1話
2話完結です
01
私は陽の光が届かない木々が生い茂った森に一人取り残されていた。
道に迷わないように魔力を込めた木の棒で地面に印をつけていたはずが、気がつくと印がついてない見知らぬ場所にたどり着いていた。
本来、道に迷ったとしても地面に自分の魔力が残っていれば、体は自然と魔力がある場所に吸い寄せられる。
それが起きないということは……誰かに消されたことしか考えられない。
一息つくために私はキツイ坂を一緒に登ってきたキャリーバックを椅子にして座った。
何時間も歩いていたせいで体は既に悲鳴をあげていた、まだ二十代後半なのに十歳老いた気分だ。
一週間前、退魔師を務める私の事務所にとある手紙が届いていた。
手紙の内容としては怪異を呼び込んでしまう息子を百万円で買い取ってほしいというもの。
現代の人間の欲から生まれた怪異は人に取り憑き、悪行の限りを尽くしている。
私は怪異に取り憑かれた被害者の痛みを和らぐことが出来る退魔師の一人だ。
しかし年々怪異の力は強まっており、退魔師の力は弱まっていった。
……他の退魔師に手に負えないと上が判断をすると大抵私の元に仕事が舞い込んでくる、いい迷惑だ。
……少し休憩していたら待ち合わせの時間が迫ってきていた。
そろそろ森から抜けることを考えてもいいかもしれない
地面に魔力を印していても消されてしまうなら、キャリーバックに入っているアレを使ってこの森を亡きものにしてやろう。
国から余程のことが無い限り使うなと言われているが、依頼主の元に辿り着けない今がその時だ。
私は椅子にしていたキャリーバックを立てて、厳重にロックされている鍵を順番に開ける。
最後の鍵を開けようとした時、後ろから足音が聞こえてきた。
キャリーバックの中に封印されているブツは所有者と認めていない者を視認すると、問答無用で魂を喰らいにいく。
無実の人に危害を与えてしまったら、国から支援を受けれなくなる
それだけは何とか避けたい。
「誰っ!?」
「あの、もしかして煌坂さんですか?」
後ろを振り返るとメイド服を着た黒髪の少女が立っていた。
私を見つめている彼女の目は見るもの全てを惹き付ける魅力があった。
人形のように長いまつ毛、私が抱いてしまえば直ぐに隠れてしまいそうな小柄な体、絹のような滑らかな髪。
物語から飛び出してきた登場人物かと思ってしまうぐらいに、現実離れした容姿をしていた。
依頼主が雇っているメイドにしてはあまりにも綺麗だ。
私と結婚してほしい。
「ええ、私が煌坂よ。……貴方はもしかして御剣さんのメイドさんかしら?」
愛らしい少女は困ったような顔しつつも、私に衝撃的な答えを伝えた。
「煌坂さんが手に持っている手紙の人物ですよボクは」
02
御剣明那 十四歳。
彼女、いや彼は学校に通わずに天才子役として数多くの作品に出演しており、テレビに出ると一日でサラリーマンの年収を稼いでしまうと言われている。
まさか誰もが知っている芸能人が依頼先の自宅の息子だとはね……
明那くんが出演している映画や、ドラマのDVDを擦り切れてしまうぐらいには観ているはずなのにまさか気づけないのはショックだ。
私を自宅に案内している彼の横顔は画面越しで見た時と同様に思わず胸が苦しくなってしまうほど綺麗だった。
そんな美を象徴した彼にただ一つの疑問が生じた。
雪のように白い首元にうっすらと傷がつけられていたのだ。
「大丈夫ですか煌坂さん? もう御屋敷についたんですが……」
私は考え事をしていると周りが良く見えなくなることがあり、気がつくと見知らぬ場所にいることがある。
突然ウグイスのような澄んだ声が聞こえてふっと我に返ると、目の前に明那くんの顔があった。
「あ、明那くん、顔が近いっ……!」
私は沸騰してしまいそうな理性を力強くで押さえ込み、明那くんから離れる。
この子は人との距離感がわからないのか?
「ご、ごめんなさい!」
明那くんは私が何もしていないのに顔を手で隠して怯えていた。
人は誰かに手を出されそうなとき自然と自衛する体制になる。
それは自らの身を守るためだが、明那くんのはあまりにも不自然だった。
ただただ怯えているだけで相手の反応なんて見ていない。
これで疑問は解決された、明那くんは依頼主もしくは別の誰かに虐待されている。
「大丈夫だよ、私がちょっと考え事をしていて周りが見えなくなってたのがいけないんだから。明那くんは謝らなくていいよ」
「でも……あっ」
「明那、ここで何をしている」
明那くんは私に何か言おうとしていたが、ある男が来たことで口を閉じてしまった。
御剣遼太郎、この人物こそが私の依頼主だ。
肩幅は広く、何かスポーツをしていたのか胸板は壁のように分厚いのに顔は生気がなかった。
目の下にはうっすらとクマがあり、大して寝てはいないんだろうということがわかった。
後方にある年季が入った洋風屋敷の主で、退魔師に会うのがそんなに緊張するのか顔に見合わずに高そうなスーツを着ていた。
国直属の退魔師なんかに何を期待しているのかこの男は……
「え、いやあの煌坂さんが道に迷っていたのでご案内しただけです」
明那くんは御剣の顔色を見て怯えて話をしていた。
様子を見ている限り、虐待しているのは御剣遼太郎で間違いないだろう。
「ならそう早く言え!……失礼しました煌坂さん、お寒いでしょうから家の中に早く入ってください」
御剣は私を気遣って、先に屋敷の扉を開けた。
オンオフの切り替えがあまりにも早くて私は思わず笑みを零しそうになる。
中から来た暖風が私の顔に触れていき、後ろからは鳥肌が立ちそうなぐらい冷たい風が私に息を吹きかけていた。
「明那くん、その服だと寒いから先に入っていいよ」
ふわふわなコートを着ている私より、肌を露出しているメイド服を着ている明那くんの方が寒いはずだ。
だが、御剣は中に入ろうとした明那くんを押しのけた。
「客人が先だろう、恥を知れ!」
レンガのように分厚い手が明那くんの肌に触れる前に私はわざと咳払いをした。
本当はこの場で殺してしまいたい気持ちだったが堪えることにした、私は理性ある人間なのだから怒りで我を忘れてはいけない。
御剣は私が見ていることにようやく気づいたのか、ぶとうとした手を後ろに隠した。
「お、お見苦しいところを見せてすいませんねぇ、ほら明那入れ」
謝っている素振りをしているが顔は反省していない。
私がいないところでまた虐待をするのだろう。
「……ええ」
本当に明那くんが怪異を呼び込んでいるのか気になり、私は御剣に触診をしていいか聞くことにした。
決してやましい気持ちでやるのではない、怪異に取り憑かれた人間は体に印をつけられるからそれを確認したいだけだ。
その印は怪異が現在人間の体にいるということを示している。
私たち退魔師は印を見つけ次第、怪異が発生した原因を探し出す。
原因さえ見つかれば簡単に怪異を追い払うことが出来る。
「あの御剣さん、明那くん……いえ貴方の息子さんの触診をさせてもらってもいいでしょうか?」
触診と聞くと嫌がる人もいるが、御剣は自分の息子が医者でもない見ず知らずの女に触られるというに嫌がらずに笑顔で承諾をした。
「ええ、もちろん。私の仕事を邪魔するしか出来ないこのガキの怪異を早く退治してください」
どう考えてもコイツが原因でしかないと思う、早く怪異本体を見つけ出さないと。
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―――――――――
私は明那くんに屋敷の二階へと案内をされた。
通常なら大人が部屋まで案内するだろうと思っていたが、あろう事か御剣は怪異に汚染された二階へ行くのが嫌だと言った。
「ここがボクの部屋です、散らかっていてすいません……」
「……」
私は何も言えなかった。
明那くんぐらいの年頃の男の子なら、スポーツ選手のポスターやゲームなどが置いてあってもおかしくはない。
なのに彼の部屋はベッドはなく、床には明那くんの物であろう服が散らばっていただけだった。
散らかっているレベルではない、泥棒に部屋を荒らされたのと同じだ……
「明那くん、床に座ってもらっていい? 寒いのにごめんね」
「わかりました」
明那くんが床に座ったのを見て、私は仕事モードに切り替えた。
ここで何があっても動じてはいけない、例え虐待の傷が酷くても。
「恥ずかしいと思うけど今着ている服を脱いでくれるかな」
今、この部屋には年端もいかない男の子と見知らぬ女の子しかいない。
見知らぬ女に服を脱げと言われたら、思春期の男の子は躊躇してしまうだろう。
そう思っていたのも束の間、明那くんは予想外の動きをした。
「……っ!」
明那くんは何も言わずに手馴れた様子でブラウスを脱いでいき、白い肌が徐々にあらわになっていく。
父親と比べると線が細く、体つきはまるで女の子のように丸みを帯びていた。
考えたくはないが、この子は父親に何をされているんだろうか。
痛々しい傷を見ているだけで心が痛む。
……動揺したら退魔師として失格だ。
怪異の印はどこを見ても見当たらない、念の為後ろを向いてもらったが目当ての物は無かった。
「明那くんはパパのことどう思っているの?」
「……パパはとても優しくて芸能界で忙しいボクを気遣ってくれます」
明那くんをテレビで見ない日なんて無いぐらい、彼は色々なテレビ局に出ている。
気遣っているならスケジュールを抑えるはずだ。
「本当にそうかな? 優しいならもっと丁寧な言葉をかけてくれると思うわ」
部屋の空気は外の冷たい風が入ってきたかと勘違いしてしまうぐらいに凍えていた。
大方、御剣に煌坂という女に質問をされたらこう答えろと言われているんだろう。
これではまるであやつり人形だ。
「昔のパパはボクが風邪を引いたら仕事を休んで、寝ずに看病をしてくれたり運動会にはママといっしょに声が枯れるぐらい応援してくれたりしてました……だけどある時、ボクが街中でスカウトをされてから御剣家はおかしくなったんです」
沈黙に耐えかねて明那くんは本当の気持ちを話してくれた。
御剣遼太郎と母親は明那くんが芸能界で成功するために、必要じゃないものをどんどん切り捨てていった。
学校、友達、ゲーム。
時折、反抗的な態度を取れば商売道具である顔以外のところを殴る蹴るの繰り返し。
母親は止めもせずに次の仕事を決めていた。
どうやら御剣家は財政的に厳しい状態に陥っていたのを明那くんが芸能界にスカウトされたことで、収入源を得られると思って力を入れすぎてしまったのだろう。
既に答えはわかった。
明那くんは話しているうちに辛くなったのか、涙を零していた。
私はいてもいられなくなり、明那くんを抱きしめた。
苦しいという声が聞こえるがそんなことは気にしない。
誰かが守ってあげないとこの子は簡単に消えていなくなってしまう。
「よく一人で我慢したね……もう一度辛いことを聞いてもいい? 明那くんが一番思い出に残るものは何?」
「運動会で一位を取った時にメダルを貰って、ずっと大事にしていたのにパパは要らないものだと捨てて家の裏庭に捨てたんです」
「いつ捨てたか覚えてる!?」
「確か昨日のはず……」
私は急いで明那くんが言った裏庭に行こうとしたその時、下から爆発音が響いてきた。
間一髪のところで直撃は免れたが……壊れてしまった床から四足歩行の怪異が這い出てきた。
どうやら怪異に取り憑かれていたのは父親の方だった。
怪異に取り憑かれていたせいで認知能力が衰えて、息子が怪異を呼び込んでいると思い込んでいたのか。
四足歩行の怪異は木の頭を床にぶつけて、私たちに近づいてきた。
糸受けに吊るされている人形を持ちながら、明那、明那と呻いていた。
私は腰が引けている明那くんを連れて外へ出た。




