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月の宮

その頃、月の宮では蒼が、治癒の対に設えられてある、高瑞の部屋へと足を向けていた。

そこは、新しく作られた場所で、その部屋だけ庭の方へと飛び出していて、窓が三方に取ってあり、とても明るく、広い場所だった。

本来なら客間となると、居間、寝室は定番な設えだったが、高瑞の場合は常に見ていないといけないので、広い居間のような空間の端に、大きな寝台を設置して、その広い一室で世話をしていた。

高瑞は、暴れる訳ではないので、基本、着替えさせたり、髪を整えたり、茶を準備して目の前に置いてみたり、そんな事しか世話をすることは無かったが、問題は、その内側に持っている暗い瘴気だった。

高瑞は、自分の内側に引きこもってしまっていて、表向きは起きているようだったが、その実意識は別の場所へ飛んでいるようだった。

なので、何を話しても答える事は無く、ただされるがままといった感じで、定期的に訪れる蒼にも、特に反応することは無かった。

気が重いと思いながらそちらへ足を向けると、十六夜の小さい結界に守られた治癒のもの達がちょうど高瑞の世話を終えて出て来たところだった。

「王。ご面会でしょうか。」

蒼は頷いて、そちらも結界に包まれた部屋の方を見た。

「どのような様子か?」

治癒の者が答えた。

「はい、お変わりありませず。相変わらず十六夜様の浄化の力は最も濃いもので、中には全く瘴気は感じられませぬ。ですが、夢を見ておられるように瞳は虚空を向いていて、こちらを認識されておらぬようです。」

蒼は頷いて、扉の中を窺った。確かに、いつもとかわりなく、ぼーっとした様子だった。

「主らは問題ないか。」

治癒のもの達は、顔を見合わせたが、頷いた。

「はい。十六夜様の結界の膜に覆われておりますので、常より体調が良いぐらいでございます。」

蒼はホッと頷いてから、扉の中へと入った。

治癒のもの達は、頭を下げて扉を閉めて、去って行った。

蒼は、高瑞に声を掛けた。

「本日はどうか?高瑞。主の瘴気に引きずられておった人も、少ずつ減っておる。減らされておるのだがの。一時よりは新しい者が発生せぬので、激増していたうねりは抑えられたようぞ。だが、主は己の中の瘴気を消せておるか?」

高瑞は、何も答えず虚空を見つめていた。

蒼は、息をついて側の椅子に座った。

「主には話しておかねばな。高湊が嫌々ながらも王座に就いて一年ほど、宇州殿の娘の燈子を娶っているのは話したと思うが、このほど身籠ったらしい。恐らく、高彰殿が無事に転生されるのだろうということだ。主の子は残念だったが、高彰殿の考えでは龍では否なのは分かるし、命が入っておらぬ器であったのだから仕方がない。もう一年であるし、主にも宮にあれば完全に喪も明ける頃。そろそろ主も、前を向いて参らねばな。」

窓に掛けてあるカーテンは、三方のうち二つは開いていて、庭が良く見える。

蒼はそちらを見ながら、聞いているのかどうかも分からない高瑞に話し続けた。

「…弓維も、立ち直っているようよ。王族の務めは臣下民のために生きる事だと、気持ちを奮い立たせているらしい。ここだから話すが、弓維には主の気持ちはバレておるぞ?己を大切に思う気持ちが、弓維を大切に思う気持ちより大きかったのだと。弓維は、主のために帰りたくても我慢していたようだ。それを、出産で不安であるのにその気持ちも汲み取れず、あのようにしたのだとの。結局、あのまま主の宮で産んでおったら弓維は維心様が間に合わず命を落としていた。前に話した通り、あれは高彰殿を追って黄泉の道へ入り込んでおって、治癒の龍にもどうしようもなかったのだからな。地と月の陰である母親が必死に留め、龍王である父が迎えに行ってやっとであったそうな。主は取り返しの付かぬ事をしようとしておったのだ。今正気であるなら、分かろうにの。」

そう、あのまま維心が無理に返せと言わずにいたら、高瑞のもとで出産になり、弓維は間に合わず死んでいた。そうなった時、維月は深く嘆いただろうし、維心も高瑞を許さなかっただろう。

そうなってしまっていたら、また責任を問われて今頃あの宮が存在していたかも分からない。

これで、良かったのだろう。

すると、他に誰も居ないはずの場所から、声がした。

「…我は愚かであったのだ。」蒼が驚いてそちらを見ると、高瑞がこちらを見て、涙を流していた。「内に籠って何も聞かぬようにしておったが、主の声はどんな暗い場所に籠っていても通って参る。むしろ暗い場所の方が、明るすぎて無視出来ぬ。あのままでは我は己の保身のために弓維を殺しておった。維心殿は烈火のごとく怒ったであろう。我は…ここへ来て初めて、宮より弓維より、己がかわいかった事を知ったのだ。」

蒼は、慌てて立ち上がって高瑞に駆け寄った。

「高瑞…オレが分かるのか。」

高瑞は、涙を拭くこともなく頷いた。

「主は光なのだな。他はぼうっとした影にしか見えぬのに、主だけは光輝いて無視出来ぬのだ。ここへ来て話しておったことは、皆聞いておった。無理やりに聞かされているような感じであったがな。主の言葉を聞くたびに、心の中で己の愚かさをこれ以上知らされたくないと耳を塞いごうとした。だが、どんなに無視しようとしても、主の声は通って来て光を増す。遂に、我は己を省みるしかなくなった。そして、悟ったのだ。全ては我が、悪かったのだと。」

蒼は、高瑞の肩に手を置きながら、首を振った。

「主が心に闇を抱えたのは、主のせいではないではないか。己のせいであるなら、オレだってここまで主の世話をしたりしなかったし、預かろうとも思わなかったと思う。だが、主自身の過去は主のせいではない。ゆえ、どうしても立ち直って欲しかった。だからここへ預かって、毎日様子を見に来ておったのだ。」

高瑞は、まだ涙を流したまま、蒼を見上げた。

「主は我を見捨てなかった。我が表にまた出て来ねばと思うたのも、己の中の瘴気を消す事が出来たのも、主が毎日我に話しかけて来たからだ。その声しか聞こえぬのだから、主が我を放り出していたのなら、我はまだ奥深くに引き籠って、今頃は黒い霧を発生させておったやもしれぬ。そうして食われて、我は正常には戻れなかった。」と、蒼の手を握った。「すまぬ。迷惑を掛けた。よう見捨てず我を世話してくれたものよ。だが、我はもう、宮へは帰れぬ。高湊は、我を見る度知ってしもうた過去を思い出し、また病むやもしれぬ。我とてそう。我は、居場所を見つけねば。」

蒼は、高瑞につられて涙ぐみながら微笑んだ。

「そのようなもの。ここに居れば良いではないか。幸い、将維が使っていた対が空いておるし、あそこに住めば良いのよ。そして、政務に疎いオレの助けになってくれないか。将維も居なくなって、誰に相談したら良いのか分からなくて困ることも多かったんだが、主が居てくれるなら心強い。」

高瑞は、驚いてように蒼を見上げた。

「だが…我は厄介者ではないのか。いくら月の宮でも、厄介ばかりを抱え込んでしもうては、主も困るのでは。」

蒼は、苦笑して首を振った。

「主はもう厄介者ではないではないか。正気に戻ったのなら、賢い王よ。今も言うたように、オレの助けになって欲しい。きっと呆れるだろうが…本当に政務関係はからっきしでな。」

高瑞は、蒼を見つめながら、また涙を流した。

「我などで助けになるのだろうか…?主がそう申してくれるのなら、どれほどに心強いか。この清浄な気が溢れる場でおったら、我はもう己を見失う事は無い。弓維には悪い事をした…誠に我は、あれを愛しておったのかと問われたら、今は分からぬのだ。あれの書に惹かれて、それに癒されて楽になるのを感じた時から、我は己のためにあれを傍に置きたいと思うただけなのやもしれぬ。あれには、謝らねばならぬな。」

蒼は、急いで自分の懐からタオルハンカチを出して、高瑞に渡した。

「さあ、涙を拭いて。またお互いに落ち着いて向き合う事が出来る時が来たら、そうすれば良い。今は、まだ時が早いとオレは思う。」と、高瑞を促した。「では、十六夜を呼ぼう。十六夜なら、主の中の瘴気が無くなったのか見ることが出来るから。瘴気が消えておったら、もう心配は無いし、気持ちが落ち着いたら将維が使っていた北の対へ案内しよう。元龍王が住んでいた場所だから、主にも遜色ないと思うぞ。」

高瑞は何度も頷いて、そうして十六夜が光になって降りて来るのを、蒼と二人で見守ったのだった。

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