オハライバコ(箱物語10)
借家の台所に粗末な箱型の神棚がある。
この神棚、入居したときからあったのだが、なんの神様を祀ってあるのかはわからない。それでもなにがしかの神様だろうと思い、競馬に行く前夜はかならず手を合わせていた。
そんなある夜。
いつものように手を合わせていたら……。
「ムダだ、やめておけ」
なんと神棚の奥から声がする。
――うん?
オレは神棚の奥をのぞき見た。
するとそこには、小さなヤツが腕枕をして寝転がっていた。
おそらく神様だろう。
それにしては、なんともみすぼらしい着物をまとっている。
「アンタ、もしかして貧乏神か?」
「そうだ、見ればわかるだろう」
ソイツは面倒くさそうに顔をあげた。
「それでか。競馬で負けるのはアンタのせいだったんだな」
「それはヌレギヌというものだ。ワシはオマエの手伝いもジャマもしておらん。勝負ごとはワシの専門外だからな」
「じゃあ、そこでなにをしている?」
「見てのとおりごろごろしておる。することがないのでな」
「役立たずだな」
「なんと無礼な。こんなワシでも、それなりの存在意義はあるとしたものだ」
「では、なにができる?」
「酒が飲める」
「飲めるのではなく、飲みたいんだろう?」
「まあ、そういうことだな」
貧乏神がニヤリとして続ける。
「そう言うがな、これまでオマエ、酒の一滴でも供えたことがあるか?」
「ふむ」
オレは返事につまった。
酒どころか水さえ供えたことがない。
「世の中、もちつもたれつ、つまりギブアンドテークだ。勝負ごとは専門外だが、ワシにもできないことじゃない」
「オレの頼み方がまずかった……そういうことなのか?」
「そういうことだ。それにワシらは情けに弱い。とくにコレをもってされるとな」
貧乏神はオチョコで飲むふりをしてから、黄色い歯を見せてニヤリと笑った。
それ以来。
オレは神棚に酒を供えた。
ツマミとしてスルメやピーナッツなども添える。
だがいっこうに、勝負運は好転するキザシさえなかった。あい変わらず競馬で負け続けていたのだ。
ある晩。
「おい、出てこい!」
ついにたまりかね、オレは神棚の貧乏神を呼び出した。
「どうした?」
貧乏神がのっそり顔を出す。
「ずいぶん酒を供えたぞ。それにツマミもだ。なのにどうして競馬に勝てんのだ?」
「そうあわてるでない。なんせ専門外なゆえ、ちょっくら時間がかかってな」
「そうだったのか……」
オレは神棚に酒とツマミを供え続けた。
だが、それからも。
貧乏神に、ただ飲み、ただ食いをされ続けた。
三か月後。
オレは近くの神社に出向き、この役立たずな神棚を引き取ってもらった。
神主の話では、オハライをすませたあと、ご神火でもって燃やすそうである。