SS_WRAP(元気回復行動プラン)の解説③
※SSは次回で終了予定です。また本編に戻ります。(WRAPの説明をするだけで、本来なら本が1冊かけるので……解説や中身をザックリと端折っていることをお許し下さい)
軽い緊張感がただよう教室。
教壇に立つ僕と、それを見つめるチュラカ、グローリー、シャントリエリの3人。
小さく深呼吸をして、黒板に白いチョークで文字を書いてく。
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■テーマ:WRAP簡易版(=元気になる道具箱)について
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みんなの手元には、僕が作ったプリントが事前に配られている。
ご都合主義な夢のおかげか、頭の中でイメージした資料を、何も無い空間からそのままとり出すことが出来た。チュラカとシャントリエリの分は、こちらの世界の共通言語で書いてある。
夢の力って本当にすごいな。
そんなことを一瞬考えながら、みんなの顔を見回す。
「さて、それじゃ話を始めたいと思います。今までにも、何度か口にしたと思いますが、WRAPとは“元気になるための行動を日常生活に取り入れていこう♪”という心理療法です。『元気がない時やストレスに押しつぶされそうな時』はもちろん、『何かやる気が出ない時』や『受験勉強や大きな仕事の前』にも効果的です。心の病の治療、予防や再発防止、さらには健康増進や意欲の向上のためにも使われています」
僕の言葉に、チュラカが反応する。
「にゃんか、怪しい薬みたいだにゃ? 何にでも効くっていうやつは、全然効かにゃいか、危険な副作用があるのが相場として決まっているにゃ! ……だから正直に言うにゃ、WRAPの副作用はどんなのがあるんだにゃ(≡ω)?」
とても良い質問だと思う。頭の中で整理しながら、言葉を紡ぐ。
「今のところ、WRAPの『重篤な副作用は無い』といわれています」
「無いにゃ? 何でにゃ?」
不思議そうな顔のチュラカに、断片的な知識だけれど、僕が過去に調べたことを説明する。
「僕が思うに、お薬を使う訳でもないし、身体に負担をかけるような方法を使う訳でも無いからだと思う。自分のペースで始めて、自分のペースで方向修正出来るから――あと、自己暗示みたいに“無理やり自分の心を抑圧するようなこともしない”からだと思うよ」
そこまで口にして、ふと思い付いたことを付け加える。
「人によっては性格が明るくなったり、行動的になったりすることがあるみたいだけれど、適度な範囲なら副作用とは言わないかなと思っている。適度じゃない範囲は“躁鬱病”の“躁(気分が高揚しすぎている)状態”とかをさすんだけれど、WRAPでは、躁鬱病の治療や再発防止にも効果的と言われているんだ」
「にゃんかよく分からない病名も出てきたけれど、ようするに副作用は無いんだにゃ?」
いまいち納得はいかないけれど否定も出来ない、そんな表情でチュラカが視線を僕に向ける。
「今のところは――だけれどね。これから医学が進歩していく中で、副作用が見つかるかもしれない可能性は0%とは言えないんだ。人間のすることだから」
何とも歯切れの悪い回答になってしまったけれど、副作用が絶対無いとは言い切れないのが、医学ってものらしい。
でも、チュラカもそこら辺の事情を察してくれたみたいだ。
「分かったにゃ。とりあえず、知識としては理解したにゃ(≡ω)b」
ひと呼吸置いてから、話題を切り替える。
「他に質問がある人はいますか?」
そう言って3人を見ると、フルフルと首を横に振るという形で返事が返ってきた。
「――質問は無さそうなので、具体的なWRAPの中身に進みます。プリントの2ページ目を見て下さい。これがWRAPに使う“行動計画のリスト”です。これを、今回はみんなに作ってもらおうと思っています」
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■WRAP簡易版:自分の行動パターンをリスト化する
(最初に)
本来のWRAPはもっと細かい内容まで記入していきますが、ここでは資料作成者の独断と偏見により“簡略化”してあります。
(概要)
次の項目について、行動プランを作ります。
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・元気が出る時の行動パターン
・元気を無くす時の行動パターン
・避けた方がいいこと
・した方がいいこと
・注意サイン
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(具体例)
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・元気が出る時の行動パターン
→きちんとご飯を食べる。
→信頼できる人と話をする。
→お風呂に入る。
→音楽を聴く。
→適切な睡眠をとる(6~8時間程度)。
→コーヒーを飲む。
・元気を無くす時の行動パターン
→睡眠時間が短くなる。
→運動不足。
→生活リズムが崩れる。
→誰とも話をしない日が続く。
・避けた方がいいこと
→夜更かしや夜更かしにつながる行為。
→疲れているのに無理をする。
→飲酒。
→夜20時以降のコーヒー(カフェイン摂取)。
→浪費する。
・した方がいいこと
→疲れたら休む。
→規則正しい生活。
→軽い運動を習慣に取り入れる。
→仲が良い友達とたまに会う。
・注意サイン
→体重が1ヶ月で2キロ増減する。
→眠れなくなる。
→夜中に目が覚める。
→無性に泣きたくなる。
→自殺を考える。
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(ねらい)
自分が“元気でいられる状態を維持するために有効な行動”と“元気がなくなった時の傾向(取りやすい行動)”を整理することで、自分の行動を意識してコントロールすることが可能になります。最初は難しいですが、少しずつ、生活に取り入れていきましょう。
コツは、自分の取扱説明書を作るようなイメージで取り組むことです。
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「この中身を見てもらうと分かりやすいと思うんだけれど、WRAPってなにも難しいことはしていないんだ。ちょっと生活に気をつけたら実現できることが多いよね?」
「……確かに、アキラの言う通りね。心理療法って、もっと難しいというイメージがあったけれど」
「ボクも作れそうな気がするわふ!」
「う~ん、チュラカも作れると思うにゃけれど――コレ、当たり前のことじゃないかにゃ? 作ることに何の意味があるのか疑問だにゃ」
「うん、今、チュラカが良いことを言ってくれたね。噛み砕いて言うなら、この行動計画は“実行すれば自分が元気になる行動”なのだから、作るだけでも認知を変えられる効果があるんだ」
行動療法とかリフレーミングとか色々あるんだけれど、話が長くなりそうだから割愛して――チュラカへの説明を続ける。
「行動計画に沿って行動すれば、自分をコントロールできる。自分をコントロールするって簡単なようで実は難しいことなんだけれど――取りあえず、ここでは“行動計画を作るだけでも意識が変わるから効果がある”って覚えてくれたら良いと思う。“視えなかったものが見えるようになるだけで、人間って変われる”からね?」
僕の言葉に、ぴんと来たものがあったのか、チュラカの耳がぴこんと動いた。
「“視えないものが見えてくる”――理解したにゃ(≡ω)b」
「ありがとう。でも、“自分が出来る範囲から少しずつ計画を立てること”を忘れないでね? いきなり大きな行動目標を立てても、逆にそれがプレッシャーになって行動が出来なくなってしまうことがあるから」
「了解にゃ。大きな山に一歩ずつ歩いていくのと一緒だにゃ。走ったりジャンプしたら体力がもたないにゃ」
「そういうこと。それじゃ、WRAPのそれぞれの項目の説明をしていくから――みんなも、自分だけの行動計画を作っていこうか」
――こうして、僕らの夢の中の時間は、着々と進んで行くことになる。
学生時代に塾講師をしたアルバイトを思い出して、ちょっと気持ちがほっこりしたのは、みんなには内緒だ。
子ども扱いするなって怒られそうだから。