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懸念

維月は、結局炎嘉にもらった果実酒には口を付ける暇もなく、居間へと早々に退出して来ていた。

あのお通夜のような雰囲気には耐えられない。戦の懸念が消えなくて、いつもは軽口を叩いて笑い合う焔や炎嘉まで、険しい顔で言葉少なに酒を飲んでいるのは、見ていられなかった。

正装の重装備を解いてホッと息をついて居間の窓から空を見上げると、そこには月が浮いてこちらを見下ろしていた。

「…十六夜。」

すると、月の意識がこちらを向いたのが分かった。

《呼ぶと思った。ヴェネジクトか?》

いつものように十六夜の声を聞くと安心感が体を楽にするようだ。維月は頷いた。

「そうなの。コンドルのレオニート様はとても穏やかで、維心様が言うように感じが蒼に似ているでしょう?これまでだってチクチクいじめていたみたいだし、ヴェネジクト様のお気持ちが分からないの。本当にあれは、ヴァルラム様の生まれ変わりであられるのかしら?」

十六夜は、フーッと長い息をついた。

《ヴァルラムの生まれ変わりかどうかなんて、オレにゃ分からねぇ。まあなあ、意地が悪いなあとは思ったが、ヴェネジクトだってレオニートとそれほど歳が変わらないわけだし、それでも王としてしっかりしないとって気を張って来たんだと思うんだ。それが、レオニートはって言うと、まだ子供だった頃から回りの王達に手伝われて、今だって育って来て立派に王で通用するのにまだ回りに庇われてて、面白くないってのもあるんだと思う。ヴェネジクトはってぇと、ザハールぐらいしかそんな扱いされてねぇしな。》

維月は、そう言われてみたらそうかも、とは思った。だからといって、嫌がらせをしても良いとは言えない。

「…でも、それでも意地悪するのは間違ってるでしょ?レオニート様が戦を避けたいかたで、絶対に反抗して来ないと分かっていてやってるわけだから、本当に意地が悪いってことだもの。その意地悪が…戦を引き起こす火種を育てるかもしれないんだったら尚の事…。」

十六夜は、それを聞いてまた息をついた。

《そうなんだよなあ…。ヴェネジクトの気持ちは何となく分かっても、戦となったら許せるもんじゃねぇよな。サイラスまで怒らせてさあ、いったいどうするつもりなんでぇ。》

維月は、結局飲まなかった炎嘉にもらった果実酒を、侍女が気をきかせて準備し直してくれたのを、じっと見詰めた。

「…ねえ…私が何か働き掛けたら、もしかして思い出すかな。」

十六夜は、仰天した声で言った。

《なんだって?!ちょっと待て、あいつが記憶を奥深くに持って来てたらあるかも知れねぇが、すっかり消えてるかも知れねぇのに!まためんどくさいことになったらどうするんでぇ!やめとけ、マジでやめといた方がいいって。》

維月は、軽く月を睨むように見ながら、カップに口を付けた。

「分かってるわよ。陰の月絡みでまた何かあったら困るもんね。でも、世の中がそれで平穏になるならって思うじゃないの。私だって、本来ならヴァルラム様が何もかも忘れてお幸せになってくださるのを望んでるわ。でも…維心様だって、お困りになってるし。」

十六夜は、ブンブンと首を振ったようだった。

《あいつはいくら困ってもまたヴァルラムがお前に何か言い出すのは嫌だと思うぞ。嫁もらっても、お前の誕生日にはダイアモンドの細工を贈って来てたじゃねぇか。叶わない想いってのは残酷だ。お前も分かってるんだろうが。》

維月は、ため息をついた。

「分かってる。戦になるくらいならって思っただけよ。」と、月を見上げた。「そうね…維心様のお心を煩わせるのは嫌だし、私はとりあえず黙って見てるわ。まだお若いのだし…もしかしたら、そのせいであんな風なのかもしれないし。そもそもヴァルラム様じゃないのかも知れないものね。ヴァルラム様が、どこに転生なさっているのか、お父様にしかはっきり分からないんだもの。」

十六夜は、ホッとしたように言った。

《だな。まあ親父には一応聞いてみるが、多分答えねぇだろうな。このまま維心達に任せて、しばらく様子を見ようや。》

維月は黙って頷いて、また果実酒に口を付けた。

十六夜は、これまでは島さえ平穏ならと思って来たが、これはあっちもよく見ておかないと、こっちの平穏も乱されるな、と危機感を持ったのだった。


維心は、宴の席で立ち上がった。

「…考えても答えは出ぬ。」と、皆を見回した。「とにかくは様子見ぞ。ヴァルラムにそっくりだからあれがヴァルラムだと思い込んでおったが、そもそも違うかもしれぬしな。そうであれば、どこかで転生して機を計っておるのやも知れぬし。ただ孫だというだけよ。ドラゴン城は下克上の城。別に血筋など関係ないのだから、そこへ生まれるとは限らぬのだ。ドラゴンのことはドラゴンに任せて、こちらは静観しておるのが良い。レオニートにも、少ししっかりせねばならぬぞ。もしもの時は、主があちらの大陸を背負うのだ。覚悟を持て。」

レオニートは、言われて驚いた顔をすると、頭を下げた。

炎嘉が、少しイライラしたように言った。

「そら、そのように。簡単に頭を下げるでない、我らは同じ王ぞ。ヴェネジクトのように変な誇りを持てとは言わぬが、主はコンドルの未来を背負っているのだ。安易に誰かの下に下ろうとするでない。」

そうして、焔も立ち上がった。

「まあしようがないわ。蒼にいきなり覇者になれと言うておるようなものよ。レオニートには、これから気概を育てるしかないの。」

そうしてぞろぞろと維心を先頭に宴の席を出た。


大回廊へと出ると、そこにはまだ誰も居なかった。

下位の宮の王達は、まだあの広すぎる大広間で維心達、上位の王が退出したのも知らずに飲んでいるのだろう。

龍の宮の酒は神世一と言われているので、まだ飲み足りないのだろうと思われた。

最後尾を紫翠と共に歩く高瑞に気付いた維心は、ふとそちらを見た。

「…そういえば高瑞、維月も聞きたがっておったのだ。弓維が懐妊したらしいの。こちらで出産するとかで、里帰りの日取りは決まったか。こちらも主の王妃であるし、元の弓維の部屋ではと準備させねばならぬのだ。」

本来ならその宮で出産するものなのだが、弓維は龍で龍しか生まないので、大事を取ってこちらで出産することになっている。

もう知らせを受けてから半年にはなるので、そろそろ日取りを聞いておかねばこちらも困るのだ。

しかし、高瑞は困ったように下を向いた。

「は…確かにそろそろ日取りをと臣下からも連日言われておるのですが…。」

何やら歯切れが悪い。

維心は、眉を寄せた。

「何ぞ。あれが何か問題でもあるか。」

弓維は面倒な性質ではないはず。

維心が怪訝に思って言うと、慌てて高瑞は首を振った。

「そのような!弓維は非の打ち所のないそれは良い妃で、臣下も侍女も懐いておって何の問題もありませぬ。そうではなくて…。」

高瑞が口ごもると、紫翠が横から庇うように言った。

「そうではないのです。弓維殿があまりに出来た妃なので、高瑞はなかなかに側を離す気になれずで、日取りを決めることも出来ぬような状態で。」

高瑞は、下を向いている。

つまりは、高瑞は弓維を帰したくないのだ。

炎嘉が、呆れたように言った。

「そのような己のわがままで。出産はいつ始まるのか分からぬのだぞ?まして龍の治療は天下一であるのに、万が一にでもそちらで産気付いてしもうたらなんとする。何かあった時、主は責任を取れるのか。というか、大事な妃の身を危険に晒すような執着など要らぬぞ。主はそのような愚かな王ではあるまいが。」

高瑞は、ますます項垂れた。

「はい…。誠に申し訳ありませぬ。」

維心が、息をついて言った。

「まあ良い、ではこちらで決める。」高瑞が驚いた顔をすると、維心は続けた。「我が娘のことは離れていても案じるのだ。本日連れて参るのかと思うておったぐらいであるのに。では、明日主が戻る時に迎えの軍神を共に行かせる。明日帰ってからそれらに弓維を引き渡すが良い。」

高瑞は、目を見開いた。

「明日?そのように性急な。」

維心は、横を向くと答えた。

「何が性急ぞ。そちらが決めなんだのであろう。遅すぎるぐらいぞ。愛娘に何かあったらどうしてくれる。とにかく、そのつもりでの。」

そうして、さっさと足を速めて回廊を抜けた。

高瑞が焦ってそれを追おうとするのを、焔が止める。

「こら、しつこいぞ。確かに望んで娶った大事な妃であろうが、こんな時は早う実家に返した方が良いのだ。龍王の娘なのだぞ?普通格上の宮からもらった妃というのはの、借り物であるつもりでおった方が良いのだ。龍王の娘ならばなおの事。」

それには、匡儀もウンウンと頷いた。

「それは我らの方でも同じよな。我だって娘の夕貴をどこかへやっておったとしても、どこかの宮との諍いを収めようとした時、どうしても誰かを嫁がせねばならないなら宮へ戻して嫁がせ直す。世を平穏に回す責があるからの。」

高瑞は、ショックを受けたような顔をする。

炎嘉が、神妙な顔をした。

「誰もそんなことはしとうないがの。確か、焔の宮がごたごたしておった時も、軍神に降嫁させておった第一皇女の瑠維を戻して行かせるかという話が出ておったしな。位が高いと己の幸福のためだけに安穏と生きておられぬものなのだ。主もそれを理解して娶っておるのだと思うておったわ。」

紫翠が、同情気味に高瑞を見ている。蒼が、それを気遣うように言った。

「ですが炎嘉様、今は別にどこかへ弓維を嫁がせる必要などないのですし。そんなお話より、とりあえずは今、弓維の出産の時期が気になるわけなので、明日こちらへ返せば良いのではないですか。」

炎嘉は、蒼をチラと見た。

「もし知らねば事が起きた時に困ろうし今申しておるだけよ。ちなみに主の杏奈だとて、どうしてもコンドルとドラゴンの戦を避けようと緊迫して参ったら、それしか無ければ里へ返さねばならなくなるのだぞ?それが世のため、力を持って君臨しておる王族の務めだからぞ。そういう理不尽な事を避けたいと思うておるからこそ、維心も皆もおかしな芽は摘もうと神経質にもなるのだ。皆が安心して、平和に幸福であるのが一番ではないか。それは我らだって分かっておるわ。」

蒼は、言われて下を向いた。自分はそういう事は皆、維心や炎嘉に任せて言いなりで居たら良いので、あまり深くは考えてはいない。

維心は、そんな会話を背で聞いていたが、ため息をついて振り返った。

「…良い。それぐらいにせよ。此度はそういう事ではのうて、ただ出産を案じておるからこちらへ返せと申しておるだけよ。もう来月産み月ではないのか。まさかこのまま産気づいたら宮へ置けるゆえそれを期待して長引かせておったのかと、少し憤ったゆえ強く言うただけぞ。高瑞には、己の気持ちより妃の体を考えよと言いたいのだ。少し己を省みよ。」

高瑞は頭を下げたが、顔は困惑している状態だった。

維心は、気に入られて嫁ぐのも良し悪しだなと思いながら、さっさと奥宮へと足を運んだのだった。

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