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どうしても

維心を先頭に、炎嘉、焔、箔炎、志心、それに北の匡儀、彰炎、誓心、宇洲など上位の王達が固まって回廊を抜けて行った後、高瑞はそこから遅れて紫翠と共にのろのろと歩きながら、唇を噛んでいた。

…見透かされたか。

高瑞は、口惜しい気持ちだった。

弓維は、婚姻してこの七年ほど、一度も里帰りを許されたこともなく、それでも文句も言わずに宮で健気に努めてくれている良い妃だった。

自分の過去のトラウマの事も理解してくれているし、気遣ってくれてそれは心地よい。毎日、政務を終えて居間へと戻るのが楽しみで仕方がないのは数年経っても全く変わらず、何より弓維と過ごせる毎日は、高瑞にとって幸福なものだった。

龍と他種族の間には、昔から龍しか出来ないが子は出来にくいと言われていて、大変に仲睦まじいにも関わらず、二人の間にはまだ、子はなかった。

それが、つい最近になってポッと子が出来て、最初はそれは嬉しかった。

だが、それを龍の宮へと知らせると、弓維は龍王の正妃が産んだ愛娘ということで、第一皇女の瑠維と同じく、出産は龍の宮で行うようにと言って来た。

治癒の龍の力は神世でも絶対的に強いと評判で、皆が信頼する者達だ。何より弓維も龍なので、それが何より安全なのは分かっていた。

だが、高瑞は弓維を側から離したくなかった。

弓維が居ない毎日が、つらく思えてならない。それが弓維にとって一番だと分かっていたし、龍王からの求めを断るなど出来ないのは高瑞にも分かっていた。何より、龍王が怒って弓維を迎え取ると言って来たら、強制的に離縁させられてしまう危険性もあった。

なので、仕方なく日取りは追って知らせると返して、表向きそれを承諾したふりをして、引き伸ばしていた。

そうしているうちに、弓維が産気づけば、そんな最中にあちらへ移動など出来ないので、維心も無理に移動させようとせず、治癒の龍を送って来るだろうと考えた。

だが、弓維は初産という事もあり、やはりもう産み月も迫った時期になっても、何の出産の兆候もなかった。

もしかしたら、会合の時に連れて帰って来いと言われるのではないかとハラハラしていたが、あちらは何も言っては来なかった。

なので安心していたら、維心はあのように言い渡して来たのだ。

…どうせ、生まれて来るのは龍で皇子か皇女といって、こちらで育てられるわけではないのだから、こんなことなら子など要らなかったのに。

紫翠が、そんな事を思いながら重苦しい顔つきで黙々と歩く高瑞に、言った。

「だから前々から申しておったではないか、高瑞。弓維殿は確かに良い妃なのだろうが、出産は何が起こるか分からぬのだから、早めに戻した方が良いと。」

高瑞は、苦々し気に紫翠を見た。

「我が宮の治癒の者達だって、そう役に立たぬ者達ではないわ。我だってこちらで難なく生まれたし、皆どこの宮でも己の宮で問題なく生まれる。弓維が龍だとて、別にどうしてもこちらで産む必要などないではないか。大層に考え過ぎなのだ。」

紫翠は、首を振った。

「だとしても、龍王が己の娘を戻せと申しておるのだから、そのようにのらりくらりと返事をせぬのはおかしい。それに、婚姻してこの方里帰りどころかこちらへ一緒に連れても参っておらぬのだろう?少しは息抜きもさせてやらねば、疲れるのではないのか。」

高瑞は、腹を立てて咎めるように言った。

「別にあれは疲れてなどおらぬわ!宮では心安くしておる!」

紫翠は、感情的になっている高瑞の目を冷静に見返して、息をついた。

「弟の妃である白蘭だとて、そう気を張る環境でもないのに白虎の宮へ年に一度は里帰りするぞ?たまには父に会いたいだろうと言うて。やはり育った宮が安心するだろうとの。主もそれぐらいの気遣いはしてやっても良いのではないのか。」

高瑞は、その落ち着いた様子にフルフルと拳を震わせていたが、くるりと紫翠に背を向けた。

「うるさい!妃の一人も居らぬ主にそのような事を言われる謂れなどないわ!」

そうして、そこを足早に去った。

紫翠は、賢明な王が妃に惑わされて面倒な様子になるのを目の当たりにして、ますます自分は妃など要らぬと眉を寄せたのだった。


維心が居間へと帰って来ると、窓際で座って何かを飲んでいた維月が、立ち上がって頭を下げた。

「維心様。お帰りなさいませ。」

維心は、その姿を見てホッと肩の力を抜くと、微笑して手を差し出した。

「今帰った。」と、維月が維心の手を取りに寄ってきたのを引き寄せて、続けた。「十六夜と話しておったのか?」

維月は、頷いた。

「はい。ヴェネジクト様のことについて話しておりました。十六夜も見ていたようで、あれは本当にヴァルラム様なのかと、そのように。」

維心は、顔をしかめて頷きながら、椅子へと足を進めた。

「我らもそのように。ヴァルラムの筋であるのだからあれがヴァルラムだと勝手に思い込んでおったが、よう考えてみるとあちらは下克上の世。別に王になるのに同じ血筋でなくとも良いのだと思い当たっての。あれはヴァルラムの孫でしかない。もしかしたら、他に転生しておって機を計っておるのではとな。」

維月は、維心と共に椅子へと座りながら、答えた。

「はい…仮にあれがヴァルラム様だとしても、何も覚えておられないのは確か。サイラス様も失望なさっておるようでした。」

維心は、息をついた。

「まあ、確かに不遇な育ちは変わらぬが、しかし今生は王座を奪う必要もなく、ザハールから王座を譲られた形であったし、ある程度恵まれてはおるしな。ヴァシリーに育てられた訳でもなく、ヴァルラムの考えが伝わっておらぬだろうしの。やはり幼い頃から父親に教わらぬと、同じ対応は難しい。あれが心底世の平和を望まぬことには、それを成すのは難しかろう。我ですら、記憶が無ければここまで治められておったか疑問ぞ。知らぬで己が前世に作った太平を、安穏と暮らしておった可能性がある。なので、あれを責められぬが…」と、額飾りに手を掛けた。「しかし戦の種は落ち着かぬものよ。」

維月は、急いで維心を手伝って額飾りを外し、冠を外した。

そうして立ち上がって龍王の正装を脱がしに掛かる。

侍女達がそれを気取って一斉に着替えを捧げ持ちながら、脇の仕切り布の中からわらわらと出て来た。

維月は、せっせと脱いだ着物を侍女に渡して立っているだけの維心を着替えさせる。維心は慣れたようにそれを眺めながら立っていて、維月はひたすらに維心を部屋着へと代えた。

「終わりましてございます。」

維月がホッとして重労働を終えると、維心は頷いて維月に手を差し出した。

「ではもう休むか。湯殿は朝で良いわ。何やら本日は気疲れしたものよ。」と、歩き出しながら何かを思い出したように言った。「そういえば、弓維のことであるが。」

維月は、奥へと足を向けながらハッと顔を上げた。確かに今日戻るかと期待していたのだが、高瑞は弓維を連れては来なかった。

「案じていたのですわ。いつ戻ると?」

維心は、また顔をしかめながら答えた。

「あやつは聞くまで何も言わぬで。まだ決めてもおらぬし、そもそもが戻すつもりがあるのかも疑問な様子であったゆえ、もう明日迎えをやると通告したわ。紫翠が申すに、あれは側を離したくないなどという理由で渋っておるだけだったとか。さてはごねて引き延ばしてあちらで出産させるつもりかとそう言うた。初めての出産であるのに、弓維に何かあったらなんとする。あれがそこまで己のことしか考えぬやつだとは思わなんだわ。」

維月は、眉を寄せた。確かにあちらで大切にされているようで安心していたのだが、里帰りは全く許されず、あれから顔も見ていない。維月は文を取り交わしていたので、何度も一度帰って来ないかと弓維に言っていたのだが、王がお寂しいようなのでと断りの連絡ばかりだった。

もう嫁いだのだしそんなものかと諦めていたが、今回は出産なのだ。こちらで見守ってやりたかった。

「…お気持ちは分かりますけれど、私も案じておるので一度顔を見たいと思い続けておりましたし。二度と会えぬのではないのですから、私もそれで良かったのだと思いますわ。大切にして頂いておって安堵しておりますけれど、このような時には困りますこと…。」

維心は、苦笑しながら維月と共に奥の間へと足を踏み入れた。

「確かに妃が里か宮、どちらで出産するのかは王が決めるものなのだが、それはどちらで産んでも大差ないからで、我が宮のように神世一と謳われる里を持つなら普通は里で産ませるものなのだ。その方が安全であるからな。我だって主が月の宮で産むというなら月の宮へ己が行って立ち会った。高瑞の言うは、我がままなのだ。出産に立ち会いたいなら始まってからここへ来れば良いのよ。大切にとて、ここまで執心であると弓維が逆に案じられるわ。」

維月は維心が少し言い過ぎかと思ったが、それでも確かにそうだと頷いた。大切にしているのなら、その体を気遣って、何かあってはと一刻も早くこの天下一の宮である龍の宮へと返すだろうからだ。

何やら不穏な気配を感じたが、それでも明日には龍の軍神達が弓維を連れて帰って来るのだからと、維月はその日は維心と二人、眠りについたのだった。

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