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療養2

高湊は、即位式無しに公表するだけで王座に就いて、それからも月日が流れた。

上から二番目、月の宮で言うところのAランクの宮がここ最近、王がころころと変わるので、周囲の宮々でもあの宮は大丈夫なのかと噂が立ったが、数少ない上位の宮であるので、誰も公には口を挟まなかった。

それでも、宮の格付けに問題はないのかという、疑問はあちこちから出始めてはいた。

代々受け継がれる気の大きさから、滅多な事では序列の入れ替えなど起こらないのだが、確かにこれまで、不祥事の多い宮は格に見合うだけの品性がないとされて格下へ落とされる事もあった。

宮の格というものは、その格として敬われるにたる宮であるという、皆の承認により成り立っているので、簡単なものではないのだった。

その動きは知っていたが、そればかりは維心にもどうしようもなかった。

高湊がどれだけ回りに文句を言わせず振る舞い、踏ん張るかに掛かっていた。


結局、高湊には宇州の皇女である燈子(とうこ)が嫁ぎ、瑤子と同じくそれは美しく出来た妃らしく、あれほど婚姻に後ろ向きであったにも関わらず、高湊は大層気に入って、それは大切にしているらしい。

毎日嬉しげに生活の様子を宇州にも文で知らされているらしく、宇州はやっとホッとしているということだ。

一人だけでも、幸福に暮らしてくれたらと喜んでいるらしかった。


維心が書状から顔を上げると、隣に座る維月が言った。

「何かありましたでしょうか。」

維心は、維月を見て微笑んだ。

「高湊よ。宇州の皇女の燈子を娶っておったが、このほど身籠ったらしい。知らせて参った。」

維月は、微笑み返した。

「では、高彰様が戻られるのですね。」と、暗い顔になった。「こちらでは…確かにあの宮の王にはなれぬから。去られたのも道理ではありますが、弓維の心を考えると複雑でございますわ。」

維心は、息をついた。

「仕方のないことなのだ。誰も悪くはない…命が入っておらぬのだからの。人世ではもっと頻繁に起こっておることよ。生まれる数が多いゆえ、うっかり入るのを忘れたり間違えたりして、器だけが生まれてしもうて生きられぬとか。特別な事ではないのだ。次があれば、赤子を抱く事も出来ようし。」

維月は、頷いたが暗い顔のままだ。

維心は、ため息をついてその肩を抱き、続けた。

「弓維を、匡儀の宮へやるかと思うておるのだ。」

維月は驚いて、顔を上げた。

「え?!匡儀様の?!」

維心は反対するだろうなと苦笑しながら頷いた。

「話があったであろうが、黎貴ぞ。あれはあれからも誰も気に入らぬようで相手が決まらぬらしいのだ。最近では匡儀の宮との関係も落ち着いておるし、何よりあちらも龍の宮。弓維の産んだ子はそのままあちらで皇子として育つし、そもそもこのような事は起こるまい。何より長く塞いだままでは良うない。高瑞は、主も里帰りの折りに蒼から聞いて知っておるように、全く改善が見られておらぬ。あちらとまた共になど無理なのだ。気持ちを切り替えさせるためにも、あちらへ嫁いだ方が良いと思うておる。」

思った通り、維月は目を見開いた何度も首を振った。

「そのような…!もうこのままお父様の結界の中で平穏に暮らして参れば良いと申して、何とか心の回復を促しておりますのに!いくら何でも弓維の気持ちをお考えくださいませ!」

維心は、ため息をついて、維月の肩から手を放すと、じっと維月の目を見て真顔で言った。

「もう、幾日ぞ。」維月は、身を硬くした。維心は続けた。「我の皇女が塞いでおるからと、宮の催しも臣下レベルでは次々と中止になっておる。あれらは、我の宮の中で好き勝手出来ぬので、遠慮しておるのだ。そも、嫁いだ娘は普通なら我に関係がない事であって、もし高瑞の宮で出産しておって子が亡くなったと聞いたとしても、ここは喪に服すことも無いし、通常通りなのだぞ。それを、喪に服しておるわけでもないのに、皆が皆こちらに気を遣い、通常なら喪も明けて通常業務に戻るだろう月日を経ても、まだ普通の生活が出来ぬで居る。もうすぐ一年、七夕も会合の宮で行うなど工夫して、こちらに気を遣っておる臣下のためにも、そろそろあれは気持ちを切り替えねばならぬのだ。このまま未来永劫、臣下にそのような思いをさせたまま過ごすつもりか。王族は臣下の足枷になるために居るのではないぞ。」

維月は、分かっていた。臣下もまるで腫れ物に触るように弓維を扱い、奥宮では話すことすら憚られるような空気が未だに流れている。臣下達は他の宮との交流をそれは楽しみにしていて、歌会や茶会などを宮で催すのだが、それすら出来ぬで居るのだとは聞いていた。

それでも、子を亡くした弓維の気持ちを考えると、どうしても維月には、もう他へ嫁げとは、言えなかった。

「…分かっておりまする。ですけれど、他へ嫁ぐなど。確かに子には命が入っておらなんだのに、何を悼んでいると言われたらそうなのですけれど、心の傷が深いのですわ。子に、母と認めてもらえなかったから去られたと苦しんでおるのです。」

維心は、首を振った。

「それは申したはずぞ。子からしたら、別に弓維が母だから生まれようとしたわけでもないのは、高彰の話から分かっておるはずではないか。母として慕うことも無い。まだ育ててもらったわけでもないからの。その証拠にあれは弓維が必死に呼ぶのに振り向きもせず、己の門へと走って行ったのだぞ?あれの意識は、前世の高彰のままだったのだ。他の命のようにすべて忘れた命ではなかった。弓維が勝手に悩んでおるだけよ。」

維月は、それでも食い下がった。

「ならば蒼に頼んで高瑞様とは会わぬように、宮の離れた位置で療養を。あの宮なら心も癒されるのではと思うのです。」

維心は、険しい顔をして維月を見た。

「蒼に面倒ばかりを押し付けられぬ。高瑞だけでも相当な面倒を抱えてくれたのだぞ。あっちこっちから心の患いの神ばかりを受け入れておったら、あの宮はいくら月の浄化でも追いつかぬほど穢れて参るぞ。主は己の娘のことばかりで、その結界内に住む臣下民の事を考えておらぬではないか。どこの宮の皇女でも、心ならずも二夫にまみえることがあるものぞ。」

維月は必死に言った。

「ですが、それは実家に力が無く、経済的に困るから仕方なく参るのですわ。弓維はこの宮の皇女であるのに、もっとゆっくり心が解けるのを待って頂いても良いと思いますわ!」

維心は、断固とした様子で首を振った。

「我の力か。その元の庇護があるから安穏と臣下を抑えつけて奥で好きなだけ悲しんで呆けておって良いと申すのだな。」

維月は、ぐ、と詰まった。維心の力の上に胡坐をかいていると言われたらそうなる。

「いえ…そのようなつもりは。ただ、私達の娘でありますのに。悲しんでおるのですわ。今少し待ってくださっても良いのでは…。」

維心は、表情を変えずに答えた。

「我が宮は、神世に君臨する宮。その宮を維持しておるのは我ら王族ではなく、臣下達ぞ。我はその象徴として、力を示して宮を守っているだけ。だからこそ皆、仕えてくれておるのだ。維月、分かって参ったのだと思うておったのに。主は臣下の事を少しも省みておらぬではないか。侍女達の様子を見たか。主の侍女の奈都や八重が、なぜにこの一年里帰りをせずにずっと宮に詰めておるのだ。奥へ入れる侍女が限られておるゆえ、弓維の乳母と侍女では手が回らぬから、主の侍女があちらも世話しておるからではないのか。己はさっさと十六夜が迎えに来たと月の宮へ、侍女に弓維を任せて帰って参って、あれらの事を考えておるのか。それとも、何をしても我の力があるから己は咎められる事など無いと思うておるか。」

維月は、言われて言葉を失った。

そんな風に思ってらしたのだ。

言われてみたら、侍女達の事をここ最近は見ていなかった。弓維に手が掛かるので、弓維にばかりかまけてしまい、侍女達と手分けして世話に没頭していた。維月は王妃なので、その他の仕事もあるし、何よりも一番の仕事は維心の世話なのだが、それも時間通りに居間へと戻れなかったりして、維心にも何度も迷惑を掛けていた。維心の準備が遅れるということは、政務に出て行く時間が遅れるという事で、結局は臣下に迷惑を掛けている。謁見の前とかならば、維心に会いに遥々時を待ってやって来た、他の宮の者達にも迷惑を掛けていた。それがもう一年近く続いていて、維心も殊更に咎めることも無かったのだが、しかしもう、いい加減にしろという事なのだろう。

それに、里帰りもした。十六夜が言って来て、侍女達がこちらは我らに任せて、たまには気晴らしに行っていらしてくださいませと快く送り出してくれたので、さすがにひと月は居なかったが、三週間ほど戻っていた。

そういえば、維心はその時、里帰りの間維月を追って月の宮へ来る事は無かった。

恐らく、臣下達の心象を考えて、宮から動かなかったのだ。

「…申し訳ありませぬ。」維月は、急にいろいろと見えて来て、頭を下げた。「維心様は私の侍女の事も見て知っていらしたのに。私は…己の責務と弓維の世話に大わらわで、確かに甘えもありました。弓維の非常の時なのだから、少しぐらいは、と。侍女が勧めてくれるのに甘えて、高瑞様のご様子も気になるしと、月の宮へ軽々しく戻っておったり…我がままでございました。」

維心は、険しい顔をしていたのを、フッと肩の力を抜いて、言った。

「分かれば良い。主がもしやそんな心根の女になったのかと瘴気の影響を案じたわ。地位に甘えてはならぬ。むしろ、その地位であるからこそよう考えて行動せねば。ゆえ、弓維はあまりにも甘えておる。いくら我の皇女でも、務めを果たさぬ皇女は要らぬ。宮の奥で侍女達にかしずかれて、この一年何もして居らぬではないか。むしろ、重荷になっておる。ようよう、主が言うて聞かせよ。それが出来ぬなら我が言う。だが、我が言うからには絶対ぞ。嫁がせると決めたらすぐに宮を出す。あれの希望をいくらかでも汲みたいのであれば、主が話を聞いて、あれがどうするつもりであるのか聞いて参れ。その上で、我も考えようぞ。聞き分けぬなら宮には置いておけぬ。分かったの。」

維月は、維心に沙汰を申し渡されている気持ちになって、それを神妙に聞いていた。回りが見えていなかった…弓維も、自分も。

「…はい。ご配慮いただきまして、ありがとうございます。弓維がどうしたいのか、聞いて参りますので。維心様には無理に黎貴様へ嫁がせるおつもりではないということでしょう?」

維心は、頷いた。

「そうよ。あれがいつまでもあの様子であるから、我ならそうするぞという警告ぞ。それで良いなら匡儀と話を付ける。否ならば代替案を提示せよ。それを我が飲めるなら、考えようぞ。」

維心は、いつもなら維月の肩を抱いて引き寄せるのに、今は目の前に居るのに触れても来ない。恐らくは、この一年ずっと考えていて、改まる様子が無いのを見て、こうして咎めたのだろう。

つまりは維心も、少なからず怒っているのだ。

維月は、しゅんと下を向いて頭を下げ、そうしてそこを、弓維の部屋へと向けて、歩いて出て行った。

維心はその背中を見送って、深いため息をついた。

…こんなことを言わねばならぬ、我の気持ちも察して欲しいもの。

維心は、悪者になりたくないと極限まで我慢した自分に、もっと早く少しずつ言えば良かった、と後悔していたのだった。

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