これから
そうして、レヴォーヴナとレオニート、杏奈は楽しげに話して、酒をあちらとこちらで飲んで笑い合っていた。
箔炎、箔真、炎嘉、炎耀、それに焔もその輪に加わり、志心と維心は後ろに蒼と共に座ってその様子を眺めた。
そして、いよいよレヴォーヴナの気が尽きて来て、もう帰らねばならなくなり、皆で別れを惜しみ、そして維心は、その門を消した。
最後にはレヴォーヴナも穏やかな顔をしており、感謝の視線を維心に向けていた。
レオニートは、スッキリとした顔つきになり、維心に頭を下げた。
「維心殿、誠に感謝致します。まさか父上と今一度話す事が出来るとは、思ってもいませんでした。」
維心は、頷いた。
「誰でも出来る事ではないのだ。主の父王の気の量が多かったゆえ、ここまで来れた。炎嘉も申しておったように、ここへ来るにはかなりの気が必要なのだ。普通の神なら来れぬ。本来、死んでからしか会えぬところよ。此度は、我が心ならずも討ったやもしれぬから、特別に開いてやっただけよ。」
炎嘉が、言った。
「詫びのつもりなのよ。快く受けてやれば良いぞ。こやつは不器用であるから、なかなか口にはせぬがな。」
維心は軽く炎嘉を睨んだが、何も言わなかった。
「では、そろそろ帰るか。」志心が、言った。「もう夕刻よ。泊まるつもりで来たのではないゆえ、宮でも臣下が待っておろうし。」
皆が、ぞろぞろと退出の準備に掛かる。
レオニートは、維心を見て、言った。
「維心殿。父上は維心殿を恨んでもおりませなんだし、我とて戦の時であるのだから文句などありませぬ。ただ、父上と話をする機会を戴けたこと、感謝し申す。」
維心は頷き、レオニートは本当にスッキリとした顔で扉を出て行った。
維月は、本当に良かったこと、とその姿を見送ったのだった。
それから、レオニートは自信を持ったのかどんどんと学び、政務も難なくこなせるようになった。
ヴェネジクトも特に嫌がらせをして来ることも無く、相変わらずつかず離れずの様子で、目立った接点もなく平和に過ごしていた。
だが、その間にもレオニートは警戒を弛めなかった。
これまでのレオニートなら、もうあちらは何も考えていないのだと油断して何も見ていなかったのだが、定期的に軍神達に調べさせ、あちらの動きは常にしっかり把握していた。
その中で、最近のドラゴンの動きで気になるのは、広くこの土地にある城の王達と、積極的に関わっていることだった。
これまで、どこかの宮で出産があったとか、誰かを娶ったとか、皇女が婚姻だとか、そんな事には基本無関心で、一切何もして来なかったドラゴンが、最近では細かく祝いを贈り、葬儀や婚儀などではヴェネジクト自身が参列したりしているのだ。
ドラゴンは、そんな事はしないのがこれまでの常識だった。
なので、近隣の宮の婚儀や葬儀でレオニートとヴェネジクトが顔を合わせることもあった。元より、コンドルは毎回事細やかに周辺の宮の冠婚葬祭には関わって来たので珍しい事では無いのだが、レオニートとすれば、急に何を考えている、と思うようになった。
その上、誰かに頼まれごとをされても、これまでなら精査する、と言って放置することが多かったのに、何でも聞いてやって対処してやることが多くなっていた。
これまではそれは、コンドルの仕事だったのだが、ドラゴンも同じようなことをし始めたので、楽になったとこれまでのレオニートなら思うところなのだろうが、今のレオニートはそんな風に楽観的には考えてはいなかった。
…恐らく、時間をかけて回りから取り込んで行こうとしているのだろう。
レオニートは、そう思っていた。
だが、表面上気にしていないように過ごしていた。コンドルは、これまで通りにするだけだ。
そんなこんなでその日の政務を終えて息をついていると、今は交互に一人ずつ滞在するようになっている炎耀と箔真のうち、今滞在当番の炎耀が、言った。
「…レオニート、大会合の知らせが来ておるぞ。」レオニートは、顔を上げた。炎耀が、書状を手に歩み寄って来ていた。「あれから七年か。早いものよ。」
レオニートは、炎耀からその書状を受け取って、中を確認した。今回は、中央のメインテーブルに着くようにとわざわざ龍王から指示して来ている。
臣下が書いたであろう案内であったが、これは何枚も同じ内容を複製した、言うなれば神世の印刷のような術で書いたもので、同じものが皆に配られているのだろうと思われた。
つまりは、ドラゴンも今回は出席云々を任されてはおらず、あちらから指示して来ている事実を知っている頃だろう。
「…維心殿も思い切ったことを。我は特に構わぬが、前はドラゴンにこちらの城へ指示を出させておったのに、あちらの龍王からこうして各城に知らせを送っておるわけであろう。ドラゴンが、良い気がせぬのではないか?」
炎耀は、苦笑して腕を組んだ。
「だからといって、あちらには何も出来ぬであろう。維心殿もそれを知っておる。文句があるなら受けて立つ、という姿勢なのだ。何しろ龍王ただ一人で、あの城などあっさり消してしまえるからの。昔、ヴァルラムという王が張っていた結界を、あっさり破ったのだと聞いておる。それだけ、大きな力なのだ。認められたくば、それなりの城にするが良い、という意思表示であろうな。どちらにしろ上から目線ではあるが。」
レオニートは、苦笑した。あの、黄泉へと門を開くことの出来る龍王になど、敵うはずもないものを。
「我は別に、あちらが指示してくれた方が面倒が無くて良い。世の覇権など興味はない。それはコンドルの歴代の王がそうであるように、我もそうぞ。あちらが勝手に覇権がどうのと力が入っておるのだろう。まあ、姉上を蒼殿にそれと知らずに娶らせたりしたゆえ、あちらからしたら我が力を付けようとしたと思うておるやもしれぬがの。」
炎耀は、息をついて前の椅子へと座った。
「主の考えは分かっておるが、力があるというのはこういうことに巻き込まれるものなのだ。むしろこれまで、ようドラゴンはこちらを放って置いたなと思うところ。確かにこちらのその当時の王が、全て従うと申してドラゴンの統治を認めたのがあるが、いつも目の上のたん瘤であったのは間違いないな。」と、ふと思い立ったように言った。「そういえば、サイラス殿はどうしておる?我が王も案じておってな。長く顔を見ておらぬと。時々に訪ねて来ておったのに、イゴールがイリダルの子だというのを知ってから姿を現さぬ。前の大会合にも出て来なかったであろう?」
レオニートは、足を組んでそっくり返って座ると、首を振った。
「知らぬ。そもそも面識がないしな。ドラゴンが引っ張って来るものだと思うておったのに、結局当日来なかったであろう?ヴァンパイアはそもそもがあまり回りと慣れ合わぬしの。夜しか行動せぬからな。」
炎耀は、肘をついてその上に顎を乗せた。
「我は面識がある。夜にいきなり訪ねて来るので王が不機嫌になるのだ。己だけ起きておるのは癪だから主も来いと言われて、よう付き合わされたのだ。話してみたら案外に饒舌で飄々とした雰囲気であった。とはいえ、真実の姿ではないようであったがの。」
レオニートは、考え込む顔をした。
「…まあ、トラウマになっておるのだろうて。分からぬでもないのだ。イゴールにイリダルを見てしもうて、許せぬのだろうの。ゆえ、イゴールが来るなら大会合にも出ぬのということなのだろう。」
日が落ちて来る。
もう今日は寝る準備でもするか、と二人が思いながら夕日を眺めていると、急に宮が騒がしくなった。
「…何事ぞ。」
レオニートが椅子の背から身を起こして待っていると、すぐに筆頭軍神のヴィタリーが駆け込んで来た。
「王!」
レオニートは、眉を寄せた。
「何ぞ、騒がしい。」
ヴィタリーは、自分の息を整えようと肩で息をついて、そうして、言った。
「サイラス様が!結界外に、いらしておるのでございます!」
「何と申した?!」
レオニートは、炎耀と顔を見合わせた。今、話をしていたばかりだったのに。
「…通せ。ここへ案内せよ。」
ヴィタリーは、頭を下げた。
「は!」
慌てて出て行くヴィタリーの背を見つめながら、炎耀とレオニートは、突然に訪ねて来たサイラスの意図を考えていた。