第7話
糊のきいたシャツとズボン(ただしサイズは極小)
いや~アン時は死ぬかと思ったっスよいやマジでね 風来の行商人
部屋で寝ていたはずの私の耳に最初に聞こえてきたのは興奮した低い男性の声だったと思う、その次に聞こえてきたのはなだめるような疲労に満ちた高い少年の声だった。母さん、朝からテレビの音量高くないかな?
「アレクシス!無事かい!怪我は!腕は!」
心配しているのか焦っているのかあるいは両方か男の人の声は矢継ぎ早に質問している。こっちは昨日不審者に襲われて精神的にも肉体的にも疲れたっていうのにテレビウルサイ。
「大丈夫ですよ!ちょっと吹き飛ばされただけです!師匠こそ傷とかは…ないみたいですね、実験室も足元の靄以外おかしなことはないし無事のようですね」
少年の声が答えるとかつかつと音を立て誰かが近寄る音がする。靴音の効果音まで聞こえるなんてどんだけ音量を上げているだ、今日は私お休みなんだからもう少し寝かせてよ。
「実験室なんかどうでもいいから手をお見せ!魔石の発生に一番近い位置にいて無事なわけないだろう!」
魔石?朝からファンタジー系のドラマでも見てんのかな、それにしても「うるさい!ちょっと静かにしてよ!私きのうたぃ……」変な目にと続くはずだった私の言葉は喉奥へと引っ込んでしまった。
ちょっと待て、少し、いや、だいぶおかしいぞ。
何故背中や後頭部に冷たくかたい床を感じているのか、私は昨日布団に入って寝たのではなかったか?
それに少し肌寒いし寝る前に着た高校の時に買って愛用しているパジャマはこんなにも小さかったか?
寝ぼけていた私の背中にゾッとした感覚が走る。
目を開けてすぐさま起き上がる。
クラリと眩暈が走ったような気がした。
そこにいたのはぽかんとした表情で天使の輪が光る墨色のポニーテールと星が散ったようなキラキラとした藍色の瞳の小柄な少年と頭頂部は真っ黒だが毛先にいくほどて白くなっている立ち込めている靄のせいでよくわからないが膝裏を越えている長さの三つ編みの前髪で顔のほとんどが見えないが整った口元の青年がこちらを凝視していた。
「シス君、どうやら吾輩たちの実験は成功したようだよ!」
「ゥワァッ!師匠!ちょっと落ち、落ち着いてください!」
先生と呼ばれた顔の八割が髪で見えない青年がアレクシスと呼ばれた少年の(シス君はもしかしてあだ名?)肩をつかみこちらに近寄ってこようとするが、つかまれた肩を放そうとする少年との攻防で私の方に近寄ることができないでいる。
びっくりした私はとっさに首を回して逃げ場を探し周りを見ながら後ずさりする。
「シスッ君ッ!なんで邪魔するッだいッ!」
「フギギギギッ…よく見てください!師匠!おびえてますよ!ファミリエが!」
こちらにほんのちょっとづつ近寄ってくる男性の目が(前髪でやっぱり見えないが)怖いくらいギラついている(中学の時のマッドっぽい理科の先生を思い出した)。いや怖いって、いや抑えようとしている少年の行動はありがたいが二メートル近い男性と私より背の低い少年との体格の差のせいでそれも抑えきれてないのか引きづられている。
周りは赤い半透明の墓場で見かける卒塔婆に書かれている梵字っぽい字や英文の文字に似たようなものが書かれている半円状のものに囲まれているが近寄ってこようとしている彼らの後ろに開けっぱなしのドアが見える。
「師匠!本当にちょっと落ち着いてくださいってば!」
逃げられるだろうか、彼らの横を無傷ですり抜けるなど映画のスタントマンでもないずぶの素人の私が。
でも………。
「なにいっているんだい!目の前に貴重な研究素材がいるんだよ!」
逃げなきゃ殺られる!
ぎらついた眼の男の人を必死に抑えている少年には悪いが命の危機にはなりふり構ってられない!
「御免なさいよっと!」
立ち上がると同時に走り出して二人の横を簡単にすり抜け赤い半透明の幕のようなものが私の目の前に迫る。
「アレ?」
だが今の私にはなぜかわかったこの膜は私にとってはないも同然なのだと。
「おや?」
手を突き出して保護結界に触る。
「いったいどこに?」
触ったところから保護結界が中和されて魔力が私に流れ込んでくる。
「師匠!後ろに!」
すり抜けた!