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第10話_WRAP(元気回復行動プラン)入門

3分くらいたった後、急に爆笑された。

くさすぎるって言われて、これ以上ないくらいに、グローリーに爆笑された。

「ぅ、ううっ、辱めを受けた……」

「アキラ、泣かないで。心を強く持つのよ!」

泣き真似をする僕から手を離したグローリーは、ご機嫌そうにニコニコ笑っている。


その表情からは、さっきまでの追い詰められたような悲壮感は微塵も感じられない。とりあえず表面上は。今回は色々と思うところが無くもないけれど、グローリーが元気になってくれたみたいだから、これでOKとしよう。


未来の魔王様は、女の子には甘いのだ。

――ということにして。


 ◇


心身ともに休息を必要とする症状なのに、それが実現できない状況に置かれたグローリー。当面の心理状態の安定の担保は確保できたみたいだけれど、どうしたら根本的に元気になれるか? ――と考えた時、WRAP(ラップ)という言葉が僕の頭をよぎった。


音楽のラップのことではなく、“元気回復行動プラン/Wellness Recovery Action Plan”の英語表記を略してWRAPという。

言葉通り、元気を回復するために効果的な行動計画(マイルール)を立てる心理療法だ。


簡単に言うならば

===

・元気が出る時の行動パターン

・元気を無くす時の行動パターン

・避けた方がいいこと

・した方がいいこと

・注意サイン など

===

といった項目について、行動の指針となるプランを作ることになる。


例をあげるなら

===

・元気が出る時の行動パターン

→きちんとご飯を食べる。

→信頼できる人と話をする。

→お風呂に入る。

→音楽を聴く。


・元気を無くす時の行動パターン

→睡眠時間が短くなる。

→運動不足。

→生活リズムが崩れる。

→誰とも話をしない日が続く。


・避けた方がいいこと

→夜更かしや夜更かしにつながる行為。

→疲れているのに無理をする。

→飲酒。

→浪費する。


・した方がいいこと

→疲れたら休む。

→規則正しい生活。

→軽い運動を習慣に取り入れる。

→仲が良い友達とたまに会う。


・注意サイン

→体重が1ヶ月で2キロ増減する。

→眠れなくなる。

→夜中に目が覚める。

→無性に泣きたくなる。

→自殺を考える。

===

といったように、自分が元気でいられる状態を維持するために必要な情報を整理し、生活の中に取り入れるのだ。


WRAPの行動計画は、時間をかけて丁寧に作れば、初心者でも自分で作ることができるし、必要に応じて自分でメンテナンスすることも出来るというメリットがある。

認知行動療法やストレス対処法は、初心者がいきなり実践するのは少し難しいのだけれど、WRAPなら手軽に始めることが出来るし副作用も少ないから、今の状態のグローリーでも一緒にやれば作れると思う。

ついでだし、チュラカや幹部猫娘達も混じらせて意見を出させてみたら面白いかもしれない。


とはいえ、いきなり「心理療法します!!」と言われたら、グローリーも戸惑うし身構えてしまうだろう。最初は、さり気無く、WRAPの考え方を生活の中に溶け込ませて行ければ良いなと思うことにしよう。


 ◇


広場で朝ごはんを食べながら、幹部猫娘2人とその側近、そしてチュラカと“昨日の宴の時にしていた打ち合わせの続き”をする。

内容はもちろん、村の引っ越しとそれに伴う装備強化の話だ。


グローリーは話に参加するつもりはないのか、僕の隣で大人しく野菜と格闘している。

一欠片だけ、お肉をお皿に取り置いているのを見て、胸が熱くなった僕がいるのはグローリーには内緒にしよう。


心を読まれたら一発でバレるけれど、あえてこちらから褒めたり話題にしたりして、プレッシャーをかけたり無理をさせたりするつもりはない。

思春期の娘を持った父親みたいな気持ちに一瞬なってしまったけれど――うん、まぁ、なんというのか悪い気持ちじゃないから良しとしよう。


ジューシーなお肉を飲み込んでから、幹部猫娘のルーちゃんが口を開く。

「昨日の話をまとめると、引っ越し先は森の奥になりますにゃ!」

その言葉に、他の猫娘達が反応する。

「昨日も言ったにゃけど、西に行くと、“夢見の魔王”の支配地域になるにゃから、出来れば北か東が良いにゃよ?」


「北にはミニマム・コボルトとミニマム・ゴブリンの集落があるにゃ」

「東ではミニマム・ラビッドスライムの群れが出るにゃよ? それに、東の山々は臭くて熱い雲が所々噴き出しているにゃ」

「あれは臭いにゃ。おにゃらみたいな匂いにゃ」

「ご飯中にゃよ? 控えるにゃ!」

チュラカの言葉に、側近猫娘が猫耳をたたんで頭を下げる。

「「ごめんにゃさいにゃ~」」


「――ん、ちょっと待って」

僕の言葉に、頭を下げていた側近猫娘達がビクッと反応する。

多分、僕に怒られると思っているのかもしれない。

「怒らないから、そんな怯えなくて良いよ」

「よかったにゃ~。でも、ヌシ様どうかしましたかにゃ(≡ω)?」


不思議そうな表情でこっちを見てくる側近猫娘に対して、質問を投げかける。

「さっきの話で気になったことがあるんだけれど、その臭くて熱い雲が噴き出している場所の近くに、温かいお湯が流れる川があったりしないかな?」

まぁ、平たく言えば、温泉とかは無いのかな? ということ。


そこまで考えた瞬間、グローリーと視線がぶつかった。

「わたしが知っている範囲では、人間の国でも、お風呂に入れるのは比較的裕福な層よ。温泉なんて聞いたこと無いわ」

うん、想像はしていたけれど、温泉という概念はこっちの世界には無いっぽい。


僕らのやり取りを不思議そうな顔で見ていた側近猫娘達が、ゆっくりと口を開く。

「えっと、お湯が流れる川は無いですにゃ。それに近くの川の水は生温くて、味も不味いですにゃ」

「あと、何とにゃくですけれど、あそこの水はニュルニュルしてたですにゃ。多分、飲み水には向かないと思いますにゃ」

その言葉に、グローリーと顔を見合せる。


とても切実な顔でグローリーが口を開く。その顔は、何かを懐かしむ表情だった。

「アキラ、わたし、温泉に入りたい。おっきなお風呂に……もう一度入りたいよ」


温泉は日本人の魂の活力剤とも言える。

大きな湯船や露天風呂に入るだけで、気持ちがほっこりするものだから。

それに、ぬるぬるした水ということは、おそらく“アルカリ泉”と呼ばれる美肌に効果的な温泉が湧いている可能性が高い。グローリーや猫娘達のお肌も、喜んでくれそうな気がする。


引っ越し先は、決まったかもしれない。

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