第0話_魔王軍の誕生
……何をどう間違えたのだろう? 僕の夢はまだ続いている。
っていうか、体感時間で“丸1日以上過ぎている夢”って有りなのだろうか? 夢の中で眠って夢を見て、起きたらまた夢の中にいる状態。
正直、異常としか言えない。
でも、それ以上に見ている夢が異常なのは――このままだと、僕が戦争に巻き込まれるという設定になっていること。具体的には、僕が治めている魔物の群れに敵対する魔王に、宣戦布告をしたという設定になっていること。
正直、ゲームのやり過ぎだと思う。
だけど、やるからには負けたくない。夢の中とはいえ、死ぬのは嫌だから。
そう思った瞬間、頭の中に知らない知識と追加設定が入ってきた。
「心理療法? 何それ? え?」
……どうしよう?
うん、楽しむか。急に得られた知識によると、どうやら“心理療法”と呼ばれるものは、いくつかのチートスキルの総称らしい。
認知行動療法、WRAP、森田療法、ストレス対処法、ペップトークetc……うん、「ストレス対処法はストレスに対処するのだろうな~」ということくらいは、かろうじて分かる。
でも、それ以上は分からない。
僕の夢だけあって、かなりいい加減なご都合主義だ。
◇
第一次世界大戦の開戦と同じ年に発表され、第二次世界大戦でその有用性が証明された“ランチェスターの法則”では、数が少ない弱者は「敵より性能が良い武器を持ち、狭い戦場で、1対1で戦い、接近戦を行い、力を一点に集中させる」ことで生き残れるとされている。
それが事実かどうかは、分からない。だって、僕の夢が教えてくれた知識だから。
そんなちょっと気が抜けることを考えながら、顔だけは真面目に取り繕って、ゆっくりと口を開く。
夢の中だとはいえ、死にたくは無いから真剣に行こう。
「相手はこの森の王者“夢見の魔王”だ。少し前ならば100回戦えば、98回は相手が勝つ。それは間違いのない事実だった」
僕の演説を、武装した女の子達が大人しく聞いている。
猫耳の小学生みたいなミニマム・キャットオーク、52名。
犬耳の小学生みたいなミニマム・コボルト、150名。
鬼角の小学生みたいなミニマム・ゴブリン、150名。
兎耳の小学生みたいな水色妖精のウォーター・ラビットスライム、48名。
皆、種族として圧倒的に格上の魔物が揃う、魔王軍へ戦いを挑む設定だというのに、悲壮感は微塵もない。
真剣な瞳で、僕の言葉を待っている。
「以前のままでも、10,000回戦えば200回は我らが勝つことができる。それは間違いのない事実だ」
猫耳の女子中学生みたいなハイ・キャットオーク、1名。
犬耳の女子中学生みたいなハイ・コボルト、1名。
鬼角の女子中学生みたいなハイ・ゴブリン、1名。
兎耳の女子中学生みたいな碧色妖精のハイ・ラビットスライム、1名。
温泉ではおっぱいがいっぱいだった各種族の族長達も、僕と事前にコミュニケーションを多く取っていただけあって、その瞳に迷いはない。とても堂々とした態度で、落ち着いた顔で部下を見つめている。
その様子に少しだけ満足感を味わいながら、言葉を続ける。
「そして今日は――シンプルだ。簡単だ。決まっている。練習をしてきた。準備もしてきた。我らは強くなった。あとは覚悟を決めるだけ。――我らが勝つ。1回戦って2回勝つ、今日がその日だ! だから、今、声をあげろ!!」
「「「にゃ~!!」」」「「「にゃ~!!」」」「「「にゃ~!!」」」
「「「わんっ!!」」」「「「わんっ!!」」」「「「わんっ!!」」」
「「「ゴブっ!!」」」「「「ゴブっ!!」」」「「「ゴブっ!!」」」
「「「プルプル♪」」」「「「プルプル♪」」」「「「プルプル♪」」」
「戦いを楽しめ。テンションを上げろ。ギアを上げろ。ゾーンに入れろ。――楽しめた奴が生き残れる。僕は、ここにいる全員が生き残ると確信している!!」
「「「にゃ~!!」」」「「「にゃ~!!」」」「「「にゃ~!!」」」
「「「わんっ!!」」」「「「わんっ!!」」」「「「わんっ!!」」」
「「「ゴブっ!!」」」「「「ゴブっ!!」」」「「「ゴブっ!!」」」
「「「プルプル♪」」」「「「プルプル♪」」」「「「プルプル♪」」」
「そして、今日の敵は明日の味方になる。それは、ここにいる誰もが理解している」
僕の言葉に、各族長――キャットオーク、コボルト、ゴブリン、ラビットスライム――が言葉を紡ぐ。
「数週間前まで、ここにいる我らは種族ごとに争っていたにゃ!」
「協力することを知らずに、森の社会の最底辺を生きていたわん!」
「あたい達は足を引っ張り合っていたんだ!」
「でも、それは過去の話です」
昨日の夜のうちに、練習と打ち合わせは完了している。
だから、それぞれの言葉は1つに重なる。
「「「「今の我らは、強者である!!」」」」
その言葉に嘘は無い。だってそういう設定だから。
高性能の武器。高性能の防具。高性能の改良魔法と回復魔法。
それを自らと友が手にしていることを、この場にいる誰もが知っている。
相手の油断を利用して、地形を読み、短期決戦で勝負を決める。
それを実現できる作戦が族長にあることを、この場にいる誰もが知っている。
さっきは100回戦ったら2回勝てると言ったけれど、それは大きな間違いだ。
今の僕らの戦力だと100回戦ったら120回勝てる。戦わなくても20回勝てる。
それをこの場にいる誰もが確信している。
森の木々を揺るがす、総勢404名の魔物の声は尽きない。
声。声。声。それをさらに燃え上がらせる言葉を紡ぐ。
最後の仕上げと言うやつだ。
「命令だ。相手は生かせ。自らも必ず生きろ。そして全てを飲み込め」
さらに大きくなる歓声に負けてはいけない。
声に魔力を込めて、ひとり一人の脳に直接叩きこむように、言葉を発する。
「今、ここに宣言する! 我は新しい魔王になる。我らは、ひとり一人が魔王軍である。誇り高き魔王軍である!!」
言葉をためて――そして、ゆっくりと解放する。
「さぁ、時代を変えよう」
言霊の力で高揚した全軍のステータスは、演説前の2~3倍に上がっていた。
生き物は、常に100%の力を引き出すのは難しい。せいぜい60%とか70%だろう。いや、人間の脳や身体は通常時にはリミッターが働いていて、40%以下の力しか出せていないという研究結果すらある。
でも、精神状態を上げてあげると100%やそれ以上の力を無理なく引き出すことが出来る。時には、幸運すらも引き寄せることが可能になる。
洗脳とは明らかに違う、自己暗示とも少し違う、勇気づける言葉だけを意識的に使うことで心理状態を落ち着かせて結果を引き上げる、そのスキルの名前は「ペップトーク」。
大企業でも悪用されている、僕が地球で学んだ心理療法の1つだ。
――って、あれ? この夢、やっぱりおかしいよ?
そう思った瞬間、視界が歪んだ。