2.魔術の勉強
18/5/13 文言訂正。話の筋に変更はありません。
その日、僕たち ― つまり、僕と王子様 ― は宮廷魔導士から魔術を習っていた。そう、この世界には魔法があるんだよね、詳しい理屈は知らないけど。
僕自身はあんまり魔力が無いので、ちょっとした小さい技を幾つか使える位だけど、王子様は近隣諸国に鳴り響くあの王様の御子息だけあって超強力な魔力を持ってるんだ。王太子様や兄王子様ばかりか、なんと王様がお若かった頃にも魔術を教えたというこの国一番の魔導士様の授業が聞けるなんてちょっと感激だね。
たとえ自分が使えなくても理屈を聞くのは楽しいので、王子様と一緒にお行儀良く魔導士先生のお話を拝聴する。どうやら、魔法は世界を構築する4元素「地水火風」に第五元素である「魔力」を使って働きかけて不思議な事を起こすって事らしい。
僕自身が今まで教えられてきた、火打石代わりになる「着火」とか、つむじ風が起きるだけの「落ち葉集め」なんかが、どんな理屈で起きていたのか解るのは嬉しい。まあ、騎士が使う魔術なんて、他に剣を砥ぐ「砥石」とか、鎧の小さい穴を繕う「穴塞ぎ」とか、服を乾かす「乾燥」とか・・・戦うよりも従軍のためのちょっとした便利技位しか無いんだよね。火の玉を飛ばしたりするのは王子様や魔導士先生位の魔力が無いと無理なんだ。
魔法で筋力アーップ!とかやってみたかったけど、今まで聞いた限りだとそういうのは無かった。残念。だけど聞いてみようかな、王子様なら出来るかもしれないし。
「魔導士様、魔力で力持ちになって伝説に出てくる鉄の弓や石の槍を使えるようには出来ないのでしょうか?」
「ふむ、騎士は皆同じ事を聞くの。」
う!なんだか困った子供だなぁみたいな顔をされてしまった。
「カイルはちゅうせいをつくすためにきいたのです。」
あぅっ!王子様に庇われてしまった。今生だけでも5歳も年上なのに!恥ずかしい!超恥ずかしい!!
「ふぉっふぉっふぉ、まあ何故出来ないか位は話しておかないといけませんな。若くて魔力の高い騎士が無謀にも試して怪我をする事もありますからの。」
「あ、ありがとうございます。その、僕では無理でも殿下なら出来るかと思ったので・・・」
「おお、若いのに立派な騎士じゃのう。うむ、確かに殿下の魔力なら腕の力を上げる事だけなら出来るじゃろう。」
「え?だけ・・・というと、骨とか筋とかは・・・」
頭の中に人体模型が浮かぶ、血圧が下がるのが自分でもわかる。
「うむ、肉を魔力で無理やり動かしても、人の体はそれに耐えられる程強くはないのじゃ。騎士の魔力なら骨を折ったり、筋を痛めたりする程度で済むが、殿下の魔力ならば何が起きるか分からぬ。一生腕が動かなくなるやもしれぬ。」
そう言えばスポーツ選手が肩を痛めたとか、疲労骨折とか前世でも聞いたことがありました、なんと役立たずな前世知識!莫迦過ぎ!王子様にそんな事があったら・・・
「うわーっ!怖い!で、殿下!申し訳ありません!今の質問は忘れてください!」
「だいじょうぶだ、カイル。みなをかなしませることはせぬ。」
「ですが・・・戦の時や賊に襲われた時にとっさに使ってしまうかもしれません。・・・うう、カイルは従者失格です。」
なんだか涙が出てきちゃう、男は人前で泣いちゃいけないのに・・・
「うむうむ、そう心配するでない。ちゃんと訓練を重ねれば、とっさの時でも魔力を使いこなせるようになる。」
「でも、魔導士様、まだ魔術を身に着けておられぬ殿下には難しいのではありませんか?」
「安心せよ、その為の用心も抜かりはない。殿下の身に着けておられる守り石が、外敵からも急な魔力の暴走からも殿下を守るのじゃ。」
おお!やっぱり王宮の大人達はみんな超有能なんだ!良かった・・・。守り石は平たい楕円形のペンダントヘッドで、貝殻かオパールみたいな半透明で光沢のある石だ。裏側には守護聖人のお姿が刻んであって。チェーンは焦げ茶色の何かの皮と王妃様の長い髪の毛を組み紐みたいに編み込んだ芸術品だ。普段は王子様の肌着の下に隠れている。
「・・・良かったです。守り石にそんな力もあったなんて知りませんでした。」
「ほう?今までは何の力があると思っておったのじゃ?」
「え?それは、その・・・」
「カイルはゆうれいやびょうきからまもってくれるといっておりました。」
はい、珍しい王子様のいたずらっ子笑い、頂きました。けど言うべきことは言いますよ。
「幽霊を怖がったのは殿下ですっ、守り石には守護聖人のお姿が刻んでありますから効果は疑いありません!あと・・・病気は、その、守り石があると、光の射す室内でチリやホコリが殿下を避けていくのが見えるからです。守り石があれば目に見えない位小さい病気の元も殿下には近づけません。実際、守り石を頂いてから殿下はあまり風邪をひかなくなりました。」
「ゆうれいなどこわくはない!」
「ふぉっふぉっふぉ!いやはや、殿下は良い騎士をお持ちよの。」
その後、王子様がつむじ風を起こす「落ち葉集め」を習ってその日の授業はお終いになった。
最後に魔導士先生が思い出したように、病気の元の話は誰に聞いたのかと聞いてきたので、ちょっと慌てた。
「あー、あれ?すみません、思い出せません。ちゃんとした先生でもないのに殿下にお話ししたのは良くなかったでしょうか?」
「いや、間違った説という訳でも無いしの、騎士殿の言うたのは『悪疫微小』説というのじゃ。病気の元は目に見えないほど小さいという説じゃな、他に『疫病悪霊』説というのもあって、こちらの支持者の方が若干多いかの?」
「他の説もあったのですね。ご説明、有難うございます。」
「いや、殿下と騎士殿の役に立てればよいのじゃ。」
ふー、魔導士先生ってホントに親切で良い人だよね。さて、そろそろお昼ご飯の時間だし、急いで殿下を連れて行かないと。
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幕間:神それを望み給う
宮廷魔導士は手を繋ぎにこやかな笑顔で中庭から出ていく二人を見送った。
歩きながら、殿下の「スジってなに?たべたことないよ?」という問いに、年上の従者がそのままでは硬くて食べられない事や、肉を骨に繋ぎとめる部分であること、硬いので弓のツルに使うこと等を分かりやすく説明している、まるで仲の良い兄弟のようでほほえましい。
それにしても、10歳になったばかりの子供が病気の原因を考察するとは・・・長生きはするものだ。
「類は友を呼ぶのか、これが神の定めたもうた事か・・・」
内心が口からこぼれ出す。と背後から衣擦れの音と共に声がかかった。
「末恐ろしいとは思わぬか、もしあの二人が王権を望んだら・・・。」
ぎょっとして振り向く。
「閣下!いったい何をおっしゃる?口にして良い事と悪い事がありますぞ。」
そこにはしばらく会わぬ間に痩せた友の姿があった。暗い眼窩の中で目だけが輝いている。
「だが、誰かが言わねばならぬ事だ。かつて言うものの無いまま内乱となった事を忘れる事はできぬ。」
中天に輝く太陽が急に色褪せたように感じる。友を止めなければ。
「第三王子が成人する頃には王太子はとっくに経験を積み、異議を唱える者など居なくなっておりましょう。」
「・・・私は覚えている、先王がご健在だった頃、皆がお主と同じことを言っておった事を。」
彼の視線が彷徨う、その目に映っているのは今では無い時代だ。
「閣下・・・童がこの世に生を受けるのは、神が定めたもうた事ですぞ。」
「では、神は、再びの内乱をお望みなのか、罪なき者の死をお望みなのか!」
「子供達がどのように育ち、何を為すのか、それを知る術など神ならぬ人にはありませぬ。閣下は神にでもなったおつもりか!不敬ですぞ!」
「年を取って坊主共のような事を言うようになったな。天国の門でもくぐるつもりか。」
「我が業は我が力、我が罪は我が魂なり!愚弄は許さぬ。」
「・・・すまぬ。許せ、力無き者、罪無き者を守るためだ。」
「あの子供達も罪無き者ではないのか!」
「だが、力ある家の子供だ。万民を守る盾の家のな。・・・魔導士の長よ、汝に命じねばならぬ。」
「出来ぬ。死を賜ろう。その様な事をする位なら、今すぐ地獄に落ちた方がましよ。」
「お主がせぬのなら他の者に命じるだけよ。・・・いまさら我等二人以外に地獄に落ちる者を増やしたくはあるまい?」