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癒し

維月は、蒼の様子に、思わず言った。

「まあ…」まだ蒼は挨拶も口にしていない。なのに続けた。「いつもより月っぽいわ。どうしたの?良い事があって?」

蒼は、苦笑した。

「維月、なんで維心様より先に声を掛けて来るんだよ。確かに里の王だし前世は息子だけど。」

維月は、あ、と口を押えてバツが悪そうに維心を見た。維心は、蒼と同じように苦笑してから、蒼を見た。

「蒼。すまぬの、維月と話しておる最中であったから、これはその辺で誰かが近付いて来たぐらいにしか感じられなんだのよ。だが、確かに常より生き生きとしておるような。良い事でもあったか。」

蒼は、気は自分の感情に素直だもんなあと思いながら、頷いた。

「はい。それをご報告しようと思って参りました。」

維心は、頷いて目の前の椅子を示した。

「座るが良い。」

蒼が椅子へと座ると、小さな可動式のテーブルを侍女が持って来て、維月と維心の前にも並べられた。

そうして、他の侍女達が茶と菓子が乗った盆を手に入って来る。

それぞれのテーブルに置かれたそれは、蒼には昔、見慣れた物だった。

「あ。これ、昔母さんがよく作ってくれた…。」

蒼が言うと、維月は袖口で口元を押えて微笑んだ。

「そうなの。簡単に出来るのに、あなた達はこれが一番おいしいと言って、いつも焼いていたわね。月の屋敷に移ってからも、よく作ってたわ。ここ最近は全く忘れていて、ふと思い出したの。それで、台番所の神に申して、一緒にたくさん焼いたのよ。良かったら、恒と…そうそう、裕馬にも持って帰ってあげて。あの子も遊びに来るたびに食べてたから、懐かしいでしょう。」

蒼は、笑って頷いた。

「まさかこれが食べられると思ってなかったから、嬉しいよ。」と、維心を見た。「維心様と出会う前の事であるのです。まだ人だった頃に…本当に数百年前の。」

維心は、自分だけそれを知らないのは寂しい気がしていたが、頷いた。

「では久方ぶりに楽しむが良い。」

と、茶に口を付けた。

何でも、維心が先に口を付けなければ、蒼は食べられないのだ。それを知っているので、維心はそうしてすぐに口を付けたのだろう。

蒼は、嬉々としてその、生地はプレーンなのに、上からチョコが掛けられてあって、間にフルーツが挟んであり、甘すぎないそのケーキを口へと運んだ。シンプルなのに他のどのケーキよりおいしい気がして、よく作ってくれとせがんだものだった。

…懐かしい、母の味がする。

あの頃は、有、涼、遙、恒と共に五人兄弟姉妹でこれを取り合うように食べていた。

今は、恒以外の全ての姉妹が黄泉へと旅立って、残っているのは神格化した恒と、そして友人で同じく神格化した裕馬だけだった。

懐かしいような、寂しいような気持ちになりながら、それを味わっていると、維心が言った。

「それで、何があったのだ?わざわざ訪れるなど。」

蒼は、そうだったと慌てて楊枝を置いて、言った。

「そうでした。あの、高瑞が正気に戻りました。」

維心も維月も、びっくりしたように目を丸くした。正気に戻った?

「それは…また突然に戻ったのだの。」

維心が急な事に驚いてそう言うと、蒼は頷いた。

「はい。オレは毎日様子を見に行っては、世間の様子とかを取り留めなく一方的に話していたんですが、あちらは内にこもって何も返さなくて。ここ一年、ずっとそれを続けていて、つい昨日も、朝に気が進まないながらも、高湊の妃が身籠ったことも教えてやらないとと思ったし、話に行ったんです。そしたら…高瑞が、急に答えて。」

維月は、驚いたまま言った。

「それって、何か兆候はあったの?ちょっとこっちを見てそうとか、瘴気が薄れて来てそうとか。」

蒼は、ぶんぶんと首を振った。

「無いんだよ。だから驚いたんだけどね。高瑞が言うには、オレの声は内に籠っていて暗い場所に居ても、暗い場所の方が光り輝いて無視できなくて、通って来るんだって。それで、毎日それを聞いているうちに、段々に自分を省みるようになって…弓維の事も、自分が悪いって言ってた。あの時は、宮よりも弓維よりも、自分が大切だったんだって。」

維心が、それを聞いて頷いた。

「月の光はどこまでも通すからの。高瑞は、蒼の声をあの浄化の気が溢れる場所で毎日聞いておって、無視できぬようになったのだろう。そうして、己で瘴気と決別して出て参った。いきなりに正気になったのではなく、少し前から内側では主の声に反応はしておったのだろうな。外からは見えなんだだけで。」

蒼は、維心を見た。

「はい。そう言っていました。十六夜を呼んで、瘴気が残ってないか改めて見てもらったんですけど、きれいさっぱり無くなってる!って驚いてました。その前日の夜までは、良くならねぇなあって思って見てたらしいですから。」

維心は、それにもうんうんと律儀に頷く。

「高瑞は高位の神であるから、己が消そうと思うて消せぬ瘴気など無かろうの。自暴自棄になってしもうて内に籠って瘴気をため込んだままにしておったから、ああなっておったのよ。」と、息をついた。「…して?あれの宮へは知らせたか。あれは帰ると?」

蒼は、それには首を振った。

「いいえ。知らせは送りましたが、本神が帰れないと言うので、じゃあ月の宮に居れば良いと言ったんですよ。将維の対が空いているし、そこに高瑞を移しました。オレ、将維が居なくなってから気軽に相談する相手が宮の中に居なくて心細かったし、高瑞がそれをしてくれるんならいいなと思って。」

将維の対に、高瑞が。

それを聞いて、維月は寂し気な顔をした。こうして、将維が生きていた場所も変わって行ってしまうのだ。

維心はそれを気取って、維月の肩を抱いた。

「気持ちは分かるが、あれは今黄泉で炎託と共に番人をしておるではないか。会いたければいつでも会える。もう、あれは現世に居らぬのだ。」

維月は頷いた。分かっているが、少し複雑なだけだ。将維の想い出が、消えて行くように感じたからなのだ。

蒼は、気持ちが分かって労わるように言った。

「オレだって将維が居ないのは寂しいけど、あの対が荒れて行くのは見るに忍びないしね。将維が居た頃は、将維が指示して庭だって結構手を入れてたのに、今は淡々と伸びたら刈る、ぐらいでさ。あの頃の趣も無くなってるし。高瑞が入ったら、また生き生きすると思うんだ。だから、良いと思う。」

維月は、頷いた。将維は番人で、転生もしてくれない。あの時約束した、再び現世で会うのは、まだまだ先のようだった。だから、今は高瑞にあの対を復活させてもらおう。

維心は、自分も維月の焼いたケーキに楊枝を刺しながら、言った。

「どちらにしろ良いことぞ。これで懸念も無くなったし、こちらは落ち着いた。後は…事後処理と、コンドルとドラゴンの動向ぐらいか。」

蒼は、一気に眉を寄せた。

「…ヴィネジクトでしょうか。」

維心は、頷いた。

「あれの考えが読めぬのだ。帝羽に見ておるように申したが、この後の会合で報告してくる予定ぞ。だが、まあ…」と、声を上げた。「帝羽!来い。」

腹に力が入っていたところを見ると、念を飛ばしている。

蒼がそう思っていると、いくらもしない間に帝羽が入って来て、膝を付いた。

「御前に、王。」

維心は、言った。

「会合を待たずで良い。蒼も来ておるし、今報告せよ。」

帝羽は、顔を上げた。

「は。まずレオニート様におかれましては、相変わらず穏やかで落ち着いたご様子であられ、ドラゴンの軍神達が訓練場へ、コンドルの軍神達と立ち合うために来たいと申しても、受け入れられるという風で、敵対行動は一切取られておりませぬ。」

維心は、眉を寄せた。

「軍神同士が交流を?…普通なら、手の内を晒す行為であるし、相手の王があのような様子なら許さぬものだがの。大丈夫なのか。」

帝羽は、首をひねった。

「それが、軍神達は大変に友好的で。我も明蓮を連れて偶然行き合った風を装って参加して来ましたが、全く探るような様子はありませなんだ。どうやらヴェネジクト様から命じられたのではなく、己らで希望して来ておるようで。密かに探って参りましたが、ドラゴン城ではヴェネジクト様がその軍神達に、何も探って来れていないなら、もう参るなと叱責しておるのを見ました。」

維心は、眉を上げた。

「…主らが居ったから探れなんだのではなく?」

帝羽は、頷いた。

「はい。全員が我も我もと入れ替わり立ち代わり立ち合いを。間も見物しているだけで、何かを探る様子などなく、気も何やら楽しんでおるようなもので。後ろめたい様子は何一つ。」と、ハッとしたような顔をした。「そう言えば、一人大変に優秀な若い軍神が居りました。どうやら場末の荒れた土地で育ったらしく、気も驚くほどに大きくて。しかしそれをひけらかすことなど無く、むしろ常は抑えて隠しておるようでした。しかし、そんな生まれなので伝手もなく、まだ下士官のようでした。口数が多くないので詳しくは聞けませんでしたが、育ちの割にはキリリとしていて品も良く、あれならば筆頭であっても驚かなかったでしょう。」

維心は、興味を持ったようだった。

「ほう。名は聞いたか?」

帝羽は、顔をしかめた。

「それが…その名を付けた親を恨んでおると申して。皆にはヴァリーと呼ばれておりましたが、本当は親はあれを使って楽な暮らしがしたいと夢を見たらしく、生まれてあり得ないほどに気が大きかったので、ヴァルラムと名付けたらしいのです。その名のせいで、幼い頃から回りにからかわれて、本当に嫌なのだとか。」

あちらの大陸で、一番に偉大だと言われる王の名を付けたのか。

それは荷が重いだろうと蒼は同情した顔をした。

「オレでも維心なんて名をつけられたら親を恨むだろうし、気持ちは分かるなあ。まあ、まともな親なら偉大な王の名なんて付けないけどね。」

維月が、頷いた。

「そもそもこちらではそれが許されないものね。」

維心は、頷く。

「直系の王族でなければ、基本かつて存在した王の名は付けてはならぬと定められている。特に我ら龍族は、同じ音の名すら付けてはならぬのだ。字を違えてもの。他の宮でも同じようなものだと思うがな。」と、帝羽を見た。「それで、そのヴァルラムはどうであった?ヴェネジクトと比べて、王のヴァルラムが転生した姿のような気がしたか?」

それを聞かれて、維月も蒼もハッとした顔をした。維心は、あれほどそっくりのヴェネジクトを、ヴァルラムではないかもしれないと考えている。確か、前に血族であるから似ておるだけであろうな、と宴の後に炎嘉と話していたのを蒼は聞いていた。

帝羽は、困ったように維心を見上げた。

「我には、生前のヴァルラム様をあまり知らぬので、なんとも。ただ、姿はヴェネジクト様には似ておらず、黒髪でブルーグレイの瞳で、立ち合いで力が入ると赤く光る様でした。ガタイはかなり良い方で、恐らく育った場所のせいではないかと。」

維心は、それを聞いて考えた。ヴァルラムは、ダークグレイの髪に赤い瞳だった。ガタイは良かったが、下士官の父親を見て育ったからだと言っていた。その父親を亡くして母は後を追い、平和な世を作りたいと戦いの中へと身を投じたと…。

「…まあ、姿など本来分からぬのよ。」維心は、息をついて言った。「我は前世の子である将維の子として生まれたゆえ、姿もそっくりであるし気もそっくりであった。こちらは気の大きさは遺伝するし、突然にどこかの神から大きな気の神が生まれたりはせぬから、基本世襲制で同じ血筋の上に生まれるゆえ、皆前世とよう似ておるのよ。箔炎も焔も前世の姿とよう似ておるしな。だが、あちらは違う。突然に下々のあり得ない場所から大きな気の神が生まれる事があるゆえ、下克上の城なのだ。ヴァルラムが、己の血筋の所へ転生しようと考えたかと言われたら違うやもとは思うのだ。」

維月は、それには頷いた。

「はい…。ヴァルラム様のご性質であったら、そこにはこだわらないかとも思います。何しろ、己の力で上り詰めたかたでありましたし、王の子として産まれたら、そちらの方が面倒だとか思われた可能性も。」

蒼は、維月に頷いた。

「王座が近いほど命を狙われるんだもんね。大人になってからだったらいいけど、幼い頃から狙われて、せっかく転生したのに殺されたらとか思ったかもしれないし。」

維心は、ため息を付いた。今の帝羽では、この辺りが限界か。やはり義心をやるしかない…あればかりを使って死んだ後大変だったことが記憶に新しいので、本当なら義心を使うのは気が進まなかった。だが、義心なら生前のヴァルラムの事をよく知っているし、何よりかなりの情報が頭にあるので、推測して先々動き、思ってもない事を調べて来たりするのだ。

「…ご苦労だった。」維心は、帝羽に言った。「主は休め。コンドルは不安なところがあるゆえ、もう少し見張らせておく方が良いやもしれぬの。明日、義心が非番を明けて来るゆえ、また行かせることにする。」

帝羽は、頭を下げた。

「は!」

そうして、帝羽は出て行った。

蒼は、ケーキを口にしながら、まだあちらは落ち着かないな、と心配になったのだった。

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