第17話_いただきますと女の嫉妬
……結局、マーキング回避のために犬耳幼女を抱きしめることになった僕。
いや、ほら、えっと――シャントリエリに裏切られて後ろから刺されるのは嫌ですから。チュラカやグローリーや猫娘達のためにも、シャントリエリには絶対の忠誠を誓わせないと危険なのですよ?
“おまわりさん、ここです!”
“ここに変態がいます!”
“……今夜、分かっているでしょうね?”
さっきから、耳元でぼそぼそ呟いているグローリーが、何か黒い。
うん、いったい今夜は、何が起こるんだろう?
明日は、引っ越しだから早く寝かせて欲しいのだけれど……多分、無理そうだ。
◇
――5分後。満足げに笑っているシャントリエリ。
抱き付き作戦は効果てきめんだったらしい。やや釣り目の可愛い顔が、にへらっと緩んでいた。もちろん、尻尾はパタパタと揺れている。
警戒心満載だった時とのギャップが激しくて、正直、胸にずきゅんと衝撃が走った。
「さて、夜ごはんにするにゃ!」
僕の気持ちがバレた訳じゃないと思うけれど、絶妙なタイミングでチュラカが僕の腕をとる。
そうそう、ステータスのバグは5分程度で収まった。
シャントリエリの低下していたステータスも、元々元気だった時の値に戻ったみたいだ。
……。バグ技は副作用が怖いけれど――いざという時の切り札に、マインド・フルネスは取っておこうと思った。
そんなことを考えながら周りを見る。
チュラカの言葉通り、十数分前まで僕らが戦っていた広場では、何事も無かったかのように夕食の準備が進められていた。材料は、もちろん皆で狩ってきた森の動物。
僕がシャントリエリの相手をしている間に、猫娘達が血抜きをして捌いてくれていたみたいだ。
さらに十数分後――広場に座って、みんなでご飯を食べる。
僕の右にグローリー。左にシャントリエリ。チュラカはグローリーの右隣だ。
一応、シャントリエリの前にもお肉の乗った平皿が用意されていた。
猫娘達との軋轢は大きいみたいだけれど、僕というヌシの配下であるせいか、お互いに微妙な距離感ながらも普通にコミュニケーションが取れている。
「いただきます!」
「「「いただきますにゃ~♪」」」「いただきます」
ご飯を食べる時に、僕が毎回“いただきます”を言っていたせいか、猫娘全員とグローリーは食事を始める前に言うようになっていた。
「いただきます? それ、なにかのおまじないわんか?」
不思議そうな顔でシャントリエリが聞いてきた。その手は、しっかりとお肉を掴んで食べている。
「そうだね、おまじないみたいなモノだと思ってもらえると良いかも。“ご飯を食べるのは、動物や植物の命をもらっている”っていう考えが、僕の元いた世界ではあったんだ。だから、食べる前に“命をいただきます”っていうんだよ」
僕の言葉に、シャントリエリが不思議そうな顔になる。
「元いた世界? ご主人様は違う世界から来たわんか?」
初めて聞いたような表情のシャントリエリ。
「あれ? 言っていなかったっけ?」
言っていたつもりだったけれど――いや、言っていなかったか?
そんなことを考えていたら、チュラカが口を開いた。
「シャントリエリ殿、ヌシ様は“異世界のオークノヌシ”にゃ」
「チュラカさん、そうなのですか?」
微妙な距離感のチュラカとシャントリエリ。
チュラカはシャントリエリに“殿”をつけるし、シャントリエリはチュラカに“さん”をつける。
まぁ、喧嘩をしないだけマシなのだろうけれど。
――意識を戻して。
シャントリエリの言葉に、チュラカがドヤ顔を作っているのを横から眺める。
「そうにゃ。チュラカが召喚したにゃ(≡ω)v」
「そ、れ、は……すごいわんっ(≡Д)!」
「もっと言ってにゃ♪」
「すごいわん!」
照れているチュラカに、興奮しているシャントリエリ。この2人が仲良くなれる日は、近いのかもしれない。
◇
「――で? 何か言うべきことはある?」
夕食の後、色々身支度をして寝ることになったのだけれど……当然のようにグローリーにお説教されることになった。
え? 今? 土の上に正座ですけれど、何か?
まぁ、最初は別々の小屋で寝る予定だったのだけれど――「それはあり得ないにゃ(≡ω)δ」とチュラカに言われ、グローリーにも「一緒に寝てくれないの?」と泣きそうな顔で言われ――うん、それがどうしてこうなった? さっきまでのグローリーは、とっても可愛い乙女だったのに!!
ちなみにグローリーの迫力に押されて、僕らと一緒に寝ると言っていたチュラカとシャントリエリは外に逃げ出している。
「わたしはね、アキラのことが好きなの」
「……」
「とっても、とっても、とっても大好きなの」
「……」
「それがさ、告白した当日に――いきなり幼女を誘拐してくるわ、小屋の中で監禁するわ、あげくの果てには“おしっこかけろ”って迫られているわ……はぁ~、ためいきが出ちゃうよ?」
ごめんなさいと言うべきなのか、仕方無かったんだと開き直るべきか。
いや、そもそも“お付き合いします”とは一言も――
「アキラ?」
思わず、びくっと身体が反応してしまった。
グローリーに触られている訳じゃないのに、心を読むなんて――グローリー、恐ろしい子っ!!
「アキラ?」
グローリーの顔が泣きそうになっていたから、何か返事をしない訳にはいかなくなった。
「……ごめん。ちょっと現実逃避していました(Tω)」
「……わたしだって、こんなこと言いたくないの」
目元を歪めてグローリーが言葉を続ける。
「不安なんだよ?」
「……ごめん」
「不安なんだよ?」
「……」
同じことを2回繰り返されるのは、プレッシャーだ。
それだけ、グローリーが僕にかまって欲しいと、思ってくれているとのことだろう。
「ん!」
小さく言葉を発すると、グローリーが右手を伸ばしてきた。
何が言いたいのかは、すぐに分かる。僕の思考を読ませろと言っているのだ。
そっと、その右手に手を伸ばす。
指先が触れた瞬間、グローリーがぴくんっと身体を反応させる。
そして――僕に抱き付いてきた。
「ずるぃ、ずるぃ、ずるいよぉ!!」
甘えるような声でグローリーが言葉を続ける。
「なんで、こんなに心の中を正直に見せてくれるの? 見せられるの? 怖くないの? わたしが――わたしが、怖くないの!!?」
そんなの、今更じゃないか。
僕は、グローリーのことを大切に思っている。
正直、さや姉のことはあるけれど、グローリーのことも気になっている僕がいるんだ。
大切にしたいという気持ちは嘘じゃない。きちんと向き合いたいと思っている。
だから、心の中を読まれても……いや、あんまり深く読まれると、困ることはいっぱいあるな。
やばいっ、考えちゃいけないと思ったら――余計なことが、頭に!?
「ふふっ♪ 馬鹿みたい! 馬鹿ばか馬鹿ばかっ♪」
笑いながら手を離すと――グローリーがにこっと笑った。
そして、恥ずかしそうに視線を外す。
「ねぇ、キス、しても良い?」
グローリーの頬が真っ赤に染まっていた。直後――
がたっ!?
そんな音を立てて、小屋の入口の扉が外れる。
次の瞬間、どさどさっと音を立てて、チュラカとシャントリエリと猫娘達が山になって転がり込んできた。
「「「……」」」
思わず流れた沈黙。
そして、時間は動き出す。
「にゃはは~」
「み、見てないわふっ!」
「「「チュラカ様が悪いんです! 見ちゃいけないのに、無理やり誘ったにゃ!!」」」
「お前ら、チュラカを売るにゃか!? いい根性しているにゃ(≡Д)!!」
「「「グローリーに怒られたくないにゃ!」」」
「……」
にこっとグローリーが微笑んだ。
そしてゆっくりと口を開く。
「――あんた達、全員、正座♪ わたしが良いと言うまで、正座して反省しなさいっ!!」
じろっとグローリーが僕を見る。
「アキラも、何、足を崩そうとしているの? 正座! 正座しなさいっ!!」
……僕らの夜は、まだまだこれからだ(Tω)ノシ