軍神達
そんな中で、あのドラゴンの下士官達が龍の宮へ来る日がやって来た。
元々臣下達は、お互いの宮を行き来して非公式に交流するので、今回のことも特に維心が預かり知らぬところで行われているものの一つとして表向きには見られていた。
軍神が非番の時に何をしていようと、基本王は気にしない。気にしていたらキリがないし、そもそも軍神達は王に迷惑の掛かるようなことはしないので、そんな必要はないのだ。
もちろん己の宮の中に入れるので、重臣達から本日はこれこれこんな催しで、どこどこから何人参ります、という報告は受ける。
余程でなければ維心がそれを咎めることなどなかった。
そもそも維心の結界は、良くない心の持ち主は通さないので、結界を入った時点で維心が何か言うことなどなかった。
帝羽から聞いたところ、町の酒場で店主にヴァリーという軍神と話したいと言うと、次の日また来いと言われて、赴くとそこでヴァリーは待っていたらしい。
ヴァリー曰く、王がうるさいので今は堂々と行けない。だが、龍達は手練れの集まりなのだと知ったので、どうしても行きたい。だから、次の非番が再来月なので、その時に行く、と言われたのだそうだ。
なので、こんなに時が空いて、やっと龍の宮へ来るのだ。
夜明けから飛んで来たらしく、早朝にヴァリー他数人のドラゴン達は、龍の宮へと降り立った。下士官なので地味な、装飾もない甲冑姿だったが、ヴァリーを含めたその五人は、龍の宮の軍神と比べても、全く遜色ないほどしっかりと品のある様だった。
「よう来たの、ヴァリーよ。」帝羽は、にこやかに言った。「待っておった。」
ヴァリーは、しかし辺りを見回してから、言った。
「…かなりの大きな気を感じる。我は密かに来たので、王に知られる訳には行かぬのだが、こちらの王は我らの王に言わぬだろうの?我は良いが、他のもの達がどんな目に合わされるかと気が気でなくてな。」
隣に立つ、ゲラシムという軍神が言った。
「我らは構わぬと申したではないか。主を一人には出来ぬ。共に励むのだ。」
ヴァリーは、顔をしかめた。
「だから我は大丈夫だと申すに。」
帝羽は、割り込んだ。
「我が王は別に、そちらの王と懇意にしてはおられぬし、元々あまりご自分から語られるかたではないゆえ案じるでない。こんな軍神の内輪の集まりなどに、ご興味はおありにならぬよ。ただ、たまに訓練場には顔を出される事があるゆえ、お顔をお見上げすることはあるかもしれぬが、誰と話したとしても基本、軍神の事など気にも留められぬし覚えておられるかも疑問よ。気にするでない。」
とはいえ、宮の奥深くから漏れて来るこの信じられないほど大きな気の気配は、慣れない軍神達に気にするなというのは無理だった。慣れるよりないのだ。
明蓮も出て来て、立ち話をしている一同に声を掛けた。
「なんだこんな所で。皆待っておるぞ?うちの筆頭軍神は知っているか。本日たまたま非番で訓練場に来ておるのだ。主らは幸運ぞ。我らでも全く敵わぬ手練れでな。」
ヴァリーは、それまでの警戒した表情から一変して、目を輝かせた。
「ここの筆頭が居るのか?是非に立ち合ってみたいもの。」
明蓮は、笑って頷いた。
「ならば参れ。こんな機会はなかなかないのだぞ?時が惜しい。」
ヴァリーは頷いて、明蓮と歩き出した。
帝羽は、明蓮の頭の回転の速さに舌を巻いた。相手の動きを制御するだけの、知識と判断に長けているのだ。
そうして、帝羽と明蓮は、ドラゴン達を連れて訓練場へと向かった。
その様子を、維心は遠く奥宮の居間からじっと観察していた。
その気を感じて、ヴァリーは落ち着かなかったのだろう。普通なら、王の気がする、ぐらいにしか感じないものなのだが、ヴァリーは自分に向けられているのを無意識に気取っていたのだ。
…確かに優秀な軍神のようよ。
維心は思っていた。
確かに姿はヴァルラムのそれとは似ていないが、あの動きと体つき、話し方などはヴァルラムに通じるものがあった。
何よりあの気…。
隠しているのは分かったが、かつて側で感じたヴァルラムの気の様子に似ているように思った。
だが、隠しているので結界を通して見ても、ハッキリとは分からない。それに、他の軍神達四人も、キリリとした気を感じていて、そこらの軍神には見えない様だった。
やはり側へ行くしかないか。
維心は、思って立ち上がった。
維月は、また部屋に引きこもっていてここには居ない。出掛けると知らせねば、ここに居れば問題ないのに、と、面倒に思いながらも声を掛けた。
「維月?我は訓練場へ参るぞ。」
すると、維月が奥から駆け出して来て、頭を下げた。
「維心様!行っていらっしゃませ。」
維心は、幾分不機嫌になって言った。
「何をしておるのか知らぬが、長い。もうふた月ほどになるではないか。せめて我がここに居る時は側に居らぬか。」
維月は、しゅんと下を向いた。
「はい…申し訳ありませぬ。私の要領が悪いので、長く時を取っておりまして。ですが、もう本日には。このまま励めば、終わりそうですの。」
維心は、いったい何をしているのだろうと思ったが、今日結果が出るなら待つかと頷いた。
「ならば良い。行って参る。」
そうして、維心は居間を出て、訓練場へと向かった。
訓練場へと足を進めていると、ふと慣れた気が結界をかすめて入って来たのを感じた。
維心は、なぜに今来るのよと思いながら、仕方なく足を到着口へと向けて歩いた。放って置いても奥の居間へ勝手に入って来るだろうが、そこで待たせたらまたうるさいだろうと思ったのだ。
維心が到着口へと着くと、炎嘉がびっくりしたような顔をして降り立って来た。
「なにっ?!なんぞ、なぜに出て来た。勝手に参るから奥で待って居れば良いであろうが。しかも奥からここまで早過ぎないか。」
維心は、不貞腐れた顔で答えた。
「誰が主を迎えるために出て来たと思うのよ。違う、訓練場へ向かっておったら主が結界を抜けて来たのを感じたゆえ、こっちへ先に参ったのだ。勝手に奥へ行っておいて、待たされたとか後で文句を言うであろうが、主は。いつも申すが、先触れを出さぬか。いつもいきなり来おってからに。」
炎嘉は、こちらへ歩いて来て言った。
「今さらであるわ。来たら分かるのだから良いではないか。で、訓練場へ向かうのか?暇だの。」
維心は、先に歩き出しながらフンと答えた。
「違うわ。ちょうど良い、主も見るか。」
炎嘉は、急いで維心に並んで歩きながら、言った。
「何をぞ?義心か。」
維心は、怪訝な顔をした。
「なぜに義心よ。違う、ドラゴンの下士官ぞ。コンドルの城へ嬉々として鍛錬に行っておったという下士官を、帝羽と明蓮が探って来たのだ。特に他意などなく楽しんでおるだけのようだったらしいが、そのうちの一人が大きな力を持っておって、しかしそれを隠しているらしい。というのも、場末で育った男で、幼い頃から父母に期待を掛けられてヴァルラムなどという名を付けられて、それが疎ましいのだそうだ。」
炎嘉は、維心の意図を察して真面目な顔をした。
「まさか、誠にヴァルラム?」
維心は、首を振った。
「分からぬ。それを確かめに参ろうと思うて。ヴェネジクトが良い顔をせぬとかで、非番を待ってやっとこちらへ呼んだのよ。しかし、あれは我が見たいと思うておることなど知らぬがな。」
炎嘉は、興味が湧いたようで、うんうんと頷いて足を速めた。
「ならば早う確認せねば。どう見てもヴェネジクトはヴァルラムとは他人の空似のような気がしてならなんだが、そやつは誠にヴァルラムやもしれぬのだろう?」
維心は、逸る炎嘉を窘めるように袖を引いた。
「こら。あやつは何も知らぬのだからの。ただの軍神の様子を見に参った王という風でなければならぬ。それに、そのヴァルラムはあちらで偉大な王と同じ名を付けられて幼い頃から迷惑したらしく、ヴァリーと呼ばせておるからな。主もそれを頭に入れておくようにの。」
炎嘉はいちいちウンウンと素直に頷いて、それを聞いている。
維心は、それを見ていつもの炎嘉なら指図をするなとか嫌味の一つも言うはずなのに、どこか変だと思った。どこかで感じた感覚だ、と違和感を覚えて、ハッとした。そうだ、北西の者達と、同じ様なのだ。
「主、もしかして最近彰炎とよう話すか。」
炎嘉は、驚いたように維心を見た。
「知っておるのか。そうよ、あれがどうしても腕を上げたいと申して、しょっちゅう宮へ来るのだ。その後あっちの宮へ引っ張って行かれたりして、ここのところあやつらと一緒に居ることが多くての。そういえば主はどうしておるかと思うて、本日は来たのよ。」
維心は、やはり、と眉を寄せた。
「主の動きなど知らぬが、その様よ。似ておる。そっくりぞ。主は向こうの奴らと感じが似ておるのだ。己を失うでないぞ、何ぞ、気色の悪い。」
炎嘉は、心外な、という顔をして怒った。
「何ぞ言うに事を欠いて気色が悪いなど!」維心は、さっさと歩いて行く。「こら維心!」
維心は、足を速めて、いつもの炎嘉だ、と、それはそれでめんどくさいと思いながら、訓練場へと向かったのだった。