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いつか語られた物語  作者: 祝子 紀
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第6話

いびつな短刀(ナイフ)



こうなるとはね人生わからんもんさね   からくりクラウン



 わたし、影宮涼霞は十九歳の誕生日を目前とした日の夜に人気のない自宅からほど近い近所のコンビニへの近道に通った路地裏で起こった目の前の非常識で非科学的な一連の出来事に途方に暮れていた。


 特に何の変哲もない胴長短足の平均的な日本人体型で生まれてから一度も染めたことがない綺麗な黒髪がひそかな自慢なところ以外、何ら変わったことがない普通の人である私がどうしてこんな目にあっているのか自身の意識がほんの一時間ほど前の出来事をさかのぼるように思い出す。


 夕飯のメニューであるカレーのルーが足りないので買ってきてくれという母のメールに従い、大学からの帰りにコンビニによろうと人気のない路地裏を通った時のことであった。


 薄い頭髪の程よく肥えた男性、いやこの人物こそがのちに私が大変な目にあうきっかけとなった人物のため悪意をもってこう言いなおそうか、禿げた中年太りの小男が薄暗い粗大ごみが重なった物陰から現れていきなり私の腹を大振りのナイフで抉るように刺してきたのである。


 突然の出来事で反応できずに無防備に刺された私はなすすべもなくナイフを引き抜かれた腹(不思議と刺されたにしては血が出ていない腹)を抑え、ただ地面に向かって無様に(それでも手をついて地面からの衝撃を緩和しようとした)倒れた私から後ずさるようにして少し離れた小男は、イッチャッタ目で薄ら笑いを浮かべ、ぶつぶつとまるで呪文でも唱えているかのように口を動かしながら気でも狂ったのか自分の手首を私を刺したナイフで切り落とした。


「あ、ぎゅぇええぇえぇぇ!」


 ヤバいお薬でもきめたかの、痛みに悶えて叫ぶ小男の狂気に満ちた行動で多少正気に戻った(あるいは大幅にSAN値すり減らしながらというのか)私はナイフに刺された腹の痛みをこらえつつこの場から逃げ出そうと足を動かしたときに小男の手首から血が生き物のように空中へとうごめきながらまるで意味の分からない魔法陣のようなものを私と小男の間に作り出した。


 ただ茫然(ぼうぜん)と目の前の出来事を見るしかなかった私は腹に鋭い痛みが走り恐る恐るナイフで刺されたはずの傷口を見るとまるで映画に出てくる焼き印のようなものが傷口のあったところに刻まれていた。


「それは御印(みしるし)だ、女ぁ!」


 傷口を見て驚いていた私に小男は得意げな様子で私に怒鳴るような声量で一方的に話しかけてきた。


「神様へと転生する僕、いや、俺様の御印(みしるし)を刻まれた最初の人間として光栄に思えよぉ!」


 そういうと小男は自ら切り落とした手首を拾い上げるとくっつけるかのように傷口を合わせて用意していたのか包帯をズボンのポケットから出し巻き付けると目の前の魔法陣に足早に近寄りまるで門をくぐるかのように魔法陣を通り抜け、小男の姿は水面に映った虚像のように揺らめきながら魔法陣ごと消えた、それが先ほど自分の目の前で起こった一連の非常識な出来事なのだ。


 そして時間軸は出来事を思い出している途方に暮れていた私の今へとつながる。


「本当に何だったのよ」


 刺された箇所の服は破け足早に帰宅した私を見た母は青ざめて心配し「何か犯罪に巻き込まれたの?」と何があったのか詳しく聞こうとしたがだんまりを決め込んだ私の顔色があまりにも悪かったのか「やっぱり今日はもう寝て、明日聞くわね」と私を部屋へと送り出し心配そうに顔を覗き込む母に多少の笑みを見せると「やっぱりご飯食べてからにする?」とずれたことを聞かれるが首を振るだけで否定した。


「明日話すことにするよ」

「そう、今日はもうゆっくり休んで頂戴ね、ここは安全な我が家なんだから」


 何かあったことを察しながら私に気遣う母に感謝しつつ部屋の扉を閉めた、たたまれた布団を広げ服を脱ぐと部屋にあるクローゼットへしまうがそこで自室に置かれた姿見が目に入る。


「やっぱり、夢じゃない」


 くっきりと小男の言っていた御印(みしるし)が胸下とへその上の間に刻まれているのが姿見にうつる。


「こんな非常識なこと母さんたちにどう説明しろってのよ………」


 十中八九は頭がおかしくなったか不良に走った娘が刺青を入れた下手な言い訳にしかとられない不可思議な出来事を明日両親にどう説明したものか頭を悩ましながらもパジャマへと着替え柔らかい素材でできた抱き枕に顔をうずめてうなりしばし悩んだが、刺青のようなものを頭のとちくるった男に刻まれただけで貞操は失っていないのだとポジティブに思うことにしたが、襲われたことには変わりないのではとまた頭を悩ましながらも眠りに落ちた。


 私は知らなかったのだ。


 この時、私に刻まれた御印(みしるし)がどういうものなのかも。


 私は知りえなかったのだ。


 この時、ファミリエの召喚に命懸けで挑むことになってしまったとある師弟のことも。


 私はこの時知ろうともしなかったのだ。


 今の自分がどんなに恵まれていたのかどれほど家族を愛し愛されていたのかさえま知らないままに。


 私は知らないのだ。


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