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サイラス

サイラスは、ヴィタリーに案内されて王の居間へと入ってきた。

相変わらず他者に闇の中で見つからないような、真っ黒の軍服とマントを身に付けている。

金具もくすんだ色で、闇の中では確かに目視するのは難しいだろう。

サイラスは、その赤い瞳でレオニートを見据えて、言った。

「…レオニートか。」と、脇に居る炎耀を見た。「炎耀。鳥が補佐しているとは誠であったのだな。」

炎耀は答えた。

「長くお会いしておらぬな、サイラス殿。王があいつは何をやっていると案じておられた話をしておったところよ。突然に驚いた。」

サイラスは、構わずレオニートを見た。

「コンドルの王と話がしたかった。聞いておった通り若いな。しかし、聞いておったほど愚かではないようよ。目を見れば分かるわ。」

レオニートは、無表情にサイラスを見ながら言った。

「我がコンドルの王よ。外で何と言われておっても気にせぬが、話とやらを聞こう。座るが良い。」

サイラスは、言われてレオニートの前に座った。そして、言った。

「今の世はコンドルが一強。全て主が王座に就いて政務をまともに回すようになった頃からよ。回りは愚かだと言うておったが、我はやり手の王だと思うておったし、遂にコンドルが本気になったのかと思うて報告を聞いておったのだが…どうやら、そうではないようだな。」

レオニートは、顔をしかめた。どういう意味よ。

「…我がこの歳だからか。」

しかし、サイラスは首を振った。

「そうではない。この、結界内を満たす穏やかな気ぞ。」と、レオニートの目をじっと見つめた。「やはりコンドルは世の覇権などに興味はない。それはここへ入ってきてここまで案内されながら、我自身の目で見て感じ取った事よ。」

レオニートは、眉を寄せた。

「ならば何ぞ。分かったならもう用はあるまい。」

サイラスは、首を振った。

「主の姿勢は分かった。だが、回りがそれを許さぬのだ。炎耀には分かっておろう…だからここに居るのではないのか。」

炎耀は、黙って目を細めた。

レオニートは答えた。

「知っておる。ドラゴンであろう。だが、我は歴代の王と同じように考えておる。この大陸を治めようなど途方もない事は考えておらぬ。あちらが攻めて参ったら、数代前の王と同じように、治めたいなら治めれば良い、口は出さぬと申すつもりよ。」

だが、サイラスは険しい顔になると、また首を振った。

「無理ぞ。」レオニートは、驚いたように、目を開いた。サイラスは続けた。「ヴァルラムはあの時、散々戦っておったしもうこれ以上血は流さずでおこうと思うたゆえ、それを飲んだだけ。実際、コンドルは何も口を出してはこなんだし、言うた通りこちらの決定に無条件で従っておった。だが、晩年ずっと気に掛けていた…王は代わる。そのうちに己の力を思い出し、歯向かう王が出て来るのではないかとの。気が付いた時にはコンドルはその穏やかさと面倒見の良さから回りの城を味方につけていた。それと気付いていたかは分からぬが、もうドラゴンにはコンドルを、無傷でどうにかする事が出来なくなっていたのだ。」

炎耀は、その状況を頭に思い浮かべていた。コンドルは鳥族特有の世話好きな性質で、恐らく何も考えずに回りの城を助けて生きていたのだろう。それが、数百年経ってコンドルの力になっていたのだ。

サイラスは、淡々と言った。

「ゆえに、此度は容赦せぬ。討てるとみたら主を討つ。王族を失った城は廃れようぞ。一族を滅しられずともな。」

レオニートが黙り込むのに、炎耀が言った。

「ならば同族である箔真がこちらへ参ろうぞ。」炎耀は、サイラスを睨んだ。「まずレオニートを我らが討たせはせぬが、そうなったら箔真を王に据える。ここを廃れさせたりせぬわ。」

サイラスは、そこでフッと表情を弛めた。

「であろうな。知っておる。ゆえに戦にはならぬ。」

レオニートは、イライラと言った。

「ならばなぜに?ヴェネジクトは愚かではないゆえ、こちらへ攻め入るなどないと我は思うておる。回りの城の事の面倒も見ておるし、ならば別にどこが治めるなど関係なく手分けして回りを世話しながら、共存すれば良いのではないのか。島ではそうしておると聞く。我はそれで良いと思う。」

サイラスは、じっとレオニートを見た。

「…それで収まるとは、主は思うておるまい?」

言われて、レオニートは視線を落とした。こちらはそれで良くても、ドラゴンはそうではないのだろうと、警戒しているのは確かなのだ。

サイラスは、続けた。

「島でも維心一人が突出した力を持っておるゆえ、他の王は何かの折りには必ず維心に従う。戦の時でも、その結束力は強かった。そういった体制でなければ、外からの力に弱いからぞ。こちらだとて同じ。ヴァルラムはそう思い、こちらを己の手を汚して統一した。」サイラスは、そこまで話して、肩を落とした。「…本当はの、別にコンドルでも良いのよ。こちらをまとめて何かの時の要になることが出来たら、皆それに従い脅威を退けられるだろう。なので我は、コンドルでも良い。ヴァルラムについておったのは、あれが我らを無償で助けてくれたから。そして賢明であったからぞ。ヴェネジクトはよう似ておる…だが、ヴァルラムではない。」

レオニートは、それを聞いてハッとした。父王を呼んだあの時に、龍王が言ってはいなかったか。

ヴェネジクトが、ヴァルラムなのだと。

レオニートが炎耀を見ると、炎耀も言って良いのかと迷っているようで、同じように困った目をレオニートに向けた。

サイラスは、それを見て眉をひそめる。

「…なんぞ?我は間違っておるか。」

レオニートが、思い切ったように口を開いた。

「実は…」炎耀が慌てた顔をしたが、レオニートはそれを手で制した。「良いのだ、隠し事は性に合わぬ。恐らくであるが、ヴェネジクトがヴァルラム殿なのだ。」

サイラスは、さすがに口を開けて固まった。何を言うのだ…?

「…確かに似ておるがあれは曾孫であろう。まさか、転生しておると?」

レオニートは、頷いた。

「恐らく、であるが。月の宮で龍王殿が黄泉への門を開いてくださり、我が父上をお呼びくだされた。その折り、龍王殿が父上に問われたのだ…ヴァルラムには、あちらで会うたのか、との。父上は、会っていなかった。もう転生していたからぞ。」

だとしたら、あれがヴァルラムとしか考えられない。

サイラスは、思った。他に目ぼしいドラゴンなどいない。ヴァルラムが死んだ後に生まれ、そしてそっくりの気に姿を持ったドラゴンは、ヴェネジクトしか居ないからだ。

他は、皆横並びの平凡な気でしかなかった。

「…なぜにそれを我に言うた。」サイラスは、唸るように言った。「我がドラゴンに手を貸して、主を追い落とすとは思わなんだか。」

炎耀は、あきらめたような顔をしている。レオニートは、答えた。

「知っておるのに主を騙すようなことは出来ぬからぞ。いつかは知れるだろう。我には何もやましい事など無いし、主に隠しだてせぬ。」

サイラスは、ぐ、と黙ってレオニートを見つめた。

炎耀は、サイラスが誠にどんな性質なのか、未だに分かっていなかった。炎嘉と似ている、と思っていたので、もし炎嘉と同じなら、維心を失っていて転生していると聞いたなら、恐らく維心を無条件に助けるだろうと思われた。

記憶があろうと無かろうと。

あきらめていると、サイラスは、とっくりとレオニートを睨んで黙っていた後、唸るように口を開いた。

「…誠にあれがヴァルラムなら、我は助けねばとは思う。だが、今の世はあの時とは違う。ヴァルラムが目指したのは、戦の無い平和な世ぞ。今はまだコンドルにつく城が多いが、今少し経てば情勢は変わる。ドラゴンがコンドルを攻めれば、この地は割れる。全面戦争になったら、島の王達ですら己の土地を巻き込まないために、龍王から止められて主を助けられなくなる。ここは戦国に戻るのだ。主は、そのように真っ直ぐで素直な王。その性質では己から戦を起こさぬだろう。その相手を敵視し、再び世を戦国に戻そうと考えておるのなら、あやつはただ権力に取り憑かれただけの神よ。そうなれば、もはやヴァルラムではない。我は主を助けて再び世を平定させようぞ。」

炎耀が、驚いた目をサイラスに向けた。サイラスは、考えの深い神だった。己を助けただけでなく、平和な世をもたらす考えに賛同したからこそ共に戦ったのだ。

前世が何であったにしろ、ヴェネジクトが覇権を取り戻したいと思っているだろう事は分かる。

だが、それには戦が不可欠だ。それを、せっかくに落ち着いている世を乱す行為だとサイラスには許せないのだ。

サイラスにとって、コンドルであろうとドラゴンであろうと、平和を保ってくれるのならどちらでも良いのだ。

「…やはり主は愚かではなかった。」レオニートが言うのに、サイラスがムッとしたのか眉を寄せるのに、続けた。「主が我に言うたことぞ。主の事は信じられる。我は、回りを巻き込みたくない。他の城の王達にはようしてもろうたし、あれらは平和な世で幸福に平凡に暮らしておるのだ。父上は、それを守ろうと命を落とされた。我は、それを守るために戦だけは絶対に起こさぬ。我には誇りなど関係ない。頭を下げよと申すなら、ヴェネジクトに下げても良い。少々無様であろうと、戦を起こすぐらいなら地に這いつくばって額付こうぞ。」

サイラスは、それをじっと聞いていたが、立ち上がった。そして、フフンと笑った。

「そんなことはする必要はない。我も迷うておったが、主と話して覚悟を決めた。大会合には共に参ろうぞ。」

レオニートは、それには驚いた顔をした。

「大会合に?しかし、それにはベンガルも…。」

サイラスは、踵を返しながら笑った。

「イゴールはイリダルではない。ヴェネジクトでさえ、ヴァルラムではないのだからの。」

そうして、そこを出て行った。

レオニートは戸惑って炎耀を見たが、炎耀にも何を言って良いのか分からなかった。

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