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「驚いた!魔術師だったの?」
シキはナイフをしまいながらルディリアの方へ歩いてきた。
この世界に魔法と呼ばれる技術を持った人間はひと握りしかいない。
膨大な知識とそれを活かすセンス、魔術を通す神経の様な魔法素質が必要でそれは誰にでも備わっているものではない。
例え備わっていたとしても魔法神経が弱いと魔術を行使した際に神経が焼き切れ二度と魔術を使えなくなるだけでなく身体にも障害をきたしてしまう。
そのせいか魔術師と呼ばれる人間はこの全世界、ファウデルオーブと呼ばれるこの場所では少なかった。
ルディリアはその希少な役職につける人材だと言える。
「ううん、私じゃないの、カリヤのおかげ!!」
ルディリアの肩に乗っかり皆をジッ・・・・・と赤い目玉で映しているタヌキにルディリアはすりすりと頬をすり寄せた。
「カリヤが教えてくれる呪文をそのまま私が使ってるだけ!」
凄いのはカリヤなの!と笑うルディリアに、ソプラは首を傾げた。
「タヌキを通して魔法を使ってるってこと?」
タヌキに魔法神経が通っていてルディリアはタヌキの神経を使って自在に使えていると言うことだろうか。
それならソプラにも魔術が使えると言うことになる。
「うーん、多分そう!」
よくわかっていないようだ。
シキは座り込んだままのハイドリヒ5世を立たせると彼の背中を押して歩かせる。
「とりあえずは心強いな」
ガチガチと歯を鳴らして怖がっているハイドリヒ5世の背中をしっかりしろと言わんばかりにバシッと叩くとシキはルディリアとソプラの顔を見渡した。
「順調に行けばあと1時間位で船着き場だから頑張ろう」
「海にクラーケンがでないとは限らないだろ!」
よっぽど怖かったのだろうハイドリヒ5世が能天気なシキを怒鳴る。
これでは先が思いやられると彼の背中を押して無理矢理歩かせる。
「そうしたらまた倒してやるよ」
「ナイフ1本でか?」
「ナイフが1本あれば充分」
そんなやり取りをしながら歩いていく男衆にトコトコついていくルディリアの背中を見ながら、ソプラは自分の不甲斐なさに唇を噛み締めた。
何も出来なかった。
あんなに、とろくてポケポケしているルディリアでさえ咄嗟にあんな事が出来るのに自分ときたら・・・
可愛いデザインだけを先に選んだ猫のシルエットをモチーフにしたナイフは今まで歩くのに邪魔な小枝や植物しか切った事がない。
恐らくそれ以上の事は出来ない性能だろう。
もっと強くならなければ、せめてこのパーティーの中ではシキの次には強い立ち位置でいたいとソプラは無言のまま歩き出す。
シキの予想ではあと1時間でつく船着き場は予想を大きく上回り、足が痛いと休み休み歩くハイドリヒ5世と呼吸が速く苦しげに歩くルディリアの2人のおかけでそれから2時間以上かかってようやくつく。
その途中に何度か襲いかかるモンスターがいたがシキは圧倒的に戦い慣れしていた。
「やっとついたー!」
異常に時間が掛かりどっと疲れたソプラが中腰になりながら膝に両手をついて俯いた。
フンフンと呼吸の荒いルディリアと後からハイドリヒ5世の背中を押してシキもゼエゼエしながら歩いてきた。
「ちょっと・・・・・こんなに辛いとは・・・」
シキに押されて歩いていたハイドリヒ5世は別に平気な顔をしている。
が、靴ズレは痛いのかヒョコヒョコと不自然な歩き方をしている。
「とりあえず、コイツの足を手当して・・・船に・・・」
歩く気が全くない人間を押して歩くのは思いのほか疲れる。
靴を脱がせて見ると彼の足は思ったより重傷で靴下に血がじんわりと滲んでいた。
「血だー!!」
「舐めときゃ治るだろ」
大騒ぎするハイドリヒ5世にシキはしれっと言い放つ。
「そんなとこどうやって舐めんのよ・・・」
呆れるソプラに、ルディリアはタクトを取り出した。
「むうー!!!」
ハァハァと荒い呼吸を吐きながらルディリアが元気にタクトを上にあげた。
「私治せるー!」
そう言ってルディリアは肩に乗ったタヌキに頬すりをした。
まさか回復まで使えるのかとシキが彼女を見るが、タヌキはシーンと反応を示さない。
「カリヤ??」
首を傾げながら、さあやろう!とタヌキをツンツンと指で突っつくが柔らかいフワフワの毛にすぽすぽと指が埋まるだけでタヌキは反応しない。
「早く僕の足を治してくれよ!!」
血が出てるもうダメだ!と騒ぐハイドリヒ5世の足をタヌキの赤い目がじーっと品定めでもするかのように見つめると
やはりタヌキは重たそうな体をルディリアに預けながら反応しない。
「むううぅ・・・」
困ったような声を出すルディリアに、タヌキはチラッとそちらを向くとキューキュー鳴き始めた。
何かルディリアに伝えているようだ。
そう言えばルディリアはこのタヌキの言うことがわかるようだったなとシキは困っている彼女の方を向いてニヤニヤと笑った。
「そんな程度に魔術は使いたくないって言ってるでしょ?」
「なんでわかるの?!!!」
シキの言った事が的中していたらしいルディリアは心底びっくりしたように声をあげた。
「俺がタヌキだったら同じ事思うからだよ」
魔術とは魔法神経を使うだけで体力と神経を使う。
この程度の事で毎回使っていたら身が持たない。これから先何が来るかわからないのだから備えるのは当然だ。
「みんなそうやって足腰鍛えて靴ズレにも負けない足になんの、贅沢言ってないで足をこっちに向けろ」
シキは地面に膝をつくとハイドリヒ5世の前にしゃがみその足に手当を始める。
「むうぅ・・・・」
ルディリアはそうなの?という顔でタヌキを見ている。タヌキはタヌキでそっぽ向いてルディリアのやろう!の合図に答えなかった事で彼女に嫌われたかと不安になっていたらしい。
チロっと見上げ、彼女が怒っていなさそうだとわかるとクンクンと鼻を鳴らして彼女の頬に自分から顔をグリグリと押し付けた。
そんなタヌキにルディリアはむううーっ!と笑うとお互いに頬をすりすりと合わせて笑っている。
その様子にお気楽な奴らだとソプラは1人肩を落としていた。
「おーい!きみたちー!」
遠くから声が掛かかり、シキとソプラがそちらを向いた。
そこは船着き場、木の板を打ち付けて簡単に作られたその場所は5人乗ればいっぱいいっぱいになってしまう程の大きさの手漕ぎの船が停泊していて船頭が1人いる程度の小舟だった。
船着き場近くまで来てはいたが、なかなか自分の方まで来ない子供の集団を心配して声をかけてくれたのだろう。
シキはなんでもないという意味を込めて手を大きく振ると船頭も安心したのかオールを振ってみせた。
「さあ、行こう今日中にはサディルナに行きたい」
「えー・・・・・もう少し休もう・・・どうせ船で2時間位だろ?」
まだ座っていたいハイドリヒ5世がシキの提案に苦い顔をする。
余程歩きたくないのだろう。シキはウンザリしたように彼を見た。
「サディルナで家の人間に迎えに来てもらったら?君1人なら一週間で家に帰れるだろうしモンスターが出ても対処する傭兵だっているだろ」
スタスタと歩き出すシキにハイドリヒ5世はガバッと立ち上がった。
「今家に帰ってたまるもんか!僕もいくぞ!!」
鼻息荒く歩き出すハイドリヒ5世に、シキは振り向こうともせず告げる。
「もう背中だって押してやらないからな」
仲が良いのか悪いのか判断しにくいシキとハイドリヒ5世にルディリアとソプラの頭には?のマークしか浮かばない。
くああーっと大きな口を開けて欠伸をしたタヌキがパッと顔をあげた。
カリヤの反応にルディリアがサッと武器であるタクトを取り出した。
「なに?!」
ルディリアの様子にソプラもネコちゃんナイフを取り出す。
きゅーきゅーとタヌキが鳴いて警告しているような声で何かを言っているらしい。
「モンスターがくるって!」
2人で背中合わせになって辺りを警戒する。
先を行くシキとハイドリヒ5世はルディリアとソプラの周りにだけ出てきているらしいモンスターには気付いていない。
船頭と話をしながら、恐らくこれからいるサディルナ領まで乗せていってくれとでも頼んでいるのだろう。
ソプラも敵影が確認出来ない。
しかしカリヤとルディリアは周りを警戒しながら辺りを見渡している。
「きゅー!!」
タヌキの鳴き声と同時の早さで黒い影がこちらに飛びかかってきた。
ルディリア目掛けて襲い掛かるそれにいち早くソプラが反応する。
素早くルディリアの前に回るとソプラの強烈な回し蹴りが炸裂する。
バキッと生々しい音を立てて黒い影が地面に転がる。
その正体は小さな男。
ただし普通の男ではない。
身体は子供程なのだが、その背中は老人の様に曲がっている。
着ている服は白いシャツに茶色のベスト、ズボンは薄汚れている。
革靴は埃でくすんでいて、その生活が伺える身なりをしていた。
肌は黄緑色に少し黒みがかった色をしていて、人間ではない。
耳はとんがっていて、シャツの袖から覗く手は血管が浮き上がっていて、いかにも手癖の悪そうな見た目。
鼻は異様に高く長い、天狗を思わせる。
ニヤニヤ笑う口からは牙が見える。
「なにあれ?!」
初めて見るのであろうルディリアが驚いている。無理もない。
コイツらは滅多に出ては来ない。
しかし、出てくるとなんとも質が悪い連中だ。
「ゴブリンよ!」
ソプラはルディリアを庇うように立つとネコちゃんナイフを構えた。
善良なのもいる筈ではあるが、こうして人の前に出てくるのは大抵が強盗だ。
抵抗する場合最悪、人を殺してまで金品を奪う。
「あんたら!!これ以上近づくと容赦しないわよ!」
睨みつけるソプラに、木の陰や草むらからゾロゾロ出てきて相手は3人になる。
ケタケタと笑いながら人間では理解出来ない言葉を喋り出す。
「ゴ、ゴギアリゴアルガウ」
「ガ、ガウガアウガル」
いやらしい笑いを浮かべながら距離を詰めてくるゴブリンに、ルディリアはソプラを見た。
「あっちの男が来ないうちに殺そうって言ってる!」
「あんた言ってることわかるの?!」
ナイフを構えたままルディリアをジリジリと下がらせるソプラに、彼女はソプラの手を握った。
「私も戦う!」
タクトを握ってソプラの隣に立とうとするルディリアに彼女はグイと後ろに下がらせる。
「あんな素早い奴等無理よさがってて!アタシがやるわ!」
脳裏に、泣きながら家族の名前を呼ぶルディリアがいた。
罪滅ぼしではないけれど、守ってやるか程度にはやってらないとやっぱり気持ちが悪い。
ソルディック社は悪者だ。大嫌いだし、それは変わらない。
けれど
ルディリアみたいな平和ボケしてそうな、とろい子だっているんだと思った。
ソプラはネコちゃんナイフを握り直すと思い切り地面を蹴り走り出した。
女にしてはダッシュが早すぎ、驚いて後ろに下がるゴブリンの一匹に思い切りナイフで肩口を切り裂いた。
肉を切る感触、ザリザリッと耳障りな音を立てて切り裂くのが判り全身に鳥肌が立った。
しかしやらなければ自分、あるいはルディリアには命の危険がある。
ギャア!と悲鳴をあげて倒れ込む、1人はやっつけた。
迷うこと無く2人目、コイツは股間を思い切り蹴りあげる。
メキッと音を立てて股間にヒットしたソプラの蹴りにゴブリンがガクガクと震えながら泡を吹いて倒れた。
そんな彼女に仲間を次々にやられ怒った最後の1人がすぐ後ろに立っていた。
人を切りまくっていたのだろう。脂でギトギトに光った剣は刃がボロボロで切れにくくなっているが、力で無理矢理切り裂いて来たのか手入れもろくにされないそれには血がこびりついて刀身が赤黒くなっていた。
その殺気に気づいてソプラが振り返る時にはゴブリンが刃を振りおろしている時だった。
ヤバイ!
そう思っても横に飛び退く事も出来ない距離でソプラは身構えた。
「逃げて!!」
ルディリアの悲鳴と同時にゴブリンがガクッと体勢を崩した。
瞳をギュッと閉じて衝撃に備えていたソプラが瞳を大きく見開いた。
剣を持ったゴブリンにルディリアが掴みかかり、ソプラを庇っていたのだ。