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2、当たりもあればはずれもある

「さっ、さァーってェとォ、次だ、次! おい、ホラ、青い玉、乗せろ! な? な? とっととしやがれェっ!」

 

 何だか慌てた様子のマローに急かされ、俺は手に持ったままだった青い方の硝子玉を空になった天秤の皿の上に乗せた。

 俺の『これからの人生』。

 一体いくつで死ぬ予定だったのかはわからないが、これから俺が送るはずだった『人生』。

 どんな人生だったんだろう。

 きっと、あの『金さえ積めば入れる馬鹿学校』と呼ばれている高校に通い、とりあえず就職はするだろう。その中で、きっと恋人の1人2人は出来るだろうし、結婚だってするかもしれない。子どもは男女で1人ずつは欲しい。ローンでファミリーカーを買い、休日は家族サービスに出掛けるのだ。


 息子の方はまぁいいとしても、娘が年頃になったら大変だろうなぁ。


 もう、パパのパンツと一緒に洗わないでよ! え~? お風呂、パパ先に入っちゃったのぉ~?


「……なんつってさぁ」

「――さっきから何ブツブツ言ってやがんだァ? 気ッ持ち悪ィなァ、おい」


 吐き捨てるようなマローの声で我に返ると、青い玉の査定の方はとっくに終わっていた。

 ぴったりに釣り合った天秤の皿の上の分銅を見て、俺は思わず目をこすった。


 すっ……少ねぇっ!


 おいおい、ちょっと待てよ! 未来ある若者の人生だぞ?

 さっきのクソみたいな方といい勝負じゃねぇか!


「うーん……、55……ね……。うん! はァい! じゃ、インヌアのリフェラフレは1回とおまけが1回ねェ。はァい、終わり! 終わりィーっ!」


 メローは気まずそうに視線を泳がせた。

 55? いーや、違う。俺だって分銅の読み方くらい知ってる。ていうか、それに書いてる。

 あれは30と20と1が3つ。つまり、53だ。明らかなる不正である。

 

 こりゃマローが黙ってないだろう。


 そう思って彼の方を見たが、あの口の悪い黒鼠はサッと顔を背け、俺と目を合わせようとしなかった。


 いやいや、サバが黙ってないだろ? ……ないよな?


 しかし、俺と目を合わせたサバはさっきと同じ表情のまま、一言もしゃべらずに頷いた。

 

 これは……OKということなんだろうか。


「ほっ、ほらよォ! さっさと引けよォ! ぐずぐずしてっと、俺様が引いちまうぜェ?」


 視界の隅でぴょんぴょんと動く黒いものに気付いてそちらを見ると、マローが天秤の前で必死に飛び跳ねてその存在をアピールしている。


「無視すんじゃねェぞ、俺様をよォっ!」


 いやいや、無視したのはそっちだろうに。

 彼はいつの間にやら運んで来ていた銀色の小箱を俺に勧めた。


「蓋を開けて、そのきったねェ手を突っ込みなァ」


 汚いは余計だろ。

 そう思いながら蓋を開けると、中は空っぽである。

 ちょっと待て。俺が想像してた『ガチャ』と違うんだけど。


「空っぽだけど」

「イチイチイチイチうるっせェなァ。いいから突っ込みやがれェ」

「わかったよ……」


 恐る恐る手を入れてみると、それは思ったより深かった。

 ――というか底が無かった。

 思い切って手を広げてみると、チッ、チッ、と紙切れのようなものがかすっていく。これを掴めばいいのだろうか。

 ゲームの世界の『ガチャ』もこういうシステムだったりするのかな。

  

『当たりもあればはずれもある』


 さっきのメローの言葉を思い出す。

 そうだよ、チャンスは1回ずつだけど、その1回でとんでもないレアを引くケースだって、あるだろ?


「おりゃあ!」


 掛け声付きでその何かを掴み、箱から手を引き抜く。見ると、やはりそれは紙切れだった。

 内容を確認するより先に、それは俺の手を離れ、ふわりとサバの元へ上っていく。


「……そなたに新たなアウトアを授けようぞ」


 落ち着いたその声の方を見上げてみれば、やはり変わらぬ表情のサバが、俺をじっと見つめている。やはりここぞ、という時は喋るようだ。

 そして、その大きな手を俺の頭の上に乗せた。

 全く重さを感じないその手から、じわりとした温かさが伝わってくる。

 

 俺は、生まれ変わるんだな。

 この世界で、全くの別人として生きるんだ。

 もうアッチの世界にはじいちゃんもばあちゃんもいねぇんだ、未練なんてこれっぽっちも無いぜ。

 母親似のこの顔ともオサラバだ。


 俺はサバからの次の言葉を待った。


「――現状維持」


 は?


「え? あの……? すんません、もっかい、お願いします。何か聞き取れなくて」

「そうか。ならば再度伝えよう。現状維持、だ。――以上」


 え?

 え?

 えぇ―――――――――――――――――――?


「ちょ、ちょっと、あの、どういうことっすか、現状維持って!」

 

 それじゃ異世界転生の旨味が無いじゃないっすかぁ!


「あなた、ラッキーだったわねェ」

「本当だぜ。いやァ、これでヴァーチルやらインバグだったら、さすがの俺様も目も当てられねェ」

 

 ところどころ謎な単語があるものの、しみじみとそう語る2匹の様子を見て、どうやらこれは結構レア度の高いものだったということを知る。


 ……けどっ、けどさぁっ!


「さァてと、お次はインヌアね」


 そう言って、今度はメローがまた別の小箱を持って来た。こちらも同じ銀色で、さっきのアウトアの方の箱と全く見分けがつかない。


 一度体験していると目新しさも抵抗も無くなるもので、俺は肩の力を抜いて箱の中に手を入れた。

 そして、手のひらをかすめる紙切れの一つを掴み、手を出した。

 それはまた当然のように俺の手を離れ、まっすぐにサバの元へと飛んで行く。

 

 頼むぞ。


 俺はその小さな紙切れに向かって祈った。

 

 インヌアってのは、俺の内なる力だって言ってた。

 そうだ、人間、見た目じゃない。中身だ、中身。

 ここが異世界であるならば、当然のように剣や魔法のファンタジーであるはずなんだ。

 もうこの際、剣でも魔法でもどっちでもいい。

 どっちでもいいから、何か恰好いいやつを頼む! マジで!


 歯を食いしばり、射抜くような目でサバを見つめる。

 俺の気迫にサバは一瞬だけ驚いたような顔をした。


「……そなたに新たなインヌアを授けようぞ」


 来た! 

 頼む! 

 マジで頼む!


「――クリーヌリア」


 ん?

 何? 

 クリー……何?


「あの……、すんません、俺にもわかる言葉でお願いします」

「そうだったな、すまない。お前の新たなインヌアはクリーヌリア。つまり……」

「つまり……?」

 

 俺はごくりと唾を飲んだ。


 クリーヌリア。

 よくわからないが、何だかいい感じの響きだ。

 もしかしたら、この世界における魔法使いとか、そういう役職名かもしれない。


「清掃員だ」


 時が止まった。

 

 いや、そう感じただけだ。

 さっきから密かに聞こえている時計の針の音は決してリズムを崩さずにコチコチと動いている。


「せ……いそういんって……、あの……掃除をする……人……ですか……?」


 もしかしたら、清爽院とかいう偉い僧侶とかかもしれない。うん、その可能性は0じゃないはず。


「そうだ。掃除をする人だ。――以上」

「ちょ、ちょっと待ってくださぁいっ!」


 俺は叫んだ。

 せっかく始まった異世界転生物語がこれじゃ酷すぎる。

 いままでと同じ外見で職業は清掃員って、それじゃただの清掃バイトだろ!


 しかし、サバはそこから一言も喋らなかった。


「久し振りに出たわねェ、クリーヌリア」

「そうだなァ。そういや500年は出なかったからなァ。げェっへっへっへェ、良かったじゃねェか小僧」

「そうよ、名誉あるインヌアだわァ」

「……清掃員のどこが名誉あるんすか」

 

 キャッキャとはしゃぐ2匹を恨めしそうに見つめる。

 しかし、2匹はそんな俺の視線などまるで気にしていない様子である。


「ぐァーッはっはっはァっ! 500年前のやつもそんなこと言ってたなァ、おい!」

「そうだったわねェ。まぁまぁ、直にわかるわ。あなたがそれを引き当てたということはァ、この世界がそれを必要とし始めてるってことよ」

「……そっすか」

「ほらほら、元気出してェ。まだおまけが残ってるでしょ」


 そう言うとメローは、さらに小さな箱を持って来た。さすがにこれは俺の拳が入りそうもない。


「これはね、指先だけ入れるの。かなり取りにくいから気を付けてねェ」


 もうこの世界のガチャシステム(そもそもこれはガチャとは呼べないと思う)には期待出来そうもない。そう思いながら、人差し指と親指だけを入れた。あまり奥まで入らないため、確かにこれは取りにくい。

 適当でいいかと半ば投げやりな気持ちでつまみ上げてみると、それはサバの元へは行かず、ずっと俺につままれたままだった。


「はァい、それに息を吹きかけてェ。はい。ふゥ――――――――っ」

「ふ、ふぅ――――――――」


 俺の息でその紙はハタハタとなびいた。

 特に何も書いていない、真っ白の紙である。


「はァい、息を吹きかけたまま、手を放して!」

「はっ、はいっ! ふぅ――――――――っ!」


 手を放すと紙はふわりと宙を舞った。

 ふわり、ふわりと舞い、そして――。


「何だこれ……」

「あららァ、とびきりの当たりが出たじゃなァい」


 老木のような肌を持った、小さな竜にその姿を変えた。


「ヒューゥ! 木肌きはだ竜の子どもじゃねェか! やったなァ、小僧!」

「や……ったんでしょうか……俺……」

 

 ごろごろと喉を鳴らしながら俺の手にほおずりをする人懐っこい竜を見て、俺は、はははと力なく笑った。


 あんまりこすりつけんな、痛いんだよ、お前の肌。

 

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