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SS_WRAP(元気回復行動プラン)の解説②

あれから5分が経過して、何とか平常心モードに移行した僕ら。

教壇に立つ僕と、最前列の席に座るチュラカ達3人という位置関係になっている。


「さて、僕の知っている範囲(・・・・・・・・・)&解釈(・・・)という断わりを入れた上で、心理療法のWRAP(ラップ)の解説を始めたいと思います」

僕がWRAP(元気回復行動プラン)のことを口にした瞬間、猫耳をピコピコさせて、チュラカが歌い出した。

「ラッラにゃ、ラップにゃ♪ ララッにゃ、ヘィ、you(≡ω)δ」

「……」「……」「……」

小さな沈黙が教室を包む。めちゃくちゃ気まずい。


チュラカの顔がみるみるうちに真っ赤に染まる。

「……シャントリエリ殿もグローリーもヌシ様も、そんな冷たい目でチュラカを見ないで欲しいにゃ!! 傷付くにゃ!!!」

首まで朱色に染めて叫んだチュラカ。

ちょっと涙目になっているけれど、それが何だか可愛く思えた。


「いや、えっと、チュラカちゃん?」

戸惑う表情のグローリー。それにシャントリエリも続く。

「何というか、ちょっと反応に困ったわふ……」

「チュラカ、『WRAPのお約束をありがとう♪』とだけ、僕の方から言わせてもらおうかな?」

僕らの言葉に、チュラカの猫耳と猫尻尾がぐたっと倒れる。

「ヌシ様の優しさが、めちゃくちゃ痛いにゃ……(Tω)ノシ」


チュラカが大人しくなったところで、WRAPについての解説を始める。

「それじゃ、説明に入るよ。WRAPとは、“Wellness Recovery Action Plan”の略で、日本語では“元気回復行動プラン”と呼ばれています。その言葉通り、元気を回復するために効果的な行動計画を立てる心理療法になります」


「ご主人様が丁寧語を使っているわふ!?」

「なんか萌えるわね~♪」

「そこ、質問以外の私語は、なるべく慎んで下さい」

「「は~い♪」」


2人の良い返事が聞けたところで、解説を続ける。

「WRAPの基本的な考えは、『“元気になるパターン”と“調子が悪くなるパターン”の2つを知った上で、日々の行動を変えていく』というものになります。元気になるパターンはなるべく生活に取り入れるようにして、調子が悪くなるパターンはなるべく避けるというようにします」


「にゃーんかー、ちゅーしょーてきで、分かりにくーいにゃー!」

唇を尖らせながら、チュラカが文句を続ける。

「それに、チュラカは元気にゃよ? 退屈な心理療法は、チュラカには必要ないにゃ!!」

「チュラカさん、我儘ばかり言っていると、ボクがお仕置きするわふよ?」

ご主人様の言うことに反抗するな、という視線をシャントリエリがチュラカに送る。普段は大人しくしているシャントリエリだけれど、夢の中だからか、わりと感情を表に出している気がする。


でも、そんなシャントリエリを見て、チュラカが小さく鼻を鳴らした。

「シャントリエリのお仕置きにゃんて怖くないにゃ(≡ω)p」

「がるるぅ~!! 調子に乗るなわん!!」

「――はい、2人ともそこまでにしてね? 話が進まないから」

キャットVSドッグファイトを始めそうになった2人の頭に、ぽふぽふと手を置いて、喧嘩を止める。


「「でも……」」

不服そうな表情でチュラカとシャントリエリが僕を見る。

2人の表情は、それぞれ『チュラカには心理療法は必要ないにゃ』『ご主人様の言うことは、きちんと聞かないとダメわん。甘やかしたら、つけ上がるわふ』と言っている。

それは正しくもあり、間違ってもいるのだけれど――ここは順番に説明していこう。


「まずは、シャントリエリ。チュラカが僕の話を聞かないからって、そんなに怒らないの」

自分が怒られるとは思っていなかったのだろう、シャントリエリが困惑した表情を浮かべる。

「……でも、ご主人様の言うことは絶対守らないといけないわん!」

「そうかな? “僕が100%絶対正しい”なんていうことはあり得ないよ? 僕がミスした時や失敗しそうな時、シャントリエリは助けてくれないの?」

「そんな時には、当然、助けるわん」

きょとん、という表情を作って「なんでそんな当たり前のことを聞いて来るの?」と言いたげな様子でシャントリエリが視線を僕に送ってきた。


それに頷きを返しつつ、口を開く。

「そうだよね。100%絶対服従で“YESしか言えない存在”は、僕は求めていない。――だから“反対意見”や“つまらないことはつまらないって言える人間”は大切にしたいと思うんだよ。だから、シャントリエリの行動は嬉しいけれど、チュラカの意見も嬉しいんだ」

僕の言葉に、シャントリエリが泣きそうな顔を作る。

「ぅうっ……ごめんなさい、ご主人様。ボクが間違っ――「ううん、泣かないでね? シャントリエリの気持ちは正直嬉しい。だけど、100%とか絶対とかは無いから、シャントリエリが僕のことを考えてくれるのなら、反対することや疑うことも覚えて欲しいんだ。もしもの時には、僕を止める役目を、シャントリエリにお願いできるかな?」――分かったわふ。シャントリエリは頑張る!」

一時的にはどうなるかなと思ったけれど、シャントリエリは納得してくれたみたいだ。


「ありがとう、シャントリエリ。で――次はチュラカ。心理療法は必要ないって考えているみたいだけれど……チュラカは、本当に心理療法を知らなくても良いの?」

退屈そうに唇を尖らせていたチュラカ。何だか、少し機嫌が悪いのは……さっきのラップに乗らなかったせいだろうか?

「良いにゃ! チュラカはめんどくさいことは嫌いにゃ。そもそも元気だから、必要ないにゃ!」

……やっぱり、機嫌が悪い。

「分かった。それじゃ、少しだけヒアリングさせてね?」

小さく言葉を区切ってから、質問を開始する。


「チュラカの生きている理由ってなに?」

「い、生きている理由にゃ? ……えっと、美味しいモノを食べるためにゃ」

抽象的な質問なのに、すぐに答えが出てくるところが、正直凄いなと思う。

でも、それは顔には出さない。


「それだけ?」

「む、群れのみんにゃを守る義務もあるにゃ!」

「他には?」

「チュラカは自分らしく生きるにゃ! それは絶対にゃ!!」

「うん、その他にもある?」


「……」

小さな沈黙の後、チュラカが顔をそむける。

「――ヌシ様との子どもが欲しいにゃ。みんなで幸せに暮らすために、チュラカは生きているにゃ」

思いの外、真面目な言葉がチュラカから帰って来て驚いた。真剣な表情のチュラカに、僕の方も真剣にならざるを得ない。

グローリーが物凄いジト目で僕を見てくるけれど……。


うん、ご褒美です♪ もっと見て欲しい――なんていう冗談は横に置いておく。

「ありがとう、チュラカ。今、生きている理由を聞いたけれど――心理療法は、“自分を見失わないため”にも大切なんだ」

「自分を見失わないためにゃ? どういう意味にゃ?」

不思議そうな視線に応えるために、言葉を選んで口にする。

「人間にとって自分という存在は大切なのに、ストレスがかかると“見失ったり、別なモノを大切だと思い込んでしまったり”するんだ。具体的に例をあげたら、失敗が怖くて身体が竦んで動けなくなったり、命や健康よりも今の仕事の方が大切だと思いこんだり、お金があれば人生はどうにでも出来ると思ってしまったり、自分の夢を子どもに押し付けたり……ちょっとしたきっかけで、人間は簡単に自分を見失ってしまう」


言葉を区切ってから、チュラカに視線を合わせる。

「それって、何だか、もったいないよね?」

「……チュラカは、大丈夫にゃ。多分だけれど大丈夫にゃ」

繋がった視線。それを、チュラカがそっと逸らした。


「うん。みんなで幸せに暮らすんだよね?」

「そうにゃ♪」

笑顔で言って、視線を再び重ねてくるチュラカ。ちょっとだけ、表情が固い。

「――それじゃさ、チュラカの大切な人が困っていたら、チュラカはどうしたい?」

「普通に助けるにゃ!」

「心理的に困っていても、同じかな?」

「もちろんにゃ!」


さて、ちょっと意地悪な質問をしよう。

「例えば、グローリーはココロが疲れすぎて、HPやステータスが回復していないよね? チュラカは、どうすれば良いと思う? グローリーにどんなことが出来る?」

「とりあえず、頑張れって励ますにゃ! いっぱい、いっぱい励ますにゃ!」

「……それしたら多分、わたし、死ぬよ?」

ぽつりと呟いたグローリーの言葉に、チュラカが不思議そうな表情を浮かべる。

「な、何で、死ぬのにゃ? 死んで欲しくないにゃ! グローリーは頑張って生きるにゃ!」

その言葉に、グローリーが小さく微笑む。そして、ゆっくりと言葉を紡いだ。

「頑張って、頑張って、頑張って、頑張って、頑張って……それでもダメなのに、さらに頑張れって言われる苦しみを、チュラカちゃんは知らないの?」


グローリーの言葉に、チュラカの全身が凍り付く。

小さな沈黙が生まれた。でも、それをチュラカがゆっくりと崩す。

「ぅうっ……グローリー、そんなつもりは無かったにゃ。ごめんなさいにゃ」

しゅんと猫耳と猫尻尾がうなだれたのを見て、グローリーが苦笑しながら小さく手を振る。

「ううん、別に怒っていないし、悲しんでもいないわよ。特に大きなダメージも受けていない。――ただ、“そういう事例もある”ってことを、少し知っていて欲しかったの」


グローリーの言葉を聞いて、チュラカが真剣な表情で口を開いた。

「分かったにゃ。チュラカはもっと勉強しないといけないにゃ! 心理療法の話、チュラカも真面目に聞くにゃ(≡ω)!!」


目を輝かせて「ふんす! ふんす!」と鼻息が荒いチュラカ。

その隣で、シャントリエリも真面目な表情で僕を見ている。

グローリーは言うまでもない。


みんなに目的意識を持ってもらえたみたいだから――具体的なWRAPの例に入ろうかな。

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