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子達

そんなことになっているとは知らず、維斗と夕貴、黎貴と弓維は奥の花畑で、それぞれの夜の庭を堪能していた。

月明かりに美しいそこに、夕貴はそれはそれは喜んだ。維斗は、そこまで喜ぶなら北の滝の傍にある、百合の群生地にも連れて行きたいもの、と思った。

「花が好きならば、もう少しすれば北の滝の傍に百合が一斉に咲くので、気に入るのではないかの。」維斗は、夕貴に言った。「自然に咲いておるように見えるように、庭師たちが美しく設えてあって、盛りには父も母を連れてよう参るのだ。母もそれを毎年楽しみにしておって…香りも強いし近くへ寄ればすぐに分かる。」

夕貴は、キラキラと目を輝かせて、もはや扇など無いように下ろしてしまい、維斗を見た。

「まあ!是非に見てみたいですわ!あちらでは、龍の宮ではあまり花は無いようで…お父様が、お好きでないので、とのことですの。」

こちらも、母が嫁いで来るまではそうだったと聞いている。

維斗は、そう思いながらも、夕貴を見て、微笑んだ。

「咲いたら連絡させようぞ。また黎貴殿と共に参れば良い。案内しよう。」

夕貴は、嬉し気に何度も頷いた。

「はい!まあ楽しみが増えましたこと。このように珍しいものが多いなんて…父が、こちらへ参るかと訊ねて参った時は、我のような者が参って大丈夫なのかと不安であったのです。ですが、維斗様が我をお責めになることなくそのように気遣ってくださるし、思いもかけず楽しくて、時が経つのも忘れてしまいまする。」

女神は普通、こんなにハッキリと物を言わない。

だが、母の維月がこんな感じだったので、分かりやすいと更に維斗は好感を持った。

「そのように喜んでもらえて良かったことよ。主は我の母とよう似ておって、初めて会ったような気がせぬでな。我こそ気安うて癒される心地よ。」

夕貴がこんな風なので、思わず本音を言ってしまったのだが、夕貴はそれを聞いてびっくりしたような顔をして、そして急に、真っ赤になった。

維斗は、驚いて夕貴の顔を覗き込んだ。

「夕貴殿?どうしたのだ、疲れたか?」

夕貴は、慌てて今まで忘れていた扇を高く上げた。

「いえ、お気になさらず。我は丈夫ですので、疲れたりしませぬわ。」

そういえば、母が困ってはいけないから教えておくと昔言っていた。いきなり女神の顔が赤くなるのは、病気ではない事が多いと。恥ずかしいとか、慕わしいとか、いろいろな場合があるので気を付けろと。

もしかして、何か恥ずかしかったのか?

ならば、あまり追及せぬ方が良いな。

維斗はそう思い、話題を変えようと黎貴と弓維の方を見た。


黎貴と弓維は、維斗たちよりかなり遅れてその花畑へと到着していた。

すっかり距離が近くなって、段々に気安くなっていたので、ここまでの道のりは、思っていたよりずっと楽しかった。

弓維は、殿方を話してこんなに楽しいなんて、と、初めての経験に驚いていた。

黎貴は、あまりに弓維が美しいので、最初は気後れして、生きているのが不思議で遠巻きに感じていたのだが、話しみると結構夕貴に近い意見を言い、自分の意見を言わないようなことは無かった。

弓維の話から察するに、どうやら母の維月というあの、珍しい気を持つ女神が、黎貴と夕貴の母とよく似た性質であるようで、それに育てられたお蔭でこのような考えを持っているように思えた。

それがまた、黎貴の心の琴線に触れた。夢見るように美しいのに、中身は親しみやすい。

こうして話していると、扇も降りて来て更に顔がハッキリと見え、それがまた勘違いなどではなく、本当に完璧に美しいのに、惹かれてならなかった。

…まさか、このような心地になるとは。

黎貴は、思った。最初、父から話を聞いた時は、王族とは婚姻の相手まで勝手に決められるのかと、言いたいが言えずに黙って頷くしかなかった。

それが、一度対面をとこうして連れて来られて、見てみればこのように夢のような女神だった。

自分には、これ以上の女神はもう、現れまい。

黎貴は、そう思っていた。

しかも、宴の席での皇子達の弓維への関心の高さは異常なほどだった。他にも皇女は居たのだが、皆が皆弓維を不躾にじっと見つめて、傍に寄って来ようとはしなかったものの、あのままあの席に座っていたなら酒も入ってどうなっていたことか。

女の扱いに自信が無いからと、ただ手をこまねいていたら、誰かにかすめ取られてしまうかもしれない。

黎貴は、弓維と二人で月の光に照らされる花畑を歩いて回りながら、そんな事を考えていた。

「…ああ、もう月があのように。」弓維は、空を見上げて言った。「そろそろ戻らねばなりませぬわね。楽しくて時が過ぎるのを忘れてしまっておりましたわ。このようなことは初めて。そろそろ、夕貴様とお兄様の所へ参りますか?」

黎貴は、そう言って笑顔を向ける弓維の手を、思わず両手で握り締めた。

「…黎貴様?」

弓維は、驚いたように黎貴を見上げる。黎貴は、じっと弓維を見つめて、思い詰めたような顔をしていた。

「弓維殿。」黎貴は、意を決して言った。「我に、嫁いではもらえまいか。」

弓維は、びっくりして目を丸くした。確かに父と母から婚姻の相手としてどうかと言われ、対面の席をと今日の席は設えられた。

なので、黎貴のことはその対象として確かに弓維も意識して見ていた。黎貴は、不器用なのだ。それは、ここ数時間だけで弓維にも分かった。兄達のような妹に対する落ち着きは無く、器用に立ち回ることも無い。それでも、黎貴の誠実さというものは、何となく弓維には分かった。

何しろ、弓維にも陰の月の命が混じっているのだ。それぐらいのことは感じることは出来た。

何より、何か段取りを組むことも無く、このような所でもう帰ろうかという時に、婚姻の申し込みをすることからして、黎貴は慣れていないのが分かった。

弓維は、黎貴を見上げた。

「…黎貴様…。我は、殿方にただ一つの事を望んでおりまする。」

黎貴は、これでもかと真剣に弓維の目を見つめ返した。

「なんなりと。」

弓維は、慎重に頷いた。

「我にとり、父と母が理想の夫婦でありました。母にどのようなかたが良いかと聞かれた時も、父のようなと答えましたぐらい。なぜなら、父は何事も思うままの龍王であられるのに、あのように母一人を迷うことなく大切に、大変に幸福に生きておられるからですわ。我も、あのようでありたいのです。黎貴様には、誠に我と、そのように過ごされるお覚悟はおありでしょうか。」

黎貴は、思った通り弓維は、控えめな皇女ではあるものの、中身はしっかりとした女神なのだと思った。

これほどはっきりと、自分の考えを言うのは、母と妹しか見た事が無いのだ。確かに思った通りの女神なのだと分かった黎貴は、怖いほど真剣に、頷いた。

「主は、我の母に性質が似ておる。そのように見た事も無いほど美しいし、非の打ちどころの無い皇女であるのに、芯はしっかりとした考えを持ち、我にはそれが慕わしく感じてならぬ。これから先、主のような女神には出会えぬ。主が望むなら、我はこちらの龍王のように主一人を守り、生きて行くことを誓おう。」と、空に出ている、月を見上げた。「月に。」

弓維は、同じように月を見上げた。

「…はい。確かに、月は聞いておるのですわ。月に誓ってくださるのなら、我は父と母も勧める、あなた様に嫁ぐ事に異議はございませぬ。」

空から、十六夜の声がした。

《別にオレに誓ってくれてもいいけどな、違反した時はどうすりゃいいんでぇ。浮気相手を殺せとか言われたらオレには無理だぞ。浮気相手の事を知らせるなら出来るけどな。いつでも見えてるし。》

黎貴は、ドキッとした。言われてみたら、ここの月は話すのだ。誠、絶対に違えることは出来ぬ。

弓維はフフと笑って答えた。

「まあ十六夜ったら。あなたが保証人というだけの事だわ。でも…もし違えられたら、私をこちらへ連れて帰って欲しいわ。」

黎貴は、ぎょっとして弓維を見る。十六夜は、頷いたようだった。

《なんでぇ維月と一緒だな。分かったよ、そいつが他の女に手ぇ出したら、お前を連れ出してこっちへ戻してやる。ってことで、いいな?黎貴。》

黎貴は、初めて話すのにこっちの名も知っているのかと落ち着かなかったが、頷いた。

「良い。違える事など無いからの。」

それにしても、龍王も龍王妃を失いたくないから他に目を向けぬのだな。

黎貴はそう思った。月が妃を連れ去ってしまうなど、考えただけで胸が掴まれる心地がする。

すると、離れていた維斗が、いつの間にか夕貴を伴ってこちらへ歩いて来ているのが見えた。

黎貴は、ハッとした。そういえば、今のやり取りを二人は見ていたのだろうか。

そうだとしたら傍目も気にせず見苦しい様だったのではないだろうか。

黎貴は、急に恥ずかしくなって、顔を赤くしたのだった。

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