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神の穢れ

蒼は、龍の宮へ降り立った。

維心からは、自分も話したいからと、昼頃に来いと連絡があり、すぐに月の宮を出てこちらへ来たのだ。

到着口へと降り立つと、筆頭重臣の鵬が待ち構えていて、頭を下げた。

「蒼様。王がお待ちでございます。どうぞ奥へ。」

蒼は頷きながら、いつもは理路整然としている宮の中が、何やら騒がしいのを感じていた。音が騒がしいのではなく、気が騒がしい感じだった。

だが、わざわざそれを言い出すのも不躾だと思い、何も言わずに広い回廊を歩いて奥宮へと向かった。

そうすると、奥へ近づくほど何やらその、気の騒がしさが増すようだった。いったい何があったんだろうと訝しんでいると、奥宮の居間の、扉の前で鵬が言った。

「王。蒼様をお連れしました。」

「入るが良い。」

中から、いつもの維心の低い声がする。

その声にいつもながらホッとする気がして、蒼は居間へと入って行った。


維心は、正面のいつもの定位置に座って、こちらを見ていた。

「蒼。よう来たの。本当なら維月も話をしたいと申しておったのだが、つい先ほどから弓維が産気づいてな。治癒の者達が奥に設けた産所に押し掛けて維月も参って今、大騒ぎをしておるのよ。騒がしゅうてすまぬの。」

だから騒がしいのか。

蒼は、焦って言った。

「お忙しい時に来てしまって。出直した方が良いですか?」

しかし、維心は苦笑して首を振った。

「良い。我は特にすることも無いし、生まれるのはまだ何時間も先ぞ。生まれたら連絡が来よるわ。」

…維月の出産の時は最初から大騒ぎして傍を離れないのに。

蒼はそう思ったが、何も言わずに維心が手で示す正面の椅子へと座った。

維心は、続けた。

「して?高瑞の事では無いのか。」

蒼は、維心も知っているよなと思いながら、頷く。

「はい。あの、預かってほしいと炎嘉様からもあちらの臣下からも毎日ほど書状が来て。でも、十六夜が言うにはまだ霧となって発現していない瘴気が、どうやら高瑞の体に溜まっているように感じるようで。瘴気の状態では面倒なんです、黒い霧とか、もっとそれ以上の闇とかなら十六夜がさっさと消してしまえるんですけど、瘴気の状態ではすごく時間が掛かってしまって簡単には消せないんです。いっそ、黒い霧でも発生させてくれたらいいんですけど、そうなって来ると精神的にも食われてしまうので、本人へのダメージも大きいし、どうしたものかと思って。」

維心は、ふむ、と顎に触れて考える仕草をした。

「そういった事は我にもよう分からぬのだが、瘴気は黒い霧の前段階の状態ということであるな?その状態では、十六夜も消すのに時が掛かると。」

蒼は、何度も頷いた。

「はい。あくまでもオレ達の力は黒い霧や、闇に対して働く力で。瘴気ぐらいでは、反応もしませんし、瘴気は浄化の力にも鈍い反応しかしません。全く効果が無いとは言えませんけど、瘴気の状態ならまだ、人や神が自分の力で何とか出来る段階なので、普通ならオレ達が対応するほどではないんですよ。ほとんどの人や神は、瘴気の段階で自分で気持ちを奮い立たせて立ち直ることで消し去ってしまうんですけど、それが高じて黒い霧となって精神が蝕まれ出すと無理で、オレ達の出番って感じなんです。」

維心は、頷いた。確かに瘴気ぐらいなら普通の神でも気を整えることで消し去ることも出来るので、月に対応を頼むほどではない。黒い霧となると、神では封じることしか出来ないので、月の浄化が必要となるのだ。

だが、瘴気は厄介だ。

その穢れた気が回りに影響を及ぼし、心を病みやすくなったり、荒んで穢れを受ける行為を繰り返したりするし、神がその瘴気を持っていると、気の大きさから回りの人に甚大な影響を及ぼす。

なので、維心は気を整えて、瘴気を消せと回りの宮にうるさく言うのだ。

「そうか…その、厄介な瘴気の件であるが、もう面倒な事になっておるのだ。」

蒼は、驚いて目を見開いた。面倒な事?

「え?高瑞の瘴気でですか?」

維心は、眉根を寄せて頷いた。

「義心に調べさせたのだ。数百年前からいきなり穢れた人が多くなって、瘴気の量も激増したのは主も知っての通りなのだが、ここ最近はの、それよりより多くの瘴気が後から後から湧いて出て、その影響を受けた人が、良しない行為に耽った結果、人世に穢れた人ばかりになって参って荒んでおる。瘴気の影響で疫病も蔓延しておって治まる様子がない。善良な人々も、無意識に穢れから逃れて住み処に籠っておる始末よ。このままでは皆の精神に良うないゆえ、何とかせねばならないが、その元凶を探る必要があって、一番濃い場所を調べさせたのだ。」

蒼は、それを聞いて険しい顔をした。

「…高瑞でしたか。」

維心は、頷く。

「そうだ。あれは序列の高い宮の王であって、力を持っている。そんな強い気を持つ王が瘴気を孕んであの地に居るゆえ、それに引きずられて回りには良しない心根の人ばかりになっておる。善良な者は問題ないが、そういう心根が僅かでもある者達は、普段は抑えられる行いも隠せずで穢れで瘴気を生み、面倒になっておる。それは連鎖的に、周辺の土地を蝕んで、どうやら流れは樹藤の島の方向へと向かい、近くの志心の宮の近くも通り、そのまま西の島の方角へと流れ込んでおるらしい。志心は結界の管理がしっかりしておるから、あの土地の中までは入っておらぬが、樹藤の島はもろに被っておるし、安芸や、公明が見ておる甲斐の土地は大惨事ぞ。翠明の土地までは入っておらぬが、あの周辺は皆翠明の社へ詣でるらしくてな。穢れの多い人や穢れた人から影響を受けた善良な人などから、今回の事態を気取ったようぞ。」

淡路島や四国、山陽の方角へと流れているのか。

蒼は、思って維心を見た。

「翠明の土地まで行くほどならかなり速い速度で広がっておりますね。病み始めてまだひと月ですのに。どういたしましょう…今言ったように、十六夜には一気に消したりは出来ません。月の結界に連れてきても、癒しの気を降らしてとにかく高瑞自身の力で心を回復して、対抗しなきゃ消えないんです。そこまで酷いなら、黒い霧になるのも時間の問題だろうし、そうなったらさっさと消してしまえるんですが、月の宮へ連れてきたらそれは抑えられるので、反って長く苦しむ事になるかもしれません。」

維心は、悩むように遠くを見た。

「そうであるな…しかし高瑞がどうのより、周辺があとどれぐらい耐えられるかという事ぞ。あのままあの宮で黒い霧になったら、側についておる治癒の者達も犠牲になろうし、あの宮自体が飲まれる可能性もある。そうなった時、人世の被害も甚大ぞ。神は人や土地を守る存在であって、乱す存在であってはならぬ。早急に高瑞を、あの地から引き離して隔離する必要があるのだ。」

蒼は、諦めたように頷いた。

「つまりは、完全に閉じ込められる月の宮へ隔離するしかないんですね?うちの領地は、人が居ないから。」

蒼が維心から譲られたあの領地は、元は別の神が治めていた場所で、その一族が滅んだ後に、維心が管理していた土地だった。

山の中で、近くには断層が走り、古くは人が住んでいたようだったが、管理する神が滅んだ後に、皆それが見えても居ないのにあの土地を去った。

そしてその後数百年で月の宮が建ち、しかし今も人避けの結界のお陰で誰も住んではいない。

あそこなら、少々瘴気が漏れても誰にも問題はないし、そもそも月の結界を抜けることは、瘴気にも出来なかった。

「すまぬな。」維心は、同情したように蒼を見つめて言った。「月以外に、狂った神など扱えぬのだ。我なら殺すしかない。現に、人世の被害を避けるため、どうしようもなく穢れた人のことは間引いて来たのだ。此度も、次の会合でその話をする予定よ。このままでは、多くの人が穢れを禊ぐ時も与えられず、他の人を守るために間引かれ黄泉へ向かう事になろう。善良な人が、そうでない者に虐げられ苦しむのは許す事は出来ぬ。今はどうしようもない輩が多すぎるのだ。」

蒼は、それを聞いてショックを受けた。確かに、あまりに穢れが過ぎると神にも禊ぐ事は出来ない。あくまでも少しずつ、自分の力でコツコツ禊いで行くしかないのだが、今の状態では、仮に少し禊いだとしても、すぐに穢れるのでリバウンドするようなもので、とても神には、手助け出来ないのだ。

「…分かりました。」蒼は、答えた。「高瑞を月の宮へ預かります。もし治らなかったとしても、最後まで月の宮を出さずに神世と人世を守るために面倒を見ましょう。幸い、今は宮を閉じていますし、他の宮の神に迷惑は掛けないでしょう。オレが、責任を持ちます。」

維心は、頷いて蒼を感謝の視線で見つめた。

「そちらに面倒を掛けてすまぬ。それで助かる命は多いのだ。主には感謝する。」

蒼が頷いて立ち上がると、侍女の一人が女神にしてはかなりの速度で駆け込んで来た。

「王!王妃様が大至急お側にいらして欲しいと…弓維様が!」

維心は、顔色を変えて飛ぶように立ち上がった。

「弓維がどうした?!」

その迫力にも気付かないほど取り乱した侍女は、答えた。

「お気を失われて、治癒の者の気の補充も間に合わぬ状況で…!王妃様が必死に地から気を吸い上げて引き留めていらっしゃいまする!」

「参る!」

維心は、もう蒼など忘れたように物凄いスピードで奥宮を飛んで行った。

…まだ産気付いて時がそんなに経っていないのに…?

蒼は何が起こったのかと戸惑ったが、もうここに居る理由もなく、そのまま自分の責務をこなそうと、龍の宮を飛び立って行ったのだった。

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