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訪問

次の日の朝、維心は早めに目を覚ました。

昨日の間に、匡儀から縁談の件について、直接話すと言って来たのだ。

維月は、昨夜遅くまで何やら己の部屋に籠って出て来ず、維心がもう休むぞと言ってやっと奥の間に入って来たので、今朝はまだぐっすりだった。

何をしておると聞いても、己が不得意な物を何としても克服したいと練習の最中であるので、今少し目をつぶって欲しいと言われて、仕方なく許している。

部屋へ勝手に入って行けば良いのだが、生憎維心は育ちが良いので、いきなりに踏みいるような無粋な事はしない。

静かに何かに没頭しているようだったので、そのうちに分かるだろうとそれ以上は聞かなかった。


匡儀が夜明けから少しで到着し、まだ維月が寝ていることもあり、維心は内宮の応接間に通すように言った。

そこへ入って行くと、匡儀は臣下の伏師と、筆頭の堅貴と共に待っていた。

維心は正面の椅子へと向かい、そこに腰掛けて言った。

「よう来たの、匡儀よ。して?直接にとはどうした。別に気を遣わずでも、断りやすいようにわざわざ書状に書かせたはずだが。」

匡はは答えた。

「別に我は良いし、黎貴に至っては病んで面倒になっておっても己が面倒を見るとか言うて絶対に受ける構えであるが、臣下達が案じるのよ。何しろ、妃は弓維だけと定めて娶るのだからの。常とは勝手が違うわ。」

維心は、眉を跳ね上げた。臣下の二人はと言うと、匡儀があまりにハッキリ言うのでバツが悪そうな顔をしている。

相変わらず隠さぬなと維心は内心苦笑して、言った。

「で、あろうの。こちらとしては、一度他へ嫁いだ皇女を押し付ける事も出来ぬし、嫌なら断ってもらって良いのだ。軍神に降嫁させるかとも考えておるしな。瑠維がそれでうまくやっておるから。」

匡儀は、顔をしかめて言った。

「別に他へ嫁いだ事があろうと、黎貴が良いなら我は良いのだ。主の皇女は、あの地と月の守りのある王妃から生まれておるであろう。これ以上ない良縁ぞ。病んでいようと黎貴は構わぬらしいし、我も良い。これらを納得させたいゆえ、参ったのよ。」

今の今まで、弓維が維月の娘であって、かなりの良い縁なのに気付かなかったらしい伏師達は、ハッとした顔をした。月と地の縁戚になるのか。

ならば少々病んでいようと関係なかったのに。

今さらそう思ったのだが、匡儀が口に出してしまったので引っ込める事も出来ない。

維心は空気感で察したが、気付かぬ風で匡儀に言った。

「そうよなあ…。あれはもう、病んでなどおらぬのよ。そもそも、我には分かるのだが、器に命が入っておらぬという稀な事態で、赤子は無事に生まれたのだが生きられなかったのだ。命というのはの、器が生じて、そこに黄泉から命が入る。そこへ来たいという命が居らねば、器だけでは生きられぬのだ。たまに、入るのを忘れる命もあるぐらい、あちらは結構いい加減なのだ。主らも死んでみたら分かるわ。」

伏師と堅貴は身震いしたが、匡儀は手を振った。

「ああ、別にそういうのは死んでから学ぶわ。つまりは、弓維はもう病んでおらぬのだな?」

維心は、頷いた。

「しばらくは命が己の腹の器を選んでくれなんだと落ち込んでおったが、最近は前向きになっておる。いつまでも宮で遊ばせておくのもと思うて、嫁ぎ先を考えておるのだ。だが…そうよな、黎貴はあれを、病んでおっても娶ると申しておるぐらいなら、破談にするのも気の毒であるし、ここへ弓維を呼ぼうぞ。一度あれをその目で見てみるが良い。」と、脇に控える侍女に言った。「弓維をこれへ。部屋着のままで良いからと申せ。」

侍女は、頭を下げて出て行く。

だが、もう伏師と堅貴からは、断るような迷う気は感じられなかった。弓維自身よりも、弓維の背後を考えていて、断る選択肢はないと思っているのだろう。

臣下というのはそんなものなので、維心は特に気にしていなかった。

「すまぬな、未来の舅にいきなり呼び出されて、あれも不憫であるわ。」と、匡儀は言った。「そもそも主の皇女であるのに、不足などあるまいが。維月を見ても、よう躾られておるし、主の手腕が分かろうというもの。」

確かに維月は我が育てたが、あそこまで数百年かかっているのだがな。弓維は乳母と維月が育てたし。

維心は思ったが、何も言わなかった。

そこへ、侍女の声がした。

「王。弓維様をお連れしました。」

維心は、頷いた。

「入れ。」

扉が開くと、急いで来たのが分かる部屋着姿で、上からベールで覆われた弓維が入って来た。

入って目の前に匡儀とその臣下達が居るのを見て一瞬躊躇ったが、父が呼んでいるのに入らない選択肢はない。

なので、維心の前へと進み出ると、頭を下げた。

「弓維。匡儀は知っておるな。」

弓維は、顔を上げて答えた。

「はい、お父様。このようななりでお恥ずかしゅうございますので、ベールの中から失礼を。」

本来、男の前ではベールは降ろさないのが礼儀だが、挨拶の時、親の前や格上の男の前ではベールは降ろすのが礼儀だ。維心は、頷いた。

「我がそのままで良いと申したのだ。案じる事はないぞ。」

部屋着とはいえ、龍の宮の皇女なのでかなりの質の着物をきっちり着付けられている。

伏師は、いきなり呼ばれても品がある着物にきっちり身を包んでいる弓維に、病んでいる様子など欠片も見付けられなかった。

加えて、受け答えもしっかりしていて、気も落ち着いている。

その上、ベール一枚では隠しきれない、維心そっくりの目が覚めるほどに美しい姿には、さすがの伏師でも目を奪われていた。

隣りの堅貴も、これまでこれほどに美しい皇女を間近で見たことがなかったので、固まってしまっている。

匡儀が、言った。

「弓維よ、我が宮へ来てくれるか。とはいえ、我ではなく、黎貴の妃としてであるがの。」

弓維は驚いた顔をしたが、頭を下げた。

「何事もお父様の仰る通りに。」

維心が苦笑した。

「我は別に軍神に降嫁させても良いと思うておるのだがの。」と、堅貴を見た。「大切にしてくれるなら、そちらの堅貴にでも良いほどぞ。そちらの宮の筆頭であるしな。」

堅貴は仰天した顔をして、慌てて頭を下げた。

「そのような…もったいない事でございます。王の妃にこそ相応しいかと。」

弓維は、充分に王の妃に足ると認めたということだ。

匡儀が、言った。

「主は?黎貴の妃に不足はあるか。」

伏師は、弓維に見とれていたのだが、ハッとして首を振った。

「このような素晴らしいかたがいらしてくだされば、我が宮も華やかになろうかと。」

維心は、苦笑して匡儀を見た。

「主が娶っても良いぞ?その年まで独り身であろう。主ならば他に娶ることもあるまいに。」

匡儀は、うんざりしたように手を振った。

「それはそそられるが、黎貴に殺されるわ。弓維、黎貴はの、主が仮に病んでしもうておったとしても、己が世話をすると申して主を待ちわびておるのだ。心安く、来てくれたら嬉しいがの。」

弓維は、それを聞いて涙ぐんだ。黎貴様…あのような事があったのをご存じであられるのに、それでもそれほどまでに我をお待ちくださっておるのか。

涙目で維心を見ると、維心は頷いた。

なので、弓維は頭を下げた。

「はい、匡儀様。我などにもったいないお言葉でございまする。お父様がお許しくだされば、お世話になりとうございます。」

維心は、満足したように頷いた。

「ならば、そのように取り決めようぞ。では、臣下も来ておるしここへ鵬を呼ぼう。約定の内容を記して、後で匡儀と共に確認し、我らが署名する。結納など様々な日取りは臣下に任せるゆえ、それも今日決めてしまうが良い。手っ取り早いわ。」

匡儀は、手際が良いなと苦笑したが、こちらは別に何の問題もないので、頷いた。

「ではそのように。」と、立ち上がった。「それを待つ間、我は控えの間へ移ろうかの。時が掛かろう。」

維心は、自分も立ち上がって言った。

「ならば居間へ参れ。話したいこともあるし、ちょうど良いわ。」と、弓維を見た。「主は侍女と部屋へ帰るが良い。」

「はい、お父様。」

弓維は頭を下げて、そうして侍女達に取り囲まれ、そこを出て行った。

それを見送った匡儀が、感心したように言った。

「よう躾けられておるなあ。夕貴と維斗の話があったが、あれにはどうにも務まらぬように思うゆえ、とてもじゃないが頓挫しておって良かったと思うものよ。もっとしっかり躾けてから、また申し入れてみることにする。」

維心は、クックと笑った。

「そのような。維斗はあまり気にせぬようであるが、確かに本神がつらいとならぬしの。どうしても我ら王族よりも、臣下、特に侍女達の目が厳しいゆえな。また機が熟したら申してくれたら良い。」

そうして、二人はそこに伏師と堅貴を残し、部屋を出た。

そこへ、慌てた様子の鵬と祥加(しょうか)が巻紙を手に走って来るのが見えた。祥加は、最近筆頭重臣に名を連ねたばかりの男だ。兆加が老衰で亡くなり、そのあとを継いだ形で重臣の中に居たのだが、大変に優秀なので、このほど筆頭に据えた。ちなみに龍の宮では執務が多いので、筆頭重臣の枠は三つある。あとの一人は、本日は非番の公沙(こうさ)だった。

二人は、維心に気付くと近付いて来て、膝をついた。

「急な事だが伏師が来ておるから、内容を詰めて書状を作れ。」

維心が言うと、鵬は顔を上げた。

「はい、王よ。日取りはこちらでお決めして良いとの事、侍女から聞きましたがよろしいでしょうか。」

維心は、頷いた。

「良い。主らの良いようにせよ。次は心安く生涯暮らして欲しいゆえ、心しての。」

鵬は、深々と頭を下げた。

「はは!仰せの通りに。」

そうして、隣りで膝を付く祥加に頷き掛けて、部屋へと入って行った。

匡儀は、息をついて勝手知ったる宮の中なので、先に歩き出した。

「臣下も申し分ないし、我も今少し厳しくせねばならぬなあ。考えさせられることよ。」

厳しいのも良し悪しであるのだがな。

維心は思いながら、匡儀と共に居間へと向かったのだった。

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