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まずい所を見られたという表情でハイドリヒ5世の方を向いているソプラを彼はドンっと押して家の中へと無理矢理転がした。
「ちょっと!!なにするのよ!!」
顔を真っ赤にして怒るソプラの背中に何か当たる。
確かこの家は入ってすぐの場所に物は置いていなかったはずたが、と恐る恐る上を見上げるとそこにはカレー皿を持ったルディリアが立っていた。
早速気まずい。
ソプラノは素早く立ち上がる、そうするとルディリアは真正面にいて余計気まずい。
こうして見ると彼女は平均よりチビだった。
驚いた様にこちらをみているルディリアに、ソプラは顔を真っ赤にしたままバスケットをボスッと当てるように押し付けた。
「冷めてるけど!!!この私が作ったのよ!!・・・・・ありがたくいただきなさいよね・・・」
ダイニングからスプーンをくわえて様子を見ていたシキが呆れた様に呟いた。
「・・・何しにきたんだよお前・・・」
また泣かしに来たんじゃないだろうなと眉を顰めるシキにソプラはムキになって怒る。
「わ、・・・・・私はただ、この子についていけば悪の総本山に行くから都合がいいと思って・・・」
「むー!!!アップルパイ!!!」
ソプラの声を遮る様にルディリアが嬉しそうに叫ぶ。
「カリヤ!アップルパイだよ!!美味しそうだよ!!」
大喜びするルディリアに、ソプラはキュッと唇を噛んだ。
こんなに喜ぶなら出来立てを持ってきてあげればよかった。
ルディリアはトコトコと走るとダイニングに戻ってきた。
バスケットから壊れ物を扱うように丁寧にアップルパイを取り出すと、のそのそと近くへきたタヌキの手にアップルパイを乗せた。
アップルパイはワンホールあったが、ひとかけしか食べていなく殆ど手をつけていない状態だった。
「冷えてるよ」
すぐに食べかけとわかったシキが眉を寄せながらルディリアに忠告する。
「パイ!すき!いただきます!!」
ほっぺたを嬉しさに染めながら大きく一口食べたルディリアがニコッと笑った。
「むうう!むうむううー!」
シキのティーカップのソーサーにトスっとアップルパイを乗せて、食べてみて!という顔をするルディリアにシキは仕方がなく一口食べる。
「冷めきってるじゃないかよ・・・」
文句をいうシキの背中をソプラはバシッと叩いた。
「文句言わないでたべなさいよ!」
ニコニコしながらむしゃむしゃとパイを食べ終えると、ルディリアがソプラの方を向いた。
「美味しい!ありがとう!!」
無邪気過ぎる笑顔に、ソプラの胸は余計傷んだ。
凄くいい子だ。
自分があんな事をしなければこの子は今頃家に帰れていたのに。
「さて、そろそろここを出る」
シキは今まで聞いたことのない硬い声でそう言い放った。
「確認しておきたい、俺はこの子のソルディック社帰還までを手伝う。丁度このままソルディックの方で任務もあるし」
ティースプーンを指先だけで器用に回して遊ぶ彼の手元を見ながら、ソプラは胸を張った。
「私はそのソルディックを潰しにいくわ!これ以上妖精を殺させるわけにはいかないもの!」
ダンッとテーブルを叩いて意気込むソプラに、シキは瞳を細めた。
「ソルディック社の妖精に関わってる部署は戦闘部と開発部だな」
それを聞いていたルディリアかパッと顔をあげた。しかしソプラの様子をチラリとみると、またすぐに顔を伏せてしまった。
「ルディリア、君はどこの部署に所属してるんだ?」
そう問われまたルディリアがパッと顔をあげる。
「あ、・・・・・わ、私、ミラクル対策部・・・・」
「はあ?なにその、ふざけた名前」
眉を寄せるソプラにシキは腕を組むと木製の椅子の背もたれに寄りかかった。
ギイギイと軋む椅子に構わず彼は唇をへの字にする。
「新種の動植物とか、奇怪な事を調査し、対策する部署・・・・だったかな?」
記憶を思い出しながらの情報を天井を見上げながら呟くシキにルディリアはニコーッと笑った。
「むう!!!」
合っていた様だ。
となると、ルディリアはソルディック社の社員ではあるが妖精殺しとは関わりのない人間だったと言える。
ソプラは酷い罪悪感に苛まれた。
妖精を原動力にしている事はルディリアも承知で使っていたのかもしれないが、それはただ使えと渡されただけとしたら。
便利だから使っていただけかもしれない。
何と言うことだ。最初から悪と決めつて、最初から自分が絶対の正義だと相手の話も聞かずやらかしてしまった。
少しだけルディリアを見る。
自分の所属する部署を言い当てて貰ったのがそんなに嬉しかったのかニコニコしている彼女に余計謝りづらくなってしまった。
「お前正気かぁ?!」
今まで黙っていたハイドリヒ5世がソプラへ詰め寄る。
「ソルディック社の戦闘部なんて暗殺、殲滅当たり前の戦闘狂どもが集まってるんだぞ?!」
それは知らなかった。
ソプラはうぐっと言葉を飲み込んだ。
か弱い女の子だけでは苦しい勢力だ
「リーダー格のやつは大男らしいぞ!ガイトルが壊滅したのはアイツ等の怒りを買ったって話だ」
ルディリアも、え?そうなの?という顔でハイドリヒ5世の話を聞いている。
さっきまでの意気込みはどうしたのか、街を1つ滅ぼした話で逃げ腰になっているソプラと驚いた顔をしているルディリアにシキが首を傾げた。
「ガイトルが廃虚になったのは疫病が流行ったって聞いてたけど・・・・」
シキの言葉にソプラがシラーッとハイドリヒ5世を睨んだ。
「何よ!噂に尾びれ背びれがついただけじゃない!」
私はやるわ!と再びやる気になっているソプラを無視してシキはハイドリヒ5世を見た。
「アンタもついてくるのか?理由は?」
いつの間にか仕切ってなんだコイツはリーダー気取りかとハイドリヒ5世はフンスと鼻息荒く答えた。
「僕は力の弱い女の子の旅は色々と大変だろうと思ってナイトとしてついていくのさ!」
ドンッと胸を叩いて得意げな顔をするハイドリヒ5世にシキは冷やかな声を出した。
「お礼とか報酬とかそんなん目当てじゃないよな?正義の騎士さん」
コイツ本当に気に食わない。図星を突かれたのはあるが、そもそも容姿からして気に食わない。
基本は無表情、しかし年上の女性から受けるかもしれない可愛げのある顔をしている。
愛想よくしていれば受ける顔だが常に無表情の為振り向いてまで見るよりは人混みに紛れてしまう顔だ。
軍人用ベストを着て隠れているがそれなりに筋肉もあるか体つきをしているのは大体わかる。
長袖の軍服を肘の辺りまでまくる露出した腕は筋肉が盛り上がり、その年では鍛えている方だ。
身長はこの4人の中では1番高いだろう。
それに比べ自分といえば、好きな時に好きなものを満足するまで食べていた腹はでっぷりと肥えて丸々としている。
少し走っただけでゼェゼェしてしまう体力。
恐らくシキとは正反対の自分。
まるで出来の良い我が憎たらしい兄を目の前にしている気分だった。
「当たり前だろう!僕は困っている人を助けるだけだ!」
本当は違う。
ルディリアに恩を売ってソルディック社と何かしら契約を結べればと画策していた。
ハイドリヒ領は彼の兄が父から継いでやり繰りしている。
人当たりも良く聡明な兄は老若男女、誰からも慕われていた。
そんな兄ですらまだソルディック社とは何の契約も結べていない。
あれだけの大企業、エンターテインメント部という娯楽の部署まであるのだ。バカンスの楽園であるハイドリヒ領にもプラスになる事があるはずだ。
提携が実現すれば利益は計り知れない。
そしてそれを成功させたハイドリヒ5世を誰もが見直す筈だ。
誰も、あの出来の良い兄と比べて弟は・・・・・だなんて陰口を言わなくなる筈だ。
ハイドリヒ5世はルディリアの方を向くとニカッと笑った。
「僕がいるからには安心さ!!!」
部屋中響く程の大きな声でハキハキ言いながら指輪がジャラジャラついた太い指をさしだし握手を求めるハイドリヒ5世の手をカリヤがバシッと弾いた。
「なんだこのタヌキ!ムカつく!!」
怒るハイドリヒ5世に、確かに生意気なところあるよな・・・と思いつつシキは黙っていた。
シキは腰に付けたポーチから二つ折り財布をテーブルに置くと、それを前に出した。
よく使い込まれたそれはそれなりの厚みがあり、相応の金額が入っていると予測出来た。
「一応俺の手持ちはこれくらいだけど、サディルナ領にいる仲間に会えればもう少し増やせると思うよ」
ハイドリヒ領までの経費の事だろう。子供ばかり4人がゾロゾロとお気楽に旅は出来ない。
「それには心配いらない!僕が持ってるよ!!」
ハイドリヒ5世は整髪剤で固めた髪をかき分けながら札束をポケットから取り出した。
ヒラヒラと振って見せる光景を見たことのないソプラは唖然。
シキは瞳を細めながらジッと見つめていた。
こういう庶民の反応が面白くてハイドリヒ5世は好きだった。
彼のお家は富裕層向けのバカンスを楽しむ楽園だ。
ハメを外した貴族達がこれでもかと金を落としてくれる。
その為彼は金銭で不自由した事など一度もなかった。
それはこれからも続くのだ。
その様子を見ていたルディリアもアヒルの形をしたポシェットから両手で包める程の大きさのガマ口財布を出した。
緑色の生地にグルグル渦巻き模様か沢山書かれたやつ。
古き良き日本の唐草模様。簡単に言うと一昔前の泥棒が背中に背負ってる風呂敷の模様。
ルディリアの隣に座るタヌキのカリヤが全く同じ模様の風呂敷を背負ってる。
そうそうこれ、とシキはこめかみを親指で押さえた。
「私も!一応ある!!」
ズシャッと音を立ててテーブルに置かれたそれに、ハイドリヒ5世はルディリアを見た。
「そ、それ・・・幾ら入ってるんだ?」
「む・・・・・お兄ちゃんとお姉ちゃんが・・・もしもの時に使えって・・・」
この旅1番の発端となるであろう人物は今まで無一文だと思われていたが実はあるらしい。
食事、宿代、交通手段はそれぞれが出せるのが1番良い。
何しろ長旅なのだ。
口を開けると入っているものは全てがフェル金貨という金で500円玉程の大きさの金貨の真ん中をくり抜いてエメラルドやルビー等の宝石をはめ込んだもので見た目が美しいだけでなく、この村で使おうものならお釣りが出せない程の絶大な価値を発揮する硬貨だ
これ1枚でミンナ村の食料が大体買い占められる程の価値がある。
シキやソプラはもちろん、ハイドリヒ5世だって見たことも無かった通貨だ。
今朝のカレーの材料はお礼としてこの村で材料をこのフェル金貨で支払って作ったものなのだろう。
村の者としては宝くじでも当たった位の勢いでとんでもない物がきたという事態になっていることだろう。
「ルディリアのお兄ちゃんとかお姉ちゃんって何者なの?」
そう尋ねるシキにルディリアはニマニマ笑いながら答えた。
「む!シロクマとアザラシ」
余計意味がわからない。
しかしこれはルディリアだけで4人が軽くエルフェーデまで行ける程の金額だ。
ハイドリヒ5世等などは笑いが止まらない。
ソルディック社と契約が結べなかったとしてもルディリアの身内から愛する妹を届けてくれたと目一杯褒美が出そうな勢いだ。
「君にとっては不幸の始まりかもしれないが僕は神に感謝するよ!!」
瞳を輝かせるハイドリヒ5世にルディリアはム?と首を傾げた。
「あ、いや、こっちの話」
ハイドリヒ5世はゴホゴホと咳をするとソプラを見た。
「んで、君は?」
問われてソプラは俯きながら猫が風船と一緒に刺繍された財布を出した。
今までで1番ペッタンコの財布だった。
「えーっと・・・・・まあ、フェル金貨があるしね・・・」
慰めのつもりで言ったのであろうハイドリヒ5世の言葉にソプラは余計顔が上げられない。
ルディリアの勤め先を潰すと息巻いておいて彼女の資金なくしては目的の場所までいけないだなんて情けない。
「ひとまず、フェル金貨はあまり使わないことにしよう」
シキの提案にソプラが勢い良く立ち上がった。
「なんでよ?!」
「高額通貨過ぎる、これ1枚で1つのチョコレートを買ったら持ちきれないだけの釣り銭が出てくる」
シキの言う事はもっともだった。
うんと頷くとルディリアは5枚程のフェル金貨を取り出すとあとの全てを村長の洋服タンスへとザラザラ流し込んだ。
「後でとりにきます」
そういうルディリアに村長は引き攣った笑みを浮かべた。