見合い
蒼は、夜明けに迎えに来た炎嘉と共に、北のコンドルの城へと渡った。
そこは、ともするとドラゴン城より大きいのではないかというほどの規模を誇る宮で、中央にそびえるあちらで言う本丸に当たる場所に立つ城は、全て大理石で出来ていた。
他は、幾分白っぽいが違う石で増設されたように見える。中央の城を囲むようにたくさんの建物が連なって繋がり、建て増しを繰り返して来ただろう作りで、外に向かって広がるようにそれらに囲まれる城は、まるで要塞のようだが、そうと思って作ったようには見えなかった。
それを見ただけでもコンドルの数は、恐らくかなり多いだろうと思われた。
しかも、このコンドル達の気質を現すように、結界内の気はゆるゆると優しい。月の宮ほどではないが、過ごしやすいのは同じだった。
少し親近感を覚えながら到着口へと降りて行くと、レオニートを挟んで炎耀と箔真が並んで立ち、出迎えてくれているのが見えた。
こうして見ると、三人とも大変によく感じが似ている。
やはりこれが同族ということなのか、と蒼は思った。
輿から降りると、炎嘉が言った。
「出迎えご苦労であるな、レオニートよ。」と、蒼を振り返った。「これが蒼。主が会いたいと言うて何度も押し掛けた先の王よ。」
レオニートは、会釈して、緊張気味に言った。
「蒼殿。その節はご無礼な事をしてしまって申し訳なかった。我はレオニート、コンドルの王ぞ。」
蒼は、会釈を返した。
「門前払いして申し訳なかったな、レオニート殿。我が蒼。月の宮の王よ。」
蒼は、慎重に答えた。ここ数百年で、普通の神のように話す事も出来るようになった。たが、疲れるしボロが出そうになるからだ。
レオニートは頷いて、後ろを振り返った。そこには、ベールを掛けられた女神が居て、頭を深く下げていた。こちらの女神なので、着物ではなく裾の長いドレスを着ていた。
「これが、我が姉のアンゲリーナ。お見知りおきくだされば。」
アンゲリーナは、緊張でカチカチになりながら、顔を上げた。
蒼は、驚いた。
金髪に赤い瞳ではあるが、出会った頃の華鈴に良く似ていたのだ。
とはいえ、雰囲気はそれより明るい感じで、気も驚くほどゆるゆると心地よい。
緊張気味にしているところが、初めて見た華鈴を思わせて、守ってやりたい気持ちになった。
「アンゲリーナでございます。」アンゲリーナは震える声で言った。「あちらの言葉を使うのが初めてで、間違った言葉を使ったらお許しくださいませ。」
言われてみたら、言葉使いがどこか子供のようだ。
炎耀が、苦笑した。
「我らには問題ないのだが、アンゲリーナ殿には発音が難しかったらしくての。毎日発音を鍛練したのだ。言うておる意味は分かっておるし、問題ないのだが、発する時に幾分たどたどしくなるようだ。」
蒼は、首を振った。
「上手く話しておると思う。我とてこちらの言葉は発音が難しいし、お互い様であるから気にはせぬ。」
こちらはロシア語のようだが蒼だって発音は難しい。月になって数百年、言語には困らなくなったものの、他の神達のように、完璧にはほど遠かった。
アンゲリーナは、それを聞いて嬉しそうに目を輝かせて蒼を見た。
蒼はドキッとしたが、それを表に出さないように苦労した。
炎嘉が、言った。
「では、参ろうか。いきなりに二人で話すのはお互いに敷居が高かろうし、まずは茶でも。」
そうか、これは見合いなんだよなあ。
蒼は、会いに来たと言って、婚姻の話のある中でのことなので、見合いという形になるのだな、と思って炎嘉について城の中を歩いて行った。
蒼は、見合いというよりはレオニートと話していた。
レオニートは、やっと外の城の王達との対応をどうしたら良いのか学んで知ったのだと言う。
何しろ、これまでは周辺の城の王達が、親のように育てて教えてくれていたので、いきなりに城へと訪ねても問題はなかった。
なので中での礼儀は覚えても、外に対する礼儀がからっきしだったのだ。
炎耀や箔真から一からいろいろ教わって、どこまでも無礼な行為だったことに後で気付いて、蒼にはずっと謝りたかったのだと言っていた。
ただ、姉のアンゲリーナを案じていたところに、大会合で蒼を見掛けて、あの王ならばと思い詰めてしまったのだと言う。
…確かに気の感じが似ているもんなあ。
蒼は、心の中で思った。この、ゆっくりおっとりした感じの気は、他の王の領地ではあまり見られないのだ。
炎耀から聞いたところによると、ドラゴンがこちらにつらく当たり、虐めのような事をして来るのにも、レオニートはただ、じっと耐えているのだという。
戦にしてはいけない、という、その気持ちだけで我慢しているようだった。
…それでも、これだけこちらに有利なのだから、本当ならあちらから機嫌を取って来ても良いぐらいなのに。
蒼は、そう思った。
焦れて来た、炎嘉が言った。
「まあ、レオニートのことは良い。主はアンゲリーナ殿と話すために来たのだろうが。とにかく、一度庭にでも出てくれば良いわ。ここに居ったら主らは見合いではなくただの会合ぞ。そら、行って参れ。」
蒼は、炎嘉に追い立てられるように立ち上がった。気持ちは分かる。日帰りなのにもう昼を回ろうとしているからだ。
蒼は、仕方なくアンゲリーナに手を差し出した。
「では、庭へ。参ろうか。」
アンゲリーナはビクッとしたが、レオニートを見た。
レオニートはそれこそ首がもげるのではないかと言うほど頷いて、アンゲリーナを促した。
「行って参れ。姉上、淑やかにな。」
言われなれば淑やかではないのだと、言っているようなものだ。
アンゲリーナは真っ赤になったが、仕方なく立ち上がり、蒼の手を取った。
そうして、二人はコンドルの城の庭へと歩いて行ったのだった。
実は蒼は、女神と庭を歩くのはとても慣れていた。
以前、妃が四人も居たので、代わる代わるあっちこっち一緒に歩いて、一日中庭に居たことがあったぐらいだ。
大体が珍しい花などが咲いている所を好むのだが、ここの庭は生憎初めてで、どこに何があるのか分からない。
どっちに向かって行けばいいものか、と思ってアンゲリーナを振り返ると、アンゲリーナは完全に固まって歩いていた。
「…そのように。」蒼が、見兼ねて言った。「我相手にそのように構える事は無いのだ。我の宮は、礼儀などにもそううるさいことも無いし、我は元々人であって、そこから月になったので、人のような所もあっての…話し方も、このように堅苦しいことは本来ないのだ。」
アンゲリーナは、驚いたように言った。
「まあ。堅苦しいとか…あの、我には、分からぬのですわ。言語が、全く知らなかったもので…。弟が急に島の言語だと言って、我に覚えるように申して。意味はすぐに解するようになったのですけれど、なかなかその、使っておる言語の雰囲気まで理解できぬのです。なので、蒼様が通常に使われる言葉でも、我は良いのですわ。」
蒼は、それを聞いて確かに、と思った。島の女神達のように、その言語で育ったのならいざ知らず、アンゲリーナはこちらの言語で育っているので、すぐに習得はするものの、その僅かなニュアンスなどはまだ体感として感じ取れないのだ。
蒼は、少し楽になった。
「…では、いつも通りに話すが」蒼は、慎重に言った。「オレは、あまりこちらの事を知らなくて。あちらの島でも、あまり神世に関わらずに生きているので、あまり華やかな暮らしではないんだ。アンゲリーナ殿がどんな生活を夢見ているのか分からないが、レオニートが推し進めるように、良いものではないかもしれない。」
アンゲリーナは、驚いたように蒼を見上げた。そして、答えた。
「我は、あまり華やかな暮らしは馴染めぬと思うておりました。こちらの城は、見てお分かりであるように、派手な事はせぬ城で。城の中では自由に振る舞っておって…それが、知らぬ城…いや、宮へ行って務まるのかと、とても案じておって…。あの、大変に失礼な話しなのですけれど、我としては、こちらで一生居っても良いと思うておりましたの。それなのに、弟は夫に守ってもらえる場所へ移った方が良いからと申すから…。」
つまりは、アンゲリーナ自身はここに居たいと思っているのだ。
蒼は、息をついた。
「そうか。ならばオレからレオニート殿に申すか。気が進まぬのにあのように遠い島の宮へなど、気が重いだろうし。」
蒼が言うと、アンゲリーナはじっと立ち止って、蒼を見上げた。蒼は、アンゲリーナが立ち止ったので、同じように立ち止ってアンゲリーナを見下ろした。
「アンゲリーナ殿?」
アンゲリーナは、困ったように言った。
「ですが蒼様、我は、蒼様にお会いして、とても心地よいと思うたのです。」蒼が驚いた顔をすると、アンゲリーナは続けた。「弟は、あちこちの王達と面会をと申しては、我に影から見せたりとしておったのですけれど、どちらのかたも、何やらとても気がとげとげしくて恐ろしく感じました。でも、蒼様はとてもお優しくて穏やかで、お傍に居るとホッと安心するような気が致します。なので、蒼様さえよろしかったら、我は蒼様の宮へ参りたいと思うのです。」
蒼は、びっくりしてアンゲリーナを見た。いきなり決めて良いのか。
「アンゲリーナ殿、嫁ぐという事は一生オレの宮に留まるのだぞ?そんなに安易に決めて良いのか。」
アンゲリーナは、思い詰めたような顔で蒼を見上げた。
「蒼様、これまでどれほどの数の縁談を持って参られたと思いまするか。我は、いつも恐ろしくてお断りをしておりました。弟も困り果てておるのは分かっておりましたけれど、でも、そんな恐ろしいかたとずっと一緒なんて考えられなかったのですの。きっと、これからだって縁談が参ります。蒼様以上のかたなんて、絶対にもう見つからないと思いますの。これまでは、安心どころか、恐ろしくて仕方がありませんでしたから。」
その目は、潤んで今にも泣きだしそうになっている。考えたら皇女の相手など、皇子や王なのだろうから、みんな気は大きく強く、闘神が多いのだからこんな穏やかな気の中で育った皇女には、恐ろしくて仕方がないだろう。
つまりはこれから先も、レオニートが連れて来るのはそういう男ばかりだろうし、蒼のような気の持ち主しか無理ならば、恐らくアンゲリーナは嫁ぎ先などないのだ。
神世で一番穏やかな気の持ち主といったら、蒼達月の眷属だからだ。
アンゲリーナのベールは、上へとずれて来て、もう後ろへと落ちそうになっているので、顔も丸見えで、まるで子供のようだった。
蒼は、どうしたものか、とそれを見て困っていた。