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諍い

維月は、黙って宴の席に座る、維心の後ろで仕切り布の間に入ってその背を眺めていた。

大会合は無事に終わったようで、皆表向き、和やかな雰囲気で並んで座って語らっているように見える。

今回はさすがに維心も控えの間へと踏み入って来たりせず、じっと侍女に連れられて維月が出て来るのを待っていて、そうして他の王との諍いなど間違っても無いように、前回の反省から維月を隠すように回りに几帳を立て掛けて、姿が見えないようにと気を遣っていた。

そもそも、維月の事が見えたところで、本来挨拶程度で誰も気にしないのだが、維心は紫翠やヴェネジクトが維月を見るのが嫌なようだ。

炎嘉や焔、志心などには、なんやかんや言いながらもどこかで信頼しているところがあるようで、見られるぐらいならそう、気にする様子もないのだが、若い美しい神に、維月を取られてしまうかも、という恐怖は、未だに維心からはなくならないようだった。

もう諦めて維月が扇の下でため息を付きながら座っていると、後ろの几帳の隙間から、侍女が言った。

「王妃様。檸檬水をお持ち致しました。」

維月は、いつもレモンの搾り汁を冷水で割って砂糖を加えた、檸檬水をよく飲んだ。別に茶でも酒でも良いのだが、神世に居るとお茶ばかり飲んでいて、飽きてしまうのだ。それで、侍女にこれを教えて、よく作ってもらう。ちなみに、ミカンの季節には、オレンジジュースを作ってもらう。

レモンは、これを好む王妃のためにと庭師の努力で、年がら年中採れるようになっていた。

「まあ、ありがとう。そろそろ飲みたい気分だったの。」

維月は、縦長の陶器のコップに注がれたそれを、侍女から受け取ってそう言った。

すると、前に居る維心の隣りの、炎嘉がくるりと振り返った。そして、几帳の隙間からこちらを見て言った。

「なんぞ維月、まだそれが好きか。」と、左手を引っ込めて袖の中を探ると、瓶を取り出して、それをポンと放って寄越した。「そら。うちの醸造の鳥が今年やっとうまく出来たと我に持って参った。」

維月は、慌てて手にあるコップを置いて、その瓶を受けとめた。

…ワインかしら。

瓶の見た目がそんな感じだ。

維心が、慌てて几帳をかき分けて維月を見て、瓶がその手にあるのを見ると、眉を寄せた。

「こら炎嘉、勝手に我が妃に何を渡したのよ!投げるなど、維月に当たったらどうするのだ!」

炎嘉は、フンと鼻を鳴らした。

「うるさいわ。維月の素早さでそんなヘマをすると思うか。」

維月は、その間に蓋を開いてクンクンと匂いをかいだ…ツンとしたアルコールの匂いの中に、甘酸っぱいような、レモンの香りも混ざってそれは良い香りだった。

これはもしかして…人世に居た時に家庭でよく漬けた、果実酒?

「まあ!もしかしてレモンをお酒とお砂糖で漬けたものでは…?懐かしい香りだこと…。」

炎嘉は、ムッとしている維心に構わず微笑んで頷いた。

「その通りよ。主は昔から甘い酒でなければ飲めぬと言うておったし、それに柑橘の汁に砂糖を混ぜたものが好きであったからの。醸造の奴らに申してみたら、作ってみるとか申して。長く掛かったが、やっと満足できるものが出来たと、先日持って参ったのだ。」

維月は、炎嘉に微笑み返した。

「覚えておってくださったなんて、大変に嬉しゅうございますわ。では、早速に飲んでみなくては。」

維月は、傍らの侍女に頷き掛けて、コップを取りに行かせた。

維心は、眉を寄せて維月を見る。

「主は、梅酒が好きなのではないのか。それを知って、うちの醸造の龍が毎年漬けておって山ほど蔵にあるのに。」

維月は、困ったように微笑みながら、維心を見上げる。

「はい、梅酒はとても好きですわ。ですけれど、人世に居た時にはこういった果実酒もよう飲みましたの。懐かしい香りが致します。」

と、侍女がカップを持って戻って来て、維月にそれを渡す。

きちんと氷が入っていて、果実酒はいつも氷で割る維月の好みを、侍女はしっかりと把握していた。

「ありがとう。」

維月は、それを受け取って、瓶からカップへとその果実酒を注いだ。とても良い香りがして、期待が膨らむ。

維月が嬉々としてそれに口を付けようとすると、維心がそのカップに手を伸ばした。

「待て。我が先に毒見を。」

維月が手を止めると、炎嘉があからさまに維心を睨んで言った。

「こら。毒見とは何ぞ、失礼なヤツよな…、」

そこまで炎嘉が言った時、後ろから鋭い声が聴こえた。

「…何を言うておる!」驚いて炎嘉と維心がそちらを振り返ると、サイラスが立ち上がってヴェネジクトを睨んでいた。「主にそんな口を叩かれる謂れはないわ!」

そうして、くるりと踵を返すと、足を踏み鳴らしてそこを出て行く。

「…何ぞ?」炎嘉が、脇の焔を慌てて見た。「何を話しておったのだ?」

焔は、困惑したような顔をして首を振った。

「知らぬ。主らが何やら言い合っておるから、そっちが気になってあっちは見ておらなんだ。」

炎嘉が、何があったか分からないのに答えを探して居並ぶ者達へと視線をうろうろと動かしていると、ヴェネジクトが立ち上がって、言った。

「何やら場を乱してしもうて申し訳ないの。我も、失礼する。皆はごゆるりと。」

「ヴェネジクト…、」

炎嘉が止めようと声を発したが、ヴェネジクトはサッとマントを翻してそこを出て行く。

残された皆が困惑した顔で、狼狽した様子で固まるレオニートの方を見ると、レオニートは視線を受けて、ハッとしたような顔をした。

「その…、」

レオニートがどう説明したものかと言葉を探して視線を落とすのを見て、近くに座っていた蒼が、庇うように言った。

「その、サイラス殿が」皆が蒼を見る。蒼は困りきった顔で続けた。「最初は普通に話していたんですよ。なのに…サイラス殿がレオニートに話を振ったら、ヴェネジクト殿はレオニートにまだ誰かの指示でなければ話せぬのか、と嫌味のようなことを。サイラス殿はそれを咎めたんです。そうしたら、祖父の助けがなかったら一族を守ることも出来なかった王に、そのように言われる筋合いはないと言って。」

そこに居る皆は、顔を見合わせた。

確かにヴァルラムの助けがなければヴァンパイアはどうなっていたのか分からないが、それを口にしたのか。

匡儀が、顔をしかめて言う。

「…そちらの歴史は知らぬが、昔の事で諍いがあるということか?」

焔が、首を振った。

「そんなことではないわ。昔はうまくやっておったと聞いておる。問題は今ぞ。ヴェネジクトがそれを口にしたことが問題なのだ。」

炎嘉は、険しい顔で頷く。

「その通りよ。」と、肩で息をついた。「全く…誠あれはヴァルラムなのか。今ので分かったわ。あれは記憶など持って来ておらぬ。ヴァルラムではないわ。」

維心は、眉を寄せて考え込む。

ヴァルラムが転生していてうまくやると思っていたが、やはり記憶がないとそううまくは行かぬのか。

すると、几帳の影から維月がまだカップを手にしたまま、困惑気味に言った。

「あの…維心様。」維心が、ハッと維月を見る。維月は続けた。「ヴェネジクト様がサイラス様を追って回廊で呼び止めておりまする。」

維月には見える。

こんな場に出て来る時は、最近では維月はいつも月ではなく地だ。見えているのだろう。

維心は急いで自分の結界の中に目をやった。

確かに、ガランとして誰も居ない回廊のただ中で、ヴェネジクトがサイラスを引き止めて向き合っているところだった。

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