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人の穢れ

その事は、維心の耳にも届いていた。

最近は領地外の瘴気が多いので、周辺の宮に務めを果たせと発破をかけていたところだった。

そもそもが数百年前から、穢れた人が急に増えて神世は騒然となったのだ。

それまで、穢れている人は多かったとはいえ、そこまでではなかったのに、細かい穢れが積み重なったような重なった穢れを持っている人があまりにも増えた。

神域に入って来ると、普通の穢れなら祓われて少しはマシになる。

なので、社の前まで来るまでにまあ、許そうかというぐらいには禊がれている。

神は穢れをそれは嫌う。なので、本当なら少しでも穢れている人など自分の結界の中に入れたくないのだが、そんな事では人は穢れまくってしまうので、維心などは社の近くまでの道をわざと険しくして、そこを登って来るうちに、その(ぎょう)のような道のりで苦しい思いをさせることで、禊になって祓われるようにして、人がそこまで来るのを許すようにしているほどだ。

もちろん人は賢しいので、楽に来ようと道を整備したりするのだが、それがしにくいように大岩を配置させたりして、自分の脚で歩いて来るしかない状況を作ったり工夫している。

それが、数百年前に突然に、そんな道ごときでは禊げないほどの穢れを纏って来る者達が一気に増えた。

つまり、穢れる状況が増えたということなのだが、特に戦も起こっておらず、人世に詳しい月の宮に問い合わせたところ、どうやらネットという空間で、不特定多数の人々の他者を貶める行為が簡単に、頻繁に行われているらしいとのこと。

人は、それと知らずに己の指一本で簡単に多くの穢れをその身に纏い、その層を厚くして、不幸なことに神にすら手に負えないほどの大きさの穢れを背負ってしまっているのだという。

維心から見ると、その悪意を向けられた方はそれが(ぎょう)となって禊がれ綺麗になるので、幸福により近くなってバランスを取っているのでそれも良いかと思っていた。

だが、穢れた者が多過ぎた。

仕方なく、そんな者達を(はじ)くための結界を張り、軍神には直接に見回って追い払えと命じてあるので、結界外まで来た激しく穢れた人は、軍神達から体調を崩されたり乗って来た車という機械を壊されたり、また事故など起こされたりで社までたどり着く前に追い払われていた。

そんな事までしなければならない状況にはなっていたが、とりあえずは結界の中は清浄に保てていた。

それが、最近は結界外の人の穢れが酷い。

こうなって来ると善良で穢れのない人々は困っているだろうと、自分の領地はしっかり禊げと、維心は周りの神達に布令を出したのだ。

義心が、維心の前で膝をついて、言った。

「ここ最近の人世の乱れは目に余るほどでございます。我ら神が気を整えても、穢れた人の多さですぐに乱される。疫病などもなかなかに治まらず、善良な者達も引き籠って過ぎ去るのを待っているような状況で。」

維心は、眉を寄せた。

「そこまで酷いとはの。たかが人の穢れと侮っておったやもしれぬ。これまでも何とかやっておったし、最悪穢れた者達をまとめて消せば良いからと深く考えておらなんだ。しかし、そこまで多いのなら、全て殺しては人も異常を気取ろうし。神が関与しておると気取られては厄介ぞ。我らの存在を信じぬでも困るが、しかし信じる者ばかりでも困る。皆が皆、我らに丸投げして己で問題を解決しようとせぬようになるからぞ。」

義心は、神妙な顔で頷いた。

「は…。どう致しましょうか。10年ほどかけて、少しずつ消して参ることも出来まするが。年間幾人を間引くか、お決めくださいましたなら。」

維心は、うんざりした顔をした。出来たら人はただでさえ短い生であるし、更生するのを待ちたいと思っていたのに。そもそも穢れたまま黄泉になど行ったら、黄泉の門までは途方もない距離になり、たどり着けぬ命が増える。

黄泉の道が荒れて、普通の者でも被害を受ける事にもなりかねない。

「そうよな…しばし待て。次の会合で決めて参る。それより、どこが一番多いのか分布を調べて報告せよ。元凶が分かるやもしれぬし、対応もそれで決まって来よう。」

義心は、頭を下げた。

「は!では早急に。」

そうして、出て行った。

維心は、このまま人を間引かねばならなくなったら、また黄泉の番人の将維が大忙しになろうな、と、気が重かった。


蒼は、十六夜と話していた。

十六夜は、ひと月ほど前から炎嘉に頼まれて高湊と月から話していた。

高湊は、高瑞ほど病んではいなかったが、己の出生の秘密にかなり沈み込んでいて、最初は十六夜の声にも満足に答えなかった。

だが、毎日月が昇ると共に話し掛けて来る十六夜に、段々に気を許すようになり、今では心の内を訥々と話してくれるようになったようだ。

王の代行などしたくはなかったが、それでも臣下達が困る姿を見るのは気が咎めると、毎日政務だけは淡々とこなしているらしい。

十六夜は、言った。

「あいつは自分でもどうしようもない罪を生まれた時から背負っているんだって、そりゃあ悩んでたんだ。高瑞があんなことになってるのだって、自分のせいなんだって。でもさ、このひと月、ずっと命の事を説明してさ。命ってのは、黄泉でまっさらになって、それまでの罪だって全てなくなって、これ以上はないぐらい清浄になって生まれて来るもんなんだと。それは、どんな極悪人から生まれてもそうなんだって。罪ってのは、個人個人に課せられる穢れで、それは他の誰も肩代わりは出来ねぇし、自分の事は自分が責任持つしかねぇんだってさ。高湊にも、穢れはあるかも知れねぇが、それは母親でも父親でもなく、自分自身のやったことの報いでしかない。そもそもあっちに行ったら親も子も無いし、次は全く他人かも知れねぇぐらいだって毎日諭したんでぇ。癒しと浄化の気を降らしながらな。」

蒼は、頷いた。

「普通は死んだ後の事とか、命がどうのなんて知らないものだもんね。虐待事件に関して、高湊には何の責任もないんだもの。」

十六夜は椅子にそっくり返って答えた。

「そうなんだよな。で、みんな生まれて来る前にその場所を選んで来てる事も話したよ。高湊が前世誰だったか知らねぇが、その前世の自分がそんな境遇を選んで来たんだって。だから自分で選んどいて悩むのはおかしい、それでも臣下を民を守りたいから来たんじゃねぇのかって。高湊は、それを聞いて考え込んでた。ちょっと気が前向きに振れたのが見えたから、分かったんじゃねぇかな。」

蒼は、それにも頷いた。

「多分。最近は積極的に政務をやってるって喜久が知らせて来てた。でもそれ以上に、高瑞の回復が見られないって。やっぱりこっちで何とかして欲しいみたいだ。」

十六夜は、フーッと息をついた。

「仕方がねぇな。一年ぐらい期限を切って預かったらどうだ?あっちこっち浄化の気を意識して多めに降ろすと疲れるから、治癒の間には降ろしてねぇけど結構黒い気配がしてて、面倒そうだなって思ってたんでぇ。オレが浄化の気を降ろしたところで、どうにもならんような深い瘴気みたいなやつ。」

蒼は、驚いて十六夜を見た。

「え、それって今までなかったやつ?」

十六夜は、頷いた。

「そりゃあ人の瘴気は今はどこでも多いが、あれは神の瘴気だな。黒い霧にでもなってりゃオレの力でイチコロだが、内包されてて表に出てない気配だ。ああいうのが厄介だろう。」

蒼は、顔をしかめた。外へ出て来れば月には見えるし何とでも出来るが、中に持っているとまだ霧化していない瘴気は月にもどうにも出来ない。

言うなれば、燃え盛っていたら消せるのだが、不完全燃焼なものは消せないという、厄介な代物だった。

「…高瑞が、それを持ってるってことか…?ここへ連れてきて大丈夫なのかな?またおかしな事になるんじゃ…。」

十六夜は、肩をすくめた。

「オレにゃ分からねぇ。親父なら分かるだろうが、教えてくれるかな。だが、他の場所じゃあお手上げなんだろ?」

蒼は、考え込んだ。長く王をやっていると、自分の民が心配になって来る。それは自分達月の眷族は大丈夫だろうが、一般の神達に影響が無いとは言えないからだ。

何かあってからでは、遅いのだ。

「…ちょっと維心様に相談して来る。」蒼は、立ち上がった。「お忙しいだろうけど、夕方ならご政務も終わってらっしゃると思うし。先触れを送って来るよ。」

十六夜は、座ったまま手をヒラヒラと振った。

「へえへえ、何でも維心だな。ま、オレと親父が居てここに何もねぇとは思うけど、気が済むなら行って来な。」

蒼は、十六夜がお気楽にしているのに少しイライラしたが、何も言わずにそこを出て行った。

十六夜は、それを見送ってから急に険しい顔になると、宙に向かって言った。

「…親父。そろそろ影響が抑えきれなくなって来てるんじゃねぇか?」

宙から、声だけが答えた。

《見えておろうが。しかし神世が気取って何とかしようと動き出した。我らが何某か言う事は出来ぬ。これはあれらの事ぞ。》

十六夜は、そのまま険しい顔で立ち尽くしていたが、そのうちに光になって、空へと打ち上がって行った。

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