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フェアリーキル  作者: とんかつ定食
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8




腕力のなさそうなプニプニの腕、白い肌は外を出歩いていないから。

こんなちょっとの距離を歩いただけでゼエゼエと荒い呼吸を繰り返していたくせに、ソプラのピンチに魔法ではもう間に合わないと判断して捨て身とも言える方法で敵に飛び付きソプラが逃げる時間を稼ぐ。


ああ、この子凄くいい子だ



ソプラはシッカリとゴブリンにしがみつき、必死に自分を逃がそうとするルディリアの姿に涙が出そうだった。

この子だけにこんな事させられないとナイフを構えたが、デザインだけを重視していたナイフは一撃使っただけで根本から折れてしまっていた。

使えない道具を投げ捨てると、ソプラは拳を思い切り握った。


女2人の必死な姿にゴブリンが笑いながら剣を振り上げた。


一撃はソプラの腕を掠める。

しかしそれだけで彼女の腕からは鮮血が噴出した。

その様子にハッとしてこれ以上行かせまいとボカボカと殴ってくるルディリアをゴブリンはゴミの入ったバケツを蹴る様に力いっぱいドムッと蹴り飛ばした。



「あぐっ!」



ゴロゴロと転がってソプラの足元で倒れたルディリアに彼女は覆い被さる様に抱き締めた。


その様子にゴブリンはゲラゲラと耳障りな声で笑いながら無慈悲に剣を2人に叩きつけた。




「・・・うるせぇな、二度と笑えないようにしてやる」




聞いたことも無いような唸る様に低い怒りのこもったそれは彼から出たとは思えない声だった。


2人に叩きつけられる筈だった剣は、ソプラの目の前でポロリと地面に落ちる。

ハッと顔を上げると、そこには腕があらぬ方向へ折れ曲がって悶絶するゴブリンとその背後に立つシキ姿だった。



「シキ・・・・・?」



ザリッと彼のブーツの踵が地面を蹴る。

身体を捻って回転の動力をつけるとシキは無表情のままゴブリンの頭に強烈な回し蹴りを炸裂させた。


バキッと何かが折れる様な乾いた嫌な音をさせてゴブリンが倒れる。

辛うじて立てる程の余力を残した2人のゴブリンが倒れた仲間を見て絶句する。

何が起こったのかと恐る恐る覗こうとするソプラの視界を真っ白なモフモフが塞いだ。



「え?!なに!これ!!」



モフモフは常にモフモフと動いている。ジタバタと暴れるソプラに、ようやくヒョイッと白い物が退いて視界が開けた時にはゴブリン達が再起不能になった仲間を抱えて逃げていく後ろ姿が見える程度だった。


モフモフの正体は倒れたルディリアの傍に立ち、タクトを持って赤い目をソプラに向けていたカリヤだ。



「なによ!ちょっと位見てもいいじゃない!」



そう愚痴るソプラに、タヌキはフルフルと首を振った。

受け答えするなんてこのタヌキは人間の言っている事が理解出来ているのだろうか。


プンプンしながらシキの方を向くと、ゴブリンが去っていく道をジッ・・・と睨みつけていて、その目つきの冷たさにゾッとした。


ハイドリヒ5世と騒いでいたシキとはまるで別人のように見えた。

思わずルディリアの服をギュッと握ると倒れてうずくまっていた彼女がノロノロと起き上がる。



「あ!ちょっとアンタ大丈夫??!」



派手に転がってそのまま動かなかったせいで心配していたが、ルディリアは頬を少し擦りむいているのと蹴られたお腹が痛い位のようだ。



「ソプラちゃん・・・・・は?」



そう尋ねるルディリアにソプラは切りつけられた腕を見る。

色々と必死で忘れていた。



「キャー!!!血!!血でてるー!!!」



金切り声をあげてギャンギャン騒ぐソプラにシキがのんびり歩いてくる。



「あー・・・・多少深いな、ルディリアは?吐き気はない?」



ソプラの腕をまじまじと見ながらすぐにポイッと投げて地面に座り込むルディリアの背中をさする。

そのシキ態度にソプラは背中を拳でドコドコと音が鳴る程強く叩く。




「私の方が大変でしょ!!」



怒るソプラにシキは革の黒手袋を外し、ゆっくりとルディリアのお腹を触る。痛みでぐったりしている彼女の顔を見ながらシキはうんと頷いた。



「内臓あたりは平気そうだな」



そんな3人の様子を見ていたカリヤがタクトを空に翳した。




「きゅー!!!!」



タヌキの鳴き声に呼応する様にソプラとルディリアを囲むように光り輝く魔法円が浮き上がる。



「カリヤ・・・・・私も、やる・・・・」



そう言いながら魔法円に、ルディリアがノロノロと腕を伸ばすと光はより一層強くなり2人を包んだ。

眩しすぎて瞳をギュッと閉じていたシキとソプラは瞼に刺すような光が止んだあたりにまた瞳を開く。

真昼だというのにあれだけの光を出して何が起こったのかとあたりを見渡すソプラに、シキが飛び付かんばかりの勢いで腕を掴んだ。



「嘘だろ・・・・・回復?!!ここまで早く?!」



恐れさえある様な表情を浮かべながら呻くシキに、ルディリアは首を振った。

そしてポカンとするソプラの手に冷たくて少し重さのあるものを手渡した。



「私とカリヤ、2人で使うのは再生」



まだ少しぐったりしているが、ルディリアはシッカリとした口調でそう言った。

ソプラの手には壊れた筈のナイフが買った時と同じ状態になって握られていた。


ゴブリンが切りつけた彼女の腕も傷跡1つない綺麗な状態に戻っていた。



「嘘でしょ・・・・・信じられない・・・」



こんな魔術多少知識をかじったことのあるソプラも聞いたことがなかった。



「むぅー!!」



痛いのがなくなったのかカリヤを抱き上げグリグリと頬ずりするルディリアに、タヌキもグイグイと自分のふわふわの顔をすり寄せた。

元気に立ち上がる彼女に、ソプラは唇をへの字にした。



「さっさといくわよ!」



さっきまで守り守られていたというのにいきなり不機嫌になってスタスタと先に歩いて行ってしまうソプラにルディリアは眉をハの字にして困ったように彼女の背中を見ていた。



「むぅ・・・・・」



仲良くなれたと思っていたのに相変わらず嫌われたと思ったのであろうルディリアもションボリとしょげた様に歩いていく。


そんな女の子達の背中をみつめながシキもガリガリと頭を掻いた。



(これは思ってたより凄い子に出会っちゃったなぁ)



トボトボ歩くルディリアを見ながら、シキは腕を組む。

さっきの事もある為自分が一番最後になって船着き場まで歩く。


再生魔法というものは存在しない。

妖精、ゴブリン、ドワーフその種族は確かに存在するし、ドワーフの仲間ならシキのいる軍事国家にもいる。

とても力持ちで面白い連中だ。


そして軍事国家、シークにも魔術師がいた。

任務で一緒になった事があるしミンナ村で魔術の講義をしたとも話していたからソプラは当然この仲間から魔術をちょこっと見せて貰っているだろうというのが前提だが。

彼の言っていた魔術は攻撃魔法、回復魔法。

これだけだ。


ルディリアの使う魔術は防御である結界。そして傷や物を元の姿に戻す再生という魔法。


こんなものをシキも聞いたことがなかった。



(隊長に会って詳しく聞けばわかるんだろうけど・・・・・)



ルディリアの方を見ていると、気付けばタヌキがジッとシキの方を見ていた。

赤い目は疑心の色が濃く警戒しているのが見て取れた。



(人の視線に気づいたっていうのか)



シキはルディリアな危害を加える気は無いと示す様に両手を肩の位置まであげてヒラヒラと振ってみせた。

武器は無い。自分は仲間だと言うように。


カリヤは暫くシキを見ていたがプイッとまた大きいお尻を向けてルディリアにくっついた。


(アイツ・・・・・ただのタヌキってわけじゃなさそうだ)



人と違う魔術を使うルディリアにソプラは今までチヤホヤされてきた自分の立ち位置が脅かされるのではと焦っているのだろう。


悪い子じゃないし、仲良くもなりたいが周りからのお姫様扱いは自分だけでいいと言ったところだろうか。


元気に野原を駆け回ってきたソプラと都会の恐らくあまり外を出歩く機会がなかったのだろうルディリアでは体力が違う。

その分シキもルディリアばかり気を使ってしまうし心配してしまうが、そんな自分の態度もソプラは面白くないのだろう。



「女の子ってめんどくさいなー!」



今まで同性としか仕事をしたことなかったせいでどうも女の子の心の変わり様についていけない。

自分の行動がソプラを怒らせていてルディリアは悪くない時もあるだろうから彼女には申し訳ない。


船着き場には値段交渉だとか予定を詳しく聞いていたが、いきなり始まった戦闘にずっとその場から動かず船頭とガタガタ震えながら戦いの行く末を見守っていたハイドリヒ5世と一足先についたソプラがいて、ノロノロと歩いてきたルディリアにわざとらしく顔を逸らすソプラが見えた。



「全くー!!!」



そう叫ぶとシキはションボリして肩を落とすルディリアの方へと走り出した。



サディルナ領にはとっくについていて今頃はそれなりのホテルで疲れた脚をさすりながら部屋の中から窓越しに眺めている筈だった昼下がりのポカポカした太陽がゆっくりと傾いて来ていた。




ゴブリンの奇襲から4人がようやく船に乗ってサディルナ領へ出発したのは午後のこと。


オヤツ食べたいと遠足気分のハイドリヒ5世を黙殺するとシキはハーッと大きなため息を吐いた。

側面をチャプチャプと叩く水のおっかなびっくりしながらもニコニコ笑うルディリアとタヌキが船の側舷から身を乗り出し水面を見ていた。



「落ないでくれよ」



覗き込み過ぎて髪の毛が水面についてしまいそうなほど身を乗り出しているルディリアにシキがハラハラしながら声をかける。



「むううぅー!」



了解なのか喜んでいるのさどちらともつなかない声をあげるルディリアに、シキは一瞬たりとも気が抜けない。

仕方がないからルディリアが腰につけているアヒルのポシェットがガッチリ留め具がついている事を確認すると、グイッとアヒルを掴んで彼女が万が一海に落ない様に引っ張る。


そんなシキとルディリアに明らか様に不機嫌なソプラの顔に、シキはウグッ・・・と気まずそうに顔を歪めると仕方なくルディリアをきちんと船の中の方に座らせた。



「覗き込むの禁止!ちゃんと座りなさい」



教師の様な口調で注意するシキにルディリアはむ、むう!と返事すると膝にタヌキを乗せてキリッと言う事を聞いてじっとしている。


その様子にシキはふうと一息つくとルディリアの隣に腰おろした。

5人が限界の小さな船は2人ずつ並ばないと座れない。

船頭はずっと立ったまま船を漕ぐ。


ハイドリヒ5世と隣り合わせで座るソプラの不機嫌そうな態度にシキは頭が痛い。

取り敢えず1人では大変だろうと船頭にオールを借りるとシキも漕ぎ出す。



「おお、若い子がやってくれると早いねぇ」



さっきまでのんびりと走っていた船はシキが漕ぐ係に入っただけで風を感じる程に速くなった。



「おお!もっと速く漕げよー!」



上がる水しぶきと風が心地いい。

ハイドリヒ5世が自分は何もせずぐたぐたと座るだけでシキに注文をつける。



「お前も漕げ、男だろうが」



「僕は繊細でね!君は軍人だろ?こういう訓練も受けてるだろ、突然だろ!」



大きな宝石がついた指をギラギラとみせびらかしながらオールを持つつもりもないハイドリヒ5世に、シキは呆れながらしかし早くしたいのはもっともだった。



「はぁ・・・」



ため息をつくとシキは少し大きく股を開くとブーツの踵を船底に引っ掛ける様に固定させるとオールを強く握った。



「む?」



明らかに大きく力が入る体勢を取ったシキにルディリアは邪魔にならない様、タヌキをキュッと抱きしめ縮こまった。



「おい!そこは僕の足を置く場所だぞ!狭いじゃないか!」



「蹴ったー!いたーい!!」



反対側に座った乗船者から次々に文句が飛ぶが、シキはしれっと顔を逸らした。



「もっと早くしろっていっただろ、早くしてやるんだよ」



そう言うとシキは歯を食いしばって思い切りオールを回して水を掻く。


グンッと身体が揺れる程に船が早くなるのがわかる。

ザザッと水が跳ねてさっきまでとは比べ物にならない程船は早く水面を滑る。



「おお!あんちゃんすごいねぇ!」



1人で5人が乗る船をグングン漕いでいくシキの力の強さは船頭のオールさばきが逆に足手まといになってしまうほど早い。


船頭の使うオールと自分が持つオール両方を借りるとシキは全身を使って大きくオールを返して船のスピードをあげる。


浮き上がった筋肉。力強い腕。今まで中年の男性か老人。若くてもハイドリヒ5世位しかしなかったソプラの目にシキという男の子はとても新鮮に、そして素敵に映った。


だが彼は隣に座るルディリアばかり気にしてソプラの事等相手にもしない。



(なによ・・・・・私のほうが細いし・・・・・可愛いもん)



そう思いながらルディリアの方を見る。


白い肌、珍しい銀色の髪、ポッチャリではあるがルディリアの胸は豊満でただ肥満気味というだけで片付けられる様な大きさではない。

そんな彼女と比べて自分はこの世界では全く珍しくない、いや沢山いる緑色の髪、スレンダーな方ではあるがその分胸も大きくない。


シキと並ぶとルディリアのポッチャリは少し目立つが不釣り合いという感じには見えない。

むしろポケポケしているルディリアには判断力も力もあるシキはお似合いだった。


いや、いやいや!!


ソプラはブンブンと首を振った。



(あの子が情けなくてほっといたらそこらへんで行き倒れてそうだからってだけよね!)



そこまで考えると、無意識にシキを見ていたのか彼がソプラの視線に気付く。



「・・・・・何?」



これだけの人数が乗った船を漕ぎながら息一つ切らした様子もないシキがソプラの目を見ながら問い掛けてくる。



「べべ!別に!!!」




そう言うとプイッと顔を逸らす。

違う、自分は断じてこのシキが好きなわけではない。

ただ同年代の男の子が珍しいだけだ!軍人が珍しいだけだ!


そう言い聞かせながらソプラは結局、サディルナ領に船が着くまでシキの顔を見れなかった。



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