第5話_オークの主_後編
「にゃ~、了解にゃ(≡ω)!」
本当に分かっているのだろうか? このエロ猫は。
ということで、軽くチュラカにお説教をした後、村の状況について説明してもらうことになった。
「それじゃ、次は村の全財産について説明するにゃ! まずは、30棟もある家の数々。低木に伐採した枝を立てかけて作った、壊されてもすぐに作り直すことが出来るお手軽仕様の家にゃ。いざとなったら放棄して逃げることも惜しくないにゃ!」
シュピンと胸を張り、自慢げに耳をぴこぴこ動かすチュラカ。
でも、あえて突っ込ませてもらおう。
「自信満々だけれど、掘っ立て小屋以下だよね……? 期待していないけれど、金銀財宝は無いのかな?」
僕の言葉に、チュラカが目線を泳がせる。
「うにゃっ……い、行き倒れた冒険者から回収した金貨が1枚、銀貨が9枚、銅貨が30枚あるにゃ! あとは、同じく冒険者から回収した錆びた武具が少々あるんだにゃ! 他に財産になりそうなモノは……なりそうなモノは……なりそうなモノは……」
気が付けば、チュラカが泣きそうな表情になっている。
あ、まずい。
あまりにもウルウルしていたから、思わず助け舟を出していた。
「えっと、深い絆だよね? みんなの絆が、この村の一番の財産なんだよね!?」
慌てていたとはいえ、ちょっと恥ずかしいセリフを言ってしまった。
でも、効果はてきめんでチュラカの顔が、ぱぁっと明るくなった。
「チュラカ達ミニマム・キャットオークの絆は、勇者や冒険者の前に立っても崩れないにゃ! 総勢53名、ヌシ様のためなら最後の1人まで、完全玉砕してみせるにゃ!!」
あっ、なんだろう? 墓穴を掘ったというのかな?
ちょっと不味いことになったのを理解してしまう。
こんな可愛い子ども達を、格上の勇者や冒険者を相手に玉砕させるのは心が痛い。
っていうか、気になったことが2つある。
1つ目はチュラカ達の種族がやっぱり人間ではないことだ。
ミニマム・キャットオークという種族なのは、ここまでの会話の流れで分かったけれど……可愛いケモ耳猫娘がオークの種類というのも、何か違和感がある気がする。
まぁ、そういう仕様だと思って納得することは出来なくもないけれど。
2つ目は、大人達は何をしているのだろうということ。
大人のオークが出てきたら、うん、多分僕に勝ち目はない。さっきこっそりと鑑定スキルを使ってチュラカのステータスを覗いてみたけれど、星が2つ付いていた。
そんなチュラカよりも強いであろう大人達が何人も出てきたら……女騎士じゃないけれど、僕が「くっ、ころ」な展開になりかねない予感がする。
「ん? どうかしたにゃ?」
「えっと……」
言葉を選んでいると、チュラカが薄い胸を張る。
「分かってるにゃ♪ ヌシ様の言いたいことくらい、分かっているにゃ(≡ω)b」
「そう、それじゃ教えてくれるかな?」
あんまり期待は出来ないけれど、チュラカの言葉を少し待つ。
自信満々に、チュラカが口を開いた。
「エロエロにゃ~。この村の全ての女がヌシ様のモノにゃ♪」
「「「きゃ~♪」」」「「ごろにゃん♪」」「「「にゃ~♪」」」
……はぁ。やっぱりチュラカは僕の予想の斜め上を飛んでいる。
というか、嬉しそうな声が、ちびっこ共から聞こえているけれど、僕は全然嬉しくない。
何だろう、この、小学校でモテる父兄の気持ち。
「さぁ、さぁ、さぁ! お家の中でチュラカと子作りするにゃ♪」
調子に乗っているチュラカの提案を、ばっさりと断らさせてもらう。
「……いや、子どもを相手にする趣味は無いから」
「子ども? にゃに言ってるにゃ? チュラカ達、あと半月でみんな大人になるにゃよ?」
「え?」
思わず聞き返していたけれど、チュラカに「きょとん?」とした顔を返されてしまった。
「え? って言われても困るにゃ……。あ、ヌシ様はハイ・キャットオークとかを想像していたのかにゃ?」
「ハイ・キャットオーク?」
「城塞都市を作ってしまうような強いキャットオークで、魔王が治める土地に住む種族にゃ」
ニヤニヤした顔でチュラカが言葉を続ける。
「チュラカ達ミニマム・キャットオークは、成長してもせいぜい身長が140センチにゃけど、進化したハイ・キャットオークは身長が160センチ前後になるにゃ。女性は“ぼん・きゅ・ぼん”で、男性は今のヌシ様に近い背格好をしているにゃ。ムキムキにゃけど、見た目はヌシ様そっくりにゃ!」
自分がイケメンであるという自覚は微塵もないけれど、流石にオークに似ているといわれるのは少しショックだ。
でも、取りあえず現状が見えてきた。
結論から言うと、この村のヌシになる話は流してしまおう。子どもが嫌いという訳じゃないけれど、53人の小学生の子守りをするのは、僕には無理だ。
とはいえ、このまま放り出すのは無責任な気がしたから、勇者や冒険者が来る前に、どこか安全な場所――森の奥とかが適当だろうか?――に避難させてあげたいと思う。
そう思って言葉を口にした瞬間だった。
「えっと、チュラカ達には悪いのだけれど――「敵襲ですにゃ!! 配下の動物から情報が入りましたにゃ。村の外、500メートルに冒険者が単騎で侵攻していますにゃ!!」――っ!」
冒険者という言葉に、この場にいる全員の顔が恐怖で引きつる。
「何で、こんなに近くに来るまで、気付かなかったんだにゃ!?」
チュラカが青い顔で、冒険者のことを知らせにきた猫娘に問いかける。
「すみません! 何か手違いがあったみたいですにゃ!!」
「――っ、仕方がないにゃ。みんな、武器を持って迎撃するにゃ」
言葉を区切ると、チュラカは僕の方を見た。
真っ直ぐな、とても綺麗な瞳だった。
「チュラカ達にはオークのヌシ様が付いているにゃ!!」
周りにいるキャットオーク達の視線が僕に集まる。
くっ、冒険者がどれだけ強いのか分からないけれど――僕が戦線を支えて、1人でも多く逃がさなきゃ。ここで逃げるなんて男じゃない!!
「チュラカ、みんなには戦わずに逃げるように伝えて!!」
「……それはダメにゃ! ヌシ様だけを戦わせるなんて、出来ないにゃ!」
口では強がっているけれど、チュラカの身体は、小刻みに震えていた。
「そっか、それじゃ――」
チュラカに「僕も逃げるから、みんなで逃げよう」と言いかけた瞬間、僕の後ろの祭壇が炎に包まれた。
「今のは!?」
「冒険者の攻撃魔法だにゃ!! もう魔法の有効射程範囲に入っているにゃんて――」
そこでチュラカが言葉を止める。いや、正確には恐怖で声が出なくなったという方が正しいだろう。
僕らの視線の先には、冒険者と思われる女の子が立っていた。
「君が冒険者?」
闇の中を歩く16歳くらいの少女に問いかける。
風にたなびく黒い髪。漆黒の瞳と白い肌。剣を握っているとは思えない細腕。
物語の中に出てくる、どこかの国のお姫様と言ったらぴったりくるであろう整った顔立ちの美少女だった。
「君が冒険者なの?」
もう一度問いかけるけれど、少女から返事は無い。ぼんやりとした焦点の合わない目で、じっとこっちを見ている。
心なしか、ふるふるとその身体は震えていた。
鑑定スキルを使って、冒険者のステータスを視る。
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(基本情報)
・名称:モーニング・スター・グローリー(星朝顔)
・年齢:15歳(元21歳)
・性別:女
・種族:人族
・レベルランク:★★★(3つ星)
・HP:32/212
・MP:21/632
・LP:3/5
・STR(筋力):62
・DEF(防御力):65(+32)
・INT(賢さ):520
・AGI(素早さ):32
・LUK(運):15
(装備)
・武器/鉄の片手剣
・服/革の鎧+布の服
・靴/革の靴
(称号)
・廃棄勇者→国に見捨てられた勇者。
(隠し称号)
・地雷乙女→無理やり乙女を奪おうとすると呪いが発動。半径10メートルをズタズタに切り裂く。
・異世界の転移者→スキル恩恵。記憶の継承。若返りなど。
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ぱっと見た感じの印象。思っていたよりも、何とかなりそう。
今のHPが30ちょっとだし、ステータスを見なくても、少女がかなり消耗しているのが分かるから。
廃棄勇者という称号にちょっとびっくりしたけれど――レベルランクが高いのかなと思っていたけれど――3つ星だから僕とそんなに変わらないし。
気になる隠し称号もあるけれど――っていうか、地雷乙女とか、物騒な匂いがぷんぷんとしている。話し合いに持ち込もうと思っていたけれど……このまま、お帰り頂くことは出来ないだろうか?
そんなことを考えている間にも、廃棄勇者のスキル情報が頭の中に入ってくる。
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(スキル)
・片手剣>基礎
>パリィ→相手の攻撃を受け流す。成功後の攻撃は、クリティカルになりやすい。
>フェイント→フェイントで相手のミスを誘う。
>多段切り→レベルに応じて2回以上の攻撃をする。
>???
・近接格闘>基礎
>フェイント
>???
・盾>基礎
>受け流し→相手の攻撃を受け流す。
>???
(ユニーク・スキル)
・メニュー>基礎
>無詠唱→無詠唱で魔法が使える。
>物品&人物鑑定→鑑定スキル。
>???
(魔法)
・基礎魔法>基礎
>???
・火属性魔法>基礎
>ファイヤー・アロー→炎の矢を生み出す。威力及び本数は魔力に依存。
>ファイヤー・ボール→炎の球体を生み出す。威力は魔力に依存。
>???
・水属性魔法>基礎
>アイス・ニードル→氷の矢を生み出す。威力及び本数は魔力に依存。
>ウォーター・シールド→周囲に水の障壁を生み出す。防御力は魔力に依存。
>???
・回復魔法>基礎
>ヒール→単体回復魔法。回復量は魔力に依存。
>???
(ユニーク・魔法)
・乙女の呪い>鋼鉄の処女→乙女的な危険が迫ると、自動展開の攻撃魔法が発動される。
>悪意感知→他人の悪意や下心を察知することができる。
>読心→身体の一部が触れている状態で、相手の思考を読むことができる。
>???
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うぁっ、やっぱり元勇者なだけあって、スキルはそこそこ充実している。残りHPは低いけれど、攻撃されたら、かなり面倒なことになる予感。
少なくとも、チュラカ達は絶対に戦わせたくない。
うん、「乙女の呪い」というユニーク魔法も見なかったことに……は出来ないな。
自動展開魔法とか相手の思考を読むことができるとか、異世界っぽくて、ちょっと興味が湧いてしまった僕がいた。僕のユニーク・スキルの魔法解析を使ったら、多分、美味しいところだけコピー出来そうだし。
「どうやって、落ち着いて話を聞いてもらえる状況に持って行こう?」
小さいけれど、思わず言葉が口に出ていた。
それと同時に、風に乗って背後にいる猫娘達とチュラカの声が聞こえてくる。
「冒険者と遭遇したら、生きて帰れないにゃ!!」
「早く逃げないと、皆殺し、皆殺しなんだにゃ~」
「このままじゃ、生皮を剥がされて、猫耳を切り落とされて、素材になってしまうにゃ(Tω)ノシ」
「ええぃ、お前ら、もっとしっかりするにゃ!! チュラカ達には、ヌシ様がついているにゃから!!」
チュラカの叱責に対して、猫娘達が少しずつ落ち着きを取り戻している。
その一方で勇者の方は、じぃ~っと僕を見つめていた。虚ろな瞳で。
でも、どうやって廃棄勇者を説得しよう?
お互いに大怪我をするまで戦うという危険な選択肢は、とりあえず無い。
とはいえ、無傷で話し合いが出来るような雰囲気でもなさそうだ。だって、さっきから僕らが呼びかけても廃棄勇者は無反応だから。
とりあえず、僕の持っている攻撃系のスキルで使えそうなのは――あ、まずい。
今の僕、何も武器を持っていない。
詰んだ。
そう思った瞬間、廃棄勇者が口を動かす。
「あなた……日本人?」
蚊の鳴くような声でそう言うと、廃棄勇者は地面に倒れた。
ガッという痛そうな音が響いて、横たわったまま、ぴくりとも動かない。
流れた沈黙。そして動き出す世界。
「今がチャンスにゃ!! ブッころ――「待て!!」」
武器を構えて前に出ようとしたチュラカ達を、大声と手で制する。
「ヌシ様、どうしたにゃ?」
不思議そうな顔をして、尻尾と耳を動かしているチュラカに、言葉を向ける。
「彼女、怪我をしているみたい。良く見たらガリガリに痩せているし、うなされているみたいだし、どこか看病出来そうな場所はある?」
僕の言葉に、チュラカとその周りの猫娘達が困惑したような表情を浮かべる。
「……助けるにゃか? 元気を取り戻して、反撃してきたらどうするにゃ?」
「何となくだけれどさ、ここで殺すのは無しだなって僕は思ったんだ。それに――彼女を仲間にできたら、頼もしいと思わない? 廃棄勇者って称号を持っているみたいだよ?」
「「「……」」」
猫娘達に沈黙が広がる。
交わる視線。ぼそぼそと聞こえる小さな声。
「ダメ?」
僕の問いかけに、フッ、とチュラカが小さく笑う。
何だろう、ちょっと格好良いな、こいつ。
「……ヌシ様の言うことなら、仕方ないにゃ。チュラカ達はヌシ様について行くにゃ(≡ω)!」
その声と同時に、猫娘達の言葉が重なる。
「「「ついていくにゃ!」」」「「「性奴隷にゃ!!」」」「「「ヌシ様はエロエロにゃ!!」」」
え? ちょっと聞き捨てならない言葉が出てきた気がするけれど……うん、正直に言おう。
「お前ら、わざとやっているだろ!?」
「ふにゃ!? ぬ、ヌシ様、どうかしたにゃ!?」
きょとんとした表情のチュラカ。でも、周囲で騒いでいる猫娘達には効果は無い。
「「せいどれいっ♪」」「「「えろえろにゃ♪」」」「「にゃごにゃごにゃ♪」」
うん、頭痛い。誤解を解いておきたいという猛烈な願望に支配されそうになる。
けれど――勇者が僕の所有物だと猫娘達に認識されていれば、下手に傷つけられることはないだろう。だから、あえて放置することにした。
大人の対応とも言う。
さて、倒れている廃棄勇者さんを回収しますか。
この人も、元日本人みたいだから。