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大陸からの縁談

それから時はゆるゆると過ぎていた。

あれからもう、百年近く経っていた。

あのごたごたの直後、エラストが城へ入って半年経とうかという頃に、アマゾネス城が落ち着いたのを見計らい、維心は維月を連れて忍びで一度、アマゾネス城に出向いた事があった。

維心には、それだけの時が経ってもまだ、二人が黄泉の道を歩いているのが見えていたのだが、維月には言わなかった。

それでも維月は、レイティアとアディアの墓所を訪ねて、どうか穏やかであるようにと、その墓所を浄化し、まだ門にたどり着いていないかもしれないと、道を見失わないようにと明るく照らす気を贈ったのだ。

二人は、在りし日に数々の穢れを受けていたので、恐らく門までの道は遠かろうと、案じた維月の配慮だった。

維心は、維月の気持ちが分かったので、ただ黙ってそれを見守った。

黄泉では二人が明るくなった道を見通し、必死に門へと飛び込んだのを遠く感じて、ホッとした。

そうして、それからはアマゾネスの事も忘れていた。


今では北は落ち着いているようで、ヴィランに支えられたエラストは、立派に王として君臨しているらしい。

今ではそれなりに考えも深く回りの城からも一目置かれるほどに成長している。

ドラゴンも、ザハールに換わり、ヴェネジクトが王座に就いて、イゴール達、北の王ともうまくやっているらしかった。


そんなこんなで落ち着いた世の中に維心も通常の業務だけをこなして穏やかに暮らしていた中、匡儀から書状が来た。

今では同族として頻繁に行き来する仲になっていたのだが、今回の話には、維心も息をついた。

それが、婚姻の打診だったからだ。

「誠にこのような事だけはいつの時にも面倒な事よ。」と、維心は書状を手に言った。「それにしても皇子達にはまだ妃が居らぬし、無碍に断るわけにも行かぬな。」

維月が、隣で心配そうにしている。

鵬が、前で膝をついて頷いた。

「はい。此度は匡儀様のたった一人の皇女様のこと。同族でありますので、他の宮のように龍を生むと言うて虐げられる事もありませぬし、あちらとしては、そのように言うて来られるのも道理かと。」

維心は、頷く。とはいえ、維明は前世の叔父であって恐らく首を縦には振らない。となると、維斗しかいないが、例に漏れず浮いた噂ひとつない神で、興味も無さそうだ。

維月は横から書状を覗き込んで言った。

「歳を考えますと維斗が良いかと。しかしながら、匡儀様には皇子も居られると…こちらにも弓維をと申して来られておりまするわね。」

維心は、頷いた。

「双子なのだそうだ。志心のように後から見つかった子らしゅうてな。この百年、きっちりと育てたので躾は大丈夫とわざわざ申して来ておる。我も何度かあちらで会う機会があったが、確かに血は争えぬで、二人ともしっかりした神であったし、問題ないとは思うが主はどう思う。」

維月がいつも、子達のこととなると維心が勝手に決めたらヘソを曲げてしまうので、維心は慎重に言った。維月は、困ったように維心を見上げる。

「維斗は良いのですわ。仮に興味を示さずとも、私が補佐して皇女様にも不安な思いはさせぬつもりでありまするし。ですけれど、弓維は…あちらへお任せするのですし、案じられまする。王妃も居られぬ宮でありまするし、こちらの侍女をつけても限界がございます。皇子様は、誠に弓維をと思われておるのでしょうか。父王が決められて、仕方なくとなれば、弓維も辛いのではと今から心が騒ぎますの。」

であろうな。

維心は、頷いた。維月の懸念は分かるからだ。どうも、さっさと厄介事を処理したい感じを受ける。

匡儀は軽い気持ちで相手をした女に、思いもよらず子が出来ていた事実をあの戦の後のごたごたの時に知ったらしい。その相手が育てていたのだが、戦に巻き込まれて命を落とし、皇子が妹を連れて宮まで談判に来て発覚したのだと聞いている。その時、妹だけでも宮で面倒をと、皇子は言っていたそうだ。男の自分では、満足な世話をしてやれぬと妹を不憫に思い、思い詰めた後の行動であったらしい。

臣下は、ただの一人も子が居なかった匡儀だったので、もろ手を挙げて歓迎し、確かに匡儀の気を継いでいる皇子に涙を流して喜んで、匡儀も仕方なく二人を認め、迎え入れたとのこと。

臣下は未来の王妃となれば大切にしてくれるだろうが、当の義父と夫が関心もないとなると、弓維も辛いだろう。

二人とも、歳はまだ二百年と少しだが、苦労をしただけに落ち着いていて気立ては良い。

維心は、苦渋の決断をした。

「では…とにかくはお互いの事よ。」維心は、鵬を見た。「こちらへ一度招こう。そうして交流せねば、相性も分からぬしな。良さそうであったなら、それから考えようと匡儀には返事をせよ。王が勝手に決めるのが世の倣いやもしれぬが、こちらは子達の意思を尊重する考えであること、重ねて申し伝えよ。」

鵬は、良い話なのにと思ったが、確かに維月が瑠維の時に激怒した過去があったので、慎重に頭を下げた。

「は!では、そのようにお返事を致しまする。」

そして、そこを出て行った。

維月は、まだ不安そうにした。

「いったい、どのような方々なのでしょう。嫁がねばと弓維が思い詰めねば良いのですが…。」

まだ成人まで少しあるのに。

維月が思っていると、維心は苦笑した。

「案じるでない。もし思うようでなければ断れば良いのだ。ただ、我は何度かあちらで見ておるが、苦労しておるゆえ顔付きは歳より上に見える。皇子はしっかりした神よ。後は弓維を見て、あちらが娶りたいと思うかどうかよな。」

弓維は維心そっくりなので、それは美しく成長している。今では当代一の美姫だと回りの宮でも噂されているほどだ。なので、維月は答えた。

「まあ維心様、あの子は維心様にそれは良く似ておって目が覚めるほどに美しい姫ですわ。言い付けも良く守り、仕草は匂い立つほどに美しいですし。問題は、弓維がその皇子様を気に入るかどうかですの。幼い頃から美しい父王と兄達に囲まれて生きておるのに、簡単には行かぬのではと案じておるのですの。」

そこか。

維心は、また苦笑した。

「またそのように。匡儀は整った容姿であるし、皇子もそれなりに美しい顔をしておったぞ?」

維月は、むきになったようで、訴えるように維心に言った。

「姿ばかりではありませぬ。維心様も維斗も維明も、それは優れた心映えであって、立ち合いの腕も誰も敵うことなどないのですわ。そんな完璧な身内を見慣れておるあの子ですもの、私も案じるのですわ。」

維心は、仕方なく言った。

「分かった分かった、主にしたら我ら以上の男が居らぬということであるな。それは己の夫と子のことなのだから、いくらか欲目もあってそう思うてもしようが無いものよ。だが、弓維は娘であるしの。弓維がどう思うかなど、会ってみねば分からぬであろう?主は事の前にそのように案じるでないわ。」

維月は、下を向いた。確かに愛情も加わって良く見えているかもしれないけれど、それでも世に維心様以上の神なんて居ないと思うけどな。

「…維心様以上の神など居りませぬのに…。」

維月が思わず小さく呟くと、維心はその肩を抱いて、フッと呆れたように笑った。

「しようのないことよ…。主が我を愛しておるのはよう分かったゆえの。此度は穏やかに見守ろうぞ。」

維月は、恨めし気に維心を見上げた。

「維心様ったら…誠にそう思うておるから申しておりますのに。」と、息をついた。「それで、その皇子と皇女の御名を聞いてもよろしいでしょうか。」

維心は、頷いて答えた。

「皇子は黎貴(れいき)、皇女は夕貴(ゆうき)と申す。二人とも黒髪の、匡儀とよう似ておる者達ぞ。あれらが参ることになったら、主もよう見ておくが良い。」

維月は頷いて、息子と娘の幸せが掛かっている、と思うと、自分がしっかりしなければと、何やら力が入っているようだった。

維心は、面倒がなければ別にどっちでもいい、と思いながら、黙って維月が考え込むのを眺めていた。

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