13. 湖畔の町の用心棒
湖畔の町は、山間の大きな湖の東岸、大岩が林立する使い勝手の悪い平地に在る。町は湖から流れ出す川の入口を抑え、古の時代から交易の要衝として盛衰を繰り返してきた。現在は湖から川を南に下った先にある北の王国に属しており、その代官の統治を受け入れている。
山々が続く内陸部に伸びる水運の拠点として、湖畔の町は、北の山々を越えてくる毛皮や岩塩、銅や鉄などが、南の王国からの穀物や布と交換される大事な取引の場所なのだ。
今、その町の門前には、馬に乗り、鈍く輝く鎧兜に身を固めた男達が居並んでいる。
「騎士だな?お尋ね者じゃなかったのか?」
閉じた門の上にある櫓までやってきたゲベルは、槍を立てている男に尋ねる。
「ああ、ゲベルの旦那。良かった、おっつけ代官様も来ますんで、それまで一緒に居てください。」
恐々と門前を見やる男達はゲベルを見て安心したようだ。
「代官が来る?あの騎士達はこの町と何かあった連中なのか?」
ゲベルの問いに一番年長の男が答える。
「あいつら、東の山向こうの七ツ谷の騎士なんでさ。お尋ね者を探しに来たとか言って、その度に町中で暴れるんで、ついに神父様が怒っちまって・・・去年の秋からこっち、ここいらの町や村には入れちゃいけない事になってるんで。」
「ふん、なんとも真面目な騎士さま達だな?あの神父様が腹を立てるなんていったい何をやったんだ?」
「教会の真ん前、それも神父様の目の前で献身者 ― まだ小さい子供ですよ? ― を殴ったり蹴ったりしたって話です。」
「・・・騎士がそんな事をするのか?」
「騎士もピンきりって事なんですかねぇ?4,5年前まではこんな事も無かったんですが。今じゃすっかり山賊扱いでさ。」
丸太で作られ、矢間も無い門の上に槍と投石器を持った町の男達が並んでいる。それに対峙する騎士達は門を指さしながら何か話し合っているようだ。
「向こうも大分苛立っているな・・・魔術の一つくらいは放り込んできそうだ。」
「ええっ!魔術ですって?だ、旦那、守って下せえ!」
「どうせ騎士が使う程度の魔術なんて嫌がらせが精々さ。危なくなったら逃げるように言うから安心しろ。」
ゲベルがお世辞にも兵士とは呼べない男達を安心させている間に、騎士達の打ち合わせは終わったようだ。
「・・・おっと、どうやら始めるようだな?まともにやり合って怪我をしてもつまらん。腰を落として身を隠せ。槍は置いて投石器の用意をしろ。・・・逃げろと言ったら槍なんか放り出してちゃんと逃げるんだぞ!」
「旦那ぁ、戦うんだか逃げるんだか分かんねぇよ。」
若い馬喰がぼやく。
「・・・逃げるつもりでいろ。門を守るだけならオレ一人で何とかなる。」
単なる事実を告げるゲベルの言葉に、年若い徒弟が妙な事を口走る。
「くぅーっ!カッコイイぜ旦那!ウチの姉ちゃんとか嫁さんにどうだ?」
肩の力が抜け、ぎこちなさが無くなった男達がワイワイと話し出す。
「莫迦!旦那位のお方なら、とっくに奥方さまが居るにきまってらぁ!」
「お前の姉貴なら、放っときゃ元の鞘におさまるから、心配すんな。」
「そうなのか?やべぇ、みんな!オレが言ったことは内緒だぞ!」
「安心しろ、夕飯前には姉ちゃんの耳に入ってるよ。」
「晩飯抜きなんて嫌だよぉ。」
門の上の男たちが一斉に笑い出すのを聞いてゲベルの顔にも笑みが浮かぶ。ゲベルが「さぁ!みんな降りろ!」と言うと全員が素早く降りていく。
門前に並んだ騎士は5騎、そのうち一人が前に出て大音声で話し始めた。
「悪徳の町に住まう!罪深き者どもよ!正義の剣の前にその門を開けよ!」
ゲベルも負けてはいない。「風よ!」と呟いて己の声を乗せる風を呼び出すと、真正面から荒々しく猛る言葉を投げつける。
「神の家の!幼子を!傷つける!山賊に!開ける!門など!無い!」
明らかに魔術が使われた「声」に騎士達が動揺する。前に出ている騎士が荒々しく剣を抜き、更に馬をすすめて言う。
「おのれ!用心棒風情が!臆病者で無いのなら、出てきて我と戦え!」
一瞬、その挑戦を受けようかと考えるゲベルだが、今の使命は代官が来るまで門を守ることだ。今しばらくは言葉の戦いを続ける事にする。
「おう!威勢のいい騎士殿よ!3匹の飛竜を切った!我が剣の!最後の獲物に!なってくれるとは!まことに!有り難い!」
そう叫ぶと、鞘から、焼けて刃こぼれした分厚い剣を抜き放って高く掲げ。言葉を続ける。
「ふさわしい主を持てなかった馬を傷つけるには忍びない!徒歩にてもそっと寄せられよ!ご立派な鎧兜も累代のものとお見受けする!我が剣にて断ち割るのも心苦しい故!切り結ぶ前にご同輩に願ってご子息の元に送られるが良い!」
魔導士や同じ騎士とは違い、盾位しか身を守る術の無い一般の兵士が、鋼鉄の鎧を身にまとった騎士を打ち倒すのはとても難しい。兵士の死体の山を掘り返すと、その下から気を失った騎士が出て来るというのは、戦場の風景として良く語られる話だ。
田舎町の腕自慢程度であれば、威勢よく威圧して押し通るのも悪い判断ではない。しかし、一見鎧も身に纏わぬ雇われ兵士かと思われた男が、実は剣一本で飛竜を打ち倒す程の猛者とあっては、話半分であっても用心が先に立つ。
それまで他の騎士と並んでいた内の一騎が慌しく馬を進めて先頭の騎士と門の間に割って入る。
「待たれよ!いたずらに流血を求めるのは我等の本意にあらず!過日の過ちについては、改めて神父殿に謝罪をするつもりでござった!我等が求めるは唯正義のみ!」
こいつが親玉だな?と思ったゲベルは振り上げた剣を下して挑発を止めることにした。
「道理に耳を傾けるお方が居られたとは有難い!しばしお待ちあれば代官殿が参られよう!貴殿等も鐙から足を外して、ごゆるりとお待ちあれ!」
「まずは、それがしが代官殿をお待ちしよう!」
後から出てきた騎士は門に向かって叫んだ後、今度は仲間に向かって言う。
「この場は身共にお任せあれ!必ず吉報を持ち帰ろう!」
剣を抜いていた騎士は暫し逡巡した後、剣を納めゲベルを一瞥して馬首を返した。
「すげえ!旦那すげえ!見たか?」
「見たよ!聞いたよ!大したもんだ!」
「あれが旦那の剣か!聞いた通りだな!」
いつの間にか櫓の上に戻っていたへっぴり腰の男たちが口々に言い合うのを聞きながら、ゲベルは剣を鞘に納めた。
昨晩は投稿できずにすみません。
カイル君のお話では、前から使ってみたかったフリガナを使ったり。めんどくさい長いカタカナの名前はなるべく使わないで行こうと思っていたのですが、ついに限界が。悩んでいるうちに寝落ちしてしまいました・・・
人や国の名前など、なるべくささっと読み飛ばしてもらえるように書いていくつもりです。




