20.「木の杖」の使い方
「ほい!ほい!ほい!」
「わっ!たっ!とー?」
鋳掛屋さん - 僕の暮らす家 - の裏庭に石工の徒弟のジンさんと僕のちょっと間抜けな感じの声が響く。
「はい、お終い。」
ジンさんの声と一緒に、木の棒が僕の頭にコツンと当たる。
「あー!またカイルおにいちゃん負けちゃった!」
マチルダちゃんの素直な声が僕の心を抉る。
「負けてない!」
思わず言い返してしまうと、ジンさんも言う。
「・・・か、勝ってないです!練習ですよ?腕の長さも、棒の長さも違いますし・・・」
うう・・・負けた悔しさで言い放った言葉で、ジンさんに気を遣わせてしまったよ。とほほ。
「すみません。僕の負けです。ジンさんごめんなさい。」
「いや、坊ちゃん、ええと、あの、痛くありませんでしたか?」
「大丈夫です、骨が折れなければ問題ありません。もう一度お願いします。」
「えー、まあ、その、ほら、最初に言っていたみたいに、ゆっくりやってみましょう!」
今、僕達4人 - 僕と、王子様とマチルダちゃんとジンさん – は全員自分の背丈より少し長い木の棒を手にしている。
一番長い棒は石工の徒弟のジンさんの棒だ、大人の手でやっと握れる位の太さがあるし、木目の詰まった重い木でできた本物の「木の杖」だ。次に長いのは僕が持っている棒で、ジンさんの持っている棒をそのまま小さくした作り。王子様とマチルダちゃんが持っている棒は長さこそ二人それぞれの背丈を少し超える程度だけど、かなり細くて木目も少ない軽い木で出来ている。
3本の子供用の「木の杖」は、木工工房の親方さんに相談した翌日にジンさんが届けてくれたもので、その時にジンさんから使い方も教えて貰える事になった。
なんでも、石切り場で働く男達は町の外でも身を守れるように、皆太い木の棒で戦う技術を身に付けているのだそうだ。そして、石工としてはまだ見習いの徒弟をしているジンさんだけど、「木の杖」を使う戦い方ではもう一人前なのだとか。
それにしても、「木の杖」の使い方は剣とも槍とも違う。一番違うのは持ち方だろうか。剣や槍なら切っ先から一番遠い端の方を持って構えるものだが、「木の杖」はそもそも何処を持っても良いらしい。真ん中辺りを持って両端で攻撃しても良いし、一瞬前まで槍の穂先のように使っていた部分を握って反対側で相手を叩いても良い。変幻自在だ。
とは言っても、曲芸の様にくるくる回すよりも相手に与える打撃力が大事なので、狼や猪のような野の獣と戦う時には槍のように使う方が多いのだそうだ。持ち手を変えたりするのは山賊や泥棒といった人間を相手にした時の使い方なのだとか。
「ジンさんも人間と戦ったことがあるのですか?」
気になって聞いてみると、ジンさんは一瞬びっくりした顔をした後、答えてくれる。
「お父っつあんや他の石工と力試しをする位です。こっちがちゃんと武器を持っていればわざわざ襲ってくるような物好きは居ませんよ。」
うーん、それってつまり、町の外にはいつも危険な人達が居るって事?思わず重ねて聞いてしまう。
「襲ってこないだけで、隙が有れば襲ってきそうな人達がいるのですか?」
すると、ジンさんは遠くの山並みに視線を投げかける、そして自分自身に言い聞かせるように言った。
「そりゃまぁ・・・戦争が無いと食べていけない傭兵とか、戦争から逃げてきた人達とか、町の外には毎日の食事にも事欠く人達が居るんです・・・こっちが長い棒を持っていれば、そういった人達が悪魔の誘惑に負けないようできますから。」
なんだろう、ジンさんの顔を見ていると、なんだか悪い事を聞いてしまったみたいな気持ちになる。
「変な事を聞いてしまってすみませんでした。」
僕の言葉を聞くと、ジンさんの顔が何時もの明るい笑顔に変わる。
「いや、何にも悪いことなんて無いですよ。さあ、さっきの打ち合いをもう一度ゆっくりやってみましょう。慌てなくても、体も大きくなって筋肉も付けば、自然と強くなりますよ。」
・・・うーん、僕としては大人になった時の強さよりも、今の体格のままで大人の体力と一瞬でも戦える強さが欲しいんだけど。まぁ基礎が重要なのはゲベルに剣を習った時に身に染みて実感しているしね。ここは地道に頑張ろう・・・そしてちょっとしたひっかけくらいは使えるようになろう。
「はい!ジン師匠!」
僕が「木の杖」を城門の兵士が持つ槍のように真っ直ぐ立てて答えると、王子様が直ぐに同じように自分の杖を立てる。そして、それを見たマチルダちゃんも王子様の真似をして杖を立てて言う。
「はい!ジンししょー!」
「ええっ!し、師匠?・・・ち、ちょっと困ります。ただの徒弟が従士様に師匠と呼ばせるなんて・・・」
ジンさんは急に師匠と呼ばれて驚いたようだ。
「僕は、まだ従士でも何でもないただの子供です。お願いです、この庭の中で「木の杖」を習う時だけでも師匠と呼ばせてください。」
僕はそう言って杖を構える。
「・・・うーん、お父っつあんには内緒ですよ?」
「はい!」
「じゃあ、もう一度、ゆっくりですよ?型稽古ってやつですよ?」
「お願いします!」
鋳掛屋さんの家の裏庭に午後の日差しが降り注ぐ、青い空には羊雲がのんびりと流れていく。気持ちの良いそよ風に吹かれて、僕と「ジン師匠」がお互いの動きを確かめ合いながらゆっくりと「木の杖」を振り回す。少し離れた所では王子様とマチルダちゃんが同じようにゆっくりと細い棒を振り回しながら、楽器のようにポテポテと棒を打ち合わせている。・・・なんだか楽しそうだ。
お城の剣の稽古とは違う、のんびりした「木の杖」の稽古は、おばあちゃんが香草茶を持ってくるまで続いた。
これからは毎日午後にジンさんが白い石を持ってきて、前日の内に僕が作った綺羅石の板を持ち帰る時に少しだけ稽古を付けてくれる。「ジン師匠」の指導へのお礼も、木工工房の親方さんへの「木の杖」のお礼も、みんな出世払い的な「いつでも良いですよ?」とか「まぁ・・・その内な?」といった言葉で済んでしまっている。町の外にはその日の食事にも事欠く人達が居るのに、僕はずいぶん恵まれていると思う。
お城から逃げて、遠い空の下で暮らすようになって、色々あったけど、この感謝の気持ちは忘れないようにないといけないよね?




