鎧下着(よろいしたぎ)、維月が縫うたか?…ちょっと待て、裁付袴もか!どういうことぞ、あれは主の妻か!そんなもの…我も欲しい!」

維心は、言われて義心の鎧の下にある、着物を凝視した。

言われてみたら、月の気がする…立ち襟の刺繍は少し歪んでいる所があるが、そんな事が気にならないこの感じ。

「こ、これは王の物を縫う前に試しに初めて縫ったからと。要らぬなら捨てたらとまで仰っておったので、ならば使わせて頂きますと…。」

維心がふるふると震えていると、炎嘉が言った。

「そんなことは良いわ!ならば今は腕を上げておろう!戦場でその衣は役に立つぞ!何しろ霧が発生する面倒な場所であるからの。それがあればわざわざあちらから避けてくれるから、こっちは戦う事に専念できるではないか!欲しい!」と、維心ににじり寄った。「もっと果実酒をやるから鎧下着と裁付袴を縫ってくれと申せ!」

維心は、フンと地上への階段へと足を向けた。

「うるさい!我の物だってまだ見ておらぬのに!縫っておるかも知らぬわ!」

仕立ての龍があれを止めておったばかりに。

維心は、ヴァリーの事はそっちのけでそっちに腹が立ち、イライラと歩き出した。炎嘉は、それを追って歩きながら、言った。

「待て!主が来たら面倒だしどこかに隠れておれと申すに!維心!」

そんな二人の背を追いながら、義心は心の中でため息をついた。それどころではないのに…。


結局、炎嘉は着物を義心に預けて、龍の宮の甲冑を着けて訓練場へと出て行った。

自分の甲冑でないのでおかしな感じだが、そうも言っていられない。

炎嘉が来たので、皆が場を空ける中、ヴァリーと帝羽が立ち合いを終えて話しているのを見つけた。

帝羽が、こちらに気付いて頭を下げた。

「炎嘉様。お珍しい、我が宮の甲冑で。どうなさいましたか。」

炎嘉は、緊張気味に炎嘉を見るヴァリーに気付かぬふりをして、なつっこく笑った。

「なに、維心が今忙しいようで、待つ間何やらおもしろい気がするゆえ義心に言うて甲冑を借りたのよ。」と、そこで初めてヴァリーを見た。「おお、何との。ドラゴンか。また大きな気がしたと思うたが、隠しておるのか。」

ヴァリーは、帝羽との立ち合いで気を解放していたが、炎嘉の気配に警戒してまた抑えていた。

帝羽は、頷いた。

「ヴァリーと申します。他、四人の軍神達で。あちらのコンドル城で行き合って、この度はこちらで内輪の鍛練を。なかなかに見込みのある軍神達で。」と、ヴァリー達を見た。「このおかたは鳥の宮の王、炎嘉様ぞ。」

五人は、頭を下げた。炎嘉は、笑って手を振った。

「そのようにかしこまることなどない。訓練場では皆同じよ。コンドル城には今、前世の孫の炎耀が行っておるのだ。確かにドラゴンの下士官達がよく鍛練しておるのだと言うておったわ。」

ヴァリーは、炎耀と聞いて、幾分表情を緩めた。

「炎耀様の王であられるな。存じておりまする。炎耀様には、我らにも分け隔てなく指南してくださって、身分など関係無くお話してくださる。よう似ておられると思うたら、王であられたとは。」

炎嘉は、炎耀は我に似ておるから世話好きで、またあちらで軍神達と仲良くしているのだろうとは思っていたが、思いもよらずうまくやっているようだ、と微笑んだ。

「そうか。あれは我と同じような考え方であるからな。さて」と、刀を抜いた。「せっかくに来たのだから立ち合おうぞ。それとも疲れておるなら後でも良いがの。」

しかし、ヴァリーは首を振った。

「疲れてなどおりませぬ。先ほど義心殿から手を抜く方法を教わり、少し楽に立ち合えるようになり申した。我がお相手を。」

さっき教えられたばかりでもう出来るのか。

炎嘉は、感心した。己で探りながらになるので、コツを掴むまで時が掛かるものなのだ。

やはり見込みがあるようだと、炎嘉は満足げに頷いた。

「では、参るが良い。」

そうして、炎嘉は当初の目的も忘れて、しばしヴァリーを含むドラゴン達と立ち合いを楽しんだのだった。


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