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第6話_廃棄勇者、目を覚ます

僕は今、村の中央にある掘っ立て小屋もどき――もとい、村の中で2番目に大きな家にやって来ている。

座っている僕の近くには、小さな寝息を立てている廃棄勇者。

彼女が起きた時に警戒されると困るから、チュラカ達には建物の外にいてもらうようにしてある。


「こうして見ると、結構、やつれているな……」

廃棄勇者の顔や手足――見えている部分だけだけれど――は、痩せている。ガリガリとまではいかないけれど、栄養が足りていないような印象を受けた。

可愛い顔は、涙が流れた跡がくっきり分かるくらい土埃と汗でべたべたしているし、黒髪も手入れがされていないのかボサボサだ。


「ぅ……」

観察をしていると、小さな呻き声が廃棄勇者の口から洩れた。

そして、廃棄勇者がゆっくりと目を開けた。

「っ……ここは!?」

「あ、気が付きましたか?」

「!? 男っ!!」

がばっと身を起して、後ずさる廃棄勇者。

でも、すぐに掘っ立て小屋の中央にある木の幹にぶつかって止まった。


「心配しなくても大丈夫です。僕も、人間ですから」

「人間? こんな森の中に? 嘘を吐かないで――って、その格好、やっぱり、あなたは日本人なの?」

探るような廃棄勇者の視線。どこか怯えるような表情は、多分、こっちの世界にやってきてからあまり良い扱いを受けていなかったのだろうなと僕に思わせた。


「僕は日本人ですよ。ついさっき、本当に十数分前にこっちの世界に召喚されたばかりですから」

「……信じたくないけれど……あなたのその格好なら……信じるしかないみたいね」

異世界には似つかわしくない麻素材のジャケットとTシャツ、紺色のジーンズに黒いワークブーツという姿を見て、小さくため息を吐いてから、廃棄勇者が言葉を続ける。


「あなたも人物鑑定のスキルを持っているみたいだから知っていると思うけれど――わたしの名前は星朝顔(ほし・あさがお)。こっちの世界ではモーニング・スター・グローリーって名乗っているわ。グローリーと呼んでくれると嬉しい」

ぎこちない苦笑をグローリーが浮かべた。

「了解です、グローリー」


「……いきなり、呼び捨てにするかな? 普通は“さん付け”にしない?」

ため息を吐くように、グローリーに言われてしまった。

ちょっぴりジド目なのはご褒美です。


「ダメでしたか? 同じ日本人ですけれど……」

「……ま、良いわ。その代わり、わたしもあなたのことを呼び捨てにするからね?」

やれやれといった表情だったけれど、受け入れてもらえたみたいだ。


少しでも彼女の警戒心を(ほぐ)したくて、あえて距離感を縮めるために呼び捨てにしたという思惑はある。でも、グローリーが少しでも嫌そうにしたら改めるつもりでいた。

呼び捨てにされることが本能的にどうしても許せないというタイプの人も、たまにいるから。


余談だけれど、そういう相手に呼び捨てを続けると、反感を買うだけで逆に距離を置かれてしまう。

体育会系の上司と文系の部下の間で、よくある摩擦だ。

グローリーはどうやら体育会系よりの思考であったらしいけれど。


なんてことを考えながら、グローリーとの会話を続ける。

「もちろん、僕の事も呼び捨てにして下さい。僕の名前は大国主明です。こっちの世界では、一応、“オークの主”ってことになっています。チュラカ――えっと、ミニマム・キャットオークの子達なんですけれど、彼女達に大国主という名字を勘違いされてしまって……なので、一応、口裏を合わせてもらうと助かります」


「……分かったわ。で、わたしは、あなたのことを何って呼べばいいの?」

「名字を呼ばれると困るので、アキラと呼んでもらえると助かります」

「了解。さっきも言ったけれど、アキラと呼び捨てにさせてもらうわね?」

「はい。よろしくお願いします」

そう言って、右手を差し出したのだけれど……グローリーに悲しそうな顔をされてしまった。

「……ごめん、わたし、男の人を触ることが出来ないの。アキラも死にたくないでしょ?」


「え? えっと……」

グローリーに掛けられた呪いが原因なのだろうか? と思ったけれど、口には出さない。

「……」「……」

不自然にならないように右手を下して、グローリーに笑顔を向ける。

「そのうち、握手してもらえるように頑張ります」


「……ありがと。そうなると良いわね」

グローリーが言葉を続ける。


「お互いに呼び捨てなんだから、丁寧語は使わなくて良いわ」

本人は微笑んだつもりなのだろう。

けれど、グローリーの顔は、とても寂しそうに見えてしまった。


 ◇


「チュラカ達は、この村でひっそりと暮らせれば良いにゃ(≡ω)b」

グローリーとチュラカ達の顔合わせが済んだ後、グローリーが発した質問に対するチュラカの答えがそれだった。

グローリーが問いかけた言葉は「あなた達は、この村を出ていく気持ちはある?」というシンプルで迷惑なモノ。

よくチュラカが怒らなかったなと、その質問を聞いた時にはひやりとした。


そして、チュラカの返事に、グローリーが渋い表情を浮かべる。

「……それは、多分無理よ」

「どうしてにゃ?」

平静を装っているけれど、一瞬、チュラカの周りに殺気が生まれたのを僕は見てしまった。

返答次第では喧嘩になりそうだから、すぐに止められる場所にさりげなく移動する。


ゆっくりとグローリーが口を開いた。

「この村がある場所を含めて森は近い将来、人間の手で開墾されることが決まっているから。今、森の周囲の魔物を一掃するために冒険者や兵士が集められているわ。わたしは、冒険者を派遣する前に、危険な魔物を排除する任務でここにやって来たの」


その言葉に、チュラカやその周りの幹部猫娘の表情が変わる。

「にゃにゃっ!? もっとたくさんの人間がくるのかにゃ!?」

「冒険者や兵士がいっぱいですかにゃ?」「ガクプルですにゃ~」

チュラカ達の反応に、グローリーが言葉を続ける。

「もう、この村でひっそりと暮らすのは、無理だと思う」

「「「にゃ~(Tω)!!」」」


震えるチュラカ達に、グローリーが言葉を続ける。

「だから、もっと森の奥に棲みかを移した方が良いと思うの。そうじゃないと、あなた達は人間に狩られるわ」

「ぅぐっ、ひぐっ、怖いにゃ~!」「殺されるのは嫌にゃ~!」

幹部猫娘の言葉に、チュラカの瞳が“きら~ん☆”と光った。

「殺られるくらいなら、先制攻撃で、こっちから殺るにゃ!!」


思わず眩暈がした。

少なからず仲良くなったチュラカ達を、みすみす危険な目には遭わせたくない。


グローリーが小さく苦笑する。

「それが良いとわたしも思うわ――という冗談は置いておいて。ねぇ、アキラはどう思う? このままだと、この猫さん達、全員死ぬわよ?」

グローリーの言葉で、周囲の視線が僕に集まる。


取りあえず、頭の中で考えていたことを整理しよう。

「チュラカ、ちょっと言わせてもらうけれど……物事を“白と黒だけで決める思考”は良くないよ? “殺すor殺される”だけじゃなくて、3つ目の選択肢を僕と一緒に考えてみない?」


「そのメリットは? 実現の可能性は?」

チュラカの代わりに、グローリーが聞いてきた。

「人間を全員殺すのは反発が凄そうだし、何より大変だと思う。だから中間地点を目指したい」

「「中間地点とは(にゃ)?」」

重なったグローリーとチュラカの言葉と視線。

それに答えるために口を開く。


「幸い、この村は掘っ立て小屋もどきの集まりだから、放棄しても惜しくない。ここは一時撤退して森の奥に拠点を移し、その上で人間と交渉が出来るくらいに実力をつけるのが良いんじゃないかなと思うんだ。ミニマム・キャットオークのチュラカ達とコミュニケーションが取れるんだ。他の魔物の一部ともコミュニケーションを取って、協力してもらうとか、場合によっては支配下に置くとかして力をつけることが出来ないかな?」


「……。キャットオークは、他の魔物と仲が悪いにゃ。ミニマム・コボルトとかミニマム・ゴブリンとは血で血を洗う戦争を何度もしているにゃ」

申し訳なさそうな表情のチュラカ。

その頭にぽふっと手を置いて、優しく言葉をかける。

「そっか。でも、大丈夫だと思うよ。チュラカ達には僕がついている。ミニマム・コボルトやミニマム・ゴブリンとは正々堂々戦った上で、飲み込めばいいと思う」


「奴隷にするにゃか?」

「ううん、奴隷にはしないよ」

「??? なぜにゃ?」

「奴隷じゃなくて仲間にするんだ。その方が、色々と都合が良いからね」

奴隷にするなんて、体内に時限爆弾を置くようなモノだ。

消極的に足をひっぱられる危険性もある。

あえて重要な情報を主人に渡さないとか、曖昧な言葉に置き換えて混乱を誘発させるようなことを奴隷にされると、正直命取りになる。


そんなことになるくらいなら無理やりにでも仲良くなって、自主的に協力してもらえるように誘導した方が、お互いに何十倍も効率がいいし気分も悪くならない。

でも、チュラカの顔は渋かった。

「……無理にゃ。ヌシ様は知らないと思うにゃけれど、種族間の争いと憎悪は激しいんだにゃ!」


「そう。チュラカは、僕の命令でも聞けないの?」

ちょっと意地悪な質問だけれど、真っ直ぐにチュラカに視線を向ける。

「――っ!? 申し訳なかったにゃ!! ヌシ様の命令は絶対にゃ!! ヌシ様が言うのなら、ミニマム・コボルトやミニマム・ゴブリンとも仲良くするにゃ!!」


……。何か脅したみたいで申し訳ない気持ちになる。

そんなつもりは無かった――と言ったら嘘になるけれど、今度からはもう少し優しく言うように気をつけよう。


「ありがとう。でも、その前にミニマム・コボルトやミニマム・ゴブリンの群れを制圧しないといけないね」

「アキラ、何か良い案があるの?」

グローリーが心配そうな表情で聞いてきた。けれど、問題は無い。

「グローリーに協力してもらえれば、大丈夫だと思う」

「……知っていると思うけど、わたしのレベルランクは星3つよ? ミニマム・コボルトとかミニマム・ゴブリンが相手とはいえ、10匹も出てきたらきついと思う」

「そこじゃないよ、協力してもらうのは」


「??? どういう意味?」

不思議そうな顔でグローリーが僕に視線を向けてくる。

「グローリーも人物鑑定を持っているから視えると思うんだけれど、僕のユニーク・スキルに魔法解析とか魔法陣解析っていうものがあるんだ。だからグローリーの魔法を解析させてもらった上で、それを魔法陣にすると――チュラカ達が持つ武器や防具に、魔法を付与することができる」


それは異世界転移の時に、僕の頭の中に流れ込んできたスキルの使い方。

まあ、誤解を恐れずに言うならチート(神様のおもちゃ)ってやつだ。


僕の場合、異世界転移させたのはコウモリの羽のお姉さんだったから、多分悪魔だと思うけれど、まぁそれはこの際どうでも良い。異世界チートなんて、神様や悪魔が人間を弄んで楽しむための気まぐれな悪ふざけだから。

でも、命がかかっているのだから、使えるモノは使わせてもらう。


僕の言葉に、グローリーの瞳が揺れる。

「――っ!? そんなことできるの!? 魔法の武器が作り放題じゃない!!」

「そう。例えば、そこら辺に生えている竹を切って、ファイアー・アローの魔法陣をスキルを使って“印刷”すれば――火属性を持った竹槍が作れる。多少、槍の強度を上げてあげないといけないと思うけれど、十分実戦で使えるものが出来ると思うよ」


「その言い方だと実験したの? アキラ、召喚された直後じゃないの?」

「グローリーの言う通り性能試験はしていないけれど、自分のスキルだから、出来ることとできないことは区別できているよ。頭の中に情報が入っているから」

性能試験をしていないという言葉に、少し勢いが削がれたけれど、グローリーの瞳は興奮を隠し切れていない。

「恐ろしいわね。ウォーター・シールドの魔法陣も作れるの? 防御力がとんでも無いことになりそうだけれど……」

「もち。詠唱さえ分かれば、魔法陣にするのも印刷するのも簡単だよ。――あ、思い付いた。竹槍が炎で燃えないように、水の障壁でコーティングすれば良いかも。槍の強度も上がるし――グローリーありがと、魔法の竹槍、量産出来るよ♪」

「……頭痛い。言葉が出ないわ……」

グローリーが両手をおでこに当てた。


ふんす、ふんす! という鼻息がしたと思ったら、チュラカだった。

ここまでの話を静かに聞いていたチュラカ。でも、それはもう限界らしい。

「流石、ヌシ様にゃ!! すごいという言葉が当てはまらないくらいすごいにゃ!! 魔王様にだってなれそうにゃ!!」


グローリーも小さく笑う。

「わたしもアキラは凄いと思う」

ぽつりと小さく聞こえた声だけれど、どこか柔らかい印象を受けた。

グローリーが言葉を続ける。

「チートなアキラが、周囲の魔物を統治して、人間に敵対可能な力を――うん、わたしも出来る限りアキラが魔王になれるように協力するわ!!」


いつの間にか、僕の魔王化が確定事項になっているような気がする。

うん、それは面倒だから止めておきたい。


口を開こうとした瞬間、チュラカが僕よりも早く言葉を発した。

「グローリーは、人間の味方じゃないのかにゃ?」

不思議そうな顔でチュラカがグローリーの目を見る。

その視線が真剣なモノだったから、僕は口を挟むことが出来なかった。


「わたしは、人間に捨てられたの。国の言うことを聞かない、役立たずの勇者は要らないんだって。王やわたしを監視していた兵士には、はっきりと廃棄品はこの森で死んでこいって言われたわ」

「……酷いにゃ(Tω)」

「でも、わたしはラッキーだったのかもしれない。こうしてアキラとチュラカちゃん達に出会えたのだから。今は、これからの未来が、少しだけ楽しみになっている」


そう言うと、大きく深呼吸をしてグローリーが言葉を続ける。

「ねぇアキラ、わたしの期待を裏切らないでね? 魔王になって、わたしを捨てた人間の国を潰してくれるんでしょ♪」

自己紹介をした時よりも可愛い笑顔を、グローリーが僕に向けてきた。

その神々しいまでの破滅的な笑顔は、ドキリとしてしまう。


――じゃないよ。冷静に考えたら、怖いですよ。

何も言えないでいると、グローリーがぽつりと呟いた。


「わたしを勝手に召喚して、一方的に使えないと言い切って、慰み物にしようとした兵士と国王と王子は許せないの」


ああ、そういうことか。

聞いてしまった以上、断るという選択肢はなかった。

この世界のどこかに、さや姉がいるとしたら――その身に危険が迫っているかも、いや、現在進行形で無理やり誰かに――と考えて背筋が凍る自分がいた。


心の中に生まれた小さな黒。

拭い去れないそれは、僕の気のせいなんかじゃないようだ。


>隠し称号「闇を心に宿すもの」を得ました。


視界の端で、小さくログが流れたから。

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