第3話_異世界召喚
本屋さんからの帰り道。
経済情報雑誌だけじゃなくて、お気に入りのラノベの新刊と、ちょっとエッチな雑誌の最新号もゲットできてホクホクな気持ち。
今日の夕食は冷蔵庫の中の残り物で、カレーでも作ろうかなと思っていたら……目の前にトラックが近付いてきた。
そして、その前に子猫が横切る。
「危ないっ!!」
時間が止まったような気がした。
でも、それは気のせいで、トラックは無情にも通り過ぎる。僕の目の前を。
そして、トラックが通り過ぎた後には――
「にゃ~(≡ω)」
車体の下をすり抜けた子猫が、元気よく鳴いていた。
うん、最近ハマっているWEB小説に、お腹いっぱいになるくらい事例が書いてあるから知っている。「トラック×子猫」は、異世界にとばされる死亡フラグだと。
だから誰も聞いていないと思うけれど、あえて口にさせてもらう、冷静な突っ込みを。
「猫程度なら、トラックの車体下を通り抜けられるから、放置プレイで大丈夫だよね? むしろ、下手に抱き上げた方が、猫も一緒に死ぬよね?」
うん、冷静な突っ込みを入れるはずが、心なしかきつい突っ込みになってしまった。
思っていた以上に、動揺していたみたいだ。
まだ心臓がドキドキしている。
小さく息を吐いて、目を閉じる。
そうすることで気持ちを落ち着けたかったのだ。
そして、気が付くと、僕は真っ白な空間に立っていた。
「え? いや、あれ?」
一瞬、自分がどこにいるのか分からなくて――僕に向かい合うように立っている、コウモリの羽を持った妖艶なお姉さんと視線がぶつかる。
コスプレなんかじゃなさそうだ。年齢は20代後半? 紫色の髪と瞳に病的なまでに白い肌。薄紫の唇は、微笑みを押し殺しているように見える。
うん、まずい。
トラックという死亡フラグは回避したはずなのに――この状況は「お約束」ってやつかもしれない。異世界転移とか異世界召喚ってやつの。
「……?」
いやいや、中学生や高校生じゃないんだから、今この瞬間の状況を受け入れるのは不味いでしょう? これでも、僕、26歳ですから!!
にぱっとコウモリの羽のお姉さんが笑う。
伸びた犬歯が、ちょっとだけ可愛いなと感じてしまったのは、気のせいだ。だって、そんなことを考える余裕は、僕には無いはずだから。
お姉さんがゆっくりと薄紫の唇を開く。
「9年前、あなたは言った♪ 悪魔に魂を売っても良いから、従姉のお姉さんに会いたいと♪」
ぞくりっと背中が寒くなる。この人、神様じゃなくて悪魔なのかな?
思わず、戸惑うような視線を送ってしまったけれど、お姉さんは歌うように言葉を紡ぐ。
「そして準備は整った♪ あなたの願い、聞き入れましょう♪」
一瞬、思考が停止した。
「さや姉と会える……?」
言葉だけがぽつりと口から零れていた。
「それはあなた次第よ♪」
コウモリのお姉さんは微笑しているけれど、でも、信用できる根拠がない。
お姉さんが挑発するように微笑む。
「あなたの想い人は、前世の記憶を持ったまま転生しているわ」
「っ!? それは本当で――「それじゃ、時空を超えて、異世界に行ってみよう♪」」
僕の質問を遮った悪戯っぽいお姉さんの言葉。
それと同時に、ぐるぐると眩暈がして、身体が引き裂かれるように痛くなる。
そして再び、視界が真っ白に染まる。
「チャンスをあげたのだから、ワタシ達を楽しませてね? 報酬は、あなたの魂よ♪」
――そんな言葉が遠くに聞こえている。
ああ、うん、分かってる。
理不尽だけれど、これは異世界転移ってやつだ。
さっきから、頭の中に自分のステータスやスキル構成、それの使用方法が濁流のように流れ込んでくるから。
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(基本情報)
・名称:オオクノヌシ・アキラ
・年齢:16歳(元26歳)
・性別:男
・種族:人族
・レベルランク:★★★(3つ星)
・HP:168
・MP:2491
・LP:5
・STR(筋力):39
・DEF(防御力):15(+15)
・INT(賢さ):1820
・AGI(素早さ):14
・LUK(運):29
(装備)
・服/布の服
・靴/革のブーツ
(称号)
・なし
(隠し称号)
・鍵を掛けられし者→スキル、魔法、ステータスの一部が封印されている。
・異世界の転移者→スキル恩恵。記憶の継承。若返りなど。
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ぱっと見でも、INT(賢さ)とMPがぶっ飛んでいるのが分かる。
いや、意外とステータスが低いのは隠し称号の『鍵を掛けられし者』というのが影響しているのかもしれない。
もう1つの称号で若返りなんかの恩恵も付いてきているみたいだけれど、レベルランクが3つ星というのはかなり不味い。
頭の中に流れ込んでくる知識で理解することが出来たのだけれど、星の数が多いほど、レベルが高いことを意味する。
星1つが平均的な成人男性こと村人Aのレベル。星2つが駆け出し冒険者レベル。星4つが中堅冒険者。星6つ以上がベテラン冒険者というように。
星の数の差が2つ以上ある場合、普通のゲームのレベル換算では10~20違うみたいだから、基本的に不意打ちでもしない限り勝つことは出来ないっぽい。
今の僕の星は3つだから、駆け出しより少しマシ程度の強さしか無いから、早くレベル上げをした方がいいだろう。
そんなことを考えていたら、スキルの情報が、頭に流れ込んできた。
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(スキル)
・両手剣>基礎
>???
・近接格闘>基礎
>???
(ユニーク・スキル)
・メニュー>基礎
>無詠唱→無詠唱で魔法が使える。
>無限収納→無生物を異空間に収納&出し入れできる。
>自動回収→任意の所有物を自動で回収できる。
>物品&人物鑑定→鑑定スキル。
>???
・魔法・魔法陣作成>基礎
>解析→魔法・魔法陣を解析する。
>作成→魔法・魔法陣を作成する。
>複製→魔法陣を複製する。
>転写→魔法陣を物品に転写する。
>???
(魔法)
・基礎魔法>基礎
>???
・回復魔法>基礎
>ヒール→単体回復魔法。回復量は魔力に依存。
>エリア・ヒール→広域回復魔法。回復量は魔力に依存。
>???
(ユニーク・魔法)
・心理療法>認知行動療法→認知と行動を整える心理療法。
>森田療法→現実を受け入れる心理療法。
>WRAP→元気が出る行動を生活に取り入れる心理療法。
>ストレス対処法→ストレスに適応するための心理療法。
>ペップトーク→プラスの言葉を応用した心理療法。
>マインド・フルネス→身体と心に着目する瞑想的な心理療法。
>???
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うん、スキルは充実しているな。回復魔法が自分で使えるのは大きいし、無詠唱、無限収納、鑑定といった異世界転移ではお約束のチートも付いてきている。
初っ端から、知識さえあればオリジナル魔法が作れるスキルもあるし、高校の時からずっとお世話になっている心理療法もなぜかスキルとして登録されている。
コウモリのお姉さんには感謝しよう。
「さて、頭を切り替えるか」
小さく言葉を口にして、脳みそを整理する。
もしもコレが夢では無いのなら、コウモリの羽のお姉さんが言うことが本当ならば、さや姉は異世界にいるということになる。そして、あの言い方であれば僕の行動次第で、さや姉に会うことも可能っぽかった。
それが真実であるのなら。
さや姉が今どうしているのか分らないけれど、まずは、さや姉に会いに行くことを第一目標にしようと思う。
そう決意した瞬間、真っ白だった視界が真っ黒に変わって……僕の意識は、ぷつりと途切れた。