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里帰り2

高瑞は、奥へと帰って弓維の側に居た。

弓維は、しかし不安げな顔をして横を向いていて、隣りに座らせてもこちらを見ない。

高瑞は、これまではいくら里帰りを許さなくてもこんなことは無かったので、機嫌を取ろうとその肩を抱いて言った。

「何を横を向いておる。何も帰るなと申しておるのではない。準備を済ませてゆっくりと出て参ったら良いではないか。」

弓維は、袖で口元を押えたまま言った。

「…何やら気分が悪しゅうございまして…部屋へ下がる許可をくださいませ。」

弓維は、本当に具合が悪かった。父が迎えを寄越してくれたと喜んだら、高瑞がそれを阻んでここを出してくれないのだとショックを受けたからだ。

しかし、高瑞は首を振った。

「何を申しておる。まだ産み月でもあるまいに、何も問題なかろう。王の我の側に居るのが主の務めぞ。」

だが、弓維の顔色は明らかに悪い。

そこへ、高湊が入って来て、言った。

「兄上、何やら龍の軍神が結界外で待機しておるとか。このようにゆったりとしておって良いのですか。」

高瑞は、キッと高湊を睨むと、言った。

「うるさい。あれらは宮へ入ることを許しておらぬからぞ。余計な事を申すでない。」

弓維は、それを聞いて顔を上げた。ということは、父の迎えは帰ってはいないのだ。

「高湊様、父の迎えは帰ってはおらぬのですか。」

高湊は、頷く。

「龍王殿の命だと申して、弓維殿を連れ帰るまではいつまでも待つと申しておるのだ。帰る準備をしておるのを待っておるのだと思うておったのに、座っておっても良いのか。」

弓維は、小刻みに震えた。では、父は我をお見捨てになってはおらず、どうあっても連れ帰ってあちらで出産させようとしてくれているのだ。

「黙れ高湊!これは帰らぬと申しておるのに、あちらがあまりに強硬なのだ!」

高湊は、スッと険しい目になると、言った。

「…兄上。このままでは面倒なことになりまする。あちらから迎えを寄越しておるのに宮へも入れず、あのように待たせたまま放っておるとは。父上のことをお忘れになったわけではありますまい。あまりにこちらが頑なに出ると、弓維殿だけの問題ではなくなってしまい申す。龍王に逆らったとなれば、またこちらは穏便には済まされますまい。何も離縁だと申しておるのではないのに、一時の里帰りぐらい許せば良いではないですか。」

高瑞は、それを聞いて激昂して立ち上がった。

「我に意見するか!」

すると、そこへ筆頭軍神の沢が転がるように駆け込んで来た。

「王!結界外に…維明様が、義心を連れてお越しになっておりまする!」

お兄様が…!

弓維は、パアッと明るい顔をした。お兄様が来てくださった。これで、里へ帰れる…!

その顔を見た高湊は、弓維が帰りたくないと言っているのではないのだと確信した。なので、高瑞を睨んで言った。

「…どうするおつもりか。次の龍王を寄越したということは、龍王は本気であられるのですぞ。」と、弓維を見た。「主は侍女と乳母に申して着替えをせよ。主の兄は恐らく、ここへ踏み入ってでも主を連れて帰るだろうぞ。」

弓維は頷くと、逃げるように高瑞から離れて、侍女達に庇われるように囲まれて居間を出て行った。

高瑞はそれを見ながら、苦々しい思いでいた。しかし、確かに維明が来たとなると、ここへ踏み込んで来る可能性があるので無視は出来ない。高瑞はまだ皇子であるのに、あの龍王そっくりの顔で睨まれると、いつも背筋が寒くなる心地がした。

なので、仕方なく足を踏み鳴らして、居間を出て維明との対面に向かった。


帝羽たちが再び宮の到着口へと降り立つと、慌てた様子で重臣達がわらわらと出て来て、維明の姿を見て深々と頭を下げて床に額づいた。維明は、言った。

「…高瑞はどこぞ。」

維明は皇子で、高瑞は王だったが、維明の方が年上な上、維明は次の龍王になる皇子だったので、ここでは立場が同等かむしろ上だとみられていた。

なので、維明はわざと親しい訳でもない高瑞を呼び捨てにして、そう言った。

重臣の一人が、甲冑姿の維明の顔をまともに見ることも出来ずに言った。

「筆頭重臣の喜久でございます。何分急なお越しでありまして、今奥へとご連絡を致しました次第。維明様にはどうぞ、応接室の方へご案内を。」

維明は、それには首を振った。

「場所など良い。我は父上に妹を連れて戻るようにと言われて参ったのだ。ここで弓維を待つだけぞ。」

あくまでも、弓維を連れ戻りに来ただけだという姿勢だ。

喜久は、困り切っていた。喜久としては、何度も何度も龍の宮へ里帰りの日取りをお知らせせねばと言い続けて来たのだが、高瑞は全く取り合ってはくれず、ここで産めば良いの一点張り、全く返すつもりはなかった。

だが、龍王から言って来た事を覆すことなど絶対に出来ない。それでなくても高晶の事で龍の宮とは微妙な関係であったが、それでも高瑞が弓維を娶ったことで、やっと懸念が消えたと思っていたのだ。

それを、こんな些細な事で乱そうなどと、考えてもいなかった。

大会合から龍の軍神を連れて戻った時には、やっと懸念の元がなくなると臣下はホッとした。それなのに、王はそれでも返さないと言い放ち、あろうことか迎えの軍神達を結界外へと追い出して、放置していた。

このままでは龍王の喚起を被ると、高湊に説得してもらえるようにと泣きついて、奥へと行ってもらった所だったのだ。

それが間に合わず、龍王は第一皇子の維明を筆頭軍神と共に寄越した。

このままではまずい事になると喜久は必死だったが、維明の様子を見るに既に怒っているのは明らかだった。

喜久が平伏して何と答えたら良いものかと考えあぐねていると、そこへ高瑞がやって来た。

維明がじっとそこに立ってこちらを睨んでいるのを見て一瞬怯んだが、それでも自分の結界の中、そして自分の宮の中なので、気を取り直して維明の前に立った。

「維明殿。急にどうなさった。先触れも無かったようであるが。」

それが無礼だとでも言いたいのだろう。せめてもの抵抗のようだった。

しかし、維明は全く怯む事無く言った。

「我が父の命を違えて帰れと言われて結界外へと放り出されたと軍神達から聞いたのでな。父上は自分の代わりに我に参れと仰ったので、こうして参った。我が宮の軍神達を、結界外へ放り出すような無礼な主に礼など尽くす必要など無いと思うた。で、弓維はどこぞ?」

高瑞は、悔し気な顔をしながら答えた。

「あれは奥に。そのように急かすゆえ、具合を悪くしたようぞ。どちらにしても、今は連れ帰ることなど出来ぬ。」

維明は、組んでいた腕を解いて、足を宮の中へと向けた。

「ならば我が治療を。我ら龍の王族は、軒並み皆治癒の術に優れておる。すぐに具合など良うなるわ。その上で宮へ連れ帰る。我が父の命であるからの。」

維明は、勝手知ったる高瑞の宮の中、さっさと奥へと足を進めた。義心も後ろから続き、帝羽たちは輿の側に待機していた。

高瑞は、慌てて維明の前へと回り込んで、その行く手を阻んだ。

「勝手に奥へと足を踏み入れるなど、いくら龍の王族であっても許される事ではないぞ!そのような暴挙、神世が知ったらなんと申す。」

維明は、高瑞をグイと気で脇へと押しのけた。

「妹に会うと申しておるのに、それを阻む主の方が暴挙ではないのか。あれの口からあれの心地を聞かねばの。それに、具合が悪いのだろう。我が治せると言うに。」と、高瑞を睨みつけた。「それとも、あれに我が会うたら何か不都合でもあるのか。もしや何か我らに隠しておることがあるのではあるまいの。高晶のこと、我は忘れておらぬぞ。」

高瑞が、グッと黙る。喜久が、慌てて言った。

「そのような!何も隠し立てするような事はございませぬ!」と、維明に頭を下げた。「こちらへ!我が弓維様の御許へご案内致します!」

維明は、喜久に頷いた。

「ならば案内せよ。」

そうして、歩き出そうとすると、高瑞が叫んだ。

「喜久!勝手な事を!」

しかし、高湊が奥から駆け出して来て、維明に頭を下げた。

「維明殿。兄が失礼を…少し、疲れておるのです。弓維殿は、我がこちらへ来るように申しました。もう、あちらの回廊を侍女達と乳母と共に向かっておりまする。」

維明は、立ち止ってじっと高湊を見つめた。…これが、高瑞が幼い頃に虐待を受けて生まれたという、皇子か。しかし、本人は兄だと思っているようだ。

「高湊か。ならば待とう。」

維明は、その場に立ち止った。

高瑞は、足を進めて回廊から奥へと向かおうとしたが、高湊がそれを阻んで首を振った。

「こちらで。弓維殿は侍女達に囲まれておるので問題ありませぬ。」

高瑞が声を出そうとすると、高湊が通って来た回廊の方角から、角を曲がって弓維が侍女達に囲まれて、歩いて来るのが見えた。

高瑞は、高湊を振り切ってその弓維へと駆け寄ると、侍女達をかき分けてその肩を抱いた。

「奥を出て良いと許可しておらぬぞ!気分が悪いと申しておったのではないのか。」

弓維は、怯えたような顔をした。

「兄が迎えに参ったと…高湊様が、すぐに出て来るようにと仰ったのですわ。兄は治癒術にも長けておるので、兄に会えさえすれば気分も収まるだろうと、こうしてこちらへ。」

高瑞は、首を振った。

「こちらの治癒の者も力はあるぞ。さあ奥へ。戻るにしても体調を治してからにするのだ。」

弓維が怯えた目を兄を探してこちらへ向けると、維明がもう側まで来ていて、高瑞の腕を掴んだ。

「我が妹に何をしておる。父の命を違えるつもりか。父上は高瑞がこちらを甘く見ておるようなら知らせよと仰っておる。次は父が参るとの。」

喜久と沢が仰天した顔をした。

ならばこれは、最後の機だ。

龍王が宮を出て来る時は、それなりの用がある時だけと決まっている。今回の場合、どうあっても龍王の命に従わぬとみて、沙汰を下しに来るということだと解釈出来た。

「王!」喜久が、膝をついて必死に縋った。「なぜにそこまで固執されるのですか!出産のための里帰りなのでございます、ここは維明様にお任せして、弓維様を龍の宮へお返しくださいませ!」

高瑞は、そんな事は耳に入っていないかのように、維明の手を振り払って弓維を抱き上げた。

「義心。」

維明が言うと、義心が驚くほどの速さで高瑞を刀の鞘で払った。

「う…!」

刀を抜いてはいなかったので、気で払うのも簡単だったはずだが、義心の素早さに虚を突かれて高瑞はふら付いた。

「きゃ…!」

その腕から落ちそうになった弓維を、維明が気で掴んでぐいと引き寄せ、自分の腕に抱えた。弓維は、維明の顔が間近にあるのを見て、ホッと力を抜いた。

「お兄様…。」

維明は、涙ぐむ弓維を安心させるように微笑すると、言った。

「案ずるな、兄が連れ帰ってやるゆえ。」と、足を帝羽たちが待つ方向へと向けた。「帰る。だが高瑞、もはや主は我らの信頼を失ったの。これがまたこちらへ戻って参る事があればと祈っておれば良い。」

高瑞は、それを聞いて見る見る顔を青くした後、今度は真っ赤になって維明に向かって駆け出した。

「我の妃ぞ!勝手な事をさせぬ、戻って参ればとはどういう事ぞ!」

維明は、歩きながら息をついて言った。

「義心、怪我をさせても良いわ。」

「は!」

言うか言わぬかの間に、高瑞はどうなったのか分からぬ間にどうと床へと倒れた。

「王!」

臣下達が、慌てて倒れた高瑞の方へと駆け寄る。

高瑞は、倒れた自分の下の床に、赤く血がにじんで行くのを見た。

…切られたのか…?!何も見えなんだのに…?

「王、動かれてはなりませぬ!治癒の者を!」

義心は、いつ刀を抜いたのかも分からぬままに、もう刀は鞘に納めてあって、維明の横で膝をついていた。

維明は、そんな騒ぎを背に弓維を輿へと乗せて、侍女や乳母が急いで乗り込むのを後目に、振り返った。

「我に危害を加えようとしたのに、その程度で済んで良かったの。これならあっさり主を殺せたが、それをさせなんだのだ。沙汰を下すのは父上。なのでここはこれまで。だが、起きたことは全て父に報告しようぞ。覚悟しておくが良い。」

そうして、皆に頷き掛けて、その宮を飛び立った。

高瑞は、確かに左腕があった場所に肩からそれが無い事を感じながら、そのまま気を失った。

高瑞の軍神達は、抵抗することはおろか、何が起こったのすら、見ることが出来なかった。

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