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花畑

台番所へ入ると、維月が言った通り、かなりの数のケーキとシュークリームが行儀よく並んで置いてあった。

木箱に入れてあるのだが、それが何段にもなっていて、そうして、広い台一面に並べてあるのだ。

「ね、すごいでしょう?売るほどあるの。」と、シュークリームとチョコケーキを一個ずつ取って、義心に渡した。「さ、食べて食べて。人の時に作ったレシピを、覚えていてやってみたら上手く出来たの!」

義心は、断ると維月が傷つきそうなので、期待に満ちた眼差しを受けつつ、恐る恐るシュークリームに口を付けた。

…甘い。

あまり食物を食すことがない義心だったが、それを食べるとなぜだか体に生気が補充されるようだった。

思わずどんどんと口の放り込んで、綺麗さっぱり食べてしまうと、とても惜しい気がした。もっと食べたい気持ちになるのは、維月が作ったからなのだろうか。

「良かった、気に入った?凄い勢いだったわね。維心様でもそんなにバクバク食べないのに。」

義心は、そんなに浅ましかったか、と気まずそうに言った。

「あまり食す経験がないのですが、これは大変に結構な味でございました。」と、維月を急かした。「では、維月様は奥へお戻りを。王がいつ謁見から戻られるか分からぬではありませぬか。」

維月は、首を振った。

「分かるわ。まだ四人目のかたと謁見中でいらっしゃるわ。」と、義心を見た。「ちょっとお花畑に行って来るわ。」

義心は、とんでもないと首を振った。

「維月様、侍女も、ベールも無しに…!」

しかし、維月は出て行く。義心は、少しイライラしながら後を追った…王のお気持がよくわかる。なぜに奥でじっとしておいてくれぬのだ…!また誰かに姿を見られて、懸想でもされたらなんとするつもりぞ…!


義心が懸念したように、誰かに見咎められることもなく、あっさりと維月は奥の、花畑へとたどり着いた。

そこは、前世の義心が野の花を維月が好むのを知って、どこかへ任務で出掛ける度に、根ごと持ち帰って庭師に植えさせた、花の園だった。

維月は前世からそれは気に入って、小さな名も無き花達を愛でていたものだ。

今生、生まれ変わっても変わらずに、ここを愛して通っているのだ。

「ほら、誰にも会わなかったでしょう?」維月は、得意そうに言った。「今は陰の地なの。だから地上のことは簡単に見えるから、誰かに遭遇したりしないのよ。菓子を作る時はね、地になって、食べる者達がどうか幸せになるようにって、地の気を込めながら作るの。だから、あれを食べるときっと幸福になるのよ。」

義心は、それを聞いて納得した。あれを食べて力がみなぎるような気がしたのは、気のせいではなかったのだ。

維月は、黙って立っている義心に、心配そうな顔をした。

「義心?怒ってるの?」と、息をついた。「あなたには、少しでも癒されて欲しいと思ったから。前世からとても世話になっておるし、でも、いつ見ても仕事ばかりなんだもの…。」

義心は、苦笑した。まだ我を気遣ってらっしゃるか。

「…維月様。そのようにお気を遣って下さらずでも良いのです。我は、いつの時も幸福でした。それを気にしていらっしゃるのでしょう?」

維月は、顔を上げた。図星だったようだ。

「花畑にでも来たら、少しは気も紛れるかなって。あなたには、幸福になって欲しいのよ。」

義心は、首を振った。

「我は幸福です。誰より敬う王に前世今生とお仕え出来、あなた様の幸福を見守ることが出来る。維月様、我は王を心よりご信頼申し上げておりまする。あの方ならば、世を平穏に保ち、いつの時も必ずあなた様の幸福をお守りくださる。それをお手伝い出来る己の幸福に、誠になんと運の良い事だと思うておるのですよ。我は、不幸ではありませぬ。ですから、そのようにお気遣いくださる事はないのです。」

維月は、驚いた顔をした。義心には、自分の気持ちがとても良く分かるのだ。思えば遥か昔から、維心と共に義心は居て、同じだけの時間共に来た。それだけの間見てきたのだから、きっとそうなのだろう。

「…あなたの方こそ気を遣っておるのではない?私はいつも気掛かりで…転生したなら別の幸せをと思ってしまうの。」

義心は、苦笑してまた、首を振った。

「これが我の幸福なのです。維月様、確かに我はあなた様を、前世今生愛しておりまする。ですが、我には王ほどあなた様をお守りする力はない。王は偉大な神であられ、あの方にお任せしておればあなた様の幸福は約束されております。ですが、王はたくさんの責務をその身に負われており、的確な補佐無しでは不都合も出て参ります。それを我が担う事で、あなた様の幸福を守る事が出来る。それに、我は幸福を感じておるのですよ。我が王ほど、あなた様に相応しい神は居られませぬ。その偉大な神にお仕えし、そして愛するあなた様の幸福をお守りすることが出来るなど、我は誠に幸運な神なのです。どうか、我の心持ちをご理解くださり、維月様はご自身の幸福をお考えください。それが我の幸福なのですから。」

維月は、涙が溢れて止まらなかった。義心は、そんな心境にまで達していたのだ。

義心は、困ったように維月に懐から懐紙を出して渡すと、ふと空を見た。

そして、言った。

「蒼様の輿が。さあ、もう戻りになられなければ。」と、維月を促して歩き出した。そして遠慮なく鼻を噛む維月に、咎めるように言った。「我だから良いですが、そのように王族の方が神前でお振る舞いになってはなりませぬぞ。そもそも侍女も連れずに外宮まで出られるなど、なりませぬ。せめて内宮までになさるが良い。王のお側を軽々しくお離れになってはなりませぬ。」

維月は、しゅんと頷きながら、思った。義心は、維心と維月の幸福を願っているのであって、他の神などに見られて懸想でもされて間違いがあってはと、案じているのだ。なので、維心の側へと、口を酸っぱくして言うのだろう。

義心も維心と同じなんだ、と気付いた維月は、素直に従って、奥宮の居間へと向かったのだった。


目の前の神が深々と頭を下げて退出して行く。

隣りに膝を付く、鵬が言った。

「では、本日の謁見はこれで終了でございます。」

維心は、どこかを見ているような目をしていたが、ハッと顔を上げた。

「ああ…終わったか。ならば戻る。会合はまたこちらから、蒼の用件が終わったら連絡するゆえ、左様申せ。ちょうど蒼も着いたようぞ。」

鵬は、驚いたように紙の束を側の臣下に押し付けた。

「蒼様が!お出迎えしなければ。」鵬は、慌てた様子で維心に頭を下げた。「王、御前失礼致します。」

王が来るのに筆頭重臣が行かぬ訳にはいかない。

維心が頷くと、鵬は転がるようにそこを出て行った。

維心は、まだ遠い目をしながら立ち上がると、皆に頭を下げられる中、それに気付いているのかどうかも分からない様子で、そこを出て行った。


居間へと帰って来ると、維月が頭を下げて待っていた。

「おかえりなさいませ。」

維心は、頷いて手を差し出した。

「今帰った。」と、維月の手を握り、言った。「蒼が来た。着替える。」

維月は頷いて、もう勝手知ったる侍女が捧げ持つ部屋着の着物を維心に着付けた。維心は飾りも何もかも取り払ってスッキリした様子で、維月と共に椅子へと座った。

そして侍女に頷き掛けると、侍女は頭を下げてからサッと出て行った。

蒼に、準備が出来たと知らせに行ったのだ。

蒼を待つ間、維心はそのままじっと黙っていたが、維月も黙っているので、息をついて、口を開いた。

「…見ておった。義心は非番であったのに、手間を掛けさせるでない。最近はそうでもなかったのに、また外宮へ一人で参ったの?」

維月は、びくりと肩を震わせた。確かに維月がいつもと違う動きをしたら、維心なら謁見の最中であろうと見ていただろう。

維月は、維心を見上げて言った。

「申し訳ありませぬ。義心にも叱られました。軽々しく維心様のお側を離れてはいけないと。」

維心は、ふうとため息をついて、頷いた。

「あれの気持ちは分かった。故にあれが、誰より我に忠実であることもの。あれは我と同じ気持ちで主を我の側にと思うておるのだ。あれを案じる気持ちは分かるが、それならば尚更に勝手な事をしてはならぬ。分かったの?」

維月は、頭を下げた。

「はい…申し訳ありませぬ。」

それでも維心は、怒っている風ではない。

何やら、悟ったような、物悲しいような気を感じた。

「維心様…あの、もう本当にあのような事は致しませぬから。」

維心は、苦笑して首を振った。

「別に前ならいつもの事であったし、怒ってなどおらぬ。ただ、義心の気持ちがの。我なら、そんな風になれなんだ。だが、あれが我をこれ以上にないほど信頼しておることは分かった。大切な維月を、我にと。ならば我は、あれのためにも主を不幸には出来ぬ。肝に命じておったのよ。」

維月は、その事か、と、頷いた。

「はい…。複雑な気持ちでありましたが、私は維心様を愛しておりますし。義心があのように思うてくれるのなら、ならば維心様のお側から離れずでおろうと思いましてございます。」

維心が頷いて維月の肩を抱くと、扉の向こうから声がした。

「王。蒼様をお連れしました。」

鵬の声だ。

「入るが良い。」

維心が言うと、扉が開いた。

そこには、いつものように穏やかな様子で姿だけでもホッとするような様子の、蒼が微笑みながら立っていた。

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