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世話

蒼は、アンゲリーナのベールを持ち上げて引っ張ってやりながら、言った。

「アンゲリーナ殿、簡単に決めて良い事ではないであろうに。オレと生涯過ごすのだぞ?よう考えて決めた方が良い。」と、ベールを前から下した。「それより、今少し歩こう。この庭で、主が好む場所などを案内してもらえたら助かるのだが。」

アンゲリーナは、それを聞いて今泣きそうだったのに、パッと明るい顔をした。

「はい!あの、こちらから参ると、花の園がありますの。蒼様はお好きかしら。」

蒼は、頷いてグイグイと手を引いて行く、アンゲリーナにつられて足を進めた。

…なるほど、まだ子供なのだ。

蒼は、それを見ながら思った。成人はしているが、それでもこんな穏やかで、回りの神達もおっとりとした城で育っていたら、この若さならこうなるだろう。

蒼は、娘を世話するような気持ちで、それからアンゲリーナの話に付き合って、庭を花を見て回り、共に歩いた。

初対面の蒼だったが、そんなわけで日が傾く頃にはアンゲリーナはすっかり気を許して、本来の彼女を見ることが出来た。蒼は、アンゲリーナが明るく懐っこい性格の、素直な皇女なのだとそれで知ることが出来た。

アンゲリーナの方は、お父様が帰っていらしたみたいと言って、すっかり懐いていた。蒼の見た目はそこまで年上ではなかったが、どうやら父王はまだ、400にも届かない歳の時に亡くなっているようだったので、それなら今の蒼の姿ならそれも道理か、と理解できる。

アンゲリーナの父王の記憶は、そこで止まってるからだ。

そう思うと不憫に感じて、蒼はアンゲリーナを世話をしてもいいか、と思うようになっていた。父王も、まだ幼い姉弟を二人だけ残して、世を去るのは恐らく無念だったことだろう。ならば、月の宮という神が癒される場所で、娘を世話してやれば、あちらで安心するのではないだろうか。

日が落ちて来るので、名残惜し気にするアンゲリーナをやんわりと咎めて、二人は城の方へと歩いて戻って行った。

その時には、蒼の気持ちは固まりつつあった。


城への入り口へと到着すると、レオニートが急いで寄って来た。炎嘉と炎耀が、後ろから案じるようについて来るのが見える。

蒼は、落ち着いた様子でアンゲリーナの手をレオニートに渡した。

「あれからずっと歩き回っておったゆえ、疲れておるだろうと思う。休ませてやるが良い。」

レオニートは頷いて、迎えに来ていた侍女達に頷き掛ける。

アンゲリーナは、笑顔で蒼に深々と頭を下げた。

「蒼様。ありがとうございました。それでは、また。」

蒼は、頷き返した。

「何でもないことよ。またの。」

アンゲリーナは、あれだけ歩き回ったのに若さゆえか足取りも軽く去って行く。

その背を見送ってから、レオニートが蒼に食い気味に寄って来て、言った。

「そ、それで蒼殿、どうであったか。姉はお転婆であって、もしかして呆れられたやもしれぬが、しかし心根は優しくて良い女なのだ。」

炎耀が、苦笑して後ろから言った。

「こらレオニート、そのように慌てるでない。蒼が困るではないか。」

炎嘉が、それに頷いた。

「蒼には押し付けでは無理だと申すに。まだ半日庭を歩いて参っただけであるのに。」

レオニートは、二人に畳みかけるように言われて、そういえばそうか、と思ったのか、下を向く。

蒼は、首を振った。

「いや、娶るかと思う。」

それを聞いた、炎嘉と炎耀が目を見開いた。

レオニートが、ガバッと顔を上げて、蒼につかみかからんばかりに寄って来た。

「誠か?!蒼殿、姉上を娶ってくださるか!」

炎耀が、慌てて後ろから言った。

「蒼、良いのだぞ、そのように急いで決めずとも。すまぬな、我らが慌てさせたばかりに気を遣わせておるか。」

炎嘉も、何度も頷いて蒼を気遣わし気に見た。

「蒼、我が言うたからか。あのな、ゆっくり決めたら良いのよ。半日庭へ出たぐらいで、何が分かるのだ。誠に良いのか、あれだけ面倒がっておったのに。」

蒼は、また首を振って、言った。

「あれと歩いておったら、何というか、娘のような気がして来て。ちょうど父王がオレぐらいの姿の頃に亡くなっておるので、あちらもオレを父王ぐらいに思うておるようです。他の王達の気はとげとげしくて怖いと申すし、考えたらこんなおっとりとした気の中で育っていたのに、月の宮ぐらいしか嫁ぐのは無理だろうなと思って。どうせオレより先に逝ってしまうし、あれだけ素直で伸び伸び育っている皇女なのだから、最後まで月の宮で世話をしてやるかなと。」

そういう気持ちになるのか。

炎嘉と炎耀は、感心した。月の眷属は、どうもツボが違う。娶るなら、もっと妖艶で男心をくすぐるような皇女が良いと、他の王なら思うだろう。

だが、蒼は違う。幼い頃に父を亡くして寂しく育ったのなら、自分が父代わりにでも世話をしてやろうという気持ちになったから、娶ろうという気持ちになったらしい。

自分しか世話を出来ないなら、自分が世話をしてやろうという事のようだった。

「それは…それならば、良いのだが。」

炎嘉が、言って炎耀を見る。炎耀も、戸惑いながらも、頷いた。

「主が良いなら、誠に素直で愛らしい皇女であるから。我は良いと思う。」

レオニートが、それを聞いて顔を見る見る輝かせた。嫁ぎ先が、決まった?!

「…では、誠に良いのだな?その、蒼殿が姉上を娶ってくださるのだな?」

蒼は、あっさりと頷いた。

「そちらが良いなら良い。では、その方向でこちらも準備をするので、こちらもそれで。」と、炎嘉を見た。「炎嘉様、アンゲリーナなら世話しようと思いましたから。こんな穏やかな気の中で育った女神は、ここを出て外なら、きっと月の宮ぐらいしか無理だと思うのですよ。今は誰も居ないし、一人ぐらいいいかと思います。」

炎嘉は、まさかこんなにすぐに決まると思っていなかったので、驚いていたが、どちらにしても良いことなので、何度も頷いた。

「ならば良かった。案じておったが主が一番良い嫁ぎ先であるからの。アンゲリーナもこれで安泰よ。良かったな、レオニート。」

レオニートは、涙ぐんで何度も蒼に頭を下げた。

「誠に、誠に感謝し申す。蒼殿なら、絶対に幸福になれると初めて見た時からずっと思うておったから。姉上は幸せ者よ…早速、姉上にも臣下にも話さねば!」と、炎耀を見た。「箔真が会合に出てくれておるのだな?我も参る。炎耀も来るだろう。」

炎耀は、あまりに浮き足立っているレオニートに苦笑しながらも、咎めるように言った。

「待たぬか、王と蒼を見送るのが先ぞ。さあ、参ろう。」

炎嘉も苦笑していたが、何も言わなかった。

蒼は、十六夜に話したら何と言うだろうかと考えて、同じように苦笑したのだった。


十六夜は、言った。

《へー嫁が来るのか。久しぶりだなー。今日一緒に歩いてたあの子供みたいな皇女か?》

やっぱり見てたな。

蒼は思って頷いた。

「そうなんだ。父王のようだって言うから、なんかさ、しんみりして。父王は若くして回りを助けて死んだんだなあって思うとさ、さぞかし心残りだったと思うんだよ。まだ幼かったわけだしね。だから、オレで良ければ面倒見てやろうと思って。ここならみんなうるさくないし、のびのび暮らせると思うし。」

十六夜は、感心したように答えた。

《お前らしいなあ。オレは良いと思うけど。レオニートの奴も穏やかな王だし、辛抱強いじゃねぇか。最近は、ヴェネジクトが気になって見てるんだが、どうもクラスメイトを虐める学級委員長みたいな、意地の悪さを感じてな。あいつは出来る奴だし他には良い顔してるのに、影で新参者の王を虐めてんのかって腹が立つんだよなあ。あいつらはドラゴンに巻き込まれて父親亡くした被害者なんだから、普通は逆だろうって思っちまった。》

蒼も、それには顔をしかめて頷いた。

「なんでだろうなあ。レオニートは話してみたら素直で良い奴なのに。やっぱり今はドラゴンも余裕がないのかもしれないよ。どう見てもコンドルの方が兵力は上だ。今戦になったらドラゴンはヤバイんじゃないかな。だから馴れ合うもんか、って意地みたいな。」

十六夜は、呆れたような声で返した。

《それであいつがキレたらどうするんでぇ。レオニートの穏やかさに甘えてやがるんだよ、ヴェネジクトは。気に入らねぇなあ。》と、伸びをしたようだった。《さ、じゃあ新しい嫁が来る準備をするんだろ?結納やら何やらで忙しくなるんじゃねぇのか。臣下が慌ててるのを感じるけど。》

蒼は、頷いて空を見上げた。

「あっちは結納ってのが無いらしいんだ。だから、こっちへ着て来る着物とか、そんなのを贈るんだ。後は、タオルとか反物とかいろいろ。正妃じゃないし、普通で良いんだよ。」

十六夜は、もう興味がないようだった。

《へえ?じゃあまあ、そこは上手くやれや。じゃあオレは維月に話して来るわ。》

そうして、声は途切れた。

蒼は、なんやかんやでまた、新しい妃が来ることが決まると、少し待ち遠しいような、心が明るくなるのを感じたのだった。

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