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立ち合い

結局、維月は甲冑を着て来ようとしていたのだが、ここに居る王達が皆、着物であるのにそれではあまりに不利だと炎嘉に訴えられて、仕方なく軽めの着物に、幅が狭い若干短めの袴を来て、髪を束ねた状態で訓練場に立った。

刀は、維心から与えられた龍王に伝わる刀の内の一本で、維心が通常使うものより少し短い型のものだ。

柄には、維心の根付けと夫婦デザインになる根付けが付けられていて、貴重な龍王の石の玉もそこには連なって光っていた。

維月が刀を手に立っている姿を見た匡儀は、途端に緊張した顔になった。

穏やかに立っているだけのような雰囲気だが、斬りかかって行っても一本入る気がしない。

そんな様だったのだ。

維月は困ったような顔をしていたが、維心はやり込めてやろうと思っているようで満足げだ。

それに、椿と綾の二人は、訓練場近くの休憩場に並んで座り、それはワクワクと目を輝かせていた。

椿も立ち合いはするので、これで維月の立ち合いを見るのは二度目なのだが、他の宮の王達と戦う様など見れる機会は滅多にないので、待ち遠しくて仕方がないようだった。

まずは動きが見たい、と匡儀は己が相手をと名乗りを上げられずに居たのだが、その中で、志心が双剣を手に進み出た。

「久しく主とは立ち合っておらぬの、維月よ。我もあれから上達したのではないか。腕試しをさせてもらおうか。」

志心は、双剣を使う珍しい王だ。維月は、前に対戦した時、もう少しで志心に一本取られるところだった。

そこまで追い詰められたのは、維心以外であの時が初めてだった。

「お手柔らかによろしくお願い致します、志心様。私もあれから維心様とよう立ち合って頂きまして、少しは上達したのではないかと。」

志心は、満足そうに頷いた。

「ならば、参る。」

志心は、維月の力量を身をもって知っているので、最初から遠慮なく斬り込んで行った。

「!!」

匡儀は、目を疑った。

維月の動きは、見た事も無いものだったのだ。

あれでは入るかもと侮った目で見ていたのだが、あっさりと避けて行き、そして驚くような位置から太刀を繰り出して行く。

こうして外から見ているからこそどうなっているのか分かるが、実際に立ち合っている志心からだと見えないだろう。それでも太刀を受けているのは、恐らく長年培った勘だと思われた。

段々に、志心の顔が険しくなって来る。

対して維月は、あのおっとりと座っていた女とは思えないような目でその志心の動きを追って、志心に反撃の暇を与えなかった。

「…後がつかえておるぞ、維月。」維心は、普通の声で立ち合いを見上げて言った。「そろそろ取れ。」

すると、その声の後、キン、という金属音がしたかと思うと、志心の双剣の一本がくるくると回って宙を飛び、地面に刺さった。

「一本!」審判の義心の声が言う。「維月様の勝利です。」

二人は、地上へと降りて来た。

志心は、負けたのだが穏やかに微笑んで、軍神が拾って来た剣を受け取り、腰へと戻した。

「まだ勝てぬか。そろそろ勝てるかと思うたのに、維月が腕を上げておって前よりどうにもならなんだわ。遊ばれた感じよな。」

維月は、フフと笑った。

「前回は今少しで負けてしまうところでしたから。あれから維心様にももっと我と立ち合えと仰って、お相手をしてくださる機会が増えましたの。ですから、維心様のお蔭でありますわ。」

維心は、フッと笑った。

「勝てるのに勝たぬでおったではないか、維月よ。これより後は、そのような気遣いは無用ぞ。取れる時に取っておかぬと、立ち合う人数が多いゆえ。サクサク処理して参れ。」

炎嘉が、恨めし気に維心を見る。

「何を偉そうに。確かに我は主には敵わぬが、我だって日々精進しておるのだからの!次は我が相手ぞ!さあ参れ!」

炎嘉が、ぷんぷん怒って刀を抜いて前へ進む。維月は、今終わったばかりだったが、確かに連続で立ち合うのなら、維心が言うようにさっさと処理して行かなければ体力がもたないかもしれない。

だが、怒っている炎嘉相手だったら瞬殺かもしれない。少しは気を遣った方がいいのかも…。

維月は、遣わなくてもいい気を遣いながら、今度は炎嘉と立ち合った。

匡儀がすっかり黙り込んでいるのは、気が付かなかった。


結局、怒っている炎嘉は隙だらけで、維月は手を控えて少し泳がせた。それでも審美眼だけは確かなので、最初手を抜いたのを見抜かれて、更に怒らせることになってしまった。

そんなわけで、後に続く駿、箔炎、焔には一切手を抜くことなく、瞬殺してしまった。

「だからどうなっておるのだ!」焔が、ゼイゼイと肩で息をしながら降りて来て、地に刺さった己の刀を引き抜く。「相手にならぬではないか!主ら夫婦共にこんな感じか。全く龍に敵うはずなどないわ!」

駿が、苦笑して言った。

「これから精進する目標が出来て良かったと思うておる。己より強い者と立ち合うのは誠に有意義よ。ついぞ忘れておったが、我は明日から皇子達とまた、訓練場に立たねばと思うた。」

駿はこの中では若い方だし、前向きだ。

箔炎が、息を付く。

「無様な事にならぬようにと思うておったのに。全く歯が立たぬとは思うてもおらなんだ。少しはやれると思うたのにの。」

それにも、駿が言った。

「主はまだ若いのだし、いくらでも伸びようが。共に精進しようぞ。」

確かに今生ではまだ若いが。

箔炎も炎嘉も維心もそう思っていたが、何も言わなかった。

「だがしかし、学ぶにはあまりに短い時間であったしの。」炎嘉は、ブスッとまだ怒りながら言った。「今少し長く立ち合えれば、得るものもあったであろうがの。」

焔が、なだめるように言った。

「まだ怒っておるのか炎嘉。これから学ぶから良いのだ。まあ、駿が言うたように長く己が天下の我らが、少しは精進しようかという気持ちになっただけでも得るものがあったと思うておる。ちょっと手を抜かれたぐらいで拗ねるでない。」

炎嘉は、焔をじとっと見た。

「冷静になれなんだ我の負けよ。分かっておるが、己が不甲斐なくて腹立たしいのよ。」

炎嘉は、自分に怒っているのだ。

そろそろちょっと疲れて来たかもしれないが、いい感じに体が温まったかな、と維月が思っていると、じっと黙っていた、匡儀が思い切ったように進み出た。

「…次は我ぞ。」

これで最後だ。

しかし、その顔を見た維月は、息を飲んだ…匡儀の気迫は半端無かったのだ。

さすがに驚いた、炎嘉が言った。

「こら匡儀、何をむきになっておる。遊びぞ、遊び。飲んでおったし何も命を取られるわけでもないのだからの。」

しかし、匡儀は険しい顔のまま、言った。

「それでも維心はこれに負けぬのだろう?」言われて、炎嘉はぐ、と黙った。匡儀は続けた。「我だって同族の王ぞ。負けるわけには行かぬ。」

焔が、脇から急いで言った。

「あのな、維心は特殊なのだ。龍身を取った時、大きさだって主よりあったではないか。気だって段違いぞ。張り合うでない、維心であるぞ?炎嘉でも本気で維心とやり合おうとはせぬのに。」

維心は、匡儀の様子を見て、目を細めたかと思うと、言った。

「…ならば我と立ち合うか?」と、義心に手を出す。義心は、サッと刀を維心の手に渡した。「我ならいつなり相手になるがの。」

箔炎も、脇から言った。

「維心と?いや、やめておけ。維心だけはやめた方が良いから。こやつは手加減を知らぬからの。これが手を抜くのは維月にだけぞ。怪我をするぞ。」

箔炎は、前世それで維心に髪をばっさり行かれたことがあるのだ。せっかくの鷹に受け継がれた刀を半分に折られたこともあった。

維心は、立ち合いでも王同士となると、容赦はないのだ。

炎嘉も、さすがに止めようと思ったのか、匡儀の前にわざわざ出て、言った。

「匡儀、気持ちは分かるが今日はやめておいた方が良いのではないか。主も我と同じで冷静でないぞ?生半可な気持ちで維心に対峙するでない。こやつは誠に手加減などせぬのだ。」

維心は、黙って聞きながら匡儀を見ている。匡儀は、そんな維心を睨むように見返して、言った。

「逃げたと、言われとうないからの。」と、刀を鞘から抜いた。「維月より維心との方が我は立ち合いたいと思うておったところ。ちょうど良いわ。」

匡儀は、本気だ。

維心も、黙ってその目を見返していたが、頷いて、維月を見た。

「主はこれまで。ようやったの。」と、進み出た。「匡儀は我が。」

維月は、戸惑いながらも維心に頭を下げて、後ろへと下がった。

匡儀は、まるで戦場で会ったかのような顔をして、維心の前へと足を進めたのだった。

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