戦闘服は気合を入れて。
作中に歌詞をお借りしております
『架空楽曲』10年前にバカにした、嫌な女に私はなった。
作者:朝倉 ぷらす様
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「ごめん、結婚できないや」
婚約破棄……、それはウェブサイトの流行りのタグだよ。
「だって……、お前、後輩の静ちゃんいじめてるしさぁ、俺……優しくて可愛い子がいいんだよな」
何それ、後輩の静ちゃんは、そりゃ、ちっちゃくて可愛らしいけど……、いじめてるって、そりゃ私彼女の指導係なんだもん、ミスすりゃ注意指導は仕事の内でしょう、
それに彼女……強かだよ中身は、モロ女!見た目だけじゃん、意地悪って、どっちかといえば、私がされてる方だよ。
言いたくないけどさ、データー消されちゃたり、コピー頼めば書類落ちしてたり、電話とってもうっかり先輩に伝えるの忘れてましたーとか……。これってわざとじゃないかっと思うもの、課長辺りが頼んだ仕事は完璧に仕上げるクセしてさ、あら、なんか腹立ってきたし。
「お前、陰で悪役令嬢って呼ばれてんの知ってる?親父さんの立場利用して、静ちゃんが困る様な事ばかりしてさぁ」
悪役令嬢って何よそれ、彼女がきっと裏で、あることないこと言いまわってるに決まってる。ちょっとだけ資産家の家に産まれただけだし。私のお父さん、たまたま取引先だけで関係無いでしょ。
それに結構フォローしてくれてるよ、あんたのプロジェクトの合同会議、静ちゃんが、時間の変更、いい忘れてましたーってのも、なんとかしてくれたじゃん。
それもこれも、私の婚約者であるという立場故の融通。立場利用して、てのお前だ。
「静ちゃん、健気だよな、君に怒られても叱られてもさ、いつも笑顔で……あんな子が良いよな、結婚するなら、さ」
クソぉ、こいつの目節穴かよ!口を開けば罵詈雑言が出るのが分かっていたから、黙って聞いていた。握りしめた手の指に有るのは、奴から贈られた給料3ヶ月分
それがチクリと目に入った。お互いの家にも挨拶に行って、結婚式場を探していた私達。抜け目のない泥棒ネコが、二人の間に爪を立ててきた。
ジャパジャパジャパジャパ……駅前の噴水の音が、ささくれだった私の耳に障る。ザワザワ、イライラ、彼のバッドティストばかりが、これでもかと思い出す。
「ごめん、君の事で彼女の相談にのってたんだ……」
うん、知ってた。静が『先輩、取る気なんて全然ないですよ、ちょっと相談に乗ってもらってただけです』とかほざいてたから。
そういう事、若い女に乗り換えたのね。ころりと騙されやがって!
「ごめん、本当に……早く言えば良かった、でも……」
奴は私の薬指をちろりと見てくる。そりゃそうよ、公認の仲なんだから、部長にもいつ挙式かね、仲人は任せてくれたまえ、なぁんて言われてるんだから……。
「……、辞令が出たんだ、地方だけど新しい部署が出来て、一度ことわったやつ、でもどうしてもって言われて、ほら、君も俺達と顔合わすの辛いだろ」
ほーん、あの話受けたんだ……、私との結婚の為に断った!とか言ってたけど……ふーん。そういう段取りなのね。優しさを勘違いして押し付けてくる。
「君は……その、ひとり娘だし、結婚したらその……君のお義母さんのマンションに引っ越すんだろ……、やっぱそんなの駄目かなって思うんだ」
は?今更何を……今お前が住んでるマンションも、私のお母さんが持ってる内の一棟、家賃大幅免除してもらってるの忘れた?お前の給料じゃ、払っていけないよ、そこ。
まっ、引っ越すんだろうし、今更もう、関係ないけど。
「そっか、そういう事だったのね。地方にね、私ついて行けない、跡取り娘だもん。でも今の職場も辞める気ないから、なら私も受けよかな……結婚するからって、断ってたんだけどね」
未練も糞もない私は、都合の良い女を装い、少しばかりしおらしく口を開いた。
昇進試験を受けないか、と部長から言われていたのだ。
今度は奴が黙り込む。
「私はひとり娘だし、地方なんて、ついて行けないもんね。終わりだね、寂しいけど……これも運命かな、試験受けてさ、仕事に生きるよ、うん」
「そんな事無いって、由加は美人だし……、もっといい男に出会えるから、俺なんて最初から不釣り合いだったんだよ」
ほー、不釣り合い……自分で言うか?
「取り敢えず私も、一度本社を離れるから。研修行かなくちゃ、忙しくなりそう。で隆弘は辞令は受けたの」
私がサバサバとそう言うと、鼻をピクピク動かす。これは早まったかと後悔している、そういう場面では奴は鼻が動く。ちなみに嘘をつくときはやたら頭に手をやるのが癖。
「あ……う、ん、返事しちゃった。準備が整い次第行くんだ」
「へえ?じゃ、社宅?単身じゃないんだ。さっき俺達って言ってたわね、相手は静なの?」
「……ん、そう……な、んだ、け、ど」
カクカク喋る。
「まっ、お頑張りなさい。家に帰ったら、両親には私から、きちんと話しておくから……心配しなくていいよ」
くるりと指輪を回す。
スルリと指輪を抜く。
向かい合う奴は手を差し出して来た。ハッ!バッカなんじゃない?良かったわ。結婚する前で。私は、元フィアンセに、にっこりと別れの笑顔を向ける。
グッと指輪を握りしめる。
ぐるっと躰を回して背を向ける。
「うおあああ!何すんだよ!」
ヒュン!ぽちゃん。ジャパジャパジャパジャパ………。
3ヶ月分は噴水の池に投げ棄てた。慌ててそこへ向かう彼。その後ろ姿を最後まで確認せずに、私はタクシーを拾うとさっさと家に帰った。
――、男と別れた日から懸命に時を過ごした私。
勿論、家に帰り話すと両親は肩を落としたのは言うまでもない。娘には幸せな結婚を、望んでいた様子だから。そして、翌日会社に出向くと、好奇の視線と噂話に晒された。
人の噂も七十五日、そう思い切り、それらを一切合財、無視を決め込んだ。静は寿退職だとかで社を去ると、今度は憐憫の波が私に押し寄せた。
同情されるのか、結婚が決まりギスギスしていた同僚から、飲みに誘われたり、見合いの話も持ってこられたり。少しばかり人間不信になった私。仕事をこなす事に専念をした。
そして、研修も昇進試験も無事に終わると、実績を積むために海外赴任となる、両親も離れる事に反対はなかった。仕事に打ち込む私を応援してくれていた。
風の頼りに、二人は結婚したと聞いた、ちょうど日本を離れていた私は、新生活を満喫していたので、微塵も心は傷まなかった。我ながら薄情だなとは思うけど……。
沢山の出会いときっかけと、不幸と希望に出会い、人脈を紡いだ。そうして数年があっという間に過ぎた。
今、ファーストクラスで日本へと戻る私。機内で出された、シャンパンとキャビアを独り楽しんでいる。グラスを傾けながらイヤホンから流れる音楽に酔う。
『♪配置と上司が変わっても 忙しいのは同じで
中途半端な人付き合いの上書きだけが面倒で 惰性で混ざった飲み会だけど
最後の囁き断り切れない あなた口説くの上手そうね
私お手軽だったでしょう ベッドで甘えるギャップの振りして
昂ぶらせて気を引いて 安い挑発 あなたに構ってほしい
それで最後は「襲ってきたでしょう?」
ずるいでしょ
大丈夫 大丈夫って自分に言い聞かせて
大丈夫じゃないのはSEX以外のすべての間
私をあなたの過ちに 割れた夢の残り香を
冷えた身体に重ねて伝えて 二人で一つを温めた♪』
フフフフ、静は襲って来たでしょってな事ぐらい、しれっと言う女だったわね、大丈夫、大丈夫って二人の仲を怪しんで、指輪を嵌めた自分に言い聞かせていた頃が懐かしい。
――、ジャパジャパジャパジャパ……ぽちゃん!
耳に蘇るその音。クスクスと笑った。奴はどうしてるのかしら、結婚したとは聞いているけれど、その後の消息はわからない。
✩✩✩✩✩
日本はやっぱりいいな。迎えは来なくていい、と言っておいたにも関わらず、両親は空港迄来てくれていた。こんなにおばさんになっても、娘は娘なのだろう。
「おかえり」
「ただいま」
懐かしい言葉、少しばかりほっこりして子供に戻った様な気持ちになる。
「夕食、あの店に行こう、和食の……大将の事覚えてるか?予約してある」
自家用車である高級国産車ハンドルを父が握り、嬉しそうに話す。幼い頃からよく行っていた和食の店。私はいいね、と答えると、後部座席に座り、流れる車窓の風景を眺めていた。
「貴方が行ってから、随分経つけど変わらないでしょう、でも駅前は、再開発の話が持ち上がってるの」
助手席の母親が教えてくれる。
再開発か……、新しいポジションで任されるプロジェクト、それになりそうと話があるのだけど。さて、どういうふうに転がそうかな。と考える。
「噴水……無くなってしまうのかしら、お父さんと待ち合わせ場所にしていたの」
両親にとっての思い出の場所。
私にとっても思い出の場所。
駅前の噴水。なぜだか急に見たくなった。駅前のパーキングに停めた後、店に行く前に少しばかり寄ってみようと思いついた。両親に先に店に行って、と話すと私はそこに向かう。
数年前と変わらぬ風景がそこにはあった。
まさか数年前に戻って来ているのかと思った。
噴水の水がジョボジョボジョボ、音立て落ちている。跳ねる水飛沫。丸い縁石に男が独り。じっと水の中を眺めている。
見覚えのある後ろ姿。しょぼくれている後ろ姿。ヨレヨレの上着が侘しさを醸し出している。私を捨てて、静と一緒になった男だ。ひと目で分かった。
「探せってもなぁ……、こんな中に入ったら、変な大人だよ。警察呼ばれてしまうよ」
側近くに私が居るとは知らずに、ボソボソ呟いている。そんな彼に、文句を言いながら、手に膨らんだ駅前スーパーの袋を下げて近づく女の姿。
「隆、見つけたの?水の中位入りなさいよ!先輩の指輪、すっごいダイヤだったの、見て知ってるんだから……、どうしてちゃんと返して貰わなかったのよ!もう……、肝心なところで抜けてるから、出世コースから外れたんだよ、マンションだってさ、こっち戻ってきたら安いとこってどういう事?狭いわ古いわでやだよ!もう……前住んでたマンション、なんで入れないの?高くて家賃払えないからって……、信じられない!」
髪を後ろでまとめた静が、つけつけと彼に話している。ふーん、こっちに戻ってきてるのか。出世コースから外れたって、そりゃ仕方ない、そもそも、そんなに仕事が出来るタイプでもなかったもんね。
二人共に私に気が付かない、見かけは……髪の色は、カラーリングでアッシュブラウンに染めてる。着る物も持ち物も当然ながら日本のメーカーでは無い。そこそこ収入もあるから、それなりの物を身に着けている。
「あーあ、由加せんぱい。明日帰って来るんでしょ、部長の後釜で、海外帰りか、カッコイイよねぇ……、ほんとに隆のフィアンセだったの?あの時は良かったよ、略奪婚みたいでさ、でも今となったら、棄てられたの拾ったみたいでヤダ」
もう……誰かに拾われてるよと答える隆弘。静はあるかもしんない、売れるんだから探してよと引かない。
ジョボジョボジョボジョボ………水の音。
ククク、フフフフ、なんだろう可笑しくなってきた。強がって、別れた夜は辛くて惨めで哀しくて、悔しくて、落としたショートケーキみたいにグチャグチャで……酷い私だった。
私はその場から気づかれぬ様に離れる。顔を見せない様に……、彼も本社に戻っている。但し閑職の様子、明日、オフィスに行けは分かるだろう。道理で消息がわからなかった筈。
動きがあれば私にも伝わるはずだもの。それが無いという事は、ペーペーのままなのだろう、地方のそこでミスでもしたか……、本社に戻れたのは、元々そういう契約だった筈。
彼の事だから私に恩着せがましい事を言って、引き上げてくれと言う、きっとね。
でも、そんな事はしない。報復でも復讐でもない、仕事が出来無い彼に見込みが無いから。それだけ。だけどちょっとだけこう言おうかな。
きっと彼はこう話してくる。
「久しぶりだね、由加、凄いね出世して……ははは、俺は見た通り、まんまそのまま平社員だよ」
場所は社員食堂だろう、私と繋がりがある様に、皆の前でわざとらしく声を張り上げて……。それを受ける私、
明日は、シャネルのプレタポルテのスーツを着込んでいる。腕にはカルティエのピンクゴールドの腕時計。耳には、お気に入りのピンクダイヤのピアス。プラダのパンプスを履いている。
最初の舞台に立つのだから、戦闘服は気合を入れよう。そして、衆人環視の中でこう言おう。
「あら、お久しぶりね。そう、それが何か?」
風が吹くようにそう言おう。心の中ではオーホホホ!ざまあみろ、と、高笑いしながら、ビジョンが浮かんだ。これは上手く行く、プロジェクトが滞りなく進む時に見えるものと同じ。
「あるよ!ここの噴水再開発で潰されちゃうんでしょう!その前に見つけなさいよ!絶対よ!売ったらお金になるんだもん!春には桃香の入園だよ、私立なんだからね!お金いるの、それにあんなマンションも、やだよ。早く引っ越そ、恥ずかしくて桃香もお友達呼べないって、泣いてるし……、あ!こんな時間。ピアノ教室終わったよ、さっさと迎えに行ってきて」
彼のプライドをボロボロにする様に話す、尖った静の声に背を押されながら、私は両親が待つ店へと足を進めた。ルージュを引いた唇に笑みを浮かべて、明日の光景を反芻しながら。
終。