第7話_夜の宴と小さな違和感
僕が生み出した小さな殺気。いや、殺気とも呼べない小さな不機嫌。
でも、それのせいで気まずい沈黙が訪れていた。
――ぱたり。ぱた、ぱたり。
基礎魔法で生み出した魔法の光球に、集まる蛾達の衝突音が空間に響く。
「「「……」」」
誰も言葉を発しない。
僕もチュラカもグローリーも幹部猫娘2人も。
しんとした空気の中、広場で行われている「召喚成功の宴の準備」をする声が、遠くに聞こえる。そして、チュラカのお腹が「ぐ~」っと鳴く音が聞こえてきた。
「……にゃほん! ご飯、食べに行くかにゃ? そろそろ宴の準備ができているはずにゃ!」
取り繕うようなチュラカの態度。
ちょっとそれが微笑ましくて、周囲の緊張感が緩まった。
「……そうだね、ご飯食べようか」
立ち上がりながらグローリーに視線を向ける。
「美味しいごはんが食べたいな」
グローリーの言葉に、幹部猫娘達も頷く。
「食べるですにゃ!」「ですにゃ! ですにゃ!」
チュラカが笑顔で、元気良く立ち上がる。
「それじゃ、宴にするにゃ(≡ω)!」
続けて立ち上がろうとしたグローリーに、条件反射的に手を差し伸べそうになった。
HPもMPも回復していないから、見るからにフラフラなのだ。
でも、さっき拒否されたことを思い出して、それとなく手を引っ込める。
流石にまだ今は、手を取ってもらえないだろうから。
◇
村の広場に十数名ずつ固まって座る。
その中央に僕とグローリーは座っていた。
一方で、チュラカはというと、僕の隣で木製のコップを持って開会のあいさつをしていた。
いかに召還の儀式が大変だったか。いかにオークの主の僕が素晴らしいのか。そんなことを3分以上も話しているせいか、猫娘達の耳と尻尾がそわそわしている。
お肉を前に我慢ができない……みんな、そんな表情だ。
自分でも長くなっていると気付いたのだろう、少し強引にチュラカが話をまとめる。
「――ということで、チュラカ達のヌシ様に乾杯にゃ!」
「「「乾杯にゃ!!」」」「「にゃ!」」「「「乾杯にゃ~♪」」」
「乾杯」「……かんぱい♪」
チュラカの音頭に合わせて、ミニマム・キャットオークと僕、そしてグローリーの言葉が重なる。
今、僕達が手に持っているのは木製のコップに入った果実水。
チュラカ達が採集していたノブドウのような果実のしぼり汁に、魔法道具で生み出した“冷たい飲み水”を加えたものだ。
ちなみに、この飲み水、僕が作った魔法道具第1号から生み出されている。
グローリーから「水属性>アイス・ニードル」の魔法と「水属性魔法>基礎」の中に含まれる水を生み出す魔法を教えてもらい、解析して魔法陣を作って、1つのコップに組み込んだのだ。
多少寝ていたとはいえ、グローリーのHPやMPは枯渇寸前だったから、全員分の果実水を作るのは無理そうだったし――何よりも、解析~作成~転写までの過程が、僕の頭の中にあるイメージ通りに作れるのか試してみたかったという本音がある。
魔力さえ流せば無限に冷たい水が出てくるコップ。名付けて“不滅の泉”だ。
……うん、自分でも中二病だと思う。チュラカ達には大好評だったけれど、グローリーにはジトっとした視線を向けられてしまった。
でも、それは、ご褒美です!!
――なんてことを考えていたら、トテトテと1人の猫娘が近付いてきた。
「ヌシ様、ヌシ様、ご飯食べて下さいにゃ!」
そう言って、平皿に乗せられたお肉と野菜を手渡してくれる。
確か、幹部猫娘のルーちゃんだ。
くりっくりの焦げ茶色の瞳が褒めて欲しいと訴えていたから、優しく頭を撫でてあげる。瞳と同じ焦げ茶色の猫耳と猫尻尾が嬉しそうにパタパタと動いた――と思った瞬間、ふと感じる視線。
周りを見てみると、猫娘達の熱い視線が僕に集まっていた。
「うらやましいにゃ」「ヌシ様に撫でられてるにゃ」「にゃにゃ!」「先を越されたにゃ~」「あざといにゃ!」「食べ終わったら、次を持っていくにゃ」「あ、それは順番にゃよ?」「早いモノ勝ちにゃ!」「負けないにゃ!!」
若干、剣呑な空気になりかけたのをチュラカが止める。
「みんな落ち着くにゃ! ヌシ様はそんなに一杯食べられないにゃ」
僕のことを思って言ってくれているのかな――と思ったけれど、気がついた。
チュラカの性格では、そんなことはないと。
多分、自分が食べる分が減ると思って言っているだけだろう。
「――ふふっ♪」
僕の考えていたことがバレたのか、グローリーが小さく噴き出す。
「とりあえずお腹がすいたわ。食べましょう?」
笑顔だけれど、グローリーに感じた違和感。
それの原因はすぐに気付いた。
グローリーが手に持っていた平皿にお肉が乗っていないのだ。
「グローリー、お肉は食べないの? 野菜だけだと夜にお腹がすくよ?」
「うん、大丈夫。ほら、わたし、少食だから」
ちょっとだけ影のある瞳。
グローリーが無理をしているのが、何となく僕にも理解できた。
グローリーのトラウマは、少し深いのかもしれない。