短編 ストーカーじゃなくて、忠誠心です
私は無力だった。
主と定めた人物を守れず、其の方より後に死ぬ不幸をお許しください。
私は無力だった。
魔王様に仕え、知も力にも劣る私風情が、側近として扱われて守られた。
だが今は、周りに居た屈強な家臣は既に切り殺され、残るは私と魔王様になった。
そして、やはり無力だった。
目の前の存在は『勇者』であった。
勇者は私を一目見た時に、何故か攻撃をしてこなかった。
きっと、自分でも自覚している人間らしい見た目と、端的に言えば麗しいと表現して、余りある容姿だからだろうか。
まるで、囚われの姫君とでも間違えたのだ。
ひたすら人間の言葉で『君を助ける』と、羽虫のように五月蝿かった。
私なんかよりも、生涯を賭して守り通したかった魔王様の命を、助けて欲しいと願っていた。
しかし、魔王様は私を抱きかかえると、耳元で小さく呟いた。
「もしもの時は、逃げなさい。我の事など考えず、ただ生きる事だけを考えて。例え我が死のうとも、踏み越えて生きなさい」
私から見ても、魔王様より勇者の方が強く見えた。
魔力の強さ、装備に宿る神の力、そして魔王様を見据える怨嗟の炎。
「嫌です。もし主が死ぬと言うのなら、私は後を追って逝きます。それが認められないと言うのであれば、どうかこの場から逃げ、生き長らえて下さい……」
だが、魔王様の取った行動は、私の望む形ではなかった。
言葉を喋れぬ魔法を掛けて、魔法の使えぬ呪縛を掛けて、無造作に抱えた私を地面に放り投げたのだ。
「勇者よ、この娘は攫って来た我の玩具。いくら勇者とて、くれてやることは出来ぬ」
本当は分かっていた。
私は魔王様に気に入られて、精神的な寵愛を頂いていたのだ。
「ぁ……」
最後の言葉は紡げなかった。
沈黙の魔法を掛けられて、床に打ち据えられた衝撃だけで、思考が麻痺するほど弱い私の言葉など、届かぬと。
そんな弱さが、憎かった。
勇者に対する恨みなんて、不思議と沸いてこなかった。
ただ自分が、何も出来ない事に憎悪を燃やした。
「ぁ……」
(どうか、来世が許されるのであれば、また貴方の元で御仕えしたいです)
そこで気付いた。
右の腰には、まだ短剣があった。
魔王様の元では護身用にもならないその剣は、人間である勇者には有効かもしれないと。
でも、魔王様と互角にやりあう姿から、通用しないことは明白だった。
これは選択であり、何をしても変えられない世界に対して、自分がどう立ち向かうかの選択だ。
自害の為にと短剣を使うか、一矢も報えないと分かっていても、万が一、億が一、通用しないと分かる勇者に歯向かうか。
苦しみに動けない自分が憎かった。
だが、魔王様は私を見ていた。
勇者から逸らした視線の先で、私は見られていた。
魔王様は相打ち覚悟であれば、勇者に匹敵するだけの力は有る。
それは、周囲全てを飲み込む『アビス』という魔法で、被害さえ考えなければ、地上最強と言っても差し支えない『魔王』だけが使える魔法。
半径100メートルを飲み込む、無限の奈落を生み出す究極の魔法は、魔王以外の全てを飲み込む。
今は私も居て、遠慮している為に使えない。
そんな最終奥義がある。
呻く言葉しか出ない私は、最後に力を振り絞り、全てを呪う絶叫を上げた。
「AHaaaaaaaaaaaaaaaa」
魔王も、勇者ですら手を止めた。
そして、私を見る。
(魔王様、命令を破る悪い家臣を、お許しください)
二足の足で、沸騰したような高揚感を胸に、腰にあった短剣を引き抜いた。
そして、手に持った短剣の矛先を、首筋と顎の近くに突き立てる。
祈るように、従順な信徒のように、両の目を瞑って手を握った。
そして、手を上の方向へ押しながら、背を丸めるように短剣を抱く。
勢いに乗ったまま、頭蓋の間を通って脳まで達した短剣は、命を致命的に傷つける。
----
直後、世界は奈落に包まれた。
全てを飲み込む深淵が、勇者とその周囲を飲み込んだ。
城も、魔王に辿りつくまでに死んだ勇者の仲間も、魔王様の下で共に戦った魔物たちの死骸も。
無限に続くような深い穴が開き、光が反射する部分も無く、黒なんてぬるい漆黒の闇だけが見える地獄。
その中に、砕けた魔王城も、生き物の死骸も、城下町に居た生きる魔物も。
ただ奈落の上に、落ちる事の無い魔王だけが浮いていて、その腕は一つの女を抱きかかえていた。
人間から残虐と恐れられ、事実それに見合うだけの力を持った存在。
魔物を従え、勇者以外の全ての人間が束になっても、敵わないほどの力を秘めた究極生物。
それが、涙を流して、死骸を抱いていた。
「……守る者のない王様など、ただの裸の王様じゃないか。……我の事など気にせず、人間と同じ見た目のお前なら、我の居ない世界でも生きていけたはずだ」
もう語りかけても反応しない。
誰もいない、ただの闇の中でぽつんと、生きている存在は問いかける。
「なあ、我らは何をした?」
人間達は、魔王を脅威だからと勝手に恐れて、勝手に挑み、死人を増やしていった。
お互いに憎しみを増やし、引けぬ所まで戦いは激化し、人類と魔王は共に歩む事が出来なくなった。
勇者という、魔王と同類の『化け物』を生み出して、いつだって侵略したのは『人間から』だった。
魔王の家臣が殺されて、弔い合戦を仕掛け、それを人間達が『侵略』と言ったに過ぎないのだ。
「もう、疲れた。こんな命に意味はない」
丁寧に、死骸に刺さった短剣を抜き取った。
大切な宝石にでも触れるように、遠慮しがちに、握った手を解してから、突き刺さった剣を引き抜いた。
まだ、暖かい血が付いていて、魔王は愛しそうにその切っ先を眺めた。
「追って逝く」
自らの心臓を剣で刺し、自然に治癒する為に必要な臓器を刺し壊す。
魔王は、重傷でも心臓があれば、まだ生き残る可能性がある。
そして、己の従者がしたように、人間らしい見た目の魔王は、やはり人間と同じように脳がある。
臓器を壊し、自らの意思に反して震える手で、勇気を貰おうと愛しかった者の手を握りながら。
魔王は最後、自らの頭に短剣を付きたてた。
後に残った体は深淵へと落ちて消えた。
以後、その場所は隕石の落ちたクレーターのように、再生する事の無い断崖絶壁となって、魔王の歴史に終止符を打った。
----
気付いたら私だった。
哲学でも何でもなく、高校に通う学生だった私が、前世の意識を取り戻した。
すると、幼馴染の男の子の魂は、魔王様のもので、私達は揃って転生していた。
たったひとつ、記憶を持つのは、私だけであることを除けば、揃って同じ場所に転生できた。
しかし、私は気付いてしまった。
何気ない日常に潜んだ、現代の日本に似合わない『魔法』という存在に。
見えてしまった。
前世では魔法は少ししか使えない、魔力の少なかった人間型の悪魔だった記憶のお陰で。
少し使えば体力切れになり、すぐに人間と同じ程度の力しか持っていなかった私は、人間の魔法使いに比べても非力だった。
でも、そんな私を大切にしてくれた魔王様の下、知識を蓄えることは怠らなかった。
「君、見えているのか?」
学校の生徒会室には、魔法がかかっていた。
悪意ある侵入者を排除するための魔法で、無意識下で近づきたくなくなる魔法。
「何が?」
私は『あの御方』を守る為、入学していた学校の不審な設備を片っ端から調べてまわった。
なぜか、生徒から『魔力』を奪う為の設備が多く、日常的に少しだけ倦怠感を催す程度の、些細なものだった。
命には別状はないものの、そんな事をされるのは不快だった。
魔力の制御が出来ている私ならともかく、それ以外は、日常的に少し疲れた目をしている者が多かった。
私のこの体は、魔力だけは豊富だった。
日本人には魔力を持つ者が多く、しかし、今の日本で何も知らない者は、その使い道もなく腐らせる。
その中でも、私はトップレベルで魔力が多かった。
「取り繕ってもしょうがない。君……」
振り返れば、背後の教師は『剣』を握っていた。
日本刀の形をした、薄く光った剣を、私に対して振り下ろした。
「っ……」
私は意識を高速化した。
そして一歩を引くと、ぎりぎりの間合いで避けた。
「ほら、この剣が見えるって事は、見えてるね?」
私はカマを掛けられていたのだ。
魔力剣という、魔力の使い方に習熟した者しか見ることも、作る事もできない剣を作りだし、私は試された。
「切れていたらどうするの?」
「君、戦い慣れているね」
私の質問には一片も答えず、ただ言いたい事を言ってくる。
「美波、どうしたの?」
ふと、背後から声が掛かった。
それは魔王様の生まれ変わり、高瀬小太郎という少年。
「小太郎……」
既に目の前の教師は自然体で居て、こちらに対する害意は見当たらなかった。
----
「さて、場所も変えた所で、話し合いといきましょうか」
小太郎には先に帰らせ、私は生徒会室で、生徒会顧問の男と一対一で会話をしていた。
「貴方はどこの所属かな?西洋魔術か、それとも神道系。はたまた陰陽系か」
魔法など見せてはいない、だが適当に喋る男の戯言は、口にした内容に反応しないかどうかという、誘導尋問だった。
黙秘を貫き、私は何も語らない。
そもそも、所属など言われても、私の魔法はこの世界のものじゃない。
西洋魔術も日本の魔法だって、私は生まれてこの方、見たことはない。
それに、前世の記憶が戻ったのだって、ここ最近の話だから。
この場には、何かを召喚する為の魔法が掛けられている。
見たところ、魔法から受ける印象は「神」や「悪魔」などを降ろす類のもの。
「はぁ……」
何を話しても反応しない私に、おもむろにため息を吐く男は、やはり探るような目を向けてくる。
「で、ぶっちゃけ何が目的なの?ここが大事なところってくらい、分かるでしょ?」
「……大切というか、神様でも降ろすんですか?」
息を呑む音が聞こえてきた。
まるで、私に言われるとは思ってもなかったような感じだった。
「何故知っている?」
「質問が多い男は、嫌われますよ」
出されたお茶は、沈黙の中で冷たくなっていた。
それでも、乾いた喉を潤すのに些細な問題だった。
魔王様の側近としていた頃は、魔王城の政治を司る者達と会話することもあった頃と比べれば、緊張感など比にもならなかった。
本物の政治家や、魔物の中でも貴族的な位置に居る者は、腹に一物を抱えている奴らばかりだった。
「分かったら、何だって言うんですか。私は、勝手に魔力を取られる感覚があって、その源を調べていただけです」
「魔力……ふーん?それで?」
ファンタジーの言葉を借りれば、私が使う力の源を現す言葉は「魔力」だと思った。
霊力や気なんて、そういう言い方の方が、こっちではメジャーなのか。
それとも、実際に「魔力」なんて言い方はしないのか。
「私はどこの者でもないし、この施設が、私にとって害でなければ、それで構いません」
暗に害であれば潰すと、そう取れる言い方をし、牽制するのを忘れない。
「あと、数ヶ月という所でしょうか。学校創設から40年で、この場所が出来たのもその頃だとか。建物に刻まれた魔法は、もう満ちる寸前ですね」
「数ヶ月……?」
そこで初めて、いぶかしむような雰囲気を出してきた。
それは、想定外なのか、それとも私が口にしたことが、この人物には分からなかったことなのか。
だが、さっきまでは余裕があったのに、今の男からは消えている。
「それは、本当か?」
----
その日は、何事もなく帰された。
尾行もなく、襲われることもなく、特に平和な一日だった。
夜になり、毎日の恒例となっている魔王様の盗視(盗撮+遠視)……小太郎の安全確認を行う。
持たせたお守りには、所持している人物を守る以外に、いつ如何なる時でも見守る事の出来る機能が付いている。
もちろん、プライベートな諸事情については、視ても見ぬふりをするし、盗視をやめて時間を変えたりもする。
視られたくない部分までは、見てない……見てない。
大事な事なので、二度言いました。
「小太郎……」
勉強机に向かって宿題をする小太郎の姿を見ていると、真面目だった魔王様の面影と重なって、思わず笑みがこぼれる。
この気持ちは、好きという感情ではなく、命を掛けた忠義と自覚はしている。
少し行き過ぎてストーカー気味になっているのは、反省すべき箇所だと思っている。
突如、魔法の気配を感じた。
小太郎に対してではなく、これは私を対象にしていた。
「女性の寝室を覗き見なんて、はしたない」
家には身を守る為の結界を張ってあった。
魔法を感知し、軽度の魔法であれば無効化する。
前世の私が得意とした、魔力の少なさを補う設置型の魔法。
「三流以下の魔法なんて、夜明けまで頑張っても実を結ばない」
その日、私は小太郎の寝顔を眺めながら、ぐっすりと眠った。
----
「おはようございます」
眠そうな教師を目の前にして、私は爽快に声を掛ける。
「あのー、おはようございます!」
音量を大にして、叫ぶように眠そうな教師を追い詰める。
「お・は・よ・う・ご・ざ・い・ま・す」
「煩い!誰のせいで眠れなかったと思ってるんだよ!」
昨日の覗き魔だろう。
怒声とともに、僅かに漏れた魔力は、私が感じた魔力と同じものだった。
「東条先生。どうしたんですか?」
隣を通る生徒が、彼の名前を呼んでいる。
東条という名の教師は、生徒会室で会話した男性の名前。
「今日、放課後に美術室に来い」
そう言い残し、去っていった。
----
「おはようございます。東条先生」
爽やかな笑顔で、今日も先生に語りかける。
「昨日はなぜ、美術室に来なかったのかね」
顔には隈が濃く刻まれ、疲労の色が大分出ていた。
「私、怖かったんです。男の先生に放課後呼び出されるなんて……」
科を作りながら、身を抱くように怖がっている様を醸し出す。
(笑いを堪えすぎて)涙目になった目を向けて、周りの衆目を集めるように声を上げる。
「東条先生って、格好いい顔してるのに、生徒に手を出すような人なんだ……」
ひそひそ声で、何人かの生徒があらぬ噂を立て始めた。
事前に友達を誘って、口裏を合わせるように囁くように協力を頼んである。
悪い人物に見えるかもしれないが、昨日までの事を魔法抜きで友達に相談した結果、こうして何人もの悪友が集まった。
「東条先生……、ちょっとこっちに来てください」
そこで、噂を聞きつけた教頭先生が現れ、先生を引っ張っていく。
「え、教頭先生?誤解です。誤解ですよ。……立花美波!放課後、今日こそ美術室に来なさい!」
「私の前で、堂々と生徒を口説くとは、良い度胸ですね」
「ち、違います。一人じゃないですよ!春風先生も一緒ですから!」
春風晴美は東条先生とよく一緒に居る女の先生だった。
彼女も関係しているかもしれないので、心のメモに敵の名前を書き足した。
----
「おはようございます。東条先生」
「……」
「どうしたんですかー?怒ってるんですかー?疲れてるんですかー?」
「……」
あれから一週間、毎日のように覗き見の魔法を繰り返す先生は、校内放送や担任を挟んで私に呼び出しを掛けてきた。
だけど、私は頑なに行かなかった。
生徒会役員を始め、何人かが眠そうに私を見てくる様を横目で見ると、予測よりも大規模な集団なのかもしれない。
「もう良い……、実力行使だ」
ぼそりと肩に触れ、耳元で囁く声が聞こた。
私は息がかかる気持ち悪さを味わった。
女性に対して気軽に触れてきて、息まで吹きかけるとか、気色悪かった。
----
帰り道、私は何人かに尾行されていた。
さり気無い意識誘導の魔法が、人の居ない所へと誘い込んでいる。
灰色のスーツ姿の魔法使いが、魔力を垂れ流しながら私を囲むように魔法を使ってる。
だから、私はあえて誘いに乗って、目的地まで誘導される。
「まるで、チンピラのようですね。東条先生」
青色の制服のスカートが風になびきながら、私は六人の男達に囲まれている。
どれも、この国の魔法使いであり、その背後から教師が歩み寄ってくる。
「私は素性を洗っていただけだ。勘違いしてもらっては困る」
ここ数日で、少しやつれ気味になった東条先生は、色男が台無しな表情をしている。
「悪夢を見る呪いの気分は、いかがでしたか?春風先生」
こちらも疲れた表情で、美術の先生である「春風」教師が現れた。
キャリアウーマンとした風貌で、めがねを掛けた女性は、東条先生の真横に整然と立っていた。
「私達の悲願はあと少し。それを邪魔しそうな輩は始末する。遠まわしに言わなくていいよ。東条」
少し攻めっ気のある声がその場に響いた。
突如、私の足元には光り輝く五芒の刻印が現れ、私の自由を奪い去る。
「私の魔法の味はどう?」
----
その時、紫色の風が吹きすさび、誰もが緊張に動けなくなった。
動けず、動かず、目の前の少女を見つめていた。
だがいつからか、誰もが金縛りにあったように動かなくなった。
私の足元には、私を縛る魔法があった。
だが、相手にも同じ呪縛をカウンターで返す。
「……、俺達も動けない」
紫の風が濃くなってくる。
視線だけ動かして、私は目線だけで全員を俯瞰する。
横に向いた姿のままに、私は動けなくなっている。
「動けないなら、動かなければいい」
一歩、右足に力を入れれば、私の体は未だ動く。
ゆっくりと振り返れば、皆が私を恐怖の目で見てくる。
私の右手には小瓶が握られていて、誰もがその存在を初めて認識したように視線で追う。
傾ければ、中から紫色の液体が流れ、地面に広がっていく。
影のように、体積に似合わないほどの量がこぼれ落ちて広がっていく。
「喋れなくなってどうしたの?」
私は小瓶なんて持っていない。
これは実態ではなく、見ている者の恐怖が映される鏡のような魔法。
私は魔力を手から注いでるだけで、誰もが幻影を見始める。
一歩、私は実際には動いていない。
口だけを動かして、震える皆の耳朶を打つだけ。
皆には既に、それぞれ目の前に居るように見えている。
そして、一人、また一人と倒れた。
私を縛る魔法は破ろうと思えば破れたが、こっちの方が楽しい。
恐怖を煽れば、悪魔としての愉悦が勝るから、辞められない。
「警察ですか?はい、その住所で間違っていません。いきなり倒れたんです。救急?ああそうですね。間違えました。え?私ですか?匿名でお願いします。事件性が無いか確認に来る?あの……、私は通りすがりですので、出来れば……」
携帯電話で全員の救急を頼むと、私は全員に悪夢を見る魔法を掛ける。
効果は一週間だから、一週間後が楽しみだ。
----
その日から、私や私の周囲に対するちょっかいは消えた。
一週間後に、私から悪夢を消す代わりに、もう手を出すなと脅したら、あの時に居た全員が濃い隈を残しながらしぶしぶ頷いた。
本当は、あの日に消えると教えても良かったが、それじゃ楽しくない。
私の性根はあくまで、人間を苦しめる悪魔なのだ。
今となっては、そこまでの欲求は無いものの、敵意をぶつけてくる相手は叩き潰したい。
そう思っている。
「小太郎、今日は一緒に帰らない?」
「いいよ。久しぶりだね」
こうして、私の平和は守られている。
別に、小太郎が誰かと付き合ったりしても、私はそれを止めることはないだろう。
だけど、小太郎や、私の日常を壊そうとするものは、例え何だろうと叩き潰す。
----
しかし、そう簡単には周囲は引き下がらなかった。
この学校を魔法儀式の道具に変えた存在は、学校に資金を寄付する存在だった。
「今は危害を加えなくていい。あと数ヵ月後、それまで邪魔でなければ、もう触れなくてもいい」
ひっそりと、校長室に居た男性が電話を掛ける。
その相手は、東条先生であったことなど、誰も知るよしもない。
「もし邪魔をするようであれば、実行部隊を貸す。魔法使いと言えど、遠距離からの実弾狙撃には耐えられまい。今はそれで良い」
『――』
「そう、金に糸目はつけない。失われた神降ろしの技術、それが得られるのであれば、何をしても構わない」
高笑いの声が、校舎にまで響いた。
それを聞いている影が一つ、あったのを気付かずに。