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抵抗

「なんと申した…?!蒼と婚姻?!」

ヴェネジクトは、王座から立ち上がった。ザハールが、項垂れて頷いた。

「は…。今朝、そのように告示が。」

ヴェネジクトは、急いで言った。

「ならばすぐにレオニートに書状を!アンゲリーナは、我が娶る。それでなくとも我らの間は不穏なのだ、しっかりした和睦を結ぶためと申したら、あちらを断るしかあるまい!」

しかし、ザハールは首を振った。

「出来ぬのです。昨夜、蒼様が娶って今朝方月の宮へ連れ帰ったと。確かに昨日、蒼様が訪ねておったのは知っておったのですが、何事も無く帰ったようだったので、油断しておりました。まさか蒼様が夜半に忍んで来られて、このように思い切った事を。」

ヴェネジクトは、歯ぎしりした。だとしたら、もうどうしようもない。あの月の宮に囲われてしまったアンゲリーナを、こちらへなどと言えるはずないのだ。

「どういうことだ…あの女はそこまで男を惑わすような女では無かったはず。それを、一度会っただけで、わざわざ忍んで来るほど気に入ったと申すのか。」

ザハールは、力なく頷いた。

「そうとしか考えられませぬ。突然に単身で月から降りて参って、皆が止めるのも聞かずに奥へ踏み入られたのだとか。レオニート様も蒼様相手ではどうしようもなく、婚姻が成って、連れ帰るのを許す他なかったのだと聞いておりまする。あちらにしても、寝耳に水であったようです。」

解せぬ。

ヴェネジクトは、思った。どうして、あの穏やかな蒼がそこまで思い詰めることがあったのだ。今も思ったように、アンゲリーナはそこまでの美姫ではない。美しいのは確かだが、恐らくは美しい女を見慣れている蒼が、一目で奪ってまで娶ろうと思うほどの女ではないはずなのだ。

何しろ、まだ子供であって、成人しているとは思えないな、とヴェネジクトは思って眺めたのを覚えているのだ。

「…分からぬ。なぜにあの蒼がそこまでしてアンゲリーナを娶る。何か裏があるのではないのか。」

ザハールは、顔を上げて困惑した様子で言った。

「ですが、成ってしもうたことを、どうしようもありませぬ。どんな理由であろうと、これで月の宮とはコンドルは縁続き。あちらの鳥と鷹とは同族。もう、こちらは周りの宮を説き伏せたとしても、あちらには敵いませぬ。月に逆らったら…あちらの、宇洲殿の話は聞いておられましょう。月を怒らせてその父親の地が激怒し、その土地の気を絶ってしもうたことを。もう、あちらに逆らうことは出来ませぬ。」

ドラゴンは、コンドルの下に下るのか。

ヴェネジクトは、拳を握り締めて空を見上げた。晴れた空に月は見えないが、どこかで見ているはずだ。月が敵に回るような事は、もう出来ない。このままでは、本当にドラゴンは、もうこちらの地を統治することなど、永遠に出来ぬようになる…。

「…どちらにしろ、アンゲリーナが老いて死ぬまでのことぞ。」ヴェネジクトは、歯を食いしばって言った。「あれが死ねば、その縁は途切れる。それまでに、我らは他の城を味方につける方法を選ぶ。我は恐らく、永い時を持っておる。お祖父様がそうであったように。焦ってはならぬ。時を待つ。このままではおかぬ。」

ザハールは、ヴェネジクトの悔しい気持ちが手に取るように分かったが、確かにヴェネジクトが言うように、今は待つしかない。その間に、回りの宮としっかり連携出来るように構築し直して、時を待つのだ。

「は!」

ザハールは答えて頭を下げた。自分は、もしかしたらこの王が生きる、ドラゴンの支配する世界には生きていないかもしれない。それでも、それを信じて時を待つと言っている王を信じて、今自分に出来る事をやろう。

起こってしまったことに憤っていたヴェネジクトだったが、その後は頭をすぐに切り替えて、回りの宮との交流を指示して、淡々と政務に勤しんでいた。


一方レオナートは、告示をした時点で、どんな嫌がらせが来るかと構えていた。

だが、ドラゴン城から来たのは、婚姻に対する丁寧な祝いの書状と、結構な品々だけだった。

急いでそれを開けて中身を確認すると、きちんとした絹糸や、まだ染めていない真っ白い布を巻いたもの、様々な細工物など、一般的な婚姻の祝いの品で、特に変な物や、術が掛かっているなどなかった。

レオナートが困惑しながらも礼の品を包ませて書状を書かせていると、炎耀と箔真が険しい顔で視線を交わすのが目に入った。

レオナートは、気になって言った。

「…何か気になるか。」

すると、炎耀が言った。

「ヴェネジクトは賢明よ。」レオニートが驚いていると、炎耀は続けた。「狡猾とも言える。こちらに文句を言わせぬ対応をして参ったのは、それが一番あちらに有利であるからぞ。もはや間に合わぬのなら、こうするのが一番回りにも好印象を持たせることになるし、良いのだ。誰より早く送って参ったであろう…これで、ドラゴンの顔色を見なければならなかった周辺の城も、その必要がなくなった。己らがつくコンドルに好意的な動きをするドラゴンへの、警戒も緩まろう。その方があちらも世を動かしやすいのだ…それを、瞬時に判断して行動に移すことが出来る。やはりヴェネジクトは、頭が良い。油断がならぬ。」

レオニートは、それに気付くことが出来ない自分が不甲斐なかった。そんな風に考える事が、まだ出来ないのだ。祝いをくれたのなら、祝ってくれているのだと素直に考える。だが、違うのだ。王は、それではならないのだ。

「…我には分からなんだ。」レオニートは、目の前で厨子に返礼品を詰める臣下達を見つめた。「どうしたらそこまで、考えが至るようになるのか。主らが帰ってしもうた後のことを考えたら、あのヴェネジクト相手に立ち回れるのか不安ぞ。主らは、宮に妃と子を残して来ておるのだろうし…長く居て欲しいとは言えぬ。我がもっと精進しなければ。」

箔真が、レオニートの肩に手を置いた。

「そのように己を追い詰めるでない。我ら、別に時々に帰っておるし良いのだ。同族のためであるしな。王も時々代わってくれるし。急がず、どう考えるのか少しずつ覚えて行けば良い。主は目の前に良い手本があるし、あれがいろいろしてくれるゆえ、それを学んでいけるではないか。」

ヴェネジクトのことか。

レオニートは、思って苦々しい気持ちだった。確かにあれがいろいろやって来るからこそ、この場合はこう、と教えてもらって学びにもなる。

とはいえ、何も無いに越したことはなかった。

「…複雑な心地ぞ。」レオニートは、言った。「父上が居られたら良かったのに。父上ならどうなさったのだろうと、いつも考えて答えが出ぬでな…。」

父親に何も教わらずでは、確かに難しいかもしれぬ。

炎耀は、そう思っていた。仮に出来ない父だったとしても、それが駄目であったことで皇子は学ぶ。父の背を見て、皆学ぶものなのだ。

「…しようがないことよ。」炎耀は、慰めるように言った。「我らが居るではないか。これから学ぶのだ。諦めるでない。」

レオニートは頷いたが、暗い気を放っている。

炎耀と箔真は、困ったものだと顔を見合わせて、ため息をついたのだった。


蒼は、杏奈と名付け直したアンゲリーナと、思ってもないほど穏やかに楽しく月の宮で過ごしていた。

杏奈は、毎日一生懸命日本語の発音を練習し、言葉もすんなり出て来るようになったし、着物には最初戸惑っていたものの、今はすんなりと裾を蹴捌けるようになり、着付けも難なく出来るようになった。

杏奈はとても勤勉で、何でも学ぼうと一生懸命だった。

人の世に居た事情のある神達を受け入れて居るのだと聞けば、人のことも学ぼうと何時間も図書室に籠って書を読み漁ったり、裕馬にしつこいぐらい質問したりして、教師たちが困るほどだった。

月の宮しか生産していないタオルには大喜びで、それをコンドルの城にも大量に送り、あちらでも重宝しているとのことだった。

あちらもタオルの存在は知っていたのだが、人がたまに置いて行ったものなどしかない状況で、生産はしていないのだそうだ。

そんなこんなで杏奈はとても月の宮に馴染んでいた。

今は、身重で結構腹がせり出して来ているのだが、それをものともせずに宮中を歩き回り、あちこちで職人の仕事などを見るのが、もっぱら楽しいようだった。

それをしても咎められることも無いこの生活が、それは楽で嬉しいのだそうだ。

蒼はといえば、娘のような感覚で居たので、基本縛らず楽しく暮らしてくれたら良いと思っていたし、ただ、誰かが来た時などはしっかり礼儀を弁えていてさえいたら良いとしていた。

もちろん、十六夜とも仲良くしていた。

最初、月から人型が降りて来た時にはびっくりして蒼の後ろに隠れていたが、十六夜が気さくに話かけて来るので、すぐに警戒は解いた。何しろ、十六夜は癒しの気の権化なのだ。嫌うはずはなかった。

不思議と碧黎は出て来ていなくて会ってはいなかったのだが、杏奈は碧黎の存在は知らなかったので、それには何も言わなかった。

しかし、維月のことは十六夜から聞いていて、会いたいと思っているようだった。

「龍王妃様であられるとか。」杏奈は、大きな腹を撫でながら、蒼に微笑みかけた。「是非にお会いしたいですわ。もう数か月帰っておられぬので、そろそろだと十六夜様は仰っておりましたけれど。」

蒼は、苦笑した。まあ、帰って来るだろうけど、それについてすぐに龍王も来るんだよなあ。

「恐らく、龍王にも会えるだろうな。維月が帰って来たら、数日で追いかけて来られるから。楽しみにしているといい。」

龍王、と聞いて目を丸くした杏奈だったが、少し怯えたような感じになった。

そういえば、あの戦で父王を討ったのは、もしかしたら維心だったかもしれない。他にも居たので分からないが、その可能性はある。

蒼は、戦の時の事なのでどうしようもなかったが、しかし何を言っても言い訳にしか聞こえないだろうから、その時は何も言わずに肩を抱いただけだった。

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